52 / 120
52※ルーラ
しおりを挟む
ご夫人の返信を頂いた帰路にフォルクス様を見かけた。
私の過去を知る人。
骨と皮の汚物にまみれた私を背負って運んでくださった。
感謝しかない。
恩人の一人。
「よお、二人で遣いか?」
あちらも気づいて声をかけてきた。
笑みを添えて頷くと元気な私の姿に目を細めて喜んでいらっしゃる。
なのにこの男ときたら。
「そうですけど、先輩は何しに?」
あからさまにブスくれて私とフォルクス様をジト目で羨んでる。
「巡回。この区域の何件かはうちの請け負い」
「お一人でですか?」
「そーよ?査定もついでだから」
紙を挟んだ板を見せて木炭の印がちらっと見えた。
「ルーラ、ちょいおいで」
手招きについていくと女物を扱う店舗で好きなものを選べと言われた。
「え、いえ。必要ありませんから」
「遅れたけど快気祝いだよ。選びな。俺の懐がちょうど暖かいし」
さっき賭けに買ったとホクホクしてる。
「良い馬がいたのよー」
「一人で動いてたのは競馬に行ってたからか!仕事を放って何やってるんですか?!」
「あはは!いやぁ、勝てそうな気がしてさぁ。ちょっと寄ったらばっちりよぉ。ガッポガッポ」
ご機嫌な様子かおかしくて、それならと髪留めをひとつ選んだ。
「お前も買ってやれよ」
「え?」
ついでとばかりに近衛隊長にまで財布を出せと囃し立てて、対抗してすぐに出すし慌てて断るのに買ってやれよーって煽ってる。
「俺のより出さないとだせぇよ。近衛隊長様なんだからさぁ。ほら、ルーラは高いのねだれ」
「いいですってば」
「これなんかいいんじゃない?似合いそー。どーよ?」
「こっちが似合います」
「悪くないね。じゃあこっちはー?」
「……いいですね。髪の色に似合う」
フォルクス様は面白がって店員に似合いそうなのじゃんじゃん持ってきてと呼び掛けて、近衛隊長はひとつじゃ味気ないといくつも買おうとする。
「ちょっと!もう止めてください!私で遊ばないで!」
「いいからいいから」
「よくありません!」
「気にすんなって。あいつ、無趣味だし、貯めるばっかりの金だ。ちょっとくらい使ったって平気だって。それにしても本当に元気になったねぇ。良かったよ」
ほら、人生楽しめと背中を押されて店員と更衣室へ押し込まれてしまった。
「もう!」
ぷりぷり怒ると状況を把握しかねる店員は首をかしげてる。
それでもにこやかに近衛隊長達が選んだ装いをテーブルに並べて着替えを促してきた。
断りづらくて着替えを受け入れた。
一人だった店員がふたり、三人と増えて装いの他に髪型からお化粧まで手を入れて楽しんでる。
私も奥様にしてるから気持ちがわかる。
「う、く、苦しい」
「あら、こちらはお体に合いませんね」
選んだいくつかは胸が入らなかった。
ウエストが緩くてがばがばなのも。
緩いなら詰めればいいけど苦しいものはどうしようもない。
女性達はスタイルがいいと誉めてくれたけど私には無意味なものと感じた。
「お、いいじゃん」
着せ替えが終わる度に店員がお二人を更衣室へと招くからいちいち見られて恥ずかしい。
「フォルクス様、私には不相応です。着ていく場所もありませんし」
華やかすぎるドレスにげんなりしていた。
貴族の方ほどではないけど裕福な女性が着るようなドレス。
王宮勤めでも平民の私が着るには派手すぎて向かない。
「こいつに連れていかせりゃいいじゃん。競馬場でも社交場でも」
「遠慮します。勤めに専念したいので」
「飽きね?ちょっとくらい息抜きしなよ」
「いえ、私はいいんです」
同情が微かに浮かんだことに気づいた。
フォルクス様にはまだあの時の私に見えるんですねと心の中で呟いた。
ふとフォルクス様との会話ばかりで静かな近衛隊長に気づいて、またいじけてるんだろうとそちらを見ると違っていた。
いつもより熱い眼差し。
満足そうに笑みを浮かべて、細めた目がキラキラ輝いて眩しかった。
「似合う」
そんな目で見られる価値があるのか。
騙されてどぶ板の底の淀みのようなゴミだったのに。
どんなに着飾っても頭の片隅にあの時な私がいて息苦しかった。
奥様の侍女として毎日勤めるから装飾品も高価な装いも必要ないと断ると髪飾りを押し付けられた。
「二つもいりません」
「そうか。ならこっちを買ってやんなよ。俺、支払いがまだだし」
「そうさせてもらいます」
「俺からの快気祝いは甘いものにしようかな。途中で買うから帰りは付き添うわ」
「そうですね。私の横やりになってしまったし」
さっき選んだ髪飾りを近衛隊長が支払って、これなら着けても問題ないと二人に押しきられ、店員に値段を教えてもらおうとするのにフォルクス様がダメだと叱る。
「野暮だ。聞くなよ」
こいつに金を返すつもりだろと図星を言われてどもってしまった。
「もっと高いの買ってやるか?返せないくらいの」
「やめてくださいっ」
「高価すぎると勤め先で使えないから買えませんよ」
「そうだなぁ。ルーラ、とりあえずそれは使ってやんなよ。使うくらいでこいつも逆上せないって」
肩を軽く叩かれて笑われるけど熱心なこの人に警戒心がわくもの。
仕方ないわ。
これだけ冷たくしてるのに。
私のひどい態度にもめけずに熱心なこの人が悪いのよ。
私の過去を知る人。
骨と皮の汚物にまみれた私を背負って運んでくださった。
感謝しかない。
恩人の一人。
「よお、二人で遣いか?」
あちらも気づいて声をかけてきた。
