春風のブーケを君に

佐倉 ゆの

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10話

リボンをほどくとき

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 生徒会室に、朝の光が差し込んでいた。
窓を開けると、春の風がやさしく吹き込んだ。
机の上には、茜に渡せなかった花束。
けれど、あの時、ちゃんと笑って見送れた。
それだけで、少しだけ胸が軽い。

 机の引き出しを開けると、ノートの下に一通の封筒が挟まっていた。
淡いクリーム色の紙に、見覚えのある癖のある字。
――柚香へ。
結翔の字だった。
息をのんで、封を開けた。春風が吹き込み、髪をそっと撫でた

 柚香へ。
今日の卒業式、ちゃんと笑ってくれてありがとう。
あの笑顔を見て、やっと「妹」って言葉の意味を理解できた気がした。
俺はずっと、“妹”って言葉でごまかしてた。
本当は、壊すのが怖かったんだ。
あの関係を、あの時間を、失うのが。
柚香のこと、好きだったよ。
でも、柚香の笑顔をいちばん近くで見ていけるのは、もう俺じゃない。
それを寂しいと思う気持ちもあるけど、今はそれ以上に、嬉しい。
あのリボン、ずっとつけてるよな。
昔、泣き虫だった柚香に「泣かないおまじない」って渡したの、覚えてる。
いつかその結び目が、ほどける日が来ることを願ってる。
どうか、幸せになれよ。
俺の、大切な“妹”へ。
――結翔より。

 文字が滲んで、視界がぼやけた。
でも、不思議と悲しくなかった。
それは“さよなら”の痛みじゃなくて、誰かにやさしく撫でられるような温かさだった。
手紙を胸に抱きしめる。

 目を閉じると、春風の音の中に結翔の声が混じって聞こえた。
「どうか、幸せになれよ。」
――うん、ちゃんと幸せになるよ。
小さくつぶやき、リボンの髪飾りに触れる。

 幼い頃、結翔にもらった薄ピンクの二本のリボン。
泣き虫な自分を支えてくれた、大切な“おまじない”。
そっとリボンをほどき、手のひらに包み込む。
春の風が吹き抜け、指の隙間から花びらが舞い込んだ。
ほんの一瞬、世界が止まった気がした。
ふと、窓から風が吹き抜け、ほどけたリボンが宙に舞った。
陽の光を受けて、柔らかな弧を描く。
それはまるで――
長い時間をかけて育てた想いが、祝福に変わって空へ還っていくみたいだった。

 柚香は目を閉じて、微笑んだ。
頬を撫でる風は、どこか結翔の声に似ている気がした。
「……ありがとう、“結にぃ”。」
“妹”の私を、大切にしてくれて。恋を教えてくれて。さよならを教えてくれて。

 風が強く吹き、リボンは光の中に溶けていった。
その瞬間、世界がふっと白く霞む。
まぶしさに目を細めた柚香の視界に、白い布がひらりと揺れた。

――時は、光の中でゆっくりと重なっていく。

 白いドレスの裾を春風がそっと揺らし、新婦・柚香は鏡の前に立っていた。
背後で、控室のドアが軽くノックされる。

「柚香、準備できた?」

 少し緊張を含んだ湊の声。
スタッフと一緒に湊が控室に入ってくる。
彼の手には、小さな箱がある。

「湊、それ……?」

「ヘアメイクさんに、こっそり相談してたんだ。
 最後に、これをつけてほしいって」

 箱を開けると、淡いピンクベージュの一本のリボンが入っていた。
柔らかな光沢を帯びたサテン地。
指先で触れると、ふんわりとした温もりが広がる。

「ツインテールの頃の柚香も好きだったけどさ。
 今日は――ふたりで歩く日だから」
 湊は照れくさそうに笑い、ヘアメイクスタッフに目をやった。
「これでお願いします」
スタッフがうなずき、ハーフアップにまとめた髪の結び目に、
そのリボンをそっと結びつける。

 鏡の中で、柚香の髪がやわらかく光を反射する。
湊の声が静かに続いた。
「結んでも、縛りすぎない結び目にしたいんだ。
 同じ道を歩く“ひとつの結び目”だから」
 
 柚香は小さくうなずき、微笑んだ。
「……うん」
 リボンに指先を触れながら、そっと息を吐く。
「すごく、きれい……」

 湊が息を吐いて、照れたように笑った。
「似合ってるよ」
 その言葉に、柚香は少し頬を染めて、視線を落とした。
「……ありがとう」
 ほんのり照れ笑いを浮かべながら。

「行こうか」
「うん、すぐ行くね」

 湊が一度控室を出る。
柚香は新しいリボンに指先で触れ、胸の奥で静かにつぶやいた。
――春風、今年もちゃんと吹いてるね。
あの日、手放した二本のリボンの代わりに、
今の私には一本のリボンがある。
隣で、手を取ってくれる人と結ぶための、たったひとつの結び目。

 風が、ドレスの裾をやさしく撫でた。
まるで、あの頃の自分を包み込むように。
春風のブーケを、静かに渡してくれるように。
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