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番外編※ラド
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社会勉強をさせて帰ると仰って二つのオペラグラスを持ってリカルド王子と皇太子は会場を見渡す例のバルコニーへ向かった。
安っぽい仮面とカツラ、部屋にあったブカブカの成金趣味なコートを二人で身に着けて身元を隠していた。
「ライオネル、ルーラが落ち着いたら呼びに来い。無理そうなら私達は先に帰る」
「かしこまりました」
義父は親父を手伝ってルーラさんを別室へ。
烏は薬で体が動かせないらしい。
あれしろ、これしろと床にごろ寝して俺を顎で使う。
運べと言われた飲み物を盆に乗せて親父達の後ろを追いかけた。
テーブルに並んでいたたくさんの果物。
それを絞って水と酸味の強い果物を混ぜた果実水。
ゲストルームには酒しかないと言う。
部屋に足を踏み入れてギクリとした。
入ってすぐ目の前にでかいベッド。
ここはヤるためだけの部屋と気づいて生々しさにギクシャクする。
「ええ?!いえ、あのっ」
サイドテーブルに並べていると後ろから親父の驚いた声が聞こえて振り返る。
目が合う前に早く出ようと義父に促されて小走りに部屋を出た。
「親父に何て言ったんですか?」
「こういう時は肌を合わせて慰めるのが一番だと伝えたよ」
そういう部屋だしねと軽く。
「アリエッタのようにマイラにもいずれ縁があるといいがなぁ」
「は、はぁ」
俺の顔は赤かった。
「マイラは趣味がやかましくていかん。なかなか落ち着こうとせん」
「そうですか?」
顔がいい男に弱いじゃないか。
「好きになったと騒ぐがちょっと見てくれのいいお菓子を食べてみたいとねだって気を引こうとしてるだけだ。マイラは本心からは望んでない。ほしい振りをしてる。子供っぽくしていると子供扱いで回りは甘やかすし、特に姉のアリエッタが構ってもらえるからね。その証拠に今まで男に騙されたことはない」
ミーハーに騒ぐだけで満足なんだと話す。
「恋は一時の炎だが、愛は長く燃やし続けなけりゃならない。それが結婚だよ。あれはそうしたくなる男と出会ったことがないようだ。いつまでも子供っぽくていけない。女の幸せが遠くなりそうで心配だ。そろそろ見合いをさせるかな」
「具合はどうだい?」
「もう大丈夫ですよ」
控え室に戻るとソファーに足を投げ出して寝転ぶ烏。
義父はいそいそと戸棚のグラスと酒を選んでいた。
「飲むんですか?」
「ああ、我々は御役御免だ。ハイステッド、飲むぞ。これももうよかろう」
ついでにマスクを剥いで机に放った。
「……クドーさん。……って、かなり久しぶりに呼びますね。何年ぶりだろう」
名前を呼んで顔を晒すことに俺は驚いたが、烏はのそりと起きて座り直す。
億劫な様子にまだ体に負担があるようだと分かった。
「そうだねぇ。あ、君も座りなさい」
手招きに誘われて近くに座った。
義父が支度をする酒を預かろうとするが手を振られた。
「いい。私が注ぐから。もてなしは私がしよう」
とぽとぽと小気味のいい音。
グラスに赤いワインが注がれた。
「入れすぎですよ。俺はそんなに酒が好きじゃないのに」
「君とは久しぶりだからねぇ」
「仕方ないですね。よ、と」
小さな掛け声と共に頭を覆う黒曜石と金に彩られた仮面を外す。
その下には黒い髪と黒い瞳。
主張の少ない顔立ち。
想像より老けているが整った印象だった。
瞳は仮面に着けた黒い石よりも光がある。
だけど表情は暗くよどんでいた。
「素顔を晒すのも久しぶりですね。月日を感じますよ」
「互いになぁ、はは」
「色々あったのにあなたは変わりませんねぇ」
「変わらんよ。私は私だ。君も変わらないよ」
「……そうですかねぇ。……いや、やっぱり俺は昔の自分とは違いますよ。まだ娘が手放せませんし」
「人生の深みと思えばいいじゃないか。若い爽やかさが消えて熟成した渋味や切れ味が出たんだよ。私が蓄えたのはこれだ」
飲んでいた酒を掲げたあと、ふくれた腹をポンポン叩いて顎の弛みを摘まんで見せた。
「ここは昔と違う。こんなに肉がたまったよ」
「またあなたはそういうことを言って。昔よりもっと冗談を言うようになりましたね」
「一段とまろやかになったんだよ。君も肉を蓄えたらまろやかになるかもしれんよ。もう少し太りなさい」
フフッと二人の笑みが合わさった。
義父の懐かしむ眼差しに影のある顔立ちから少し光が差したような気がした。
「ご家族はお元気ですか?」
「ああ、今度会わせるよ」
「いや、いいです。羨ましくなりますから。ご家族が元気ならいいんです」
「そうかい?昔より、」
「無理そうです。これだけは変わらない。あなたのことも、それよりそいつのことが羨ましい。妬ましくて憎い」
「え?!」
俺?!
