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番外編※フォルクス

4※フォルクス

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数日後、久々にリカルド王子から剣の鍛練を依頼され離宮に招かれた。

まだ15。

背は延びたが体が細い。

亡くなられた王妃の忘れ形見。

美しい姿とお顔は前王妃にそっくりだった。

だけど性格は誰に似たんだか。

挨拶をしようと頭を下げる前に書類を渡された。

「どれがいい?」

見ると辞めたあとの仕事先の候補。

どれも今と変わらない仕事内容と給与。

「おすすめは?」

「全ての縁を切りたいのなら隣国の仕事だなぁ」

見ると商会のお抱え兵長。

貿易であちらに支店がある。

「読んだらここで燃やせ」

テーブルに皿と火打ち石。

「期限は?」

「早い方がいい」

来月には答えろと言われて静かに頷いて見せた。

「用はすんだ。帰れ」

「困りますよ。何しに行ったんだと勘ぐられます」

「俺の気が変わったと言えばいい」

「らしくない」

真面目で何でもこなす。

王妃が悪評を立てようと躍起になるのに全てかわす。

これ以上は不利と向こうが諦めたほど。

「長居するよりいい。こちらの用は済んだ」

書類を熟読して一枚ずつ燃える紙を眺めてそう呟く。

生真面目に鍛練をするつもりはなく密談に呼んだだけと分かりやすく言い回した。

「……飯でも行きますか。王宮の外に」

気まぐれでそう呟く。

中より安全な気がした。

「行くならひとりでいい」

にっと口許が歪んだ。

優等生を気取るがこういう人だ。

抜け出しの常習者。

せめて俺と動けと何度も説教した。

なのにいまだにひとりでしれっと外へ抜け出す。

「御身の危険を分かってらっしゃらない」

「あれは毒が専門だ。苦しんで死ぬ方が喜ぶ」

寝床に伏せばきっと喜んで見舞いに来ると笑った。

「他にもございます」

「ああ、だが俺を出し抜いた奴はいない。これからもいると思えん」

若造のくせにああ言えばこういう減らす口にいら立った。

「……なら早く片付けをなさいませ」

あの吹雪を振り撒く雪女を。

「あれは天災だな。人知の及ぶことじゃないね。俺ひとりにというなら楽だが見境なしだ。誰に何をするのか全く予想がつかない。お前も身辺を気を付けろ」

指を軽く振ると壁に控えたライオネルさん手のひらに収まる箱を持ってきた。

「持っとけ」

中を見ると銀の警笛。

ライオネルさんとディアナさんも銀の小物を持ち歩いてる。

毒に気を付けろと言う意味を理解して受け取った。

ついでに話したかった内容も。

後任が取り込まれる心配がないとは言えない。

対策をどうすればいいか思い付かなかった。

「関わりを絶てばいい。ガスラスに陛下の側だけを守れと指示しろ」

「通りますかね」

「王妃は歓迎するだろう。暗躍しやすくなるのだから。俺も同じだ」

あちらが活発になるが取り込まれるよりましと考えてるようだ。

「陛下は?」

「俺達二人が是と言うのを押しきる人じゃない」

言われて俺も納得した。

「ではその通りに」

後任は育ってる。

今から退職を陛下に願い出て引き留められたとしても半年もあれば辞職は叶うはず。

それまでの辛抱。

ホッとした。

だがそれだけでなく逃げる自分を許せずに憎たらしいと腹に泥のようなおりがたまった。

15の少年を、皇太子を見捨てて。

才覚だけで地位を得たが所詮小物だったと己を恥じた。

辞めるのは問題なかった。

一番俺を引き留めたのはガスラスだった。

自分が後任に任命されたことに戸惑っている。

隊の中で特に適任だと言うと、精一杯勤めますと丸めた体を伸ばして胸を張った。

単純。

そこがいい。

陛下だけに集中しろと言うと慣例と違うことに躊躇していたが、王妃とリカルド王子のそれでいいという答えに素直に従っていた。

王宮内で女と関わるのもそれとなく禁じた。

身元のはっきりしたまともな女との結婚だけを考えろと言うとガスラスは素直に頷く。

変な女に引っ掛かるなよとからかった。

近衛隊長に抜擢される気配に早速女に囲まれ、
その中に王妃の派閥の女も混じっていた。

優良株に目が眩んでるのや本気っぽいの。

それ以外に怪しいのがちらほら。

おとぼけなあいつは違いが分かってねぇ。

あっさりと一番怪しい美女に惚れかけていた。

見かけが良くてもあの妄信的な態度はあの女と被る。

つけてみりゃ案の定、あれは王妃と繋がっていた。

「馬鹿が」

アホさに頭痛がするわ。

すぐに訓練を増やして足腰立たなくしてやった。

今までも手抜きしてた訳じゃないがこっちも足腰動けなくなりそうなほど本気を出した。

それを隠してこんくらいで根を上げるなら後任として役に立たねぇと叱るとそれからは女に構わず真面目。

実家から送られた縁談も断ってる。

懲りねえのは女の方。

ガスラスをもう一度懐柔しようと躍起になってた。

ちらちらと掠める王妃の存在に気を張り詰めておかしくなっていたのは俺だった。

少しでも体調に異変があると毒を飲まされたかと狼狽えて神経質に。

首に下げた銀の警笛を食事に浸して水を飲むのさえ恐怖で手が震えた。

顔色が悪く痩せていく俺に回りは何か悪い病気にかかったから辞職するのだと勝手な噂が流れてそれさえもイライラした。

だから俺もこんな馬鹿なことをしたんだ。
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