かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

文字の大きさ
27 / 76
第2章

11

しおりを挟む
 ぼくは何をしているんだろう……。
 浮かない気持ちで、大河は優吾たちが待つグラウンドへ向かった。
 
 でも、ちょっとひとりになりたいな……。
 大河は、1組側の渡り廊下から通ずる南館へと進んだ。ひと気が少ない、南館から遠回りして昇降口まで行こうとした。気持ちを整理しようとしたのだ。

 南館の3階の階段についた。
 そのときだった。

(……ははは)

 今いる、3階の上から、かすかに聞こえる男子たちの笑い声。
 何、笑ってるの?
 なんで、こんな場所で?

 大河は、気になって、興味本位で4階へと向かう。
 シルバーの金属の手すりは冷たく、笑い声の振動で揺れている気がする。
 そして、声ははっきりと聞こえてきた。

(……ぎゃはははは……)
(……あのバカ女さ、バカ認めちゃってるから文句言ってこないよな……)
(……バカだからな。九九できないからな。ぎゃはははは……)

 これは……。
 ぐぐぎ!
 大河はとっさに歯を食いしばり、声と息をおさえた。

 それは。
 まぎれもない、香葉来への誹謗中傷だ。

 男子たちは、4階の上の、立ち入り禁止の屋上に通じるドアの前。踊り場でたむろしているのだろう。
 大河は4階にいて、そいつらの死角にいる。
 なので大河も、そいつらは見えないけれど、うちひとりは矢崎十夢だ。間違いない!
 あとは手下だろうか。ふたりほどいるみたい。
 
 大河は、震える足を殺して、しゃがみこんだ。
 でも……。なんで。
 思考する間もなく、矢崎たちは下品に笑う。

(……てか、なんでずっともみじじゃないの? キモいんだけど……)
(……キモいけど、胸だけはでけーよな……)
(……マジ巨乳女。脳みその栄養も取られちゃったんじゃね? ぎゃはははは……)
(……ま、俺はバカでも巨乳はいいと思うぜ……)
(……えええ、マジ。十夢、そんなに大きいの好きなの? ……)
(……わりぃかよ。お前らこそ興味ねーの? 正直になれよ……)
(……バカが感染らないかなって……)
(……ちょっと興味はあるけど……)
(……はいジュンキ失格。巨乳もむ権利はなし! ギンタはまあ手伝ったらちょっとくらい混ぜてやるよ……)
(……やりぃー! サンキュー十夢! 香葉来ちゃん、バカでもダサいけどよく見ると顔はまあまあかわいいしねー! ……)

 いったいどういうこと……。
 巨乳とか、もむとか、ひどいこと言って……。
 はっきりと「香葉来」の名前が出てきた。

 大河の肺は、ガスバーナーでぼうぼう燃やされたくらいに。熱くて、苦しい。
 はぅっ!
 ダメだ。息を荒くしちゃ!

 ガクガクブルブル。足は凍りつき止まらぬ。けいれん。
 さらには。
 じゅぼっと、底なし沼に足を食われてしまう。そんな気もした。
 拒絶反応。

 大河は具現化した悪魔と戦いながら、必死に気を保った。
 けれど、悪魔は。矢崎たちは。
 そんなことはおかまいなしに、笑う。ぎゃはははは!

(……でもさ、そんなんやっていじめにならない? ……)
(……なんねーよ。合意。てか、知ってるか? あいつの巨乳かーちゃんって、パパ活してんだぜ……)

 え……なんで。なんで、そのことを知ってるの……? 
 意味がわからない。

 もう大河は、パニック発作を起こしてしまう寸前だ。
 耳栓したい。聴覚をなくしたい。
 でも、聞かなきゃ。ぼくは、知らなきゃ。
 いじめの実態を、掴まなきゃいけないんだ。

 大河は血が出るほどにこぶしをにぎりしめ、ぐぐっと耐えた。

(……パパ活ってやばくね? 見たの? ……)
(……ああ。夏休みにモールでハゲデブおやじとデートしてた。あいつのウチとーちゃんいねぇーから。だからそういうヤツの子供なんだよ。エンコーって言ってもいいかも知んねえ……)
(……ええー。マジぃー? ……)
(……マジだって。体育係が同じだから前言ったんだよ。『お前のかーちゃん、ハゲデブとデートしてたって』。そう言ったら、急にあたふたして泣きそうになって。笑えたぜ……)
(……超ウケる! やっぱかーちゃんもバカだから仕事できないんだ。だからパパ活か……)
(……そんなもんだろ。だから別にちょっと巨乳見たり、もんだりくらいで文句言われねーよ。反抗してきたら脅してやりゃいい。『お前のかーちゃんパパ活してるって言いふらすぞって』……)
(……ははっ。十夢天才……)
(……当たり前だろ。よしっ、ギンタ、明日の体育の時間、片付けのときだ……)
(……ふふぅー。超楽しみ~……)
(……ええっと……十夢くん……ごめん。やっぱ俺も参加させてくれよ……)
(……は? ありえねーな。バカが感染るから嫌なんだろ……)
(……いや、ごめんって。撤回で。香葉来ちゃんすきすき。おっぱいすきすき……)

 矢崎たちは下賎できたない会話をえんえんと続けた。
 大河はついに耐えきれなくなった。
 けいれんした足は、体を支えきれなくなった。

 そして。
 前かがみに、手すりにしがみつくようにしゃがんだとき、体勢を狂わせてしまった。
 
 コンッ!
 痛い! 
 大河は頭を手すりにぶつけてしまった。

 そして。

「誰だっ!」

 狼の咆哮のような矢崎の声が階段にこだまする!
 はっ! 気づかれた! 
 大河はけいれんした足を無理やり起こした。
 猛スピードだ。足はしびれて不安定なくせに、転ばなかったことが奇跡だった。
 
 とっさに近くにあった男子トイレの個室に逃げこんだ。
 トイレの外から……

「誰だ!」

 大声が聞こえた。
 大河は目をぎゅっとつぶった。

 神様! お願いします! 神様!

 指の間と指の間を合わせて、必死に祈った。 
 祈りが通じたのか。
 
 その場は、しーんとなった。
 次亜塩素酸消毒剤とおしっこがあわさった不快な匂い。
 ここは、ただのトイレで。
 ぼくは、ただのトイレにこもっているだけ。
 安心していいんだ。

 すぅーはぁー!
 大河は大きく息を吸い、吐いた。
 矢崎たちは行った。

 大河は、閉めたトイレの扉をただただ見つめて。
 自分を落ち着かせた。 

 春彦の噂は本当だったんだ。
 それは、噂よりもずっとひどい。
 脅しを含めた、陰湿な、いじめ。
 香葉来の心と体。両方を大きな傷を与える。
 悪意しかない最悪で最低ないじめ。
 しかも、はっきりと計画がされていた。

 どうしよう……。
 このままだと、香葉来が……。
 どうしよう……。

 もし本当にそんなことをされたら、ぼくがいくら香葉来にやさしくしても……香葉来は笑えない。
 ダメだよ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

憧れの小説作家は取引先のマネージャーだった

七転び八起き
恋愛
ある夜、傷心の主人公・神谷美鈴がバーで出会った男は、どこか憧れの小説家"翠川雅人"に面影が似ている人だった。 その男と一夜の関係を結んだが、彼は取引先のマネージャーの橘で、憧れの小説家の翠川雅人だと知り、美鈴も本格的に小説家になろうとする。 恋と創作で揺れ動く二人が行き着いた先にあるものは──

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...