烏の目があった。
俺だ。
俺のことだ。
「な、なんで俺なんか、」
吃りながら聞き返すと烏はじっとりと死んだ目で俺を見つめた。
「……俺より若い。人生これからだ。クドーさんと止まり木が身内なら守られてんだろうよ」
子供はいるのかと聞かれて緊張で苦しかったが、正直に頷いた。
1人いる。
そして今度もう1人産まれると。
そう俺が答えたのに返答はなく黙ってる。
表情の淀みが深くなり、感情の消えた無気力な様子が気持ち悪かった。
「……日の当たる場所にいて。……いいなぁ、お前は」
日にちがたった魚のような顔で呟いたあとは義父の方を向いてグラスをちびちびと飲む。
「さあて、いつごろ行けそうかな。ミシェエラの新しい住まいに」
「……ここの処分はどのくらいかかりますかねぇ。不動産とかは目処がつくんですが、養ってるチビどもの貰い手を考えないと」
「何人か雇っていたね。娼館に返すなら相場はどのくらいだったかな」
「まとめて卸すから安くなりますよ」
「それは仕方ないさ。時間を優先させよう」
客の相手をさせる子供がこの屋敷にいるらしい。
その子達の行く末を話し合っている。
嫌な会話。
義父の穏やかさと烏の死人のような空気。
酒を飲まずにじっと側で話を聞いているだけなのに二人の存在に悪酔いした。
顔色の悪さに仮眠するようにと義父に促された。
鍵を受け取って言われた部屋へ向かう。
ここも親父達が入った部屋と似た間取り。
だけどランクが下がって少し部屋が狭く回りの音がうるさい。
静かだった控え室より饗宴の騒ぎが耳に届いて吐き気がした。
安っぽい仮面とカツラ、部屋にあったブカブカの成金趣味なコートを二人で身に着けて身元を隠していた。
「ライオネル、ルーラが落ち着いたら呼びに来い。無理そうなら私達は先に帰る」
「かしこまりました」
義父は親父を手伝ってルーラさんを別室へ。
烏は薬で体が動かせないらしい。
あれしろ、これしろと床にごろ寝して俺を顎で使う。
運べと言われた飲み物を盆に乗せて親父達の後ろを追いかけた。
テーブルに並んでいたたくさんの果物。
それを絞って水と酸味の強い果物を混ぜた果実水。
ゲストルームには酒しかないと言う。
部屋に足を踏み入れてギクリとした。
入ってすぐ目の前にでかいベッド。
ここはヤるためだけの部屋と気づいて生々しさにギクシャクする。
「ええ?!いえ、あのっ」
サイドテーブルに並べていると後ろから親父の驚いた声が聞こえて振り返る。
目が合う前に早く出ようと義父に促されて小走りに部屋を出た。
「親父に何て言ったんですか?」
「こういう時は肌を合わせて慰めるのが一番だと伝えたよ」
そういう部屋だしねと軽く。
「アリエッタのようにマイラにもいずれ縁があるといいがなぁ」
「は、はぁ」
俺の顔は赤かった。
「マイラは趣味がやかましくていかん。なかなか落ち着こうとせん」
「そうですか?」
顔がいい男に弱いじゃないか。
「好きになったと騒ぐがちょっと見てくれのいいお菓子を食べてみたいとねだって気を引こうとしてるだけだ。マイラは本心からは望んでない。ほしい振りをしてる。子供っぽくしていると子供扱いで回りは甘やかすし、特に姉のアリエッタが構ってもらえるからね。その証拠に今まで男に騙されたことはない」
ミーハーに騒ぐだけで満足なんだと話す。
「恋は一時の炎だが、愛は長く燃やし続けなけりゃならない。それが結婚だよ。あれはそうしたくなる男と出会ったことがないようだ。いつまでも子供っぽくていけない。女の幸せが遠くなりそうで心配だ。そろそろ見合いをさせるかな」
「具合はどうだい?」
「もう大丈夫ですよ」
控え室に戻るとソファーに足を投げ出して寝転ぶ烏。
義父はいそいそと戸棚のグラスと酒を選んでいた。
「飲むんですか?」
「ああ、我々は御役御免だ。ハイステッド、飲むぞ。これももうよかろう」
ついでにマスクを剥いで机に放った。
