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44※近衛隊長

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「兄上えええ!!どういうことですかああ!!?」

「おお?なんだどうした、そんなに荒ぶって」

勢いよく執務室の扉が開かれた。

「静かにしなさい、ルルドラ。父とはいえ陛下の御前だ」

陛下とリカルド王子が頭を付き合わせて仕事の話し合いをしている最中。

「ライラック伯爵家が降爵するとはどういうことですか!?」

「ああ、そのことか。驚くことはあるまい。なあ?リカルド」

「あの件の責でライラック伯爵家からの申し入れだ」

「咎は与えないと仰っていたじゃないですか!」

戸惑うルルドラ王子とは反対に陛下とリカルド王子は落ち着いておられる。

「長いこと税金の滞納が続いて、元からその話は出ていた。リカルドとの婚姻で得た金を返済に当てていたが一発当たった大金を上手く転がす才覚はない。このまま捨て置くのも忍びないのでひとつ事業を譲った。伯爵位としては足らない程度のものだ。それなら以前から話に出ていた降爵を勧めたらライラック伯爵は納得して受け入れた。それだけだ」

「だって、そんなことしたらライン義姉様が」

「問題はない。今後の生活にゆとりが出ると伝えたら逆に喜んでいた」

「違います!そうじゃなくて!」

「降爵を気にするのはお前の都合だ。私はラインと別れないし、お前にもやらん。実家が伯爵以下となったから后妃には絶対なれないからな」

「うぐっ!」

「ラインがいる限り私も皇太子には戻らなくてすむ。ルルドラ、私の代わりにしっかり励めよ」

「……こ、この」

「なんだ?」

「陰険のくそ兄上えええ!!!!た、たった三日でこんな話を決めてきやがってええ!」

その絵面を最初から考えてたんだろと怒鳴り付けてリカルド王子へ詰め寄った。

「父上もグルだな!」

「おおっと、落ち着きなさい」

「父上のバカ!バカバカ!」

「はは、悪口の語彙力が低い」

こんな激しく荒ぶるルルドラ王子は初めてで側にいる私達は見てしまったことに戸惑い空気に徹した。

「お前が私の妻にちょっかいかけるからだ。いい加減にしろ」

「兄上はずるいんだよ!大役は僕に押し付けてライン義姉様まで独り占めして!僕だってライン義姉様といたいのに!」

「やかましいわ。私の嫁に手を出すな」

「出してない!」

「デカイなりで抱きついて甘えるな。近寄るな。視界にも入るな」

「はあ?!ふざけるなよ!」

「そのくらい嫌だと言いたいんだよ」

「いつも困らせて泣かせてばっかりの癖に!慰めてるのは僕だからね!絶対僕の方が大事にできるし好きだからね!」

ルルドラ王子が奥方を慕ってるのは理解していたがここまで傾倒していたとは。

「おー、それはご苦労。だが、夫婦のことに首を突っ込むな。早く婚約者を見繕ってそっちを可愛がれ」

「ルルドラ、この中に気に入るのはいるか?」

「はあ!?」

黙って兄弟喧嘩を放っていた陛下の急な口出しにルルドラ王子が勢いよく振り返る。

テーブルに並ぶのはご令嬢の釣書。

「他国からも届いてる。絵姿もあるから見てみろ」

「嫌です!」

目をつり上げて嫌がると嫌なら仕方ないかとあっさり引き下がった。

「ルルドラも人生の伴侶を自分で選びたいだろうからなぁ」

「私は大人しく父の選んだ相手と婚約して結婚しましたけど?父上も二回の成婚はそうだったのに」

「お前も見合いはそれなりにごねただろうが。それよりまた婚約破棄騒動を起こされたくない。最近、リカルドを真似てルルドラもやんちゃだ。また喧嘩したと報告が来ている」

「あれは喧嘩ではありません。じゃれあいですよ」

「決闘だったと聞いたが?」

