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番外編※ラド

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たった一晩の出来事。

日常から離れた夜の世界。

どっぷり浸かった人種。

暴力に慣れて暗い感情に覆われた烏。

烏だけならまだましだった。

他人だからこんなに感情が揺さぶられることなかったのに。

それよりも身内の知らなかった一面に理解ができなくて苦しかった。

女を利用することに慣れたルーラさん。

思い出して色欲を刺激するより気持ち悪いと感じてしまう。

頼りになる親父、優しい義父とそれぞれ尊敬していたのに。

死にたいと叫んでた。

あの悲鳴が頭を抉っていく。

皆、俺の知らない人間に思えた。

悪酔いがひどくなりそうな気がして高そうな部屋の内装を無視してすぐベッドに潜った。

頭からすっぽりとかぶり、体を丸めて縮こまった。

お化けを恐れた子供の頃のように。

子供の頃は祖父母のカサカサの手ではなく親父とお袋が恋しくて泣いた。

子供達の中で年長の俺はそんなこと言わず黙って我慢していたのを思い出した。

どうしてか涙が出た。

何があったのか知らないのに、あいつの素顔が死神のようで恐ろしく気持ち悪いのに。

烏が可哀想で胸が痛む。

あいつだけじゃない。

裏の顔を持つ全員に対してだ。

すがろうとして、支えようとして苦しんでいた。

知りたくない。

見たくなかった。

寂しさに今はアリエッタとアディのぬくもりと香りがほしい。

俺の天使達。

一刻くらい仮眠が取れるつもりだったが結局、外の喧騒は耳に触って眠れない。

空の白み始める前に部屋を出た。

早く帰りたかった。

義父はまだ部屋であいつと飲んでるのかもしれない。

そう思ってもとの部屋を目指す。

だけど奥が騒がしい。

客や用心棒の出入りはないはずなのに悲鳴やわめき声が聞こえて固まった。

“すいませんでした、借りた金は必ず返しますから”

“許してください”

それから鈍く響く音と悲鳴。

義父達がいるはずの部屋をこっそり覗いた。

用心棒らしいでかい男達が数人と床に頭をすり付ける半裸に剥かれた男達。

義父と烏は仮面をまた着けて酒を片手に眺めていた。

「今日の報告分です」

手渡された書類。

顔を名前、金額を読み上げて、返済についてそれぞれ言い渡した。

読んでる間こんこんとこめかみをつつく。

あれがあいつの癖らしい。

「記録したからいい。連れていけ」

「それが、今日は檻がいっぱいで。物置も。場所が足りてません。どこに閉じ込めておきましょうか」

「……そうだな。庭に縛って転がしても構わんが」

「今夜は大漁のようだね」

「ええ、いつもよりは。蝙蝠が場を荒らしたから調子に乗った馬鹿が多いようです」

「最後の荒稼ぎとなったね。それでね、申し訳ないが頼まれてくれないか?」

義父の声に烏は視線を合わせた。

「その左の男。蝙蝠の連れは特に手厳しくしてくれないか?」

「ひぇ、お、おれ?そんな、」

「もとからそのつもりですけど。仲間の件があるので。しばらくうちの見世物にしてどこか売ろうかと思います」

「もっとやってほしい。そいつは私の恨みも買ってる」

なんで、と悲鳴のような声。

「もっと、ですか。思い付くかぎりなら。……そうですね。手間かかかるけどランクの低い奴隷船に売るのが一番キツいでしょうね。船底に箱詰めで送られて大陸に渡る前に3分の1が死にます」

「もっとキツいのはあるか?」

「うーん。いくらでもあります。どれがいいでしょうかねぇ。ブツを切って山を越えた国に送るのはいかがですか?便器として需要があります。ブツのありとなしなら、なしの方が高く売れますし」

「定番だね。他は?」

「……解剖用の死体を欲しがる気狂い医者がいます。生きたまま切り刻みたいらしいんですよ。捕まるとこっちに捜査が来るから、今のところ死体だけ送ってます」

「おや、だいぶ怪しい取引先を掴んでいたんだなぁ」

「今は死にかけたホームレスを拾って試してるそうなんですが先日、健康体の若い人間に試してみたいと話してました。話の感じだといたら譲ってほしいって内容です」

胸から下腹まで指をさして滑らせる。

「ここからここまで開いて、動いてる臓器を直接見たいそうです」

「生きたままか。それはいいね」

「話つけるのは簡単ですけど、始末が面倒でやりたくないんですよねぇ。若いのを生きたまま刻むって。……逃げられる危険もあるでしょう?うちが関わったと知れたら憲兵が来ます」