笑みを添えて頷くと元気な私の姿に目を細めて喜んでいらっしゃる。
なのにこの男ときたら。
「そうですけど、先輩は何しに?」
あからさまにブスくれて私とフォルクス様をジト目で羨んでる。
「巡回。この区域の何件かはうちの請け負い」
「お一人でですか?」
「そーよ?査定もついでだから」
紙を挟んだ板を見せて木炭の印がちらっと見えた。
「ルーラ、ちょいおいで」
手招きについていくと女物を扱う店舗で好きなものを選べと言われた。
「え、いえ。必要ありませんから」
「遅れたけど快気祝いだよ。選びな。俺の懐がちょうど暖かいし」
さっき賭けに買ったとホクホクしてる。
「良い馬がいたのよー」
「一人で動いてたのは競馬に行ってたからか!仕事を放って何やってるんですか?!」
「あはは!いやぁ、勝てそうな気がしてさぁ。ちょっと寄ったらばっちりよぉ。ガッポガッポ」
ご機嫌な様子かおかしくて、それならと髪留めをひとつ選んだ。
「お前も買ってやれよ」
「え?」
ついでとばかりに近衛隊長にまで財布を出せと囃し立てて、対抗してすぐに出すし慌てて断るのに買ってやれよーって煽ってる。
「俺のより出さないとだせぇよ。近衛隊長様なんだからさぁ。ほら、ルーラは高いのねだれ」
「いいですってば」
「これなんかいいんじゃない?似合いそー。どーよ?」
「こっちが似合います」
「悪くないね。じゃあこっちはー?」
「……いいですね。髪の色に似合う」
フォルクス様は面白がって店員に似合いそうなのじゃんじゃん持ってきてと呼び掛けて、近衛隊長はひとつじゃ味気ないといくつも買おうとする。
「ちょっと!もう止めてください!私で遊ばないで!」
「いいからいいから」
「よくありません!」
「気にすんなって。あいつ、無趣味だし、貯めるばっかりの金だ。ちょっとくらい使ったって平気だって。それにしても本当に元気になったねぇ。良かったよ」
ほら、人生楽しめと背中を押されて店員と更衣室へ押し込まれてしまった。
「もう!」
ぷりぷり怒ると状況を把握しかねる店員は首をかしげてる。
それでもにこやかに近衛隊長達が選んだ装いをテーブルに並べて着替えを促してきた。
断りづらくて着替えを受け入れた。
一人だった店員がふたり、三人と増えて装いの他に髪型からお化粧まで手を入れて楽しんでる。
私も奥様にしてるから気持ちがわかる。
「う、く、苦しい」
「あら、こちらはお体に合いませんね」
選んだいくつかは胸が入らなかった。
ウエストが緩くてがばがばなのも。
緩いなら詰めればいいけど苦しいものはどうしようもない。
女性達はスタイルがいいと誉めてくれたけど私には無意味なものと感じた。
「お、いいじゃん」
着せ替えが終わる度に店員がお二人を更衣室へと招くからいちいち見られて恥ずかしい。
「フォルクス様、私には不相応です。着ていく場所もありませんし」
華やかすぎるドレスにげんなりしていた。
貴族の方ほどではないけど裕福な女性が着るようなドレス。
王宮勤めでも平民の私が着るには派手すぎて向かない。
「こいつに連れていかせりゃいいじゃん。競馬場でも社交場でも」
「遠慮します。勤めに専念したいので」
「飽きね?ちょっとくらい息抜きしなよ」
「いえ、私はいいんです」
同情が微かに浮かんだことに気づいた。
フォルクス様にはまだあの時の私に見えるんですねと心の中で呟いた。
ふとフォルクス様との会話ばかりで静かな近衛隊長に気づいて、またいじけてるんだろうとそちらを見ると違っていた。
いつもより熱い眼差し。
満足そうに笑みを浮かべて、細めた目がキラキラ輝いて眩しかった。
「似合う」
そんな目で見られる価値があるのか。
騙されてどぶ板の底の淀みのようなゴミだったのに。
どんなに着飾っても頭の片隅にあの時な私がいて息苦しかった。
奥様の侍女として毎日勤めるから装飾品も高価な装いも必要ないと断ると髪飾りを押し付けられた。
「二つもいりません」
「そうか。ならこっちを買ってやんなよ。俺、支払いがまだだし」
「そうさせてもらいます」
「俺からの快気祝いは甘いものにしようかな。途中で買うから帰りは付き添うわ」
「そうですね。私の横やりになってしまったし」
さっき選んだ髪飾りを近衛隊長が支払って、これなら着けても問題ないと二人に押しきられ、店員に値段を教えてもらおうとするのにフォルクス様がダメだと叱る。
「野暮だ。聞くなよ」
こいつに金を返すつもりだろと図星を言われてどもってしまった。
「もっと高いの買ってやるか?返せないくらいの」
「やめてくださいっ」
「高価すぎると勤め先で使えないから買えませんよ」
「そうだなぁ。ルーラ、とりあえずそれは使ってやんなよ。使うくらいでこいつも逆上せないって」
肩を軽く叩かれて笑われるけど熱心なこの人に警戒心がわくもの。
仕方ないわ。
これだけ冷たくしてるのに。
私のひどい態度にもめけずに熱心なこの人が悪いのよ。
1
あなたにおすすめの小説
出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね
猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」
広間に高らかに響く声。
私の婚約者であり、この国の王子である。
「そうですか」
「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」
「… … …」
「よって、婚約は破棄だ!」
私は、周りを見渡す。
私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。
「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」
私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。
なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。
夫に欠陥品と吐き捨てられた妃は、魔法使いの手を取るか?
里見
恋愛
リュシアーナは、公爵家の生まれで、容姿は清楚で美しく、所作も惚れ惚れするほどだと評判の妃だ。ただ、彼女が第一皇子に嫁いでから三年が経とうとしていたが、子どもはまだできなかった。
そんな時、夫は陰でこう言った。
「完璧な妻だと思ったのに、肝心なところが欠陥とは」
立ち聞きしてしまい、失望するリュシアーナ。そんな彼女の前に教え子だった魔法使いが現れた。そして、魔法使いは、手を差し出して、提案する。リュシアーナの願いを叶える手伝いをするとーー。
リュシアーナは、自身を子を産む道具のように扱う夫とその周囲を利用してのしあがることを決意し、その手をとる。様々な思惑が交錯する中、彼女と魔法使いは策謀を巡らして、次々と世論を操っていく。
男尊女卑の帝国の中で、リュシアーナは願いを叶えることができるのか、魔法使いは本当に味方なのか……。成り上がりを目論むリュシアーナの陰謀が幕を開ける。
***************************
本編完結済み。番外編を不定期更新中。
婚約者の命令により魔法で醜くなっていた私は、婚約破棄を言い渡されたので魔法を解きました
天宮有
恋愛
「貴様のような醜い者とは婚約を破棄する!」
婚約者バハムスにそんなことを言われて、侯爵令嬢の私ルーミエは唖然としていた。
婚約が決まった際に、バハムスは「お前の見た目は弱々しい。なんとかしろ」と私に言っていた。
私は独自に作成した魔法により太ることで解決したのに、その後バハムスは婚約破棄を言い渡してくる。
もう太る魔法を使い続ける必要はないと考えた私は――魔法を解くことにしていた。
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。
有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。
選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。
涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。
彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。
やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。
異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。
ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。
前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。
婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。
国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。
無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。
婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました
かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。
だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか——
「では、実家に帰らせていただきますね」
そう言い残し、静かにその場を後にした。
向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。
かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。
魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都——
そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、
アメリアは静かに告げる。
「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」
聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、
世界の運命すら引き寄せられていく——
ざまぁもふもふ癒し満載!
婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる