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言葉遊び
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これ以上は悪酔いだからと酒は取り上げた。
舐める程度にしか飲んでいないのに顔色が悪い。
「厄は預かります」
指一本ぶんの幅の酒がグラスに残っていたので私が一気に煽った。
「ああ、そうしてくれ。大神と呼ばれる人狼に不幸は祓われたい」
悪ふざけから始めた私達の験担ぎだ。
最初は陛下のご負担を和らげるための遊びだった。
子供の頃は言葉だけ。
陛下の憂いはこの人狼の私が片付けてやると息巻いていた。
大人になってからはこうやって私が陛下の杯を飲み干すようになった。
この歳になっても続く気休めの遊びだ。
今回の遠征前に陛下が私の杯を飲んで無事を祈ると声をかけてくださった。
「あまりいい夫ではなかったのかもしれん。子供らにも。まずは話を聞いてみるよ」
努力したつもりだったがと苦しそうに顔を歪める。
妖精国への親書を考えねばならない。
長命種は短命種と比べてかなりのんびりしているのであちらから先に来ることは絶対ない。
こちらがせっつかねば動かないのに。
そう思いながら私の管轄外なので指揮権はないから対応出来ない。
今すぐに魔導師長と宰相が必要だが、どちらもクレインの対応で不在だった。
宰相ならお忙しい陛下のお声かけひとつで早急に書面の支度を出来た。
それに最終的に魔導師長が魔法で送らねば妖精国に届かない。
陛下の負担を考えたら自分を含めて回りの気遣いのなさに情けなく腹が立ってくる。
「すぐに魔導師長と打ち合わせをしますよ」
あちらのおっとりを指摘して急ぐように声かけるが陛下は首を横に振る。
「今はいい。少し疲れたから明日にするよ」
男女のことはスピードが命だと急かしたいが疲れた顔色の陛下にそれ以上言えなかった。
「きっと私は無神経なのだろう。妻子が逃げるほど。令嬢を泣かせたのがいい証拠だ」
「陛下とロザリオ妃殿下も。種族などが違っても男と女です。喧嘩くらいします。ご夫婦なら当たり前のことかと」
独身の私が言うことではないが、慰めに答えた。
「…黒獅子と陛下を襲った淫魔。事が重なったことと黙って王子二人を連れて出ていくロザリオ妃殿下も。本当にあの方らしくないように思えます。淫魔の狙いはお三方では?」
ふと陛下が顔を上げた。
「贄か?」
「魔人の多くは自己中心的な気質で単独を好みますから、二つの共闘とは思えませんし。黒獅子のどさくさにまぎれて淫魔が単独で魔力の多い陛下達を狙ったと考える方が私としては納得出来ます。それでロザリオ妃殿下が何か危険を察して出ていかれたのかと」
魔力が膨大でも精の少ない妖精族が贄に食われると人族より命の危険がある。
はっきり言えば腹上死しかねない。
「討伐したと聞きましたが妙な点が多いのでしょう?」
死んだと思われるが、通常の魔素の放出がなかったと聞く。
何かがおかしいが分からないと魔導師長が怪しんでいた。
「その件も含めてあちらに尋ねよう」
妻子の危険を示唆すると一瞬で顔色が変わった。
落ち込んでいられないと覇気に溢れてくる。
情熱的な態度を見せないだけで陛下はご家族を心の底から愛してらっしゃるのだから当然だ。
「魔導師長と話してくる」
「それがよろしいかと」
壁に吊り下げた呼び鈴を鳴らすとすぐに近衛兵団の隊員数名が顔を出す。
彼らを伴って部屋を退出した。
去り際に近衛兵団の隊員から軽く睨まれた。
隠しても冷たい視線はあからさまだった。
彼らは私が嫌いだ。
陛下の信頼が厚いから。
私がいる時は彼らを遠ざけ、陛下の不在に重要書類の多く残されたこの執務室に見張りもなく在室を許されるという特別扱い。
縁もゆかりもないただの王都兵団団長であれば違っただろうが、幼い頃からの交流がある。
そのせいで扱いが違うのは当然なのになかなか納得しない。
彼らとの溝の深さをどうにかしたいが上手くいかない。
私から陛下との距離を取ることも考えたが、あの隠れた人見知りと落ち込み癖の陛下の操縦を誰がするのかと考えたら踏ん切りがつかなかった。
考えていると続き部屋からジェラルド伯が出てくる。
部屋の静かな様子からエヴが眠ったのか、また反省に落ち込んでるのかどちらかだ。
「陛下はどちらへ?」
「新たな問題の対応に魔導師長のもとへ。また戻られると思います」
部屋へ行けとは仰らなかった。
逆にエヴのことを尋ねると落ち着きましたと答えた。
「会いますか?」
意外な提案に首をかしげた。
泣いて乱れた娘を見せたがるとは思えん。
「娘とは言え立場は団長なのにこれではいけません。あなたからの助言があればまた考えが深まるでしょう」
こめかみを押さえてぎゅっと目をつぶる。
「…それに毛皮が恋しいそうです」
思わず目をしばたたかせた。
「私は結局親です。娘に甘い。本当に反省なのですが。団長、どうされますか?」
「…少しだけ。…様子を見ます」
