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第2章
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「おーい、まっちゃん!」
っていう呼び名、まだ、なれない。
大河は、同じサッカー部の優吾《ゆうご》と、席が近かった陸《りく》となかよくなった。
新しい友達だ。
優吾はお笑いが好きな男子。うひょうひょっと目をへの字にさせてよく笑う。
陸も同じようなノリをする。優吾と陸は幼稚園から同じらしく、たまたまふたりと共通点ができた大河は、流されるように友達になった。
大河は、ふたりには「まっちゃん」と呼ばれている。
苗字であだ名をつけられるのは初めて。
真鈴はクラスの人気者になった。4年生のときと同じ流れだ。
美人で、頭がよくて、運動神経も抜群。パーフェクトは真鈴のためにある言葉。
真鈴の周りは友達であふれていた。
さすが。
担任の先生は、さばさばした人で最初はちょっと怖かったけど、全然悪い先生じゃない。うん。
ふたを開けてみればそれなりにいいクラスだった。
1組の香葉来も順調そうだった。
大河は、最初こそどうなるか心配だったけど、今はほぼ心配ごとがない。
このところ、心はずっとからりと晴れた空。
毎日が、街を囲む青々した山々のようにおだやかだった。
けれど。
大河の前に、新たなハードルが現れた。
ゴールデンウィークが明けてから雰囲気が変わってきた。
なぜかと言うと。
「末岡くんって真鈴ちゃんと付き合ってるの?」
えっ。
大河は言葉を失った。
ある女子から言われた言葉。
それは朝の会までの時間、教室はクラスメートがまばらだったとき。
優吾と陸はまだ来てなくて、大河がひとりだった。
真鈴も来ていない。
その女子は、タイミングを狙ったように大河の前に現れて。
にやにやして、そう聞いてきた。
大河は、口をあんぐりさせ。数秒フリーズ。カチーン。
「違うの?」
女子はきょとんと首を傾げる。
なんで。ぼくと真鈴が付き合ってるって……。
「……どうして、そう思ったの?」
「どうしてって。よく辻さんとふたりだけでしゃべってるじゃん」
「えっ?」
「え? 『真鈴』って、呼び捨てで呼んでるでしょ?」
「……だけど」
「辻さん人気者だし天才だし大人じゃん。たぶん、きやすく呼び捨てで呼ぶ男子なんて末岡くんしかいないよ。自然にしゃべってるから、特別な存在なんじゃないかって思っちゃう」
え……。
大河はまたフリーズしてしまう。
たしかに、女子の言うとおり。
大河と真鈴は、教室内でもお互いファーストネームで呼びあっている。
そんなことで、付き合ってるって。
大河は女子の考えが、意味不明だと思ってしまった。
けれど。
真鈴がぼくの彼女、ぼくが真鈴の、か、かれし……。
恋をしたことがない未熟で未知な脳みそが、「もしぼくと真鈴が恋人同士だったら」なんて勝手に想像、妄想を働かせてしまうものだから。
ドクドク血液の流れが急激に速くなる感覚に苛まれる。
大河は、目を泳がせて、しどろもどろしてしまう。
ダメ。ちゃんと否定しなきゃダメ!
真鈴に迷惑がかかるよ!
大河は机の下で、左手の小指の付け根に、おもいっきり右親指の爪を突き指す。痛い。
目が覚める痛み。
大河は熱くなる気持ちと顔を無理やり冷まして、
「違うよ。別に付き合ってないし、好きじゃない」
はっきりと否定した。冷たく。うっとおしいって、せいせいしてるよっていう感じの、イヤな色も混ぜて。
「ふーん、そっか」
女子はつまんなそうに言い、クルンと回り離れていった。
はぁ……。
大河はため息を吐いて。気怠い様子でだらんと椅子にもたれかかり、顔を天井に向けた。
明かりのない蛍光灯を、意味もなく見つめていた。
5年生になってから、女子たちの間で「恋バナ」が盛んになっていた。
片耳を立ててみると。
「カキザキ先輩カッコいいよね。彼女いないのかなぁ」
とか。
「ハルちゃんってナガツマくんと4年のときから付き合ってるの? なんヶ月目?」
とかだ。
大河は恋を知らない。
ぼくが好きな女の子……。
真鈴と香葉来のことは好き。好きだけど、だからって付き合いたい、彼女にしたい、って感じ、じゃない。よくわからない。
ぼくは、普通に3人と遊んでいるのが好きだ。それっておかしなことなの……?
