人狼の団長、見つけた番はすでに溺愛されている《団長はお預け中、たまに待てが出来ないで押し倒す》

うめまつ

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采配

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「謁見か?」
次の日の午後、私の服を届けに来たデオルトに尋ねると頷いた。
執務室に案内されて向かうが、扉の前で緊張に息苦しい。
たった一日会わなかっただけなのに、長い間会わなかったような気がする。
「やあ、カリッド」
入室するとすぐにお声かけをいただく。
執務机とは別のテーブル、その向かいの椅子に座るように促され着席した。
側でデオルトがお茶の支度を進める。
「君の怪我はもう良いと聞いたよ」
今朝の魔導師長の診察で人狼の回復があるからすぐに治るとお墨付きをもらった。
実際に獣化した影響から、以前より回復が早くて穴の空いた手のひらの抉れた肉はすでに埋まっていた。
「クレインの姫はまだかかりそうだね。他にも色々と困っていると聞いた」
人族の回復力しかないエヴはまだ寝たきりで、起きている間はヤンとダリウス、私しか近寄れない。
ラウルと羽根二人を見ると泣く。
涙が止まらないと言う。
エルフの顔立ち、淫魔の女性らしい仕草、華奢な長身。
それぞれがシルファヌスにどことなく似ていると恐れて、三人のこと好きなのにと泣きながら謝っていた。
それでも他の者はもっと怖いと彼ら以外の世話を拒否している。
「ある程度、治療がすむまでここで預かることになった」
期限はエヴが影渡りかワイバーンで帰領出来るようになるまで。
「あちらには他の兵団と魔導師団の一部を増援に送る。君ら全員、ここに残れるように計らう」
「私もですか?」
「離れられるのか?」
はいと答えるつもりだったが想像しただけでも身が切られるような苦しみが胸を刺した。
答えに窮した態度と私の表情に陛下が苦笑する。
「無理するな。私は人狼の習性は理解しているし、そうでなくてもつらいことだから。……本当に、すまなかった」
最後は尻すぼみに声が小さくなる。
そしてテーブルに手をついて頭を下げた。
「操られていたと理解しています」
まだ気持ちの整理がつかない。
隠しているが、このまま飛びかかりたいほど憎い。
長年の陛下を慕う気持ちが無理やり蓋をしているだけだった。
「シグバドのことだが」
その名で押さえようにもじわりと身体が強張る。
「まだ保留にする」
「……分かりました」
処分はさせない気だ。
希少種のハイエルフ。
魔導師長並みの掘り出し物。
「厳罰は検討している。だが、あれにその断罪を望むなら私にも必要だ」
「陛下は、」
「同罪だ」
言い切られて返す言葉が見つからなかった。
身内に甘くても己に厳しい。
そして、ご自分を盾に近衛隊長を庇っている。
私が陛下を許したがっているのを利用して。
「理解したならいい。話は終わりだ」
下がれと言われて黙って執務室を後にした。
悔しさと情けなさ、見捨てられたような心細さ、その反面陛下の手腕と判断への称賛。
感情がかき乱されている。
陛下の寝室へ向かった。
最も強い護符と封印が施されている。
淫魔の力が暴走している間はこの部屋で休む。
ノックもせずに扉を開けて、中の様子に目が点になった。
「あ、団長、おかえりなさぁい」
エヴの明るい声。
側には太めの男女が四人。
顔を見ればラウルと羽根の二人組と近衛隊長。
それも顔立ちがいつもと全く違う印象。
ヤンとダリウスは腹を抱えて笑いを堪えている。
「くそ。見られたくなかったのに」
ラウルが頭をかきむしった。
たっぷりの髭と三倍に膨れた身体は動きづらそうだ。
「すごくないですか?トリスとモルガナがしたんですよ。皆、別人みたい」
これなら怖くないと微笑んだ。
「すごい技術ですね」
近衛隊長が長椅子に横たわるエヴに手をかざしたまま呟く。
よく見ればクレインから持ってきたカツラを着けている。
「……どうやって?」
「顔はお化粧で身体は綿を詰めました」
細身を太めに見せるのは簡単ですよとモルガナが丸太のような身体で胸を張る。
「顔の肉は?」
「即席です。本当は布と綿で作るんですが。今回は小麦粉と糊を練った生地を貼りました。モルガナが上手なんですよ。ついでにパンを焼いてくれました。そこにあります。団長もいかがですか?」
