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虫
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「カリッドぉ」
扉の奥からヤン達を引き連れて魔導師長がスキップのような足取りで現れた。
「……なんで頬が腫れてるんですか?近衛からやられました?」
出来立てほやほやの頬の腫れと口の切り傷。
「ダリウスにお礼のキスをしたら叩かれた」
一番後ろを歩くダリウスは目頭を押さえて項垂れていた。
「こんな時に。このくそじじぃ」
「つい嬉しくてね。感謝の気持ちだったのに。ヤンもオキシスもいらないって言うんだよ。謙虚だね。君らもどう?天国に送ろうか?」
「いらん。くそじじぃ。それより働け」
「もちろんだよ。さあ、シグバド、近衛ども。よくもこの私をこんな扱いしてくれたよ。ふははは」
目が変色して赤く光り、憎しみに顔を歪めて笑った。
足先。ローブの隙間から大量の虫がどっとあふれた。
ざざざっと王宮に向けて全てが走り出す。
さすがに気持ち悪い。
毛が逆立って尻尾が団子みたいに膨らんでいる。
「……何する気ですか?」
ラウルも気持ち悪かったようだ。
声が強張っている。
「陛下を探しているんだよ。レディも。一番の目的はシグバドだけど。あれには黒を怒らせた報いを下さなくては。それに匂うよ。何かいるね」
そう言ってモルガナへと近づいた。
「頭を寄せて。楽にする」
戸惑いながらもモルガナが魔導師長のかざした手のひらに頭を寄せると、ほうっと息を吐いて身体の強張りが緩んだ。
「君も」
トリスにも同じように手をかざした。
「念話を鈍らせた。少しは楽かな?」
「ああ、とても、本当に楽になりました。ありがとうございます」
二人が手を取り合ってへなへなと膝をついて座り込んだ。
ぐったりした気配に何か分からず魔導師長へ尋ねた。
「強い精神波を持つ者が王宮にいるよ。淫の匂いがする。ふふ、濃くていい匂いだ」
こいつらからも匂うと言いながら気を失った近衛の身体を爪先でつついた。
「淫魔が?まさかエヴ様ですか?」
ヤンが青ざめて叫ぶように問う。
「いや、あんな爽やかな匂いじゃない。もっと熟成させたワインのような芳醇な香りだよ。相当な相手だね」
「他の淫魔なら色魔か」
あいつがここに乗り込んだのか。
「さあ、わからないね。その淫魔の匂いを知らないから。集中するから黙っててくれるかい?」
仁王立ちに腕を組んで目をつぶった。
私達も静かに待つ。
その間に先程の虫に腰を抜かしたオニキスにヤン達が手を貸して立たせて、モルガナ達の思ったより悪い容態に気を配っていた。
しばらく待つと魔導師長の身体が、びくっと跳ねた。
「じじぃ、どうした?」
「……ふざけているねぇ。シグバドがあんな男とは知らなかったよ。こっちに来いってさ」
すぐに向かおうとする肩を掴んで引き留める。
「心配するとは優しいな、カリッ、」
「どうでもいい。それよりエヴと陛下はどこだ?」
「ああ、それもそうだな。陛下は寝室のようだ。多分ね?近衛の見張りがいる。あの部屋は私の封印と護符をかけてるから覗けない。あと、レディはまだ分からない」
「おい、エヴを探せ。その淫魔の所在もだ」
充満した淫の気配に探せないと答えた。
特に近衛隊長がたっぷりと身にまとっていて歩くと匂いを撒き散らすらしい。
「あいつが淫魔か?」
「いやー、どうだろ?隷属で魔力をまとってるだけじゃないかな。私が20年もこの刺激的な匂いを見逃すとも思えない」
「こうやって仕手やられたのにか?」
「……それもそうだね。過信は禁物か。でもこの20年、彼の身体は清潔な匂いだった。他人の匂いが混ざったことはない。誰よりも潔癖。淫魔なら無理だよ」
精が交わると洗っても匂いが消えないと言われて納得した。
「とりあえずシグバドを吐かせてくるよ。陛下は任せた」
「私が!……いや、分かった」
肩から手を離した。
魔法の対決になるなら魔導師長の方が適任だ。
「魔導師長、エヴをお願いします」
「ラウルも借りていくよ。障壁くらい出来るよね?」
「もちろん。精霊は所有していませんが、だいたいの術式は扱えます」
待ってる間にメイド服は脱ぎ捨ててスカートの中に隠していた剣を腰に携えている。
私の分も隠していた。
ジャケットを脱いで動きやすいように袖を捲る。
使い魔で城内を確認したら中はむちゃくちゃになっているらしい。
立ち尽くしいる者、同じ動きを延々続ける者、それを気にせず通路を歩く近衛が数人。
おそらくこの見張りと同じ魅了にかかっている。
「ヤンとダリウスも魔導師長に従え」
「分かりました」
「団長はひとりですか?せめて、私かダリウスをそちらに」
「正体の分からない魔法使い相手にそのくらい必要だ」
精神汚染と未知の魔法。
対策でラウルと魔導師長。
拿捕にダリウスとヤン。
このくらい必要だ。
「ありがとうね、カリッド。助かるなぁ。憎まれ口を吐いたって、やっぱり君は私のことが好きだよねぇ」
「くそじじぃ」
満足そうな魔導師長にそれだけ返した。
「モルガナ、トリス。ここから見えるあそこが陛下の寝室だ。合図を送ったら迎えに来い」
二つの合図を教えた。
迎えの合図と逃げろの合図。
トリスとモルガナはこの場で待機させる。
羽根二人がエヴと陛下を部屋からカールのもとへ送る算段。
