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番外編※リカルド
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「……ありがとう、ライン」
ポツリとこぼれた。
私の呟きは聞こえなかったろう。
ただ今は荒立った心に緩やかな凪ぎに変えたラインに感謝したかった。
「はぁ……」
すぐ横から大きなため息が聞こえた。
「……父上、大丈夫ですか?」
疲れた顔となぜか恨ましいような、疎ましげな視線で二人を見つめる父が気になって声をかけた。
ラインに向けたものと同じ視線がこちらにも向けられた。
「……お前も、傷ついているだろうに。なぜだ」
絞り出す声の意味がわからず、じっと見つめ返す。
「お前もラインも。……ルルドラには然るべき処罰をと思っていたのに。なぜ気遣いを見せて寄り添うことを選んだんだ。ラインはなぜ親の私以上の情をあれにかける。私が間違っていたのか?お前達に、妻にもっと何かしてやるべきだったか?私には何が足らなかったんだ?私はそんなに情のない人間なのか?」
ラインの見せる懐の深さに己を否定された気持ちになったらしい。
ひとりの人間らしく悩み狼狽える姿に目を見開いた。
「……父上は、私の顔が苦手でしたね。亡くなった母に似てるから」
「リカルド?急になんの話だ?」
脈絡のない私の返答に戸惑っている。
「あなたは私の母を特別に愛しておられた。私やルルドラや、次に来た王妃のことを気にすることができないほど。ずっと、最愛の女性を失った苦しみに、心の余裕がなかったのだと思います」
息を飲んで固まった。
思い当たったのだろう。
興味がなかった訳じゃない。
子への愛情があった。
だけど幼かった頃、私を見るたびに亡くした妻の面影を見つけて傷ついた顔で目をそらし、視界に入れないように避けていたのは気づいていた。
父の寂しさと頑なさを理解して私も寄らなかった。
母以上に愛されるつもりの王妃は受け入れられなかったようだが。
だからあそこまで拗れた。
幼い頃より男らしくなった顔立ちと経った時間のおかげでやっと関係が変化した。
「いや、違う。そんな、つもりは」
戸惑いに口が開くが、唇は震えて言葉を紡げないでいる。
「父はルルドラに思うところがあるでしょうが、あの子の人生に産みの親は関係ありません。母親とあの子は別物です。私もそうです」
父は顔を歪めて私から目をそらす。
もういないのだから。
生きた私達がなぜ苦しまなくてはならないんだ。
いつまでだ。
やってられるか。
ルルドラも私も生きているのに、いつまでも死んだ二人の母に振り回されるのはごめんだ。
「あとは私達の性格だと思います。ルルドラへの情が捨てきれないのは」
父とルルドラは似ている。
大事なものはひとつだけ。
特別なひとつがある。
優劣のつけようのないはっきりとしたひとつ。
それが父にとっての母で、ルルドラにとってのラインだった。
寂しさを知る私とラインは誰かにそれを味あわせたくない、全てを守りたいという価値観だ。
理解に苦しむ父の顔が寂しくて、それも仕形がないことと諦めから苦笑いを返した。
ポツリとこぼれた。
私の呟きは聞こえなかったろう。
ただ今は荒立った心に緩やかな凪ぎに変えたラインに感謝したかった。
「はぁ……」
すぐ横から大きなため息が聞こえた。
「……父上、大丈夫ですか?」
疲れた顔となぜか恨ましいような、疎ましげな視線で二人を見つめる父が気になって声をかけた。
ラインに向けたものと同じ視線がこちらにも向けられた。
「……お前も、傷ついているだろうに。なぜだ」
絞り出す声の意味がわからず、じっと見つめ返す。
「お前もラインも。……ルルドラには然るべき処罰をと思っていたのに。なぜ気遣いを見せて寄り添うことを選んだんだ。ラインはなぜ親の私以上の情をあれにかける。私が間違っていたのか?お前達に、妻にもっと何かしてやるべきだったか?私には何が足らなかったんだ?私はそんなに情のない人間なのか?」
ラインの見せる懐の深さに己を否定された気持ちになったらしい。
ひとりの人間らしく悩み狼狽える姿に目を見開いた。
「……父上は、私の顔が苦手でしたね。亡くなった母に似てるから」
「リカルド?急になんの話だ?」
脈絡のない私の返答に戸惑っている。
「あなたは私の母を特別に愛しておられた。私やルルドラや、次に来た王妃のことを気にすることができないほど。ずっと、最愛の女性を失った苦しみに、心の余裕がなかったのだと思います」
息を飲んで固まった。
思い当たったのだろう。
興味がなかった訳じゃない。
子への愛情があった。
だけど幼かった頃、私を見るたびに亡くした妻の面影を見つけて傷ついた顔で目をそらし、視界に入れないように避けていたのは気づいていた。
父の寂しさと頑なさを理解して私も寄らなかった。
母以上に愛されるつもりの王妃は受け入れられなかったようだが。
だからあそこまで拗れた。
幼い頃より男らしくなった顔立ちと経った時間のおかげでやっと関係が変化した。
「いや、違う。そんな、つもりは」
戸惑いに口が開くが、唇は震えて言葉を紡げないでいる。
「父はルルドラに思うところがあるでしょうが、あの子の人生に産みの親は関係ありません。母親とあの子は別物です。私もそうです」
父は顔を歪めて私から目をそらす。
もういないのだから。
生きた私達がなぜ苦しまなくてはならないんだ。
いつまでだ。
やってられるか。
ルルドラも私も生きているのに、いつまでも死んだ二人の母に振り回されるのはごめんだ。
「あとは私達の性格だと思います。ルルドラへの情が捨てきれないのは」
父とルルドラは似ている。
大事なものはひとつだけ。
特別なひとつがある。
優劣のつけようのないはっきりとしたひとつ。
それが父にとっての母で、ルルドラにとってのラインだった。
寂しさを知る私とラインは誰かにそれを味あわせたくない、全てを守りたいという価値観だ。
理解に苦しむ父の顔が寂しくて、それも仕形がないことと諦めから苦笑いを返した。
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