ほかほかのパンがテーブルに置かれている。
しかも感触にもこだわって発酵させたパン生地を使っているらしい。
「ねえねえ、モルガナ。怪我が治ったら私にもしてね」
「お任せください。私達の尊き方」
「髪のお色もカツラを使えば変えて遊べます。染色は髪が痛むのでお勧めできませんが」
「目はさすがに無理よね?」
「そういう目薬がありますけど、視力が落ちますから。失明も」
娼婦が使う秘薬だ。
変身魔法や幻術を使える者は関係ないが、魔法に特性のない下位種の淫魔や普通の娼婦は様々な道具を扱う。
二人もそれなりに淫魔の経験があるのは分かっていたが、いらん知恵ばかり増えて心配だ。
ヤン達は存在を知らなかったようでトリスの説明を素直に感心して聞いていた。
エヴとヤン達の世間ずれはどうにもハラハラする。
「魔法があります。教えましょうか?」
「本当ですか?シグバドさん」
外見のおかげなのかエヴはシグバドへ無邪気な笑みを向けた。
「はい、望むのなら何でもお役立ちいたします」
「ありがとうございます」
よく見るとシグバドの見かけはジェラルド伯に似せてある。 
それも落ち着く理由らしい。
トリスがしばらくこの格好で過ごしますと言うとエヴはもういいと断った。
「準備が大変でしょ?それにずっとって訳にはいかないから慣れていかなくちゃ。いつものみんなを好きでいたいもん」
「……尊き方」
「うう、泣いたらお化粧が崩れちゃうぅ」
羽根二人が涙ぐんでいた。
「でも急には心配ですから。念のため明日も。ね?モルガナ?」
「ええ!そうよね!明日はもっと驚かせて見せます!」
二人ははしゃいで明日の装いの計画を建て始めたら、エヴが内緒にしてと慌てて止めた。
「明日の楽しみにしたいから!」
「そうですよね、気が利きませんで申し訳ありません」
「バッチリ面白いのを用意しますね!ちゃんと内緒にします!」
準備しなきゃと飛び出しそうなモルガナを近衛隊長が引き留めた。
「小物の支度は私が口利きしますよ、モルガナ嬢。もう少ししたら治療を休みますのでご一緒させてください」
初めてこんな雰囲気の柔らかい近衛隊長を見る。
冷たく居丈高な男だったのに。
私の中にこの男への怒りと殺意はあるのだが、エヴの許した態度にあまり強く威圧するのも憚られた。
エヴから離れて様子を眺めているヤンへ駆け寄った。
「ヤン、エヴはなぜこうまで受け入れている?」
エヴもだが、ヤン達もだ。
殺意を隠した気配を微かに感じるのに穏やかに微笑んでいる。
「エヴ様が許して穏やかな生活に戻りたいと願われました。私共もエヴ様のために協力しているだけです」
「それだけか?他に何があった」
「……魔導師長から希少種のハイエルフをこの国に囲いたいと。ですが、陛下はエヴ様のお気持ち次第で采配すると話聞かせていました」
「……あの、くそじじぃ」
エヴのお人好しに漬け込んだ。
「エヴ様は国の利を優先されました。それと謝ったら許すというお考えなので、近衛隊長の真摯に謝る姿を見て許す気になったようです」
「……土下座しただけで許すな」
「ついでにご自身の顔を剥ごうとなさいました。耳の横、切れ目が入ってますよ」
言われて近衛隊長を凝視するが、カツラに隠れて見えない。
鼻をひくひくと動かして微かな血の匂い。
しかしエヴの血の匂いと混ざって判別出来なかった。
「生首も襟巻きも、顔の皮もいらないと号泣されました」
「いつ?」
「刃物騒ぎは昨日です。私共が治療してもらった際に、私共の目の前で。羽交い締めにしてエヴ様の采配を求めると説得しました。先程、お伝えしてエヴ様が泣いたのはその時です」
ここでもエヴ達の前でエヴの治療のためにまだ死ねないからせめて代わりに耳を削ぐ、皮を剥ぐと騒動になったと言う。
「勝手に死ぬ分にはどうでもいいのですが、皮を剥いだ状態で近づかれてはエヴ様が脅えます」
迷惑です、とため息をはいた。
「……そんなことになっていたのか」
「ええ、まあ。……何と言いますか。少々極端で……なかなか扱いづらい方です」
ヤンのしかめっ面に追い払いたいのに追い払えないと言った様子だった。
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