「タイミングは近々あるじゃないか。その時にどうかな?」

「……あぁ、そうか。了解です。俺としたことが。見通しが甘かったですね。タイミングが合うまでこいつは保留しときます」

納得した烏。

屋敷の解体のタイミングだと俺もやっと理解した。

二人の物騒な話の標的になった男が許してくださいと号泣していた。

「お、おれ、なんにも、悪いことしてませんっ、何かの間違いです!」

「その顔、身元。間違いなものか。はは。いやー、諦めて私からは何もしないつもりだったが、こうやって自ら罠にかかった」

「こいつ、何したんですか?あなたの恨みを買うようなこと」

「そうだねぇ。簡単に言うと娘逹を泣かせた」

「へぇ、あの子達を」

「間違いですっ、間違いです。女なんて知らねぇ、浮気なんて今回の女が初めてで、俺に女を泣かせるような甲斐性なんかないですっ、あの女だってどっか行っちまって、俺から金を巻きあげたんだ!俺は騙された被害者だ!」

「分からないだろうねぇ。でも君は失敗したんだよ。あの女の怒りを買って私も怒らせた。人に暴力を奮って、その罰が巡りめぐっただけだよ」

「どういうこと、ですか!?なんで?おれは、」

君の答え合わせに付き合う義理はないと冷たく言うと手を払った。

続けて烏も。

「馬鹿だねぇ」

それだけ呟いて同じように手を振る。

縛られて引きずられる男逹。

歩みが遅いと繋いだ紐を引いたり鞭を叩いたりして急かしてる。

こちらのドアを目指して。

怖くて身動きできず、数歩後ろに下がっただけだった。

向こうはドアの前にいる棒立ちの俺に驚いて「誰だ」と怒鳴って尻餅をついた。

「待て。その男も客人だ」

「あ、これは失礼を」

烏の一言で殴ろうとした大男逹が俺を丁寧に立たせて埃を払う。

それでもこの場にいることが怖くて平静を保てなかった。

「ひ、ひぃ、なんで、おれだけ、俺は、今までちゃんと真面目に、浮気だって今回だけで、俺は被害者なのに、」

ひとりだけ、一際激しく泣いて言い訳をする男に視線が向く。

義父とルーラさんを怒らせたという男。

剥がされて半裸に剥かれ顔を晒していた。

「あ!お前?!」

そいつは俺に馬をけしかけた糞男。

名前を言いそうになり咄嗟に口を閉ざしたが遅かった。

こいつに聞かれてすぐさま髪を振り乱して血走った眼がこっちを向いた。

「あんた、俺を知ってるのか?!誰なんだ!誰でもいい!助けてくれ!後生だから!うが!」

「犬以下のお前が客人に失礼をするんじゃない」

「あれだけわからせたのにダメだなぁ、こりゃあ。躾直ししないと」

あいつの顔の半分は腫れて血を流してる。

残った片方は識別できるけど。

「すいませんでした、客人」

「調教室に連れてくよ」

「そうだな。あー、うるさいよ。静かに」

「ひぃ!」

ぞろぞろと進む男逹の集団。

気づいたらまた尻餅をついて震えてた。

「君には刺激が強すぎたようだね。帰るかい?」

「は、はい」

頭上から様子を伺う義父と烏。

優しげな義父と違って烏は呆れてため息をついていた。

「……馬車を用意させましょうか?まだ暗いので護衛もつけますよ」

「今夜は頼もうかな。腰が抜けてるようだし、落馬でもしたら大変だ。また娘達が泣いてしまう」

穏やか声だった。

そして仮面の奥にはいつもの眼差しが覗いていた。


あの恐ろしい一夜から3ヶ月。

昨日、義父は長期の旅行に出掛けた。

予定はひと月。

ハイステッドさんと娘のミシェエラと三人。

義母は連れの名前を聞くと行ってらっしゃいとだけ答えた。

義父にとって弟のような存在で、一時期は一緒に仕事をしていたらしい。

烏に会えないことを理解しているようで会おうとせずに体調だけを気遣う会話をしていた。

そしてマイラ達にはその名前は言わないようにと注意も受けた。

特にマイラには言うなと念入りに言われた。

どうやら烏はマイラの初恋らしい。

マイラが会いたがったら困ると義母は言う。

今の死相の浮いたような姿を見せたくないし、本人も見られたくないはずだと気遣っていた。

なんでもいいけど昔からイケメンに弱いのかとなんだか感心した。

イケメンなら俺の親父でも舞い上がる義妹なら影のあるあのおっさんでも喜ぶんじゃないか?

初恋だし。

アリエッタが幸薄系の雰囲気なってら萌える。

俺の可愛いアリエッタならなんでも有りだ。

初恋とかじゃないけど初めてここまで愛した女だから。

女房可愛さに本性は化け物の義父とまだ暮らしてるし。

アリエッタとアディ、新しく産まれたレイナの三人がいなかったら今まで通り過ごすなんてできなかったかもしれない。

移り気なマイラも初恋なら気持ちが違うかも。

いくつもお見合いをするのに上手くいかないと凹むのを思い出してふと思った。

思わず自分の顔を叩く。

ダメだ、ダメだ。

マイラの初恋と聞いて一瞬ほだされそうになったが、あの神経質な烏が怒ると執念深そうだし、何かの間違いで義弟にでもなったら恐ろしい。

死んでも言わねぇと気を引きしめた。





~終~
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