多少頑丈でも戦闘に向かない上にこの状態なら送迎だけさせた方がいい。
出来るかと問うと必ずやりますと二人は頷いた。
扉の奥からヤン達を引き連れて魔導師長がスキップのような足取りで現れた。
「……なんで頬が腫れてるんですか?近衛からやられました?」
出来立てほやほやの頬の腫れと口の切り傷。
「ダリウスにお礼のキスをしたら叩かれた」
一番後ろを歩くダリウスは目頭を押さえて項垂れていた。
「こんな時に。このくそじじぃ」
「つい嬉しくてね。感謝の気持ちだったのに。ヤンもオキシスもいらないって言うんだよ。謙虚だね。君らもどう?天国に送ろうか?」
「いらん。くそじじぃ。それより働け」
「もちろんだよ。さあ、シグバド、近衛ども。よくもこの私をこんな扱いしてくれたよ。ふははは」
目が変色して赤く光り、憎しみに顔を歪めて笑った。
足先。ローブの隙間から大量の虫がどっとあふれた。
ざざざっと王宮に向けて全てが走り出す。
さすがに気持ち悪い。
毛が逆立って尻尾が団子みたいに膨らんでいる。
「……何する気ですか?」
ラウルも気持ち悪かったようだ。
声が強張っている。
「陛下を探しているんだよ。レディも。一番の目的はシグバドだけど。あれには黒を怒らせた報いを下さなくては。それに匂うよ。何かいるね」
そう言ってモルガナへと近づいた。
「頭を寄せて。楽にする」
戸惑いながらもモルガナが魔導師長のかざした手のひらに頭を寄せると、ほうっと息を吐いて身体の強張りが緩んだ。
「君も」
トリスにも同じように手をかざした。
「念話を鈍らせた。少しは楽かな?」
「ああ、とても、本当に楽になりました。ありがとうございます」
二人が手を取り合ってへなへなと膝をついて座り込んだ。
ぐったりした気配に何か分からず魔導師長へ尋ねた。
「強い精神波を持つ者が王宮にいるよ。淫の匂いがする。ふふ、濃くていい匂いだ」
こいつらからも匂うと言いながら気を失った近衛の身体を爪先でつついた。
「淫魔が?まさかエヴ様ですか?」
ヤンが青ざめて叫ぶように問う。
「いや、あんな爽やかな匂いじゃない。もっと熟成させたワインのような芳醇な香りだよ。相当な相手だね」
「他の淫魔なら色魔か」
あいつがここに乗り込んだのか。
「さあ、わからないね。その淫魔の匂いを知らないから。集中するから黙っててくれるかい?」
仁王立ちに腕を組んで目をつぶった。
私達も静かに待つ。
その間に先程の虫に腰を抜かしたオニキスにヤン達が手を貸して立たせて、モルガナ達の思ったより悪い容態に気を配っていた。
しばらく待つと魔導師長の身体が、びくっと跳ねた。
「じじぃ、どうした?」
「……ふざけているねぇ。シグバドがあんな男とは知らなかったよ。こっちに来いってさ」
すぐに向かおうとする肩を掴んで引き留める。
「心配するとは優しいな、カリッ、」
「どうでもいい。それよりエヴと陛下はどこだ?」
「ああ、それもそうだな。陛下は寝室のようだ。多分ね?近衛の見張りがいる。あの部屋は私の封印と護符をかけてるから覗けない。あと、レディはまだ分からない」
「おい、エヴを探せ。その淫魔の所在もだ」
充満した淫の気配に探せないと答えた。
特に近衛隊長がたっぷりと身にまとっていて歩くと匂いを撒き散らすらしい。
「あいつが淫魔か?」
「いやー、どうだろ?隷属で魔力をまとってるだけじゃないかな。私が20年もこの刺激的な匂いを見逃すとも思えない」
「こうやって仕手やられたのにか?」
「……それもそうだね。過信は禁物か。でもこの20年、彼の身体は清潔な匂いだった。他人の匂いが混ざったことはない。誰よりも潔癖。淫魔なら無理だよ」
精が交わると洗っても匂いが消えないと言われて納得した。
「とりあえずシグバドを吐かせてくるよ。陛下は任せた」
「私が!……いや、分かった」
肩から手を離した。
魔法の対決になるなら魔導師長の方が適任だ。
「魔導師長、エヴをお願いします」
「ラウルも借りていくよ。障壁くらい出来るよね?」
「もちろん。精霊は所有していませんが、だいたいの術式は扱えます」
待ってる間にメイド服は脱ぎ捨ててスカートの中に隠していた剣を腰に携えている。
私の分も隠していた。
ジャケットを脱いで動きやすいように袖を捲る。
使い魔で城内を確認したら中はむちゃくちゃになっているらしい。
立ち尽くしいる者、同じ動きを延々続ける者、それを気にせず通路を歩く近衛が数人。
おそらくこの見張りと同じ魅了にかかっている。
「ヤンとダリウスも魔導師長に従え」
「分かりました」
「団長はひとりですか?せめて、私かダリウスをそちらに」
「正体の分からない魔法使い相手にそのくらい必要だ」
精神汚染と未知の魔法。
対策でラウルと魔導師長。
拿捕にダリウスとヤン。
このくらい必要だ。
「ありがとうね、カリッド。助かるなぁ。憎まれ口を吐いたって、やっぱり君は私のことが好きだよねぇ」
「くそじじぃ」
満足そうな魔導師長にそれだけ返した。
「モルガナ、トリス。ここから見えるあそこが陛下の寝室だ。合図を送ったら迎えに来い」
二つの合図を教えた。
迎えの合図と逃げろの合図。
トリスとモルガナはこの場で待機させる。
羽根二人がエヴと陛下を部屋からカールのもとへ送る算段。
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