人狼の団長、見つけた番はすでに溺愛されている《団長はお預け中、たまに待てが出来ないで押し倒す》

うめまつ

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家出

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黙って陛下が戸棚を指さすので私の背の高さはあるガラス扉を開けて中からグラスと酒を取る。
「ん?一番良い奴か」
「こういう気分かと思いましたが」
不満げな声にそう答える。
数が並ぶ中で最も味と香りが良いものを選んだ。
慰めるのには良い。
変えましょうかと尋ねると顔をそらしたままグラスを指で押して注げと態度で示す。
昔から落ち込むと拗ねるのは変わらない。
陛下が飲んでいるうちにあと二つ、グラスを取ってテーブルに置いた。
号泣は止んで今は、ひっくひっくと子供のようなしゃっくりが小さく聞こえているからそろそろ落ち着く頃だ。
「勝手に飲め」
「頂きます」
私も付き合いだから注いで少しずつ飲む。
隣に立ったまま。
テーブルで行儀よくとも思ったが、小声で話をするのに都合がいい。
陛下も座れとも言わないなら気にすることはない。
「悪気はなかった」
「理解はしてます」
内心納得していないだけだ。
時折低い声で慰める声が聞こえると陛下が隣の部屋へ顔を向ける。
「ジェラルドはいい父親だな。我が子にあそこまで付き合った記憶はない」
寂しそうな、羨ましげな表情にジェラルド伯を重ねているのが父親となった自身ではなく大公のことと察する。
だが、本人は自分のつもりで仰っている。
自身のお気持ちに気づいていない。
「陛下は良い父親だと思います」
わざわざ暴く必要はない。
私も気づかないふりでグラスに口をつけたまま告げる。
こちらの言葉に反応はなく、黙ってただ切なそうに声の方を見つめている陛下を私も目を伏せて眺めた。
「陛下、そういえば何かお話されたいことがあったのでは?」
「ん?あ、ああ。ちょっとな」
歯切れが悪い。
業務に関することではないのだろう。
「お子様のことですか?」
10歳と8歳の王子がお二人。
二人とも私を慕ってくれるのはいいが、以前お誕生会への出席を陛下に泣いてねだられて息子可愛さに遠征先に早馬で陛下から手紙が届いたことがある。
歯切れの悪い文章が長々と。
だめだろうかどうだろうか無理にとは言わないが、できれば是非と延々と繰り返して書かれていた。
はっきり断ったのにまた来た時は面倒くさくて討伐を抜けてお誕生会には顔を出した。
本当に身内の押しに弱くて困る。
子供の手前、頼む姿を見せて私から断って欲しかったのだろう。
こちらとしてもあれだけ頼まれたのに陛下を無下に出来るわけない。
「いや、妻だ」
グラスをチビチビ傾けながら背を丸めて落ち込んでいる。
クレインのように熱い激情で求め合うご夫婦ではないが、お互い順調に信頼を育てているように見える。
「妃殿下がどうされましたか?」
「…実家に戻ったよ」
「…里帰りですか?」
陛下の項垂れ具合に分かってるのに。察しているのに。何かの聞き間違いかと期待して問いかける。
「…ひと月前、急に素っ気なくなって」
「里帰りですよね?」
「子供らも連れて」
「陛下」
「…いきなりなんだと言うんだ。…全く手間だ」
不機嫌な態度を見せるが軽く放心状態だ。全くこちらの話は聞いていない。こうなると仕方がない。黙って聞き役に徹した。
「黒獅子の襲来で忙しくて、ロザリオと子供達に接する暇がなかったのは認める。気づいたら離宮に籠っていて会いに行くのに追い返される。そのうち出てくるかと思ってそっとして置いた。でも待ちきれずに一昨日、様子を見に行くと離宮は空だったよ」
「離宮が空と言うと、時空魔法で国にお帰りになったのですか?」
「おそらく、そうだね」
ぼんやりと頬杖をついて片手に掴むグラスをゆらゆらと揺らした。
ロザリオ妃殿下は妖精族純血の姫。
大きな蝶の羽根を持ち、強大な魔力と妖精族特有の時空魔法を操る。
森のエルフや小型のフェアリーとはまた違う格上の種族。
あちらとの国交のためにロザリオ妃殿下は人族が主体の我が国に嫁がれた。
数百年生きる妖精族の純血だから、魔導師長の魔法で短命種の陛下の命と紐づけして死が別つ時契約の終わりで自由になる。
他種族が人族と交わりたがるのは短命でありながら他種族にはない繁殖力。
魔力が低い分、力の反発がない。
女は種族を問わずに様々な種を腹に宿し、男は自然と他種族の腹に子供の核を作れた。
長命種であればあるほど強すぎる魔力でなかなか子を成せない。
ロザリオ妃殿下もそんな先細りする一族の将来のために魔法で隠された妖精国から人族の陛下のもとへ来られた。
「…何を怒ってるのか」
項垂れた頭は机に突っ伏して声が半泣きになっていた。
連絡や置き手紙はないのかと尋ねるのにまた一人語りを続ける。
ある程度相づちを打って、合間で連絡を取るように何度も伝える。
一族の命運を背負う覚悟をされて、ここへ嫁がれたあの方が思い付きで家出するはずない。
何があったはずだと強く告げると潰れていた顔をあげて、そうだねと力なく答えた。
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