上 下
295 / 315

寝室

しおりを挟む
魔導師長と別れて先に進んだ。
数人とかち合ったが張り手一つで片付いた。
あとは人目を気にせずまっすぐ、閉じ込められてるらしい陛下の寝室へ。
着いてみると見張りの衛兵は私が目の前にいても人形のよう一点を見つめて突っ立っている。
中に耳を傾けると微かに話し声がする。
ずる、ずる、と何か引きずる音。
そっと扉を開けた瞬間、異質な物と目が合った。
部屋の状況もすぐに理解して即座に強化と抜刀。
部屋を見て同時だった。
飛びかかったはず。
なのに、柄を握った手は反対の手のひらのど真ん中を自分で刺していた。
手が絨毯に縫い止められた。
「うう!ぐううっ!」
痛みと驚きで声が漏れた。
動じた自分が情けない。
「ほほほ、素敵ねぇ。赤ぁい血、可愛いお耳、そんなに毛を逆立てて。痛いのねぇ、おほほ」
甲高い声に目を向ければ裸の女。
のけ反って笑うその姿から目をそらさずにゆっくり剣を引き抜く。
ぶるぶると手が震える。
思えように身体が動かない。
洗脳にかかっている。
ラウルと魔導師長から魔法と術式をかけられたのに。
「可愛いお耳と尻尾ねぇ。こんばんはぁ、可愛いワンちゃん、挨拶してあげるわ。ようこそ、いらっしゃぁい。ふ、ふふ」
にやぁ、と赤い唇が弧を描いた。
長い黄色みがかった金髪。
それと確実に己の身体から血を流すエヴがいた。
素肌を晒して。
瞼と頬が腫れて口から血を流してる。
なぜだ。
守護の紋は?
女はエヴの黒髪の先を手に巻いてずるずると引きずって歩く。
エヴも胸は上下に動いて生きている。
部屋の隅に倒れた色魔も。
あいつの腕もおかしい。
一瞬の目視だったが、色魔の欠損した腕と肩の間に大きな裂け目があった。
胸の上下の動きがなけれ死んでると誤解しそうな姿。
魔族なら、死ねばスタンビードのもととなる魔素をばら蒔いて身体は消えるのに。
「あらぁ?おかしいわ。魅了がかからない。洗脳も。ただの犬じゃないのね。あなた、なぁに?」
首をかしげて私を一瞥した。
さらさらと流れる長い金髪には所々に緑のラインが入っている。それと金と緑の混ざった目。華奢な体つきの長身。白い肌。
目立つのは長い耳と耳環。金と黒い宝石のものがいくつも。じゃらじゃらと大量に着けた耳環の重さで耳は肩まで垂れ下がっている。
「なぁにと聞いてるのよ?ねぇ、答えなさぁい」
二度三度と同じ質問を重ねて口が勝手に震えながら動いた。
「う、ううっ!…じ、じん、ろ、う」
なぜ答えているのか分からない。
「あー、だからねぇ。効きが悪いわぁ」
私へ手を向けてくるくると回す。
身体がじわじわと自分の意思に反して動いてる。
両手に柄を握って刃を脇腹に添えようとしている。
「ふっ、く!」
息を詰めて堪えるのに。
ジェラルド伯も同じ状態だった。
「ほほ、そんなに反抗しなくてもいいのに。苦しむだけよ?すっぱりお腹を二つに切った方が楽になれるわよ?ほほほ」
当てた脇腹に刃が刺さる。
ぶつ、ぶつ、と。
服の下に仕込んだ薄い革の胴当てまで辿り着いた。
汗がボタボタと顎を伝って落ちる。
自分の危うさに慌てるより高笑いをする女を見つめた。
何者か、どうすれば倒せるか。
頭の中はエヴを取り返すことだけ考えた。
「諦めてないわ。…あぁん、生意気な目付きが可愛い。あの人みたい」
代わりにしようかしらと笑った。
開いた片手をこちらへ向けて、ぐっと勢いよく握った瞬間、手に力が入った。
胴当ての革を越えてとうとう肉に、ぶつんっと深く刺さった。
痛みで身体ががくがくと震える。
腹が熱い。胸も。心臓の辺りにも痛みがあった。
まだ刃先は奥へとじわじわ進み、ふーふーと息が上がる。
「え~…少しは泣くかと思ったのに。うめき声ひとつ出さないのぉ?やだぁ、ますます似てて惜しくなっちゃった」
あの綺麗なハイエルフと一緒に残しとこうと目を細めて微笑み、手を下ろした。
腹に進んでいた刃は止まったがそのままピタリと動けない。
