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しばらくベイル部隊長とは顔を会わせなかった。
追いかけられたけど走って逃げた。
勤務中なのにと言いたくなるようなことされるし、言われるから恥ずかしかった。
ぶっちゃけ怖いけどダグにいつも匿ってもらった。
団長や親父だと仕事を絡めて強引に連れていかれるけど、ダグが相手だとそうもいかないらしい。
兄さんったら、またガツガツしてるの?下手くそなの?って鼻で笑って退けて、あとで戻るように話をしたげると余裕を見せる。
むすっとするが、ダグを見ると頭が冷えるって言っていつも大人しくなるから助かる。
俺がダグといるとカナン様は少し眉をぴくりと上げる。
でも、どうでもいいと言った態度で咎めることはなく、アリオンもただ笑って今日はどうしましたと聞くだけ。
なんで二人が気にしないかってのも簡単で、俺がベイル部隊長と顔を合わせると真っ赤になって半泣きになるからだ。
もう俺達の関係はベイル部隊長が報告すみだし、好きだということも、向かい合うと泣くほど緊張するのもバレてる。
今日も逃げ込んで俺は退勤間近。
ダグとアリオンは夜間警備で本邸に寝泊まりの予定。
「もう帰りなよ」
「……分かった」
「いい子だから泣かないの。そんな逃げてばかりだとベイル兄さんも落ち込んじゃうよ?いいの?あの人、頑固だよ?」
「う、」
一度決めたら頑ななところがある。
俺を構うのをやめると決めたら絶対、もうしてくれない。
「これ、持って行きなよ。カナン様からご褒美で貰ったけど二本もいらないし」
持たされたのはかなり良い酒。
一人ずつにくれたらしい。
今回、ダグひとりでアリオンの護衛もなく襲撃を退けたからだと話してくれた。
俺の渡した痺れ薬も大いに役立ったと笑みを浮かべた。
そして、アリオンはダグをここまで成長させた褒美だ言う。
「……お前ら、すげぇな」
どっちもすげぇ。
奴隷の身から団長代理と認められた上に、カナン様と愛人の隙間に食い込んでぶら下がるアリオンと変態プレイにどこまでも付き合い、力を伸ばして護衛兼従者にまでなるのも。
そのことを言うとダグはくすくす笑った。
「俺なんか全然だよ?アリィがいなきゃこうはならなかった。それにカナン様もいなかったら孤児の俺なんかのたれ死だよ。感謝してるんだぁ。アリィやロニーと違って俺なんかいずれ年取って閨も役に立たなくなるんだから頑張らないとねぇ」
恩返しだよと微笑む。
「キツくないの?……色々、その、」
最近、尻叩きはないけど野外プレイは相変わらず。
メンタル強すぎて気にしないのは分かってるけど。
なんでかなってのがデカイ。
10才で閨の相手して尻を叩かれて流血も数えきれないくらいしたのにどうしてそんなに尽くそうと思えるんだ。
言い淀む俺を眺めて、ああ、ね、と納得に頷くと笑みを深める。
「ご奉仕のことでしょ?聞きたいのは」
なんでそう察しがいいんだ。
しかもあっけらかんと。
改めてメンタルの強さを見せつけられた気がする。
「……まあ、そうだな。楽だとは、思わない。そ、外とか。前は、流血もしょっちゅうだったし。色々、なんでかなって思えて。……どうなん?……気持ち的に」
言葉を選んでゆっくり尋ねた。
大丈夫かと聞くことはあっても、ダグに悪い気がしてはっきりと尋ねたことはなかった。
こっちは気を遣うのに、ふんふんと頭を揺らして俺の言葉を平然と聞いていた。
