春風のブーケを君に

佐倉 ゆの

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7話

好きでした、のその先で

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 終業式のあと、校舎の空気は冬の名残を残していた。
窓際の光はやわらかいが、吐く息は白い。
下駄箱のあたりからは、部活へ向かう生徒たちの声が遠く響いてくる。

 柚香は、生徒会室の前で足を止めた。
扉の向こうは静かで、いつもよりも空気が冷たく感じられる。

 ゆっくりとドアを開けると、部屋には結翔がひとり、書類を整理していた。
机の上に積まれた書類の束。
差し込む午後の日差しが、彼の肩を淡く照らしていた。

「柚香。どうした?」

 いつもの声。優しいけれど、どこか距離のある音だった。
柚香は両手をぎゅっと握り、まっすぐ彼を見た。

「結翔先輩……少し、お話があります。」

 その一言で、結翔の手が止まる。
時計の秒針が小さく刻む音が、やけに鮮明に響いた。

「結翔先輩が、ずっと好きでした。」

 声は震えていなかった。
ただ、静かに真っ直ぐに、冬の空へ放たれるようだった。
結翔の表情がわずかに揺れる。
風が吹き抜け、机の端のプリントが一枚めくれた。
それでも、彼はしばらく何も言わなかった。

「……柚香は、俺にとって大切な妹だから。」

 その声は、優しさと痛みのどちらにも聞こえた。
想像していた言葉。
けれど、その穏やかさがいちばん辛かった。

「結翔先輩はズルいです。“妹”じゃなくなったら、わたしにも可能性はあるんですか?」
結翔は小さく息をつき、そして首を振った。
「……これからも、妹でいてほしい。」

 “これからも”。
その言葉には、拒絶ではなく、願いが滲んでいた。
壊したくない関係を、必死に守ろうとするような声音だった。

 柚香はまぶたを伏せ、かすかに笑う。
「……“妹”のままじゃ、届かないんですね。」
結翔は何かを言おうとしたが、言葉は出なかった。
その沈黙が、すべての答えだった。

 短く息を吸い、柚香は微笑んだ。
「“妹”って、便利な言葉ですね。優しさにも、逃げにも、なれるから。」
彼女の笑みは、どこまでも穏やかだった。
結翔は目を伏せたまま動かない。
柚香は鞄を手に取り、静かに立ち上がる。
扉の前で立ち止まることも、振り返ることもしなかった。

 ゆっくりと扉を開ける。冷たい風が頬を撫でる。
そのまま、廊下へ出て扉を閉めた。

 音が途切れたあと、結翔は机の前で立ち尽くしていた。
何かを掴もうとして、結局、手を下ろす。
夕陽が傾き、空になった椅子を照らした。

「……ありがとう、柚香。」

 小さく零れた言葉は、誰にも届かない。
ただ、空気の中に溶けていった。

 廊下では、柚香が立ち止まっていた。
扉の向こうの音は、もう聞こえない。
胸の奥で何かが静かにほどけていく。
涙は出なかった。
それでも、頬を撫でる風の冷たさが少しだけやさしかった。

 廊下の先に、湊の姿が見えた。
彼は手をポケットに入れたまま、穏やかに笑っている。

「おつかれ、柚香ちゃん」
柚香は、小さく息を吐き出すように笑った。
「……ありがとうございます。」
その笑顔は、もう泣き顔ではなかった。
柚香はまっすぐ前を見て歩き出した。
冬の光が、彼女の髪をやさしく照らしていた。
その光は、春へと続く道を、静かに指していた。
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