「不敬にも王家の品位を下げる発言をしたので分かりやすく拳を使っただけです」

今まで大人しかったのが嘘のように活発になられた。

剣の鍛練も盛んで生傷が絶えない。

「私達夫婦のことで気に入らない話が出たんだろ。そっちの払拭も考えたからしばらくは大人しくしてくれ」

「何をするんですか?」

「リカルドは政権に復帰させる。いつまでも遊ばせたくないからなぁ。ラインの立場が下がってお前の地盤がより一層固まったからちょうどよい。やんちゃに暴れまわったおかげでそれなりに武と知勇が備わってると知られたのも良かった」

「要望を通したんだからそこまで怒るな」

「リカルドがいれば多少王妃に向かない娘でも国の支えになれる。将来を思うなら兄と上手く付き合いなさい」

選ばせる代わりにこれ以上は望むなと仁王立ちで憤慨するルルドラ王子を二人が諭し、来たついでに仕事を覚えていけと新しい書類の束を机に乗せた。

「リカルド、教えてやりなさい」

「ルルドラ、そこがお前の席だ」

リカルド王子の指し示したのは皇太子の机。

埃避けにシーツをかけていたので私がそれを退けた。

「皇太子、すぐに筆記具もご用意いたします」

「よい。引き出しにインクから全て準備してある。いつでも来れるようにしていた。近衛隊長、支度を頼む」

陛下の指示に従って筆記具の用意を。

全てリカルド王子の使用していたものから一新してより豪華に。

「机は歴史あるものだから変えられぬ。その代わりに私達からの祝いだ。大事に使いなさい」

「ラインからの物もある。いくつかハンカチを作った」

「どれ?!」

喜びに顔が華やぐ。

奥様の作ったと教えられた豪華なハンカチにさっきまでのブリザードが春の日差しのようだ。

「お礼を考えなきゃ。何にしよう」

「私達の贈り物より食いつくな。腹立つ」

そう言いつつも苦笑いをするだけで怒ってはいない。

「女にハマるとこんなもんだと分かっていたが兄嫁に懸想するのはなぁ。それだけどうにかならんか?」

「ライン義姉様が可愛いのが悪いんです」

「……可愛いねぇ。……お前らの趣味は分からん。あの娘は大人しい見目と性格というだけで、どちらかというと地味」

「「は?父上?」」

「おっと、悪かった。今のは私の失言だ」

二人の低い声にすぐさま首をすくめる。

「お前が頷いたのも見たからな」

「……申し訳ありません」

ボソッとリカルド王子に睨まれて私も頭を下げた。

「ふん、お前の好みは把握してる。また機会があれば二人にしてやる」

せっかく気を使ったのに何も進展は無さそうだとからかわれて苦虫を潰した。

「……男嫌いでしょうか?」

奥様への献身を思い浮かべて不安からそう尋ねた。

「知らん」

「昔の恋人が忘れられないとか?」

「聞くな」

「お前もお花畑か」

「申し訳ありません」

陛下の呆れたお声が恥ずかしかった。

「ラインが使用人の中でも特に慕ってる。二人を泣かすようなことはするなよ」

「近衛隊長は女に真面目だ。逆に心配していたくらい」

「知ってますよ。だから放ってました」

生真面目同士、気が合うと思ったんですがねぇとボソッ呟く。

「奥様のその側仕えも頑ななようですね」

「……気長に付き合えばいい。これでめげるくらいならさっさと諦めろ」

「ああやって誰にでもいばらの刺で身を守ってると思えば腹も立ちません」

悋気で暴力を起こす心配か。

そこまで若くない。

「あの刺々しさが奥様の安寧にもお役立ちしているようですし」

「お前が気に入ってると公言しているだけでもかなりの効果だ。余計なものがつかない」

あとは好きにしろと投げやりに仰って新しい書類の束を机に広げて陛下との話に集中していた。
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