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番外編※リカルド
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「ディアナ、それは?」
自分の顔に指を当てて問い掛けた。
一瞬目を細めて私を見つめて、次にライン、そしてルルドラへと視線が流れる。
「……奥様からのお言い付けでお休みのリカルド王子を邪魔をしないように人払いをいたしました。執務室の方にも連絡をしまして。私がこちらの近くで待機しておりましたところ、ルルドラ王子のご訪問がありましたので、こちらの部屋へご案内を担当しました。……おふた方のお時間であられたのに、私の配慮が足らず申し訳ありません。咄嗟にそこの入口で引き留めましたが、差し出がましい物言いをしてしまい、ルルドラ王子よりお叱りを受けました」
「……それで父を呼んだか?」
「私の立場からご兄弟の争いを止める手だてがございません。奥様のためにでございます。こちらには先にご報告してからご案内すべきでした」
「よくやった。だがお前らしくない」
自分がどのくらい気絶していたのか分からないが、それでもディアナにしては妙な判断に思えた。
殴られたからとルルドラの侵入を静かに見守る性格はしていない。
「……ルルドラ王子からのお叱りは一度。しかし少々気を失って。……そのために対応が遅くなってしまいました。申し訳ありません」
その言葉に唖然とした。
ディアナが布を下げて隠していた頬を私へ向けた。
耳から首まで手の形に赤く腫れた肌。
まさか気絶するほど殴ったのか。
女を?
母親代わりを勤めて私達へ命を懸けた彼女に。
「……ルルドラ、お前」
震える手を握った。
筋肉がきしんで痛む。
きつく丸めた手のひらに爪が食い込む。
ラインへの仕打ち、ディアナへの扱い。
なんでこんなことに。
こんなことを。
なぜだ。
「くっ、ぅ、」
堪えきれずに涙が溢れる。
父が私の肩に触れた。
見ると真っ青に血の引いた顔。
今にも倒れそうで、それも余計苦しくなった。
「すまなかった。何もかも。お前と、ラインに。私が選択を間違えたせいだ」
一言。
項垂れてがっくりと肩を落としている。
全てを大事にしていたのに。
守りたかった。
ラインを挟んで向かいに座るルルドラはうつむいて震えていた。
「……お前の、大事な嫁を運んでやらねば。……いつまでも床に寝かせるのは可哀想だ」
「……はい」
まともに動けない私の代わりに父がラインの体を支えた。
「……うッ、ん、」
「ライン?」
首を支えたところで身動ぎした。
目を覚ました気配のラインを覗き込む。
ハッとして自分の顔を手で隠しながら。
ボコボコだろう。
怖がるか心配させる。
「……へ、陛下……え、と、……リカルド、王子?お顔が」
目がうっすら開いてゆっくりと辺りを見渡し、ぼんやりとした表情で存在を確認するように名を問いかけている。
「奥様」
「……あぁ、ディアナ」
見慣れたディアナの顔を見てほっと息が緩む。
そして最後にルルドラへと顔を向ける。
正座をして深く項垂れて、怯えて震えていた。
私達の怒りや失望。
自分の行った裏切りに。
「ルルドラ王子」
呼び掛けにビクッと跳ねてもっと深く頭を下げた。
床にすり付けて。
鼻をすすりながら。
ごめんなさいと消えそうな声を繰り返す。
ルルドラ王子、ともう一度呼び掛ける。
ゆっくりと頭に手を乗せて、生まれたての子猫を撫でるように優しく。
「泣かないで。泣いてると私も悲しくなるから」
「ライン?」
分厚いカーテンを体に巻いて、隙間からルルドラへと腕を伸ばして招く姿に父が驚いて呟く。
私も不気味なほど穏やかなラインが分からなかった。
目が覚めても顔色悪くぐったりとしているのは変わらない。
ふらつくのに支えていた父の腕から離れて小さく丸くなってえずきながら謝るルルドラに寄り添う。
少し体を捻った時顔をしかめて、まだ続く浅い呼吸にどこか痛めてることを思い知らされて、自分の目で見た出来事に間違いはなかったと、また苦しさに私も泣けてきた。
「あんなこと、もうしないよね?」
問うと何度も頭を揺らして頷く。
約束ね、と小さく呟いてもう一度、おいでと招く。
嗚咽を流し横に振る頭にそう言い聞かせている。
「寂しいなら側にいるよ。私じゃダメ?嫌いなの?」
「ち、ひっく、ぢ、違う、僕、こんなことして、許されないっ」
「大丈夫。家族だから嫌いになれないよ。家族は嫌いになれないの。大好きなの。私にはリカルド王子と、あなたが家族なの。失いたくない。私はあなたのお姉さんでいたいの」
ルルドラが発作を起こした夜と同じように。
大丈夫だと何度も口に出して慰める。
あの時のように、ラインは泣き伏すルルドラを包んだ。
以前と変わらない笑みを浮かべて目を細めた。
理解できず、ただただ驚いている私達の目の前でラインは続けた。
「ずっと寂しかったんだよね。私もわかる。私はこんな風に愛されたかった。お母様たちから。私がされたかったことをしてあげる。私の代わりに、私がいっぱいルルドラ王子のこと愛してあげるから大丈夫だよ」
嘘偽りのない表情に笑みを浮かべて。
子を慈しむ母親のように。
二人を見ていて、ふーっと肩の力が抜けた。
辛さや苦しさはある。
だけど何かがルルドラへの憎しみがひとつ抜けて泣くほど辛かった想いはただの重さに変わった気がした。
自分の顔に指を当てて問い掛けた。
一瞬目を細めて私を見つめて、次にライン、そしてルルドラへと視線が流れる。
「……奥様からのお言い付けでお休みのリカルド王子を邪魔をしないように人払いをいたしました。執務室の方にも連絡をしまして。私がこちらの近くで待機しておりましたところ、ルルドラ王子のご訪問がありましたので、こちらの部屋へご案内を担当しました。……おふた方のお時間であられたのに、私の配慮が足らず申し訳ありません。咄嗟にそこの入口で引き留めましたが、差し出がましい物言いをしてしまい、ルルドラ王子よりお叱りを受けました」
「……それで父を呼んだか?」
「私の立場からご兄弟の争いを止める手だてがございません。奥様のためにでございます。こちらには先にご報告してからご案内すべきでした」
「よくやった。だがお前らしくない」
自分がどのくらい気絶していたのか分からないが、それでもディアナにしては妙な判断に思えた。
殴られたからとルルドラの侵入を静かに見守る性格はしていない。
「……ルルドラ王子からのお叱りは一度。しかし少々気を失って。……そのために対応が遅くなってしまいました。申し訳ありません」
その言葉に唖然とした。
ディアナが布を下げて隠していた頬を私へ向けた。
耳から首まで手の形に赤く腫れた肌。
まさか気絶するほど殴ったのか。
女を?
