かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第2章

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 翌日の20分休み。大河は、真鈴とふたりで校庭の花壇の水やりにいった。
 大河は元気のない香葉来のことを、真鈴に告白した。
 動揺を隠すように、平常心を保つように、ゆっくりと話した。
 ときおり震えた。ごくっと、唾を飲み込む回数は不自然に増えた。動揺は隠れはしなかった。
 しょぼしょぼ、じょうろからの雨は陰気だ。花たちは、しなびそう。

「……そう」
「森塚さん、河田さんとけんかでもしたのかな……。真鈴、3組見に行かない?」
「ダメよ。もうクラス替えをしてから半年経つんだよ。別のクラスの子がくるのって感じ悪い」

 真鈴は、森塚さん、河田さんとあんまり仲よくないのかな……。
 
「じゃあどうすれば……」
「私がさくらに聞くよ」
「え? でもクラスに行けないんじゃ……」
「クラスには行きづらいけど、外じゃ大丈夫。さくらは図書委員よ。放課後、たしか今日はあの子が担当の日」

 真鈴は目をきっと鋭くさせた。迷いがない目。しっかりと光のある瞳だった。
 真鈴は心強い。
 だけど、大河が安心したのも束の間。
 真鈴は、重たい声で「大河」とささやいてきた。

「女の子の友達関係って、おとうふみたいなの」
「え? おとうふ?」
「そう。ぎっしり四角に固まる。でもちょっと刺激を加えると簡単に崩れちゃう」
「それって……」
「さくらは私に、〝香葉来に何があったか〟教えてくれないかもしれない。何も聞き出せないかもしれない」

 そんな。
 しんみりと悲しげにも、どこか悔しさをにじませているみたいにも聞こえる真鈴の声。
 真鈴は、歯切れ悪くを悪く声を止めた。紛らわすように、じょうろを花に傾ける。しょぼしょぼ。
 大河は、急に黙った真鈴に不安を感じてしまう。
 じりじりゆっくり。不安が恐怖に変化していく。
 こわい。

「ま、真鈴……。香葉来、大丈夫だよね?」

 ごくり。
 大河は焦燥感にかられた。真鈴からの「うん」が欲しくて。
 真鈴は神様でも預言者でもないのに、「香葉来は大丈夫」と、真鈴の口から聞きたくて。
 情けない。男子なのに。と、大河は自分を恥じながらも、本能的に聞いてしまった。
 真鈴はじょうろを止め、少し、下唇を噛み。気を落ち着かせるように、2秒ほど目をつぶった。
 
「大河は、1組でなかよしの子いるでしょ? 早坂くん。一度聞いてみて」

 そっか。春彦。
 早坂くんとは、春彦のこと。
 大河は春彦とはサッカー部が同じ。真鈴たちの関係みたいに、春彦とは疎遠になっていない。
 クラスの話はほとんどしたことはないけれど。
 それゆえに大河は春彦に香葉来の様子を聞く、ていう考えがまったくなかった。
 そうだ。真鈴だよりじゃなくて、ぼくもやるんだ。

「わかった」

 大河はうなずいた。

「うん。でもね、大河。私も、さくらに聞き出せなかったとしても、もし〝香葉来に何かがあるのなら〟、絶対に助けるから」

 真鈴はめいっぱい、笑顔を咲かせた。
 すぅーっと暗い気持ちが。恐怖心が。
 よどんだ空気ものとも、一気に入れ替わり消え去った。
 大河は真鈴につられてにこりとほほえむ。
 すると真鈴。

「大河って、香葉来想いだね」

 え? 急に何?
 控えめな笑みに変えて、真鈴がそんなセリフを口にした。
 そよそよ風が吹き、彼女の髪を踊らせる。

「え……? そうかな」
「うん。香葉来はある意味うらやましいよ」
「どういうこと……?」
「ううん。ひとりごと。気にしないで」

 どういうこと? と大河は素直に聞いたけど、真鈴は話を強引に切った。
 すごく気になることなのに。気にしないでって……。
 大河は頭の上に無数の「?」を浮かべた。
 
 もやもやする。
 大河は、ちょっとだけ、真鈴の笑顔の裏に、憂いを感じた。たしかに憂いは潜んでいた。
 真鈴は平気な顔をして、またじょうろを傾ける。
 角度を急にして、さっきよりも勢いよく無数の細い水の糸。
 じゃばじゃば。
 色とりどりの花たちは気持ちよさそうにシャワーを浴びる。

「まってぇー!」
「きゃぁーはっはっ!」

 きいきいうるさい声とがちゃがちゃ物音、足音が後ろから響く。
 大河は後ろを振り返る。低学年児童たちが鬼ごっこをしていた。楽しそう。
 
 出会ったとき。香葉来と真鈴とぼくも、あんなだったな。
 なつかしい。
 なんだかすっぽりと穴が空いたような気持ちに。大河は空虚感に苛まれた。
 
 そしてさっき感じた、真鈴の微かに感じた憂いが頭をさえぎった。
 香葉来ばかりじゃない。真鈴も、真鈴も悩みがあるんだ。
 ぼくは真鈴に頼るばかりじゃなく、真鈴も助けてあげるようにならなきゃダメだ。
 
 だから。
 大河の口は、勝手に動いた。
 
「……真鈴もさ、もしつらいこと、悲しいこと、悩んでることか……あったらさ。ぼくに言ってね? ぼくは真鈴みたいにしっかりしてないから、頼りないと思うし、何もできないかもしれないけど」

 大河は顔がぽっとなる。声も震えていた。唐突すぎる言葉だった。
 自分でも、なぜこうもペラペラ、このセリフが出たのかわからない。
 ああ、ぼく、ほんとにカッコ悪い。
 でも真鈴、大河のたどたどしい言葉に、フリーズしてしまう。え?

「真鈴?」
「え? あ、うん」

 真鈴は、ハッと我に返ったように目を大きくさせた。
 再起動。彼女の一部と化しているじょうろも、じゃばじゃばと水の糸を流しだす。

「ちょっと、いきなりだったから。ビビビッてきて、ドキッとした」
「ビビビッてきて、ドキッって?」
「ふふっ。大河に心配してもらえたことがうれしいの。すっごくうれしい……。ありがとね」
「えっと……どういたしまして。真鈴はぼくの友達だから」
 
 ビビビッ、ドキッ! 
 大河は胸の鼓動が早くなった。
 真鈴は、顔をしわくちゃにして笑ってくれてる。

「ビビビッてきて、ドキッ」はうれしいことらしい……。
 
 うーん、今日の真鈴はミステリーだ。
 でも。思いっきり笑いあえるだけで気持ちは変わる。
 真鈴に打ち明けてよかった。

「よしっ! 香葉来を元気にするよ。気合い入れていきましょう!」

 真鈴、急に声を力ませて宣言。

「あ、うん!」

 ぼくも続く。
 ぼくと真鈴が手をあわせたら、香葉来の笑顔を取り戻せるはず。
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