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あー、あのくらいで泣くとは。

自分で予想外だった。

見るのは楽しいけど見せるのは無理だわ。

カナン様のためとは言え、へっちゃらなダグを尊敬する。

マジであいつは神経が太い。

何度か心配して声かけたけど、にっこり笑ってカナン様がやりたいように付き合うだけだよと受け止めてた。

懐深すぎ。

メンタル最強かよ。

俺はベイル部隊長に命令されても走って逃げるわ。

はあ、とため息をついて、顔を洗おうと部屋から出た。

タオルで顔を擦りながら中庭の井戸へ向かった。

目ぇ腫れてんだろうな、見られたくねぇとタオルで隠したままハウスキーパーとすれ違う。

「おい、兄貴。兄貴ったら」

後ろから呼び止められて立ち止まり、タオルの隙間から声の主を見た。

「何?イーサン」

俺と同じ髪の色、瞳の色。

顔も似てる3つ下の弟。

俺より少し背が低くて横にがたいがいい。

ぱっと見は俺と似てるけど、貫禄つけたくて顎にふさふさの髭を蓄えてる。

親父そっくり。

俺の弟というより親父の兄弟扱いされてる。

「待ってたんだよ。今日、出勤被ってるから一緒に行こうと思って」

代わっていた治験の報告も溜まってんだよと腕を組んでむすくれてる。

「逆だろ?頼んだのお前じゃん。お前が嫁さんの側にいたいって言ったから夜勤を変わってやってたのに。それで、リアーナさんの具合は?」

「復活。お世話になりました」

「どういたしまして」

少し前からこいつの嫁さんは風邪を拗らせて看病のために休んでた。

おかげで1週間ほど親父と二人で交代制。

我が家は身内溺愛の家系だからそう言うのは当然なんだがな。

いつもなら近場の姉貴が応援に来るが、あっちも子供が風邪でどうしようもなかった。

他にも従兄弟や叔父や叔母がいるけど、他領に嫁いだりよそで商売したり。

色のせいだ。

それとこの仕事に関わる勇気がない奴は外へ行く。

母がそうだった。

跡継ぎの男を二人産んだら手紙ひとつ残さず出ていった。

親父がどんなに心を砕いても、我が家で管理する治験体の存在と領民からの冷たさに精神を参らせたから。

顔は覚えていないが、恐ろしい形相で俺達を罵って、獣みたいに叫びながら裸足で屋敷を飛び出した衝撃だけは覚えてる。

それを、仕方がない、許してやれと親父の言葉。

お前達も辛かったら離れていいといつも慰められた。

覚悟をしてるから、それまでは一緒にいようって。

誰も親父から離れない。

この色を恐れる母にも会ってない。

再婚したらしいってことしか知らない。

情のなさに寂しくないと言ったら嘘になるけど気になるほどでもなかった。

「リアーナさん、良かったな」

「おかげさまで。まあ、兄貴達のおかげ。あっざーす」

顔を歪めながら礼を言うから笑ってしまう。

気恥ずかしいんだろう。

二人は王都で知り合った。

すげぇロマンチックだったとリアーナさんははしゃいで話していた。

男に絡まれていたところをイーサンが颯爽と現れて助けたなんとか。

で、また雨の日にばったり再会して、イーサンが使っていたマントを雨避けにかけて家まで送ったって。

これは運命だとリアーナさんが盛り上がったらしい。

リアーナさんは肝の座った人で我が家の歴史を伝えるのに、だから何よと一蹴して結婚に怯むイーサンに押し掛け女房。

押し掛けた距離も王都からこの我が家まで女の一人旅で。

イーサンがそれでほだされた。

それが去年の冬。

新婚ホヤホヤ、まだ熱々の2年目。

リアーナさんにはすげぇしか出ないわ。

でも我が家の嫁にはこのくらい蹴散らしていく人がいいだろう。

リアーナさんはイーサンの3つ年上、俺と同い年。

かなり気が強い元気者で姉貴とタッグ組むから我が家の采配を任せている。

母の件があるから仕事に関しては近寄らせないが。

治験体を置いてる別棟には立ち入り禁止にしてる。

「顔、洗ってくる。支度を急ぐよ」

「早くしてくれよ、兄貴」

そう言って通路を急ぐと後ろからイーサンが着いてくる。

気味悪いから小走りで逃げるのに無言で追いかけてくる。

何これ?

