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番外編※フォルクス

3※フォルクス

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あれからライオネルさんと話をしていない。

あれが最後だ。

次の日にはリカルド王子が俺にだけ聞こえるようにこっそりと“希望は聞いた。整える”と独り言を囁いた。

その時も鼻が熱くて痛かった。

臆病者で申し訳ありませんと心の中で謝った。

順調に出世して最年少で近衛隊長に任命されてからもっと偉そうに出来るかと思ったらそうでもなかった。

陛下の信任はあるし近衛の中なら尊敬を集めてちやほやされるけど、貴族からの当たりがキツイ。

足を引っ張るのは社交界に出入りする身内のせい。

義理の家族。

家族と言いたくねぇ。

あいつらは偽物だ。

腕力だけの猿と陰で揶揄されて実際に真に受けた貴族から俺を近衛から外せと苦言が来たことがある。

今だって変わらない。

俺の実力と頭のキレ具合を知る人間は外したら困ると言うが蹴落とそうと躍起になる奴らは多い。

辞めるつもりで日々を過ごし、後任はどうするか考える。

あの雪女に取り込まれるのだけは避けなければ。

今の王宮の現状に勘が良すぎる奴はだめだ。

まあ、俺よりものが分かるヤツはいないけど。

損得勘定が強いヤツもだめ。

弱味があるヤツも。

色々考えて後任はこいつだとガスラスに目をつけた。

真面目で実直。

それと回りを黙らせる実力と家柄。

何よりもかなりの鈍感。

こいつの方が年は上なのに半端貴族な俺への尊敬は厚い。

マジ、単純。

もうちょい強ければなお良しと思っていじめレベルまでしごいた。

でもこいつ根性ある。

訓練と称して適当に選んだメンバーに混ぜてふるいにかけるそぶりを見せると粘り強くついてくる。

次々脱落する中で最後に残るのはいつもこいつ。

最後まで粘るのはお前だけだなと誉めると誇らしげに頷く。

そういうやり取りが続くとガスラスは回りから一目置かれるようになった。

目をかけても回りは当然と見なしNo.2として扱われた。

陛下の信頼、部下の畏敬。

なんだかんだで恵まれている。

その日もいつも通りだった。

鍛練で部下をしごいてガスラスだけまだまだと粘っているのを何気なく誉めていたら、視界の端に鮮やかな色が目に入った。

華やかなドレス。

美しい金髪。

大概の男なら見惚れてしまう美貌と肢体。

雪の女王が取り巻きを連れて遠目からこちらを眺めていた。

いつからそこにいたと心臓が一瞬で凍った。

存在に気づいた途端に割れ鐘のように心臓は脈打ち緊張で体は強張ってしまった。

ガスラスや他の隊員が同じように気づいて王妃へ騎士の礼を見せた。

呆けてる場合ではないと俺も急いで。

出遅れたことは回りにバレた。

「フォルクス近衛隊長も美人に見とれるんですね」

からかうようにガスラスが小突いてきた。

いつもは俺がこいつをからかう。

見つけた失態にニヤニヤしていた。

「あったり前よー」

王国いちの美貌だ、とお世辞を乗せる。

本音はあの骸骨のような女と血便を流して死んだ犬のイメージがまとわりついて恐ろしいだけだ。

鈍感なこいつはすんなり信じて呑気だ。

呑気すぎてこのままじゃ王妃に取り込まれる心配が出てきた。

王家の護衛が任だ。

避けられないことにどうしたものかとこめかみを揉んだ。

判断つかないと諦めてまた久々にライオネルさんの部屋を深夜に訪ねた。

さすがに意見を聞きたかった。

使用人用の通路で途中、真っ暗な通路にうずくまる女を見つけ声をかけて顔を見れば真っ青になって呻くディアナだった。

「おい、何があった」

刺されたかと案じて軽く身体を検分したが血のようなものはない。

ただ苦し気に自分の胸を掴んで浅く息を繰り返していた。

「ら、ライオネルの、ところへ」

何度もそう呟くのですぐに担いで連れていく。

部屋には同じ状態のライオネルさんがいた。

しかしディアナよりはましそうだ。

「これを、彼女に飲ませてやってくれ」

震える手で油紙に包まれた薬を渡されて飲ませたあとは寝台に乗せてやれと言われて寝かせてやった。

「ライオネルさん、あんたは?」

「先に飲んだからそろそろ効くはずだ」

椅子に座る余裕がないようでベッド横に背中を預けてぐったりとしている。

せめて椅子に座るように肩を貸そうとするが吐くから動かすなと嫌がられた。

「……油断した。……銀に反応しないものもあるのに」

それだけぽつりと呟いて何が起きたのかは察した。

「手引きした者は?」

「……この状態では探せない」

「検討くらいつくでしょう?」

捕まえて吐かせればいい。

王妃を捕まえられる。

ぼんやり浮いた絵面に笑みがこぼれた。

「……最近周到だ。毒に浸した食材やら混ぜた調味料が増えている」

「そんなことが?見分けがつかないんですか?」

出来上がった食事に薬を混ぜる方法しか知らなかった。

「ああ」

それぞれ離宮を持って生活が違うが食材の仕入れは同じ。

お互いの使用人を行き来させることだって許可をとる必要などなく容易い。

そうなるとどこから何を混ぜているのか分からないという現状を理解した。

リカルド王子にはお毒味役がいる。

代わりに側にいる自分達が狙われていると話す。

「知られたらリカルド王子が私達を手放す。それだけは避けねば。休むのもだめだ。新しく誰か来たらどれが向こうの手の者か判別がつかない」

青ざめた顔で床に座り込んだまま、リカルド王子から離れるわけにはいかないと何度も繰り返す。

「だからって体を壊したら意味ないでしょう」

俺の言葉に具合の悪さから項垂れたままの頭を肯定にゆっくり揺らした。

薬を飲んで多少ましな顔色になった二人から内密にすることを頼まれた。

覚悟を持ってる。

俺にはないと改めて思い知らされた。
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