「……そうだね、別ご奉仕はねぇ。体が大変なだけで何にもないよ」
「なんでそんなに強いんだよ?普通、あ、いや。何て言うか、10才からは、キツイって言うか」
おかしいみたいな言い方になるのは抵抗があったから、言い直すんだけど上手く話せない。
そんな俺のもだもだする態度を穏やかに対応する。
やっぱり気を遣うのは俺で、こいつはあっけらかん。
「理由かぁ。ちょっと待ってね。考えるから」
しばらく顎をさすりながら首をひねって何か思い出すように空中に視線をさ迷わせた。
あ、と小さく声が漏れて何か思い付いた様子に俺はテーブルに肘をついて前屈みになる。
「あれかなぁ」
「何?」
「真っ黒に焦げた死体がいっぱい並んでるの。何体も。どれがお父さんかお母さんか分からなかった」
あっさりした態度と言葉のちぐはぐさに固まった。
「それに、目の前で皆が燃えたの思い出せば何もかも些細な気がするんだ。あの時、兄ちゃんの髪の毛が燃えて、後ろで倒れたお母さん達も燃えてた」
「思い出したのか?」
「うん、最近。何となくだけど。助かったのも俺だけ小さかったからだよ。2階の小窓から外の用水路に兄ちゃんが放り出したんだ」
以前、どうして助かったのか聞いた時はなんでだっけと答えていた。
火事のことは何にも覚えてなかったのに。
「あれがあるから別にキツイことってないなぁ」
「そう、か。わりぃ」
「別に悪いことばかりじゃないよ。あの火事も無駄じゃないから。大事なことだと思う」
「……大事?」
ダグのおっとりとした笑みに驚いて眺めていると、そんな俺を見てダグはまた目を細めて笑った。
「カナン様ねぇ、あの火事のあと領内に貯水地を増やしてくれたんだ。死んだうちの家族やご近所さんの家族ごとのお墓も。庶民の俺らに。ありがたいよねぇ」
聞いたことはある。
かなり大きな火事で死人も多かったから、合同葬祭でカナン様が喪主を勤めて死を労った。
パフォーマンスとも取れるけど、そのあともかなり金をかけてあの地区の保護をして、それを参考に領内の火事の危険や対策を念入りに精査したことは親父から聞いていたし、有名だった。
「犠牲者を弔ってくれたし、予防策も考えてくださった。しかも街の管理をする自分の責任だって言われたら、何でもしようって気になるよね。俺、これかも頑張んなきゃ」
「お前に話すのか?」
そんな込み入った話をする方だと思ってなかった。
無言でがつがつじゃねぇの?
見掛けるといつもそうじゃん。
「いや、昔、家令のガーランドさんや団長に言ってるのを横で聞いてた。わざわざ10才の子供に話すわけないじゃん。てか、俺がカナン様に尽くすのは当たり前っしょ?命の恩人なんだから」
ダグの熱心さに圧倒されて、ただ黙って頷きを返した。
すぐに、ちらっとアリオンへ視線をずらす。
こいつはどう思ってんだと気になったから。
だけど何を思ってるのか、熱くカナン様のことを語るダグを眩しそうに見つめてうっすら誇らしげ。
こいつらのことはやっぱり俺には分からない。
「最近なら冬場の新しい働き先に伯爵家の工房を増設してる。冬場の仕事がない人に何かさせたいんだって。側にいるとそんな話をしてるのが聞けるし、楽しいよ」
マジで嬉しそうなのが理解出来ねぇ。
「わっかんねぇ」
「そう?」
俺の呟きにダグは目を細めて笑みを深めるだけだった。
穏やかに笑みを浮かべる二人をじろじろと見比べた。
なんで三つ巴に満足してんの?
何なの、こいつら?
アリオンはダグの隣に腰かけてゆったりとしていた。
くつろいで片耳につけた耳飾りのプレートを撫でて遊んでる。
最近気づいたこいつの癖。
気が緩んでる時はよくこうやってプレートを揺らしたり撫でたりと手遊びをする。
片耳の上部に穴を開けて耳たぶまで塞ぐ形のでかいプレートは奴隷の証。
ダグの名が刻印されている。
黙ってるとちゃりちゃりって小さな金属音が二人の泊まり部屋に響く。
ちらっと俺の視線にアリオンが目を向けた。
「……私は主人が羨ましいですよ。仕える主を10の年齢にして得たことが。内情はなんであれ、心より仕えたいと望む主と出会えたことは素晴らしいと思ってます」
「……へぇ」
返す言葉が分からずただ相づちに答えた。
アリオンのもとの主人は処刑されてもういない。
主が行おうとする国家転覆の犯罪をこいつが止めるのも聞かず、逆に言うことを聞かないから主に殺されかけたって聞いてる。
惜しんだ様子のなさから信頼関係らしいものはなかったんだろう。
命を差し出さねばならない者にとって、つまらない奴に仕えるのは確かに苦行だ。
なぜこんな奴にと恨みと憎しみが付きまとう。
カナン様も、ダグへの執着以外は本当に領民思いの領主。
いざという時、私兵団の指揮官となればこちらの損害を最小限に抑えた戦法で俺達を守る。
消耗品のゴミ扱いはしない。
本当にダグに関して以外ならお仕えするに充分すぎる方だ。
ダグのことで妬ましいのに、それを払拭するほどの感動を何度も体験した。
「えー?俺なんかが主でいいの?アリィは満足?」
ダグは振り返ってアリオンに微笑みかけて、アリオンもそれに頷いて返す。
「もちろん。主として足る。見返りも求めずに私の命を救ったことも感謝している。私はダグへ何か望むことをしたい。今はそれだけだ。ダグがカナン様に身も心も仕えると言うなら私が支える」
お互いに熱い視線を絡めたと思ったら、ダグはきゃぁ、と乙女に変身して頬を両手に挟んで悶えてる。
「うわぁっ、最高に俺の嫁ちゃんは出来てるなぁ。さすが俺の騎士様。好きぃ」
「私もだ。私の主」
「うへぇ」
目の前のイチャイチャに舌を出してゲンナリ。
食うのはお前だろうがと突っ込みたい。
何、きゃぁ、なんか言ってるんだ。
肉食獣のくせに。
隣の獰猛な大型獣をバリバリ頭から食って手なずけやがって。
しかも最近は所構わずこんなだ。
カナン様が悋気を起こすとハラハラしたのに鼻でふっと笑って放ったらかし。
気が向けばダグを呼び寄せてアリオンから取り上げるけど、忠犬のようにすぐカナン様に切り替えて、部下らしい忠実なダグの態度を見ると満足している。
キスしたり頬を撫でたり、以前と違ってレイプ紛いの野外プレイはなくなった。
中庭や温室で日差しに当たりながらダグとゆっくり微睡むのを好むようになった。
カナン様の軟化した態度とダグの甘えて馴染んだ様子に、他の奴らが嫉妬はないのかとアリオンに尋ねても、あいつはいつもの余裕の笑みを浮かべていた。
「ごめんね?幸せで」
「やかましいわ」
幸せのハードルがむちゃくちゃであり得ねぇよ。
呆れてるのに可愛いこいつがでれでれと幸せそうに笑うと、釣られて俺も顔がへらっと笑ってしまう。
以前、ベイル副団長が二人の並んだ姿を見て懐かしいって言ったのが何か最近分かってきた。
この喜ぶ顔は子供の頃を思い出す。
子供の頃のダグとルガンダ兄さんだ。
いつもこんな顔をしていた。
おじさん達と皆で幸せそうだったと笑顔が眩しくて目を細めた。
相変わらずダグの人を包み込む優しい性格やそれを映す黒い瞳の眼差しは大好きだ。
この幸せそうに笑う可愛い顔も俺のストライクゾーンど真ん中。
以前の蛇みたいにぬるっとしていた体は鍛えて変わってしまった。
細身の固く締まった筋肉が全身をなだらかに覆って若鹿のような体つきに精悍さが増して、儚げに見えた見掛けは逞しくなった。
男らしくなってもっと爽やかになるかと思ったけど、そう言うことでもなく。
余分な脂肪と筋肉を落として細い鋼のような見た目と固さに変化した体つきはまだちゃんと華奢さを残していて、そのバランスがエロいという謎現象を起こしている。
いまだにダグの優しさに甘えたくなるし、エロくてムラってするが、怖い二人が後ろにいる。
何より本人が一番の化け物って分かってからはそう思うだけで何も心に響かない。
本当に好きだったなぁって感慨だけ残して、自分のものにしたいって欲は綺麗に消えた。
欲の消えた俺はましだけど、見た目の雰囲気が変わって幸せオーラに溢れるせいで、一段と魅力的になったこいつに当てられて新しい犠牲者は増加中。
アリオンの守りだけじゃなく、本人の力量とドSっぷりを回りに発揮したおかげで何も起きていないけど。
……こんなんで王都に行って大丈夫なのか心配してる。
親父達に聞いた話だと、カナン様も同じことを気にして普段の鉄面皮が崩れるくらい渋面になるらしい。
カナン様を困らせるのはダグくらいだと団長と親父がため息をついていた。
「あんまりへらへらすんなって。また新しいの釣るぞ」
「なんで釣れるんだろうねぇ。不思議ぃ」
呑気は変わんねぇか、と苦笑い。
まあ、放っとこうと緩く考えて、そんなに心配はしていない。
俺がいなきゃと思ってたのが嘘みたいだ。
「あー、そうだ」
ダグが思い出したように、約束の外食はいつにすると尋ねてアリオンも込みで話を進める。
なんだかんだで昔のように過ごせるのは嬉しかった。
「じゃあ、日程をベイル兄さんにも聞いといてね?四人で行こうよ」
「う、わ、分かった」
いきなりその名前を出すな。
「あはは、顔真っ赤ぁ。可愛いね」
「うっ、」
一瞬、向かいに座るアリオンに冷めた視線に睨まれて息が詰まった。
けど、すぐに俺から視線を外してダグの無邪気な様子に小さくため息をついて目を伏せた。
「ダグ」
「アリィ、なぁに?ああ、ごめんね。そういうつもりじゃないよ」
「分かってるが不満だ」
「分かった。気を付けるね」
「……緩いから信用がない」
……確かに緩いなぁ、こいつは。
同感だぜと心の中で同意した。
しかし名前を呼ぶだけでたしなめるこいつもある意味、ダグを尻に敷いてるんだなぁ。
「ふふ、可愛いねぇ。アリィは。ロニー、ごめん」
「あ?」
申し訳なさそうに眉を下げて、ガタンと椅子から降りたら、俺にやると言った酒を片手に入り口へ。
それを理解して俺も立ち上がる。
「可愛い嫁ちゃんの機嫌を取らなきゃ。またね」
「お邪魔」
「あ、そうだ。がっつき癖のあるベイル兄さんに伝言。明日も仕事だから夜は程ほどにと伝えてね、ロニー」
「ぐっ」
思わずたたらを踏んで立ち止まった。
二人の邪魔すんのも悪いと思って素直に帰ろうとしたのに。
こいつはまたからかいに名前を出してきやがった。
しかも夜のことまで下世話だ。
言い返したいのに経験談を交えて論破してくるこいつに言い返せねぇ。
顔を真っ赤にして悔しがる俺に、さあ、もう帰んなよと笑って背中を押して促す。
「……このやろぉ。図太くなりやがって」
「そうかな?ふふ」
余裕ぶっこいてるこいつに何も言えず、受け取った酒を片手に外へ出た。
追いかけられたけど走って逃げた。
勤務中なのにと言いたくなるようなことされるし、言われるから恥ずかしかった。
ぶっちゃけ怖いけどダグにいつも匿ってもらった。
団長や親父だと仕事を絡めて強引に連れていかれるけど、ダグが相手だとそうもいかないらしい。
兄さんったら、またガツガツしてるの?下手くそなの?って鼻で笑って退けて、あとで戻るように話をしたげると余裕を見せる。
むすっとするが、ダグを見ると頭が冷えるって言っていつも大人しくなるから助かる。
俺がダグといるとカナン様は少し眉をぴくりと上げる。