大河は恋を意識し始める、クラスメートの思考についていけない。
からかわれることも嫌だ。
避ける方法はひとつ。
真鈴としゃべんないこと。
大河は、真鈴とのコミュニケーションを意図的に控えるようになった。
でも。それはそれでつらい。とてもやるせなかった。ぐさぐさ、胸が痛んだ。
「末岡くんって真鈴ちゃんと付き合ってるの?」って言われたときまでは、気にしていなかった。
ゆえに大河は、1学期の始め、真鈴に、「一緒の係やろうよ」と誘って、ふたりで植物係になった。
植物係は1学期の終わりまで続く。
ああどうしよう。
距離を置こうとしても、どうしても真鈴と一緒になる。
うだうだうだうだ。大河は頭を抱えた。香葉来の「抱きつき事件」に続く、大きな悩み。
真鈴を避けようとする大河。その真鈴には、すぐに変化を気づかれた。
真鈴がしゃべりかけようとすると、大河は視線をはずして、わざとらしく背を向ける。
優吾たちの方へ向かう。
最終手段は、男子トイレに逃げこむ。
バカらしい。バカらしいけど、カップルと思われて、真鈴に迷惑をかけたり、はずかしい思いをするよりはマシだ。と、大河は真剣に考えて行動を取っていた。
真鈴が目をつり上がらせて、睨んできているような……。そんな気がすることが、何度もあった。
次第になくなり、大河に対して、真鈴も避けるようになった。
これじゃ、香葉来のときと同じじゃん……。
大河は、成長しない自分にムカついた。
通学路と学童クラブで顔をあわせる香葉来にも、「真鈴とのぎくしゃく」が悟られないように、必死に隠しとおした。
ひとりのときは、ずっと沈んでた。
っていう呼び名、まだ、なれない。
大河は、同じサッカー部の優吾《ゆうご》と、席が近かった陸《りく》となかよくなった。
新しい友達だ。
優吾はお笑いが好きな男子。うひょうひょっと目をへの字にさせてよく笑う。
陸も同じようなノリをする。優吾と陸は幼稚園から同じらしく、たまたまふたりと共通点ができた大河は、流されるように友達になった。
大河は、ふたりには「まっちゃん」と呼ばれている。
苗字であだ名をつけられるのは初めて。
真鈴はクラスの人気者になった。4年生のときと同じ流れだ。
美人で、頭がよくて、運動神経も抜群。パーフェクトは真鈴のためにある言葉。
真鈴の周りは友達であふれていた。
さすが。
担任の先生は、さばさばした人で最初はちょっと怖かったけど、全然悪い先生じゃない。うん。
ふたを開けてみればそれなりにいいクラスだった。
1組の香葉来も順調そうだった。
大河は、最初こそどうなるか心配だったけど、今はほぼ心配ごとがない。
このところ、心はずっとからりと晴れた空。
毎日が、街を囲む青々した山々のようにおだやかだった。
けれど。
大河の前に、新たなハードルが現れた。
ゴールデンウィークが明けてから雰囲気が変わってきた。
なぜかと言うと。
「末岡くんって真鈴ちゃんと付き合ってるの?」
えっ。
大河は言葉を失った。
ある女子から言われた言葉。
それは朝の会までの時間、教室はクラスメートがまばらだったとき。
優吾と陸はまだ来てなくて、大河がひとりだった。
真鈴も来ていない。
その女子は、タイミングを狙ったように大河の前に現れて。
にやにやして、そう聞いてきた。
大河は、口をあんぐりさせ。数秒フリーズ。カチーン。
「違うの?」
女子はきょとんと首を傾げる。
なんで。ぼくと真鈴が付き合ってるって……。
「……どうして、そう思ったの?」
「どうしてって。よく辻さんとふたりだけでしゃべってるじゃん」
「えっ?」
「え? 『真鈴』って、呼び捨てで呼んでるでしょ?」
「……だけど」
「辻さん人気者だし天才だし大人じゃん。たぶん、きやすく呼び捨てで呼ぶ男子なんて末岡くんしかいないよ。自然にしゃべってるから、特別な存在なんじゃないかって思っちゃう」
え……。
大河はまたフリーズしてしまう。
たしかに、女子の言うとおり。
大河と真鈴は、教室内でもお互いファーストネームで呼びあっている。
そんなことで、付き合ってるって。
大河は女子の考えが、意味不明だと思ってしまった。
けれど。
真鈴がぼくの彼女、ぼくが真鈴の、か、かれし……。
恋をしたことがない未熟で未知な脳みそが、「もしぼくと真鈴が恋人同士だったら」なんて勝手に想像、妄想を働かせてしまうものだから。
ドクドク血液の流れが急激に速くなる感覚に苛まれる。
大河は、目を泳がせて、しどろもどろしてしまう。
ダメ。ちゃんと否定しなきゃダメ!