それを目視すると満足そうに頷いてエヴをずるずるとまた引きずり寝台に投げ込む。
「先に食事しなきゃ。回復に時間がかかってもう大変」
女も寝台に上がるとエヴに馬乗りになり、手を高く上げて振り下ろす。
バチン、バチンと頬に手のひらを叩きつけて。
止めたくて震えながら前のめりに身体が傾いた。
エヴの小さな呻き声。
女のけらけら甲高い笑い声が耳障りだ。
「や、め、ろ」
見るからに魔力枯渇で意識混濁している。
頬を腫らして鼻血も。
「まああっ!私の精神汚染からまだ動けるなんて!すごいわ!」
寝台から目を輝かせて私を見た。
「エヴ、を、はな、せ」
「あはん、ぞくぞくするぅ。あなた、この子がお気に入りなの?」
片膝を立たせた。
ぐぐっと力を込めて押さえつける何かを押し返す。
「つ、がい、をかえせ、私の、番」
「ふざけんじゃないわよぉぉ!」
そう叫ぶとへらへら緩んでいた顔が一変した。
目をつり上げて憤怒の形相で威圧が強まった。
「はあああ?!この子がぁ?!嫌だ、あり得ない!こんな贄にしかならないゴミ」
乱暴に頭上の髪を掴んでブンブンと振り回した。
「こいつはねええ!私の伴侶を殺したのよぉ!ゴミよゴミィっ!」
激昂し、また強く頬を叩く。
「黒い肌と長く艶のある巻き毛、雄々しく美しい身体、顔、姿、私の伴侶!ああ!私のゾーハル、ゾーハルを殺した!私を助けようとしたのに!こいつのせい!アモルゥゥ!あんたも許さないからねぇ!」
ばっと素早く手をかざしてまた空中を握って振り回すと倒れていたアモルが跳ね起きて叫びながら苦しみに転がる。
「ああああああっ!」
頭を抱えていつまでも叫び続けた。
そちらへ女の気が削がれた。
一瞬、緩んだ拘束に剣を振りかぶったのに間に合わなかった。
すぐに私へ手を向けて私の腕は上に向けたまま止められた。
「あっぶなぁ。やめてよね、また器が壊れちゃうじゃない。せっかく手に入れたのに。あんた達にとっても大事な器よ。見せてあげる」
顔に両手を重ねてそのまま下に滑らせると、器と呼んだ身体が変化し始めた。
ぼこん、ぼこんと身体と顔が変形していく。
他の魔法を使っているなら、また動けるかもしれない。
ぐ、ぐぐっと身体を動かし続ける。
睨み付けていたのに。
女を凝視し続けていたら目がこぼれそうなほど見開き身体から力が抜けた。
「じゃーん、びっくりしたかしらぁ?あははは!」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたの事は記憶に御座いません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:170,138pt お気に入り:3,762

母になります。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:32,618pt お気に入り:1,660

ある化学者転生 記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:4,690

激エロ後輩から誘われた!これは据え膳だろ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:582pt お気に入り:1

少し冷めた村人少年の冒険記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:2,186

ぼくの言の葉がきみに舞う

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:35

【書籍化進行中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,022pt お気に入り:429

樹海の宝石【1】~古き血族の少年の物語

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:131

処理中です...