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9話
”妹”のまま、さよならを
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春の風が、校舎の窓を揺らしていた。
卒業式の日。
体育館には、最後の合唱の余韻がまだ残っていた。
拍手が終わり、花束を抱えた三年生たちが次々と外へ出ていく。
その中に、茜の姿があった。
凛とした背筋。
その隣を歩く結翔の横顔。
桃瀬柚香は少し離れた位置から、それを静かに見送っていた。
花の香り。
胸の奥が少しだけ締めつけられる。
けれど、それはもう痛みではなかった。
式が終わったあと、柚香は生徒会室に向かった。
机の上には、茜、結翔、湊の分の花束。
それぞれの想いを込めて、リボンを結び直す。
扉が開き、茜たち三人が入ってきた。
「卒業、おめでとうございます」
柚香は微笑みながら、茜に花束を差し出す。
「……泣いて、甘えて、守られてばかりのあなたのこと、正直、嫌いだと思ってたの」
その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。
結翔も湊も、動けない。
茜は柚香の横を通り過ぎる。
扉の前で立ち止まり、背を向けたまま、静かに続けた。
「でも――ありのまま愛されるあなたのことが、たぶん、羨ましかったんだと思う」
その声は、どこか震えていた。
柚香は微笑んだ。
目の奥が熱くなる。
「……私も、茜先輩のこと、苦手でした。それでもずっと、憧れてました」
扉が開き、茜は何も言わずに出ていった。
残されたのは、受け取られなかった花束と、春の風。
柚香は、そっと息を吐く。
茜の残り香が、風に溶けていく。
結翔が歩み寄る。
いつも通りの優しい笑顔だった。
「柚香、強くなったな。」
「……ありがとうございます。」
少しの間の後、柚香は勇気を出して尋ねた。
「結翔先輩。これからも私は“妹”でいれますか?」
結翔は目を伏せ、少しの沈黙のあとに答えた。
「……ずっと、大切な妹だよ」
その言葉に、もう涙は出なかった。
笑顔でうなずき、花束を差し出す。
「卒業おめでとう。“翔にぃ”」
結翔の表情が、ふっと和らぐ。
その一瞬に、もう届かない優しさと温もりが重なった。
廊下の向こうから、友人が結翔を呼ぶ声がした。
「結翔ー!写真撮ろうぜー!」
結翔は軽く手を上げて、柚香の前を去っていった。
静かになった生徒会室。
窓から春風が吹き込み、花束のリボンが、ふわりと揺れた。
柚香は息を吸い込んだ。
胸の奥に溜まっていたものが、ようやく溶けていく。
ふと振り向くと、そこに湊が立っていた。
彼は、まっすぐ柚香を見ていた。
いつもの軽い笑顔ではない。
「……湊先輩。」
「俺、ずっと待ってたけどさ。今日だけは、もう一回だけ言わせて。」
柚香の心臓が跳ねた。
風が二人の間を通り抜ける。
「柚香ちゃん。俺は、今でも、ずっと柚香ちゃんが好きだ。」
その一言が、春風よりも温かく胸に届いた。
抑えていた涙が、あふれ出す。
「……私も、です。待たせて、ごめんなさい。」
湊が笑った。
目尻に、少し涙が光っていた。
「全然!待つの、俺、得意だから!」
柚香も、泣きながら笑った。
声にならない笑いが、涙に溶けていく。
「湊先輩がいてくれて……よかったです。」
「俺も。やっと、“泣かせない”って約束、守れた気がする。」
春風が生徒会室を吹き抜け、花びらが窓の外へ舞い上がった。
リボンが、空を泳ぐように揺れた。
「行きましょう、湊先輩。」
「ああ。」
二人は並んで歩き出す。
もう“待つ”だけの恋じゃない。
今、同じ歩幅で進む春が、確かに始まっていた。
外から吹き込む風が、カーテンを揺らす。
花の香りと、春の香り。
窓の外では桜のつぼみが、ほころびかけていた。
“妹”という名前を脱いだ少女は、やっと、自分の春を見つけた。