真鈴に迷惑がかかるよ!
大河は机の下で、左手の小指の付け根に、おもいっきり右親指の爪を突き指す。痛い。
目が覚める痛み。
大河は熱くなる気持ちと顔を無理やり冷まして、
「違うよ。別に付き合ってないし、好きじゃない」
はっきりと否定した。冷たく。うっとおしいって、せいせいしてるよっていう感じの、イヤな色も混ぜて。
「ふーん、そっか」
女子はつまんなそうに言い、クルンと回り離れていった。
はぁ……。
大河はため息を吐いて。気怠い様子でだらんと椅子にもたれかかり、顔を天井に向けた。
明かりのない蛍光灯を、意味もなく見つめていた。
5年生になってから、女子たちの間で「恋バナ」が盛んになっていた。
片耳を立ててみると。
「カキザキ先輩カッコいいよね。彼女いないのかなぁ」
とか。
「ハルちゃんってナガツマくんと4年のときから付き合ってるの? なんヶ月目?」
とかだ。
大河は恋を知らない。
ぼくが好きな女の子……。
真鈴と香葉来のことは好き。好きだけど、だからって付き合いたい、彼女にしたい、って感じ、じゃない。よくわからない。
ぼくは、普通に3人と遊んでいるのが好きだ。それっておかしなことなの……?
大河は恋を意識し始める、クラスメートの思考についていけない。
からかわれることも嫌だ。
避ける方法はひとつ。
真鈴としゃべんないこと。
大河は、真鈴とのコミュニケーションを意図的に控えるようになった。
でも。それはそれでつらい。とてもやるせなかった。ぐさぐさ、胸が痛んだ。
「末岡くんって真鈴ちゃんと付き合ってるの?」って言われたときまでは、気にしていなかった。
ゆえに大河は、1学期の始め、真鈴に、「一緒の係やろうよ」と誘って、ふたりで植物係になった。
植物係は1学期の終わりまで続く。
ああどうしよう。
距離を置こうとしても、どうしても真鈴と一緒になる。
うだうだうだうだ。大河は頭を抱えた。香葉来の「抱きつき事件」に続く、大きな悩み。
真鈴を避けようとする大河。その真鈴には、すぐに変化を気づかれた。
真鈴がしゃべりかけようとすると、大河は視線をはずして、わざとらしく背を向ける。
優吾たちの方へ向かう。
最終手段は、男子トイレに逃げこむ。
バカらしい。バカらしいけど、カップルと思われて、真鈴に迷惑をかけたり、はずかしい思いをするよりはマシだ。と、大河は真剣に考えて行動を取っていた。
真鈴が目をつり上がらせて、睨んできているような……。そんな気がすることが、何度もあった。
次第になくなり、大河に対して、真鈴も避けるようになった。
これじゃ、香葉来のときと同じじゃん……。
大河は、成長しない自分にムカついた。
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