結局、外の井戸まで。

「……なんだよ?」

タオルの隙間から睨んでたら、逆にじろじろと顔を覗かれて後ずさった。

「マジでなんだよ?」

「……ちょっと外せ、それ!」

「うおっ、おい!返せ!イーサン!あーもう、顔を見んな!」

顔を隠したタオルを取り上げられて、しかも胸ぐらを捕まれて手で顔を覆うのにそれもよけられる。

「なんで顔腫れてんだよ?!」

「顔は腫れてねぇよ!」

「目が真っ赤じゃねぇか!瞼の傷もなんだよ!」

「いてえ!触んなってば!」

どういうことだと理由を問いただされて鍛練だと誤魔化すのに、兄貴が鍛練で泣くかよと怒鳴られた。

泣いたのはバレバレか。

仕事が憂鬱だ。

「もういいから放っとけって。顔洗ったら支度するから」

むすくれているイーサンを放って井戸に桶を落とした。

「してやる。どけよ」

綱を引いていたら、俺を押し退けて綱を掴む。

「何もないから心配すんな」

「……本当かよ」

「マジだって」

用意してくれた水桶に手を突っ込んでパシャパシャと洗ってたけど、イーサンの不機嫌な視線がしつこい。

朝までベイル隊長に構われて、最後に人前でキスされたせいだと言えないつーの。

怪我と腫れた目元がバレたならいいかと思って、出勤前にイーサンに消毒と包帯を頼んだ。

治りが早くなる薬草の粉末も塗ってもらうけど痛くて体が逃げる。

「いてて、」

「思ったより深いよ。縫う必要はないけど」

「マジかぁ」

「マジで何やったんだよ?」

「んー、事故だなぁ。割れたガラスの側で暴れる子供を捕まえようとしたら、そいつの持ってた棒に当たった」

「へぇ、そうかよ。これも?」

両腕の数ヵ所にガキから食らって棒の形に変色してる。

イーサンの診たてだと背中にも多少のあるらしい。

「ミスったから」  

さばききれなかった。

そこまで言うのは嫌でそれだけ答えた。

「……ふーん」

納得したのかと思って、パンツ一枚から急いで身仕度をしてると、さっさとイーサンが救急箱を片付けて俺に背中を向けて扉へ向かった。

「おい、もう支度すむから待てよ」

あとは簡易の鎧を着るだけだ。

てか、ぶっちゃけ手伝ってほしい。

楽だから。

「やだね。先行く」

「イーサン」

扉を開けて振り返ると俺を睨んでいる。

分からずに着替えを続けながら首をひねるとイーサンは顔をしかめて舌打ちした。

「兄貴ぃ、昨日は部隊長と飲みなのになんで子供の話?さっきは鍛練って言ってたのに。俺、バカだからどれが本当か分かんねぇや。その格好も納得出来ねぇし」

「格好?」

「何やったのか分かる。しばらく人前で真っ裸になるのやめとけよ。特にケツと腰回り、やべーから」

「……はぁ?」

「可愛がるなら文句ねぇけど、うちの兄貴を怪我させて泣かせるなら話は別だ。親父も交えて話し合いだな。姉貴も呼ぶわ」

すげぇ怒りながらそう言うと強めに扉を閉めて出ていった。

「……ケツ?」

ぽかんとイーサンを見送ったけど、徐々に心当たりが胸に沸いてきた。

おいおい。

まさか。

姿見の前に立って急いでズボンに指を引っかけて下ろしたらすぐに自分の半ケツを体をひねって確認した。

「げぇ」

捲ったパンツの中。

ちょうどはみ出る位置まで大量の赤い斑模様。

腰回りも指摘してたから、急いでその辺りも隙間から覗いてみれば同じように濃いキスマークだらけだ。

はっとしてよくよく自分の体を見ると、パンツの中ほどじゃないが、胸や首筋にもいくつか小さく斑点がある。

よーく見れば全身。

青紫の打撲と違う薄い赤い斑点。

怪我に見慣れた俺やイーサンなら一目瞭然だ。

昨日の濃厚なのを思い出して頭に血が昇る。

でもさっきのイーサンの態度にあっという間に血が下がる。

「み、見られた」

半ケツのまま膝からその場に崩れた。
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