でも、どうでもいいと言った態度で咎めることはなく、アリオンもただ笑って今日はどうしましたと聞くだけ。
なんで二人が気にしないかってのも簡単で、俺がベイル部隊長と顔を合わせると真っ赤になって半泣きになるからだ。
もう俺達の関係はベイル部隊長が報告すみだし、好きだということも、向かい合うと泣くほど緊張するのもバレてる。
今日も逃げ込んで俺は退勤間近。
ダグとアリオンは夜間警備で本邸に寝泊まりの予定。
「もう帰りなよ」
「……分かった」
「いい子だから泣かないの。そんな逃げてばかりだとベイル兄さんも落ち込んじゃうよ?いいの?あの人、頑固だよ?」
「う、」
一度決めたら頑ななところがある。
俺を構うのをやめると決めたら絶対、もうしてくれない。
「これ、持って行きなよ。カナン様からご褒美で貰ったけど二本もいらないし」
持たされたのはかなり良い酒。
一人ずつにくれたらしい。
今回、ダグひとりでアリオンの護衛もなく襲撃を退けたからだと話してくれた。
俺の渡した痺れ薬も大いに役立ったと笑みを浮かべた。
そして、アリオンはダグをここまで成長させた褒美だ言う。
「……お前ら、すげぇな」
どっちもすげぇ。
奴隷の身から団長代理と認められた上に、カナン様と愛人の隙間に食い込んでぶら下がるアリオンと変態プレイにどこまでも付き合い、力を伸ばして護衛兼従者にまでなるのも。
そのことを言うとダグはくすくす笑った。
「俺なんか全然だよ?アリィがいなきゃこうはならなかった。それにカナン様もいなかったら孤児の俺なんかのたれ死だよ。感謝してるんだぁ。アリィやロニーと違って俺なんかいずれ年取って閨も役に立たなくなるんだから頑張らないとねぇ」
恩返しだよと微笑む。
「キツくないの?……色々、その、」
最近、尻叩きはないけど野外プレイは相変わらず。
メンタル強すぎて気にしないのは分かってるけど。
なんでかなってのがデカイ。
10才で閨の相手して尻を叩かれて流血も数えきれないくらいしたのにどうしてそんなに尽くそうと思えるんだ。
言い淀む俺を眺めて、ああ、ね、と納得に頷くと笑みを深める。
「ご奉仕のことでしょ?聞きたいのは」
なんでそう察しがいいんだ。
しかもあっけらかんと。
改めてメンタルの強さを見せつけられた気がする。
「……まあ、そうだな。楽だとは、思わない。そ、外とか。前は、流血もしょっちゅうだったし。色々、なんでかなって思えて。……どうなん?……気持ち的に」
言葉を選んでゆっくり尋ねた。
大丈夫かと聞くことはあっても、ダグに悪い気がしてはっきりと尋ねたことはなかった。
こっちは気を遣うのに、ふんふんと頭を揺らして俺の言葉を平然と聞いていた。
「……そうだね、別ご奉仕はねぇ。体が大変なだけで何にもないよ」
「なんでそんなに強いんだよ?普通、あ、いや。何て言うか、10才からは、キツイって言うか」
おかしいみたいな言い方になるのは抵抗があったから、言い直すんだけど上手く話せない。
そんな俺のもだもだする態度を穏やかに対応する。
やっぱり気を遣うのは俺で、こいつはあっけらかん。
「理由かぁ。ちょっと待ってね。考えるから」
しばらく顎をさすりながら首をひねって何か思い出すように空中に視線をさ迷わせた。
あ、と小さく声が漏れて何か思い付いた様子に俺はテーブルに肘をついて前屈みになる。
「あれかなぁ」
「何?」
「真っ黒に焦げた死体がいっぱい並んでるの。何体も。どれがお父さんかお母さんか分からなかった」
あっさりした態度と言葉のちぐはぐさに固まった。
「それに、目の前で皆が燃えたの思い出せば何もかも些細な気がするんだ。あの時、兄ちゃんの髪の毛が燃えて、後ろで倒れたお母さん達も燃えてた」
「思い出したのか?」
「うん、最近。何となくだけど。助かったのも俺だけ小さかったからだよ。2階の小窓から外の用水路に兄ちゃんが放り出したんだ」
