海辺のカフェ(成功の次に訪れる突然死)

sakura2025

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第5章 海辺のカフェ

第5章 海辺のカフェ と 壮麗な鍵付き古書

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 母を集合場所まで送り届け、列車に乗り込んだ由紀は、日帰りとは言え、ひとりきままに行動できる開放感を味わっていた。

第5章 海辺のカフェ と 壮麗な鍵付き古書

 ここのところ、旅行と言えば、母に同行して、有料老人ホームの体験宿泊ばかりだった。いまだに母は入居先を決めていない。浅間山を望む大露天風呂の有る施設は、鉄道駅から遠く、部屋の段差が気になった。温泉付き新築住居型ホームは、泊まってみたら、同じフロアの夜間ケアの物音が気になり、晩秋であったが、一晩中暖房入れたままにするほどの冷え込みに検討リストから外した。プール、露天風呂、大浴場、病院とも廊下続きの施設は、希望する部屋の空きがなかったし、東京までの交通費がかさむのもネックになり、保留。入居金も手ごろ、東京からの交通費もまあまあ、要介護になっても面倒見がよさそうな温泉付きホームは、申込金まで払ったが、食事がまずい、温泉大浴場の洗い場が狭く、男女、要介護者入浴を4つにグループ分けしてタイムスケジュールを組み、入浴時間が制限されるので、結局キャンセルした。
今日母が参加したシニアレジデンスは、温泉付きではないという以外ケチのつけようがないが、予算オーバーもはなはだしく、見るだけ で 終わりだと思う。


 やっと見つけた! 美しいカフェ! 「世界でもっとも美しい二十の書店」の画像をインターネットで見て、ぜひ行ってみたいと思っていたが、まったくネームバリューのないひっそりとたたずむ「海辺のカフェ」は二十のリストに組み込んで遜色ないブックカフェであった。作家が通いたくなるのもうなずける。家の近くだったら、毎日通うと思う。連日通うわけにはゆかないが、はじめて観た今日から、すでに、またすぐ来ようと決めた。レトロな雰囲気、セピア色のソファ、それでいてこざっぱりしている。打ち寄せる波、カーブを描く半島の緑、水平線、残照の影と光を映す雲、いつまでもみていたい。来る時に、意気込んでいた疑念を忘れそうだった。「先生は、よくブックエリアも利用されていました。」とのオーナーの言葉に、本棚の連なる部屋も見てみることにした。
風通しと明り取りの小さな窓はあるが、本が日に焼けないように組み立てられ、本棚の支える柱も棚も 磨きこまれたつややかさが、にぶくひかり、装丁の美しい本たちが並んでいる。眺めているだけでうっとりする。

 この日を境に由紀は、美しい本たちに会いたい渇望に駆られ、 幾度となく 海辺のカフェ を訪れるようになった。

 母が「踊りの会」に出かけた後、洗濯物も干し終わり、紅茶を入れて、一息入れた。なにげなく、2年ほどまえに由紀が友人3人と参加した「新・決定版! スペイン8日間」ツアーのフォトブックを開いた。十月に入ってから訪れたので、紅葉を期待したスペインだったが、最初の観光地バルセロナでは、夏日の気温に上昇した。池に映るサクラダファミリア、眩しそうな様子でグエル公園ベンチに並ぶ友人たち、タラゴナの高台で地中海をバックに四人揃ってとってもらった写真、ラ・マンチャの風車、オリーブ畑の続くアンダルシアの車窓、アルハンブラ宮殿夜景、洞窟フラメンコ、ミハスの白壁続く街並み、セビーリア観光馬車、カテドラル黄金の塔からの眺め、コルドバでのメスキータ、最終日はマドリッド。、セビーリャの大聖堂でとった写真には、ガラスケース内に展示された「中世の書」があった。数百年の時を経たとは思えないほど、彩り鮮やかな精緻な工芸品のような書であった。旅の楽しさが蘇り、丁寧に見返した。

 通いなれた 海辺のカフェ を訪れた あの日、 由紀は、書棚の一番奥の暗がりで目を凝らした。美しい装丁の分厚い書を見つけた。旅先のセビーリャのカテドラルのガラスケースの中に飾られていた中世の書にそっくりに思えた。なにげなく手にとり、しばらく眺めていた。どこかでこの古書を見たような気がする。カフェを訪ねた当初の目的、有名人突然死の謎のことは、ほとんど忘れかけていたが、マリー・キャンベルが専属モデルだったファッション誌「パリス」のグラビアが浮かんだ。書棚からパリスのスプリング号を探し出した。見開きのグラビアには、丸天井に天使の絵が描かれ、ステンドグラスの窓から差し込む光の中に、レースの襞が重なり合うゴージャスな純白のウエディングドレス姿のマリー・キャンベルが佇んでいた。眺めるほどに、ため息が出るほどモデルも背景のセビーリヤのカテドラルも美しい。よく見るとグラビアの左端に木製の丸テーブルがあり、そのうえに分厚い装飾の美しい本が映っている。いま見つけたこの分厚い本にそっくりではないか。よく見ると小さな鍵がついていた。
 パリスのグラビア写真と手元の古書を何度も見比べ、いますぐ古書の鍵を開けたい欲求に負けそうになりながら、古書を抱え込み、考えろ、考えろ、と己に必死で命じた。古書に張り付いたようになっている自分の手を自分で指1本ずつ剥がすようにして、古書を放し、猛然と帰宅した。

 帰宅した由紀は、あの鍵付き古書は、有名人突然死の共通項に間違いないと確信していた。連日 海辺のカフェ に通っていた小説家 成瀬元就 は、古書を見つけて鍵を開けたのだ。モデルのマリー・キャンベルと写真家 パク・ヨウエンは、スペイン、セビーリャのカテドラルで、「鍵付き古書」に触れたに違いない。

 古書の鍵を開ける前に準備をしなくては、と由紀は思っている。なにしろ3人も死亡しているのだ。由紀は、有名人ではないが、死ぬかもしれない となれば、なおさらである。突然死の共通要因に違いないが、どういう作用で、システムで動いているのか、どのような影響があり、なぜ死に至るのかまったく不明なわけで、自分の手を放すのにさえてこずるほどの吸引力のある古書、すでに死のカウントダウンは始まっているかもしれない。鍵を開けるまでは何もおこらないと、どうして言えよう。40年以上も役所を勤めあげて、無事定年退職したごく平凡な一般人としてこの世にさよならするのか? 何かしらで有名人となり、突然死するのか? まだ鍵を開けていないから、なにもおこらないのか? 
 このまま何もしないで、古書をあきらめることは、できない。これまでの人生、大きな波乱はなかったけれど、小さな数々のしあわせに恵まれ、穏やかに終わることに、抵抗も不満もなかった。振り返れば、よき人生だったと思う。十分人生を愉しんだから、いますぐ死神が迎えに来てもかまわない。親しき人々が逝くたびに、あの世への垣根は低くなっていた。元気ではあっても、年老いた母より先に逝くのだけは、気がかり。考えが及ぶ限りの準備をして、鍵を開けよう。
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