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おっさん回想す
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ルクスとの密会が終わり、自分の部屋へ戻った。
部屋の扉を閉めると、シービーが机に腰を掛けて待っていた。
どこか不機嫌そうに足をぶらつかせ、こっちを睨んでいる。まるで「さっさと説明しろ」と言わんばかりだ。
「……なあ、シービー。俺、魔王になるわ」
絞り出すように言うと、シービーの目が見開かれた。
沈黙のあと、唇がゆがんで、不満が爆発する。
「はぁ? 何言ってんだよ、おっさん!」
声が部屋に響く。
俺は苦笑するしかなかった。シービーが怒るのも無理はない。無茶苦茶過ぎる話だ。
「お前のことも聞いたんだ……俺が魔王になれば、お前たちは自由になれるんだとよ」
そう告げると、シービーの顔にますます陰が差す。
机から飛び降り、俺の胸ぐらを掴む勢いで近寄ってきた。
「ふざけんな! おっさんはどうなんだよ! 魔王なんて柄じゃねぇだろ? “あたいらのためだ”とか“みんなの笑顔のためだ”とか言って、自分を犠牲にしていいのかよ! そんなんでおっさんの人生を、今まで関係なかった魔物の世界に捧げるってのか?」
畳みかけるような言葉に、俺は完全に押し黙ってしまった。
その通りだ。俺だって、本当は自信なんかない。
きっと、ただ流されるままに、こんなことに……。
……だけど。
「……なあ、シービー。おれが電気屋になった理由、知ってるか?」
自分でも意外だった。言葉が勝手に口をついて出た。
シービーは怪訝そうに眉をひそめる。
「理由? 電気屋って家電を使って商売してたって話か?」
「ああ。……ちいせぇ頃な、うちの母ちゃん、体が弱かったんだ。病気ってほどじゃねえけど、すぐに息切れしてさ。それでも必死で家事やってたんだよ」
頭の中に浮かぶのは、台所に立つ母ちゃんの姿。
背中が小さくて、息を切らしながらも鍋をかき混ぜていた。
「知ってっか? 家事ってのはそんじょそこらの仕事よりよっぽど大変なんだ。朝から晩まで家族のこと考えて、掃除して洗濯して飯を作る。俺、子供ながらに“奴隷みたいだな”って思ってた。でもな、母ちゃんは笑ってたんだよ」
母ちゃんの笑顔。
俺や兄貴たちが部屋を汚して、服を真っ黒にして、飯をかき込む。それだけで笑ってくれた。
その笑顔が、俺の原点だった。
「俺さ、少しでも助けたくて家事を手伝おうとしたんだけど、ほんと不器用でな。すぐ皿を割るし、飯は焦がすし。どうにも役に立てなかった。……そこで出会ったのが家電だったんだよ」
洗濯機、掃除機、炊飯器。
安くて、便利で、黙々と働いてくれる。
母ちゃんの代わりに家事を支えてくれた。俺にとっては、神様みたいな存在だった。
「だから俺は家電が好きになった。お前も使ってみて分かっただろ? 家事だけじゃねぇ。みんなを笑顔にできるんだ。家電は神なんだよ」
シービーは無言で俺を見つめている。
その視線が少しずつ、怒りから別の色に変わっていくのを感じた。
「だからよ、俺が生涯をかけた家電で、魔王軍が改心して、この世界が平和になるならよ、そりゃ仕事冥利に尽きるってもんじゃねぇかって思うんだよ。みんなの笑顔のために頑張るってのはな、大変だけど……楽しいんだ。ただ、それだけなんだよ」
言葉を終えると、シービーはふっと目を伏せた。
やがて、かすかに笑うような、泣くような声でつぶやく。
「……あたいも、おんなじだよ。仕事だと思って、おっさんの世話してた。でも……楽しかった。きっと家電のおかげもあるかもしれないけどさ。悪くなかったんだよ」
その声音には、嘘がなかった。
俺の胸にじんわりと熱いものが広がる。
……やっぱり、この子はただの“クローン”なんかじゃない。ちゃんと心を持ってるんだ。