以前、どうして助かったのか聞いた時はなんでだっけと答えていた。
火事のことは何にも覚えてなかったのに。
「あれがあるから別にキツイことってないなぁ」
「そう、か。わりぃ」
「別に悪いことばかりじゃないよ。あの火事も無駄じゃないから。大事なことだと思う」
「……大事?」
ダグのおっとりとした笑みに驚いて眺めていると、そんな俺を見てダグはまた目を細めて笑った。
「カナン様ねぇ、あの火事のあと領内に貯水地を増やしてくれたんだ。死んだうちの家族やご近所さんの家族ごとのお墓も。庶民の俺らに。ありがたいよねぇ」
聞いたことはある。
かなり大きな火事で死人も多かったから、合同葬祭でカナン様が喪主を勤めて死を労った。
パフォーマンスとも取れるけど、そのあともかなり金をかけてあの地区の保護をして、それを参考に領内の火事の危険や対策を念入りに精査したことは親父から聞いていたし、有名だった。
「犠牲者を弔ってくれたし、予防策も考えてくださった。しかも街の管理をする自分の責任だって言われたら、何でもしようって気になるよね。俺、これかも頑張んなきゃ」
「お前に話すのか?」
そんな込み入った話をする方だと思ってなかった。
無言でがつがつじゃねぇの?
見掛けるといつもそうじゃん。
「いや、昔、家令のガーランドさんや団長に言ってるのを横で聞いてた。わざわざ10才の子供に話すわけないじゃん。てか、俺がカナン様に尽くすのは当たり前っしょ?命の恩人なんだから」
ダグの熱心さに圧倒されて、ただ黙って頷きを返した。
すぐに、ちらっとアリオンへ視線をずらす。
こいつはどう思ってんだと気になったから。
だけど何を思ってるのか、熱くカナン様のことを語るダグを眩しそうに見つめてうっすら誇らしげ。
こいつらのことはやっぱり俺には分からない。
「最近なら冬場の新しい働き先に伯爵家の工房を増設してる。冬場の仕事がない人に何かさせたいんだって。側にいるとそんな話をしてるのが聞けるし、楽しいよ」
マジで嬉しそうなのが理解出来ねぇ。
「わっかんねぇ」
「そう?」
俺の呟きにダグは目を細めて笑みを深めるだけだった。
穏やかに笑みを浮かべる二人をじろじろと見比べた。
なんで三つ巴に満足してんの?
何なの、こいつら?
アリオンはダグの隣に腰かけてゆったりとしていた。
くつろいで片耳につけた耳飾りのプレートを撫でて遊んでる。
最近気づいたこいつの癖。
気が緩んでる時はよくこうやってプレートを揺らしたり撫でたりと手遊びをする。
片耳の上部に穴を開けて耳たぶまで塞ぐ形のでかいプレートは奴隷の証。
ダグの名が刻印されている。
黙ってるとちゃりちゃりって小さな金属音が二人の泊まり部屋に響く。
ちらっと俺の視線にアリオンが目を向けた。
「……私は主人が羨ましいですよ。仕える主を10の年齢にして得たことが。内情はなんであれ、心より仕えたいと望む主と出会えたことは素晴らしいと思ってます」
「……へぇ」
返す言葉が分からずただ相づちに答えた。
アリオンのもとの主人は処刑されてもういない。
主が行おうとする国家転覆の犯罪をこいつが止めるのも聞かず、逆に言うことを聞かないから主に殺されかけたって聞いてる。
惜しんだ様子のなさから信頼関係らしいものはなかったんだろう。
命を差し出さねばならない者にとって、つまらない奴に仕えるのは確かに苦行だ。
なぜこんな奴にと恨みと憎しみが付きまとう。
カナン様も、ダグへの執着以外は本当に領民思いの領主。
いざという時、私兵団の指揮官となればこちらの損害を最小限に抑えた戦法で俺達を守る。
消耗品のゴミ扱いはしない。
本当にダグに関して以外ならお仕えするに充分すぎる方だ。
ダグのことで妬ましいのに、それを払拭するほどの感動を何度も体験した。
「えー?俺なんかが主でいいの?アリィは満足?」