母親代わりを勤めて私達へ命を懸けた彼女に。
「……ルルドラ、お前」
震える手を握った。
筋肉がきしんで痛む。
きつく丸めた手のひらに爪が食い込む。
ラインへの仕打ち、ディアナへの扱い。
なんでこんなことに。
こんなことを。
なぜだ。
「くっ、ぅ、」
堪えきれずに涙が溢れる。
父が私の肩に触れた。
見ると真っ青に血の引いた顔。
今にも倒れそうで、それも余計苦しくなった。
「すまなかった。何もかも。お前と、ラインに。私が選択を間違えたせいだ」
一言。
項垂れてがっくりと肩を落としている。
全てを大事にしていたのに。
守りたかった。
ラインを挟んで向かいに座るルルドラはうつむいて震えていた。
「……お前の、大事な嫁を運んでやらねば。……いつまでも床に寝かせるのは可哀想だ」
「……はい」
まともに動けない私の代わりに父がラインの体を支えた。
「……うッ、ん、」
「ライン?」
首を支えたところで身動ぎした。
目を覚ました気配のラインを覗き込む。
ハッとして自分の顔を手で隠しながら。
ボコボコだろう。
怖がるか心配させる。
「……へ、陛下……え、と、……リカルド、王子?お顔が」
目がうっすら開いてゆっくりと辺りを見渡し、ぼんやりとした表情で存在を確認するように名を問いかけている。
「奥様」
「……あぁ、ディアナ」
見慣れたディアナの顔を見てほっと息が緩む。
そして最後にルルドラへと顔を向ける。
正座をして深く項垂れて、怯えて震えていた。
私達の怒りや失望。
自分の行った裏切りに。
「ルルドラ王子」
呼び掛けにビクッと跳ねてもっと深く頭を下げた。
床にすり付けて。
鼻をすすりながら。
ごめんなさいと消えそうな声を繰り返す。
ルルドラ王子、ともう一度呼び掛ける。
ゆっくりと頭に手を乗せて、生まれたての子猫を撫でるように優しく。
「泣かないで。泣いてると私も悲しくなるから」
「ライン?」
分厚いカーテンを体に巻いて、隙間からルルドラへと腕を伸ばして招く姿に父が驚いて呟く。
私も不気味なほど穏やかなラインが分からなかった。
目が覚めても顔色悪くぐったりとしているのは変わらない。
ふらつくのに支えていた父の腕から離れて小さく丸くなってえずきながら謝るルルドラに寄り添う。
少し体を捻った時顔をしかめて、まだ続く浅い呼吸にどこか痛めてることを思い知らされて、自分の目で見た出来事に間違いはなかったと、また苦しさに私も泣けてきた。
「あんなこと、もうしないよね?」
問うと何度も頭を揺らして頷く。
約束ね、と小さく呟いてもう一度、おいでと招く。
嗚咽を流し横に振る頭にそう言い聞かせている。
「寂しいなら側にいるよ。私じゃダメ?嫌いなの?」
「ち、ひっく、ぢ、違う、僕、こんなことして、許されないっ」
「大丈夫。家族だから嫌いになれないよ。家族は嫌いになれないの。大好きなの。私にはリカルド王子と、あなたが家族なの。失いたくない。私はあなたのお姉さんでいたいの」
ルルドラが発作を起こした夜と同じように。
大丈夫だと何度も口に出して慰める。
あの時のように、ラインは泣き伏すルルドラを包んだ。
以前と変わらない笑みを浮かべて目を細めた。
理解できず、ただただ驚いている私達の目の前でラインは続けた。
「ずっと寂しかったんだよね。私もわかる。私はこんな風に愛されたかった。お母様たちから。私がされたかったことをしてあげる。私の代わりに、私がいっぱいルルドラ王子のこと愛してあげるから大丈夫だよ」
嘘偽りのない表情に笑みを浮かべて。
子を慈しむ母親のように。
二人を見ていて、ふーっと肩の力が抜けた。
辛さや苦しさはある。
だけど何かがルルドラへの憎しみがひとつ抜けて泣くほど辛かった想いはただの重さに変わった気がした。
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