「だから……」
シービーは俺を睨みつける。だけど、その瞳は赤く潤んでいた。
「“あたいらのため”だからって、おっさんが犠牲になるのは納得いかねぇ。……そんなの、間違ってるよ」
胸が締め付けられた。
俺の選択は、ほんとに正しいのか。
誰かを笑顔にするために、自分を犠牲にするのは──母ちゃんの姿と重なる。
だから──
「間違っちゃいねぇ。これが俺の信じる道だ」
母ちゃんは最後の日を迎えるまで、幸せだって言ってた。
俺もそうやって電気屋家業を全うしたい。
静かな沈黙が流れる。
時計の針の音すら聞こえるような静けさ。
シービーがふいに顔を上げ、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。
「そんなこと言ってよぉ、本当は魔王様に惚れたんだろ?」
「ば、バカ言うなよ、んなこたぁこれっぽっちも思っちゃいねぇ」
「嘘が下手糞だな、おい」
シービーはそう言って、肘で俺をつついてきた。
こいつが、こういうスキンシップを取る時は大抵照れ隠しの合図だ。
こいつなりに分かってくれたのだろうか……。
「まぁ、魔王様は美人だし、優しいし、スタイルもいいし、前の世界でちょっと気になってた花屋の姉ちゃんに似てなくもないし……アリかなとは思うわ、正直言ってタイプかもしれん」
「かー、おっさんのくせに色気なんか出しやがってよぉ。魔王様泣かせたらメイド全員で半殺しにしてやっぞ」
「うるせぇ、好きになった女を泣かせるような真似は絶対にしねぇっつーの」
「今“好き”って言ったー、キモっ、あーキモっ」
「あんまり、おっさんをからかうんじゃねー」
なんだかこいつに乗せられっぱなしだな……悪くない……俺にも嫁さんができるのか……複雑な気分だが、悪くない。
「つーか、あたいの思考は魔王様と共有されてるっぽいから、今の話全部筒抜けだからな」
「えっ……えーーーー、お前、明日っからどんな顔してルクスに会えばいんだよ」
恥ずかしくて死にそうだ。
部屋の扉を閉めると、シービーが机に腰を掛けて待っていた。
どこか不機嫌そうに足をぶらつかせ、こっちを睨んでいる。まるで「さっさと説明しろ」と言わんばかりだ。
「……なあ、シービー。俺、魔王になるわ」
絞り出すように言うと、シービーの目が見開かれた。
沈黙のあと、唇がゆがんで、不満が爆発する。
「はぁ? 何言ってんだよ、おっさん!」
声が部屋に響く。
俺は苦笑するしかなかった。シービーが怒るのも無理はない。無茶苦茶過ぎる話だ。
「お前のことも聞いたんだ……俺が魔王になれば、お前たちは自由になれるんだとよ」
そう告げると、シービーの顔にますます陰が差す。
机から飛び降り、俺の胸ぐらを掴む勢いで近寄ってきた。
「ふざけんな! おっさんはどうなんだよ! 魔王なんて柄じゃねぇだろ? “あたいらのためだ”とか“みんなの笑顔のためだ”とか言って、自分を犠牲にしていいのかよ! そんなんでおっさんの人生を、今まで関係なかった魔物の世界に捧げるってのか?」
畳みかけるような言葉に、俺は完全に押し黙ってしまった。
その通りだ。俺だって、本当は自信なんかない。
きっと、ただ流されるままに、こんなことに……。
……だけど。
「……なあ、シービー。おれが電気屋になった理由、知ってるか?」
自分でも意外だった。言葉が勝手に口をついて出た。
シービーは怪訝そうに眉をひそめる。
「理由? 電気屋って家電を使って商売してたって話か?」
「ああ。……ちいせぇ頃な、うちの母ちゃん、体が弱かったんだ。病気ってほどじゃねえけど、すぐに息切れしてさ。それでも必死で家事やってたんだよ」
頭の中に浮かぶのは、台所に立つ母ちゃんの姿。
背中が小さくて、息を切らしながらも鍋をかき混ぜていた。
