春風のブーケを君に

佐倉 ゆの

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エピローグ

春風のブーケを君に

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 披露宴のお開きのアナウンスが響いた。
会場のロビーには、春の光が差し込んでいる。
窓の外では桜が咲き始め、風に乗って花びらがひとひら、床に舞い落ちた。
湊がゲストにプチギフトを手渡し、柚香はその隣で、丁寧に頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。」

 ゲストを見送り終えたあと、会場のスタッフたちが一列に並び、最後の挨拶をした。 「以上をもちまして、夏目家・桃瀬家のご結婚披露宴、お開きとさせていただきます。本日は誠におめでとうございます。」
キャプテン、スタッフ、カメラマン、そしてプランナーの茜が、深く頭を下げた。
柚香の目が、茜を捉えた。

 時間が、少しだけ巻き戻る。
――あの日の卒業式。
花束を受け取らずに去っていった背中。
けれど、あれから季節をいくつも越えて、いま、目の前で彼女は微笑んでいた。

 柚香は一歩、前に出た。
「……茜先輩。卒業式の日のこと、覚えてますか?」
茜の肩が、わずかに揺れる。
「あのとき、受け取ってもらえなかったけど―― 今なら、受け取ってくれますか?」

 柚香が差し出したのは、披露宴で手にしていたブーケだった。  
カサブランカを中心に、ピンクのバラとブルースターを散りばめた、柔らかなラウンドブーケ。  
茜は息をのんだ。  
フラワーコーディネーターの言葉が頭をよぎる。
「柚香さん、このブーケにはすごくこだわってました。まるで、誰かへの手紙みたいに。」  
柚香は、そっと微笑んだ。
「あのとき渡せなかった花束が、こうして形を変えて戻ってきました。……受け取ってもらえたら、嬉しいです。」  

 茜は静かに手を伸ばした。  
その手が震えていることを、柚香は見なかったふりをした。
「……本当に、あなたって子は」
「ありがとう。やっと、受け取れる気がする。」  
柚香は、少しだけ涙ぐんで笑った。
「こちらこそ、ありがとうございました。あの頃の私に、ちゃんと向き合ってくれて。」  
茜はブーケを胸に抱き、ほんの少しだけ目を伏せた。

「そろそろ準備しないと、二次会に遅れるぞ。」  
湊の声に振り向くと、タキシードの袖を軽く整えながら笑っていた。
「久々に会う“結にぃ”待たせる気か?」  
柚香はくすっと笑う。
「そうですね。結にぃ、時間にだけは厳しいから」  
茜が微笑む。
「行ってらっしゃい。……幸せにね」
「はい」
柚香は湊の腕に手を添えた。
春の風が吹き込む。
ハーフアップにまとめた柚香の髪に結ばれた新しいリボンが、 陽の光の中でやさしくきらめいた。

 柚香は振り返る。
茜の手に抱かれたブーケの白が、春の光の中でやわらかく溶けていく。
その奥に見える空は、どこまでもやさしかった。
――春風の中で、
あの日の花束が、ようやく渡された。
その春風は、まるでブーケの香りを運ぶように、やさしく世界を包んでいた。
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