ダグは振り返ってアリオンに微笑みかけて、アリオンもそれに頷いて返す。
「もちろん。主として足る。見返りも求めずに私の命を救ったことも感謝している。私はダグへ何か望むことをしたい。今はそれだけだ。ダグがカナン様に身も心も仕えると言うなら私が支える」
お互いに熱い視線を絡めたと思ったら、ダグはきゃぁ、と乙女に変身して頬を両手に挟んで悶えてる。
「うわぁっ、最高に俺の嫁ちゃんは出来てるなぁ。さすが俺の騎士様。好きぃ」
「私もだ。私の主」
「うへぇ」
目の前のイチャイチャに舌を出してゲンナリ。
食うのはお前だろうがと突っ込みたい。
何、きゃぁ、なんか言ってるんだ。
肉食獣のくせに。
隣の獰猛な大型獣をバリバリ頭から食って手なずけやがって。
しかも最近は所構わずこんなだ。
カナン様が悋気を起こすとハラハラしたのに鼻でふっと笑って放ったらかし。
気が向けばダグを呼び寄せてアリオンから取り上げるけど、忠犬のようにすぐカナン様に切り替えて、部下らしい忠実なダグの態度を見ると満足している。
キスしたり頬を撫でたり、以前と違ってレイプ紛いの野外プレイはなくなった。
中庭や温室で日差しに当たりながらダグとゆっくり微睡むのを好むようになった。
カナン様の軟化した態度とダグの甘えて馴染んだ様子に、他の奴らが嫉妬はないのかとアリオンに尋ねても、あいつはいつもの余裕の笑みを浮かべていた。
「ごめんね?幸せで」
「やかましいわ」
幸せのハードルがむちゃくちゃであり得ねぇよ。
呆れてるのに可愛いこいつがでれでれと幸せそうに笑うと、釣られて俺も顔がへらっと笑ってしまう。
以前、ベイル副団長が二人の並んだ姿を見て懐かしいって言ったのが何か最近分かってきた。
この喜ぶ顔は子供の頃を思い出す。
子供の頃のダグとルガンダ兄さんだ。
いつもこんな顔をしていた。
おじさん達と皆で幸せそうだったと笑顔が眩しくて目を細めた。
相変わらずダグの人を包み込む優しい性格やそれを映す黒い瞳の眼差しは大好きだ。
この幸せそうに笑う可愛い顔も俺のストライクゾーンど真ん中。
以前の蛇みたいにぬるっとしていた体は鍛えて変わってしまった。
細身の固く締まった筋肉が全身をなだらかに覆って若鹿のような体つきに精悍さが増して、儚げに見えた見掛けは逞しくなった。
男らしくなってもっと爽やかになるかと思ったけど、そう言うことでもなく。
余分な脂肪と筋肉を落として細い鋼のような見た目と固さに変化した体つきはまだちゃんと華奢さを残していて、そのバランスがエロいという謎現象を起こしている。
いまだにダグの優しさに甘えたくなるし、エロくてムラってするが、怖い二人が後ろにいる。
何より本人が一番の化け物って分かってからはそう思うだけで何も心に響かない。
本当に好きだったなぁって感慨だけ残して、自分のものにしたいって欲は綺麗に消えた。
欲の消えた俺はましだけど、見た目の雰囲気が変わって幸せオーラに溢れるせいで、一段と魅力的になったこいつに当てられて新しい犠牲者は増加中。
アリオンの守りだけじゃなく、本人の力量とドSっぷりを回りに発揮したおかげで何も起きていないけど。
……こんなんで王都に行って大丈夫なのか心配してる。
親父達に聞いた話だと、カナン様も同じことを気にして普段の鉄面皮が崩れるくらい渋面になるらしい。
カナン様を困らせるのはダグくらいだと団長と親父がため息をついていた。
「あんまりへらへらすんなって。また新しいの釣るぞ」
「なんで釣れるんだろうねぇ。不思議ぃ」
呑気は変わんねぇか、と苦笑い。
まあ、放っとこうと緩く考えて、そんなに心配はしていない。
俺がいなきゃと思ってたのが嘘みたいだ。
「あー、そうだ」
ダグが思い出したように、約束の外食はいつにすると尋ねてアリオンも込みで話を進める。
なんだかんだで昔のように過ごせるのは嬉しかった。
