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第2章
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ぼくは何をしているんだろう……。
浮かない気持ちで、大河は優吾たちが待つグラウンドへ向かった。
でも、ちょっとひとりになりたいな……。
大河は、1組側の渡り廊下から通ずる南館へと進んだ。ひと気が少ない、南館から遠回りして昇降口まで行こうとした。気持ちを整理しようとしたのだ。
南館の3階の階段についた。
そのときだった。
(……ははは)
今いる、3階の上から、かすかに聞こえる男子たちの笑い声。
何、笑ってるの?
なんで、こんな場所で?
大河は、気になって、興味本位で4階へと向かう。
シルバーの金属の手すりは冷たく、笑い声の振動で揺れている気がする。
そして、声ははっきりと聞こえてきた。
(……ぎゃはははは……)
(……あのバカ女さ、バカ認めちゃってるから文句言ってこないよな……)
(……バカだからな。九九できないからな。ぎゃはははは……)
これは……。
ぐぐぎ!
大河はとっさに歯を食いしばり、声と息をおさえた。
それは。
まぎれもない、香葉来への誹謗中傷だ。
男子たちは、4階の上の、立ち入り禁止の屋上に通じるドアの前。踊り場でたむろしているのだろう。
大河は4階にいて、そいつらの死角にいる。
なので大河も、そいつらは見えないけれど、うちひとりは矢崎十夢だ。間違いない!
あとは手下だろうか。ふたりほどいるみたい。
大河は、震える足を殺して、しゃがみこんだ。
でも……。なんで。
思考する間もなく、矢崎たちは下品に笑う。
(……てか、なんでずっともみじじゃないの? キモいんだけど……)
(……キモいけど、胸だけはでけーよな……)
(……マジ巨乳女。脳みその栄養も取られちゃったんじゃね? ぎゃはははは……)
(……ま、俺はバカでも巨乳はいいと思うぜ……)
(……えええ、マジ。十夢、そんなに大きいの好きなの? ……)
(……わりぃかよ。お前らこそ興味ねーの? 正直になれよ……)
(……バカが感染らないかなって……)
(……ちょっと興味はあるけど……)
(……はいジュンキ失格。巨乳もむ権利はなし! ギンタはまあ手伝ったらちょっとくらい混ぜてやるよ……)
(……やりぃー! サンキュー十夢! 香葉来ちゃん、バカでもダサいけどよく見ると顔はまあまあかわいいしねー! ……)
いったいどういうこと……。
巨乳とか、もむとか、ひどいこと言って……。
はっきりと「香葉来」の名前が出てきた。
大河の肺は、ガスバーナーでぼうぼう燃やされたくらいに。熱くて、苦しい。
はぅっ!
ダメだ。息を荒くしちゃ!
ガクガクブルブル。足は凍りつき止まらぬ。けいれん。
さらには。
じゅぼっと、底なし沼に足を食われてしまう。そんな気もした。
拒絶反応。
大河は具現化した悪魔と戦いながら、必死に気を保った。
けれど、悪魔は。矢崎たちは。
そんなことはおかまいなしに、笑う。ぎゃはははは!
(……でもさ、そんなんやっていじめにならない? ……)
(……なんねーよ。合意。てか、知ってるか? あいつの巨乳かーちゃんって、パパ活してんだぜ……)
え……なんで。なんで、そのことを知ってるの……?
意味がわからない。
もう大河は、パニック発作を起こしてしまう寸前だ。
耳栓したい。聴覚をなくしたい。
でも、聞かなきゃ。ぼくは、知らなきゃ。
いじめの実態を、掴まなきゃいけないんだ。
大河は血が出るほどにこぶしをにぎりしめ、ぐぐっと耐えた。
(……パパ活ってやばくね? 見たの? ……)
(……ああ。夏休みにモールでハゲデブおやじとデートしてた。あいつのウチとーちゃんいねぇーから。だからそういうヤツの子供なんだよ。エンコーって言ってもいいかも知んねえ……)
(……ええー。マジぃー? ……)
(……マジだって。体育係が同じだから前言ったんだよ。『お前のかーちゃん、ハゲデブとデートしてたって』。そう言ったら、急にあたふたして泣きそうになって。笑えたぜ……)
(……超ウケる! やっぱかーちゃんもバカだから仕事できないんだ。だからパパ活か……)
(……そんなもんだろ。だから別にちょっと巨乳見たり、もんだりくらいで文句言われねーよ。反抗してきたら脅してやりゃいい。『お前のかーちゃんパパ活してるって言いふらすぞって』……)
(……ははっ。十夢天才……)
(……当たり前だろ。よしっ、ギンタ、明日の体育の時間、片付けのときだ……)
(……ふふぅー。超楽しみ~……)
(……ええっと……十夢くん……ごめん。やっぱ俺も参加させてくれよ……)
(……は? ありえねーな。バカが感染るから嫌なんだろ……)
(……いや、ごめんって。撤回で。香葉来ちゃんすきすき。おっぱいすきすき……)
矢崎たちは下賎できたない会話をえんえんと続けた。
大河はついに耐えきれなくなった。
けいれんした足は、体を支えきれなくなった。
そして。
前かがみに、手すりにしがみつくようにしゃがんだとき、体勢を狂わせてしまった。
コンッ!