「どうぞ」
ジェラルド伯が開いた扉へと入った。
舐める程度にしか飲んでいないのに顔色が悪い。
「厄は預かります」
指一本ぶんの幅の酒がグラスに残っていたので私が一気に煽った。
「ああ、そうしてくれ。大神と呼ばれる人狼に不幸は祓われたい」
悪ふざけから始めた私達の験担ぎだ。
最初は陛下のご負担を和らげるための遊びだった。
子供の頃は言葉だけ。
陛下の憂いはこの人狼の私が片付けてやると息巻いていた。
大人になってからはこうやって私が陛下の杯を飲み干すようになった。
この歳になっても続く気休めの遊びだ。
今回の遠征前に陛下が私の杯を飲んで無事を祈ると声をかけてくださった。
「あまりいい夫ではなかったのかもしれん。子供らにも。まずは話を聞いてみるよ」
努力したつもりだったがと苦しそうに顔を歪める。
妖精国への親書を考えねばならない。
長命種は短命種と比べてかなりのんびりしているのであちらから先に来ることは絶対ない。
こちらがせっつかねば動かないのに。
そう思いながら私の管轄外なので指揮権はないから対応出来ない。
今すぐに魔導師長と宰相が必要だが、どちらもクレインの対応で不在だった。
宰相ならお忙しい陛下のお声かけひとつで早急に書面の支度を出来た。
それに最終的に魔導師長が魔法で送らねば妖精国に届かない。
陛下の負担を考えたら自分を含めて回りの気遣いのなさに情けなく腹が立ってくる。
「すぐに魔導師長と打ち合わせをしますよ」
あちらのおっとりを指摘して急ぐように声かけるが陛下は首を横に振る。
「今はいい。少し疲れたから明日にするよ」
男女のことはスピードが命だと急かしたいが疲れた顔色の陛下にそれ以上言えなかった。
「きっと私は無神経なのだろう。妻子が逃げるほど。令嬢を泣かせたのがいい証拠だ」
「陛下とロザリオ妃殿下も。種族などが違っても男と女です。喧嘩くらいします。ご夫婦なら当たり前のことかと」
独身の私が言うことではないが、慰めに答えた。
「…黒獅子と陛下を襲った淫魔。事が重なったことと黙って王子二人を連れて出ていくロザリオ妃殿下も。本当にあの方らしくないように思えます。淫魔の狙いはお三方では?」
ふと陛下が顔を上げた。
「贄か?」
「魔人の多くは自己中心的な気質で単独を好みますから、二つの共闘とは思えませんし。黒獅子のどさくさにまぎれて淫魔が単独で魔力の多い陛下達を狙ったと考える方が私としては納得出来ます。それでロザリオ妃殿下が何か危険を察して出ていかれたのかと」
魔力が膨大でも精の少ない妖精族が贄に食われると人族より命の危険がある。
はっきり言えば腹上死しかねない。
「討伐したと聞きましたが妙な点が多いのでしょう?」
死んだと思われるが、通常の魔素の放出がなかったと聞く。
何かがおかしいが分からないと魔導師長が怪しんでいた。
「その件も含めてあちらに尋ねよう」
妻子の危険を示唆すると一瞬で顔色が変わった。
落ち込んでいられないと覇気に溢れてくる。
情熱的な態度を見せないだけで陛下はご家族を心の底から愛してらっしゃるのだから当然だ。
「魔導師長と話してくる」
「それがよろしいかと」
壁に吊り下げた呼び鈴を鳴らすとすぐに近衛兵団の隊員数名が顔を出す。
彼らを伴って部屋を退出した。
去り際に近衛兵団の隊員から軽く睨まれた。
隠しても冷たい視線はあからさまだった。
彼らは私が嫌いだ。
陛下の信頼が厚いから。
私がいる時は彼らを遠ざけ、陛下の不在に重要書類の多く残されたこの執務室に見張りもなく在室を許されるという特別扱い。
縁もゆかりもないただの王都兵団団長であれば違っただろうが、幼い頃からの交流がある。
そのせいで扱いが違うのは当然なのになかなか納得しない。
彼らとの溝の深さをどうにかしたいが上手くいかない。
私から陛下との距離を取ることも考えたが、あの隠れた人見知りと落ち込み癖の陛下の操縦を誰がするのかと考えたら踏ん切りがつかなかった。
考えていると続き部屋からジェラルド伯が出てくる。
部屋の静かな様子からエヴが眠ったのか、また反省に落ち込んでるのかどちらかだ。
「陛下はどちらへ?」
「新たな問題の対応に魔導師長のもとへ。また戻られると思います」
部屋へ行けとは仰らなかった。
逆にエヴのことを尋ねると落ち着きましたと答えた。
「会いますか?」
意外な提案に首をかしげた。
泣いて乱れた娘を見せたがるとは思えん。
「娘とは言え立場は団長なのにこれではいけません。あなたからの助言があればまた考えが深まるでしょう」
こめかみを押さえてぎゅっと目をつぶる。
「…それに毛皮が恋しいそうです」
思わず目をしばたたかせた。
「私は結局親です。娘に甘い。本当に反省なのですが。団長、どうされますか?」
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「どうぞ」
ジェラルド伯が開いた扉へと入った。
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