「じゃあ、日程をベイル兄さんにも聞いといてね?四人で行こうよ」
「う、わ、分かった」
いきなりその名前を出すな。
「あはは、顔真っ赤ぁ。可愛いね」
「うっ、」
一瞬、向かいに座るアリオンに冷めた視線に睨まれて息が詰まった。
けど、すぐに俺から視線を外してダグの無邪気な様子に小さくため息をついて目を伏せた。
「ダグ」
「アリィ、なぁに?ああ、ごめんね。そういうつもりじゃないよ」
「分かってるが不満だ」
「分かった。気を付けるね」
「……緩いから信用がない」
……確かに緩いなぁ、こいつは。
同感だぜと心の中で同意した。
しかし名前を呼ぶだけでたしなめるこいつもある意味、ダグを尻に敷いてるんだなぁ。
「ふふ、可愛いねぇ。アリィは。ロニー、ごめん」
「あ?」
申し訳なさそうに眉を下げて、ガタンと椅子から降りたら、俺にやると言った酒を片手に入り口へ。
それを理解して俺も立ち上がる。
「可愛い嫁ちゃんの機嫌を取らなきゃ。またね」
「お邪魔」
「あ、そうだ。がっつき癖のあるベイル兄さんに伝言。明日も仕事だから夜は程ほどにと伝えてね、ロニー」
「ぐっ」
思わずたたらを踏んで立ち止まった。
二人の邪魔すんのも悪いと思って素直に帰ろうとしたのに。
こいつはまたからかいに名前を出してきやがった。
しかも夜のことまで下世話だ。
言い返したいのに経験談を交えて論破してくるこいつに言い返せねぇ。
顔を真っ赤にして悔しがる俺に、さあ、もう帰んなよと笑って背中を押して促す。
「……このやろぉ。図太くなりやがって」
「そうかな?ふふ」
余裕ぶっこいてるこいつに何も言えず、受け取った酒を片手に外へ出た。
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リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
悪役令嬢と呼ばれた侯爵家三男は、隣国皇子に愛される
木月月
BL
貴族学園に通う主人公、シリル。ある日、ローズピンクな髪が特徴的な令嬢にいきなりぶつかられ「悪役令嬢」と指を指されたが、シリルはれっきとした男。令嬢ではないため無視していたら、学園のエントランスの踊り場の階段から突き落とされる。骨折や打撲を覚悟してたシリルを抱き抱え助けたのは、隣国からの留学生で同じクラスに居る第2皇子殿下、ルシアン。シリルの家の侯爵家にホームステイしている友人でもある。シリルを突き落とした令嬢は「その人、悪役令嬢です!離れて殿下!」と叫び、ルシアンはシリルを「護るべきものだから、守った」といい始めーー
※この話は小説家になろうにも掲載しています。
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
窓のない部屋の、陽だまりみたいな君
MisakiNonagase
BL
都心の高層ビル、その「内臓」とも言える地下一階のメール室。
そこで働く山﨑智之は、目立たず、期待されず、淡々と郵便物を捌く「透明人間」のような毎日を愛していた。自分は低スペックで、華やかな地上には居場所がない。そう、諦めていた。
そんな彼の静寂を破ったのは、二十二階の住人、若きエース・風巻隼人だった。
完璧なルックス、圧倒的な成果、羨望の眼差しを一身に浴びる彼が、なぜか地下のメール室に足繁く通い始める。
「五分だけ、ここにいさせてくれないか」
一通の郵便物から始まった、五分間だけの秘密の共有。
次第に剥き出しになっていく隼人の孤独と、それを無自覚に包み込んでしまう智之の温度。
住む世界が違う二人が、窓のない部屋で見つけたのは、名前のつかない「救済」だった。
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