風の中で揺れるリボンが、静かにその季節を祝福していた。
卒業式の日。
体育館には、最後の合唱の余韻がまだ残っていた。
拍手が終わり、花束を抱えた三年生たちが次々と外へ出ていく。
その中に、茜の姿があった。
凛とした背筋。
その隣を歩く結翔の横顔。
桃瀬柚香は少し離れた位置から、それを静かに見送っていた。
花の香り。
胸の奥が少しだけ締めつけられる。
けれど、それはもう痛みではなかった。
式が終わったあと、柚香は生徒会室に向かった。
机の上には、茜、結翔、湊の分の花束。
それぞれの想いを込めて、リボンを結び直す。
扉が開き、茜たち三人が入ってきた。
「卒業、おめでとうございます」
柚香は微笑みながら、茜に花束を差し出す。
「……泣いて、甘えて、守られてばかりのあなたのこと、正直、嫌いだと思ってたの」
その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。
結翔も湊も、動けない。
茜は柚香の横を通り過ぎる。
扉の前で立ち止まり、背を向けたまま、静かに続けた。
「でも――ありのまま愛されるあなたのことが、たぶん、羨ましかったんだと思う」
その声は、どこか震えていた。
柚香は微笑んだ。
目の奥が熱くなる。
「……私も、茜先輩のこと、苦手でした。それでもずっと、憧れてました」
扉が開き、茜は何も言わずに出ていった。
残されたのは、受け取られなかった花束と、春の風。
柚香は、そっと息を吐く。
茜の残り香が、風に溶けていく。
結翔が歩み寄る。
いつも通りの優しい笑顔だった。
「柚香、強くなったな。」
「……ありがとうございます。」
少しの間の後、柚香は勇気を出して尋ねた。
「結翔先輩。これからも私は“妹”でいれますか?」
結翔は目を伏せ、少しの沈黙のあとに答えた。
「……ずっと、大切な妹だよ」
その言葉に、もう涙は出なかった。
笑顔でうなずき、花束を差し出す。
「卒業おめでとう。“翔にぃ”」
結翔の表情が、ふっと和らぐ。
その一瞬に、もう届かない優しさと温もりが重なった。
廊下の向こうから、友人が結翔を呼ぶ声がした。
「結翔ー!写真撮ろうぜー!」
結翔は軽く手を上げて、柚香の前を去っていった。
静かになった生徒会室。
窓から春風が吹き込み、花束のリボンが、ふわりと揺れた。
柚香は息を吸い込んだ。
胸の奥に溜まっていたものが、ようやく溶けていく。
ふと振り向くと、そこに湊が立っていた。
彼は、まっすぐ柚香を見ていた。
いつもの軽い笑顔ではない。
「……湊先輩。」
「俺、ずっと待ってたけどさ。今日だけは、もう一回だけ言わせて。」
柚香の心臓が跳ねた。
風が二人の間を通り抜ける。
「柚香ちゃん。俺は、今でも、ずっと柚香ちゃんが好きだ。」
その一言が、春風よりも温かく胸に届いた。
抑えていた涙が、あふれ出す。
「……私も、です。待たせて、ごめんなさい。」
湊が笑った。
目尻に、少し涙が光っていた。
「全然!待つの、俺、得意だから!」
柚香も、泣きながら笑った。
声にならない笑いが、涙に溶けていく。
「湊先輩がいてくれて……よかったです。」
「俺も。やっと、“泣かせない”って約束、守れた気がする。」
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リボンが、空を泳ぐように揺れた。
「行きましょう、湊先輩。」
「ああ。」
二人は並んで歩き出す。
もう“待つ”だけの恋じゃない。
今、同じ歩幅で進む春が、確かに始まっていた。
外から吹き込む風が、カーテンを揺らす。
花の香りと、春の香り。
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風の中で揺れるリボンが、静かにその季節を祝福していた。
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