「知ってっか? 家事ってのはそんじょそこらの仕事よりよっぽど大変なんだ。朝から晩まで家族のこと考えて、掃除して洗濯して飯を作る。俺、子供ながらに“奴隷みたいだな”って思ってた。でもな、母ちゃんは笑ってたんだよ」
母ちゃんの笑顔。
俺や兄貴たちが部屋を汚して、服を真っ黒にして、飯をかき込む。それだけで笑ってくれた。
その笑顔が、俺の原点だった。
「俺さ、少しでも助けたくて家事を手伝おうとしたんだけど、ほんと不器用でな。すぐ皿を割るし、飯は焦がすし。どうにも役に立てなかった。……そこで出会ったのが家電だったんだよ」
洗濯機、掃除機、炊飯器。
安くて、便利で、黙々と働いてくれる。
母ちゃんの代わりに家事を支えてくれた。俺にとっては、神様みたいな存在だった。
「だから俺は家電が好きになった。お前も使ってみて分かっただろ? 家事だけじゃねぇ。みんなを笑顔にできるんだ。家電は神なんだよ」
シービーは無言で俺を見つめている。
その視線が少しずつ、怒りから別の色に変わっていくのを感じた。
「だからよ、俺が生涯をかけた家電で、魔王軍が改心して、この世界が平和になるならよ、そりゃ仕事冥利に尽きるってもんじゃねぇかって思うんだよ。みんなの笑顔のために頑張るってのはな、大変だけど……楽しいんだ。ただ、それだけなんだよ」
言葉を終えると、シービーはふっと目を伏せた。
やがて、かすかに笑うような、泣くような声でつぶやく。
「……あたいも、おんなじだよ。仕事だと思って、おっさんの世話してた。でも……楽しかった。きっと家電のおかげもあるかもしれないけどさ。悪くなかったんだよ」
その声音には、嘘がなかった。
俺の胸にじんわりと熱いものが広がる。
……やっぱり、この子はただの“クローン”なんかじゃない。ちゃんと心を持ってるんだ。
「だから……」
シービーは俺を睨みつける。だけど、その瞳は赤く潤んでいた。
「“あたいらのため”だからって、おっさんが犠牲になるのは納得いかねぇ。……そんなの、間違ってるよ」
胸が締め付けられた。
俺の選択は、ほんとに正しいのか。
誰かを笑顔にするために、自分を犠牲にするのは──母ちゃんの姿と重なる。
だから──
「間違っちゃいねぇ。これが俺の信じる道だ」
母ちゃんは最後の日を迎えるまで、幸せだって言ってた。
俺もそうやって電気屋家業を全うしたい。
静かな沈黙が流れる。
時計の針の音すら聞こえるような静けさ。
シービーがふいに顔を上げ、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。
「そんなこと言ってよぉ、本当は魔王様に惚れたんだろ?」
「ば、バカ言うなよ、んなこたぁこれっぽっちも思っちゃいねぇ」
「嘘が下手糞だな、おい」
シービーはそう言って、肘で俺をつついてきた。
こいつが、こういうスキンシップを取る時は大抵照れ隠しの合図だ。
こいつなりに分かってくれたのだろうか……。
「まぁ、魔王様は美人だし、優しいし、スタイルもいいし、前の世界でちょっと気になってた花屋の姉ちゃんに似てなくもないし……アリかなとは思うわ、正直言ってタイプかもしれん」
「かー、おっさんのくせに色気なんか出しやがってよぉ。魔王様泣かせたらメイド全員で半殺しにしてやっぞ」
「うるせぇ、好きになった女を泣かせるような真似は絶対にしねぇっつーの」
「今“好き”って言ったー、キモっ、あーキモっ」
「あんまり、おっさんをからかうんじゃねー」
なんだかこいつに乗せられっぱなしだな……悪くない……俺にも嫁さんができるのか……複雑な気分だが、悪くない。
「つーか、あたいの思考は魔王様と共有されてるっぽいから、今の話全部筒抜けだからな」
「えっ……えーーーー、お前、明日っからどんな顔してルクスに会えばいんだよ」
恥ずかしくて死にそうだ。
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