痛い!
大河は頭を手すりにぶつけてしまった。
そして。
「誰だっ!」
狼の咆哮のような矢崎の声が階段にこだまする!
はっ! 気づかれた!
大河はけいれんした足を無理やり起こした。
猛スピードだ。足はしびれて不安定なくせに、転ばなかったことが奇跡だった。
とっさに近くにあった男子トイレの個室に逃げこんだ。
トイレの外から……
「誰だ!」
大声が聞こえた。
大河は目をぎゅっとつぶった。
神様! お願いします! 神様!
指の間と指の間を合わせて、必死に祈った。
祈りが通じたのか。
その場は、しーんとなった。
次亜塩素酸消毒剤とおしっこがあわさった不快な匂い。
ここは、ただのトイレで。
ぼくは、ただのトイレにこもっているだけ。
安心していいんだ。
すぅーはぁー!
大河は大きく息を吸い、吐いた。
矢崎たちは行った。
大河は、閉めたトイレの扉をただただ見つめて。
自分を落ち着かせた。
春彦の噂は本当だったんだ。
それは、噂よりもずっとひどい。
脅しを含めた、陰湿な、いじめ。
香葉来の心と体。両方を大きな傷を与える。
悪意しかない最悪で最低ないじめ。
しかも、はっきりと計画がされていた。
どうしよう……。
このままだと、香葉来が……。
どうしよう……。
もし本当にそんなことをされたら、ぼくがいくら香葉来にやさしくしても……香葉来は笑えない。
ダメだよ……。
浮かない気持ちで、大河は優吾たちが待つグラウンドへ向かった。
でも、ちょっとひとりになりたいな……。
大河は、1組側の渡り廊下から通ずる南館へと進んだ。ひと気が少ない、南館から遠回りして昇降口まで行こうとした。気持ちを整理しようとしたのだ。
南館の3階の階段についた。
そのときだった。
(……ははは)
今いる、3階の上から、かすかに聞こえる男子たちの笑い声。
何、笑ってるの?
なんで、こんな場所で?
大河は、気になって、興味本位で4階へと向かう。
シルバーの金属の手すりは冷たく、笑い声の振動で揺れている気がする。
そして、声ははっきりと聞こえてきた。
(……ぎゃはははは……)
(……あのバカ女さ、バカ認めちゃってるから文句言ってこないよな……)
(……バカだからな。九九できないからな。ぎゃはははは……)
これは……。
ぐぐぎ!
大河はとっさに歯を食いしばり、声と息をおさえた。
それは。
まぎれもない、香葉来への誹謗中傷だ。
男子たちは、4階の上の、立ち入り禁止の屋上に通じるドアの前。踊り場でたむろしているのだろう。
大河は4階にいて、そいつらの死角にいる。
なので大河も、そいつらは見えないけれど、うちひとりは矢崎十夢だ。間違いない!
あとは手下だろうか。ふたりほどいるみたい。
大河は、震える足を殺して、しゃがみこんだ。
でも……。なんで。
思考する間もなく、矢崎たちは下品に笑う。
(……てか、なんでずっともみじじゃないの? キモいんだけど……)
(……キモいけど、胸だけはでけーよな……)
(……マジ巨乳女。脳みその栄養も取られちゃったんじゃね? ぎゃはははは……)
(……ま、俺はバカでも巨乳はいいと思うぜ……)
(……えええ、マジ。十夢、そんなに大きいの好きなの? ……)
(……わりぃかよ。お前らこそ興味ねーの? 正直になれよ……)
(……バカが感染らないかなって……)
(……ちょっと興味はあるけど……)
(……はいジュンキ失格。巨乳もむ権利はなし! ギンタはまあ手伝ったらちょっとくらい混ぜてやるよ……)
(……やりぃー! サンキュー十夢! 香葉来