「……クドーさん。……って、かなり久しぶりに呼びますね。何年ぶりだろう」
名前を呼んで顔を晒すことに俺は驚いたが、烏はのそりと起きて座り直す。
億劫な様子にまだ体に負担があるようだと分かった。
「そうだねぇ。あ、君も座りなさい」
手招きに誘われて近くに座った。
義父が支度をする酒を預かろうとするが手を振られた。
「いい。私が注ぐから。もてなしは私がしよう」
とぽとぽと小気味のいい音。
グラスに赤いワインが注がれた。
「入れすぎですよ。俺はそんなに酒が好きじゃないのに」
「君とは久しぶりだからねぇ」
「仕方ないですね。よ、と」
小さな掛け声と共に頭を覆う黒曜石と金に彩られた仮面を外す。
その下には黒い髪と黒い瞳。
主張の少ない顔立ち。
想像より老けているが整った印象だった。
瞳は仮面に着けた黒い石よりも光がある。
だけど表情は暗くよどんでいた。
「素顔を晒すのも久しぶりですね。月日を感じますよ」
「互いになぁ、はは」
「色々あったのにあなたは変わりませんねぇ」
「変わらんよ。私は私だ。君も変わらないよ」
「……そうですかねぇ。……いや、やっぱり俺は昔の自分とは違いますよ。まだ娘が手放せませんし」
「人生の深みと思えばいいじゃないか。若い爽やかさが消えて熟成した渋味や切れ味が出たんだよ。私が蓄えたのはこれだ」
飲んでいた酒を掲げたあと、ふくれた腹をポンポン叩いて顎の弛みを摘まんで見せた。
「ここは昔と違う。こんなに肉がたまったよ」
「またあなたはそういうことを言って。昔よりもっと冗談を言うようになりましたね」
「一段とまろやかになったんだよ。君も肉を蓄えたらまろやかになるかもしれんよ。もう少し太りなさい」
フフッと二人の笑みが合わさった。
義父の懐かしむ眼差しに影のある顔立ちから少し光が差したような気がした。
「ご家族はお元気ですか?」
「ああ、今度会わせるよ」
「いや、いいです。羨ましくなりますから。ご家族が元気ならいいんです」
「そうかい?昔より、」
「無理そうです。これだけは変わらない。あなたのことも、それよりそいつのことが羨ましい。妬ましくて憎い」
「え?!」
俺?!
烏の目があった。
俺だ。
俺のことだ。
「な、なんで俺なんか、」
吃りながら聞き返すと烏はじっとりと死んだ目で俺を見つめた。
「……俺より若い。人生これからだ。クドーさんと止まり木が身内なら守られてんだろうよ」
子供はいるのかと聞かれて緊張で苦しかったが、正直に頷いた。
1人いる。
そして今度もう1人産まれると。
そう俺が答えたのに返答はなく黙ってる。
表情の淀みが深くなり、感情の消えた無気力な様子が気持ち悪かった。
「……日の当たる場所にいて。……いいなぁ、お前は」
日にちがたった魚のような顔で呟いたあとは義父の方を向いてグラスをちびちびと飲む。
「さあて、いつごろ行けそうかな。ミシェエラの新しい住まいに」
「……ここの処分はどのくらいかかりますかねぇ。不動産とかは目処がつくんですが、養ってるチビどもの貰い手を考えないと」
「何人か雇っていたね。娼館に返すなら相場はどのくらいだったかな」
「まとめて卸すから安くなりますよ」
「それは仕方ないさ。時間を優先させよう」
客の相手をさせる子供がこの屋敷にいるらしい。
その子達の行く末を話し合っている。
嫌な会話。
義父の穏やかさと烏の死人のような空気。
酒を飲まずにじっと側で話を聞いているだけなのに二人の存在に悪酔いした。
顔色の悪さに仮眠するようにと義父に促された。
鍵を受け取って言われた部屋へ向かう。
ここも親父達が入った部屋と似た間取り。
だけどランクが下がって少し部屋が狭く回りの音がうるさい。
静かだった控え室より饗宴の騒ぎが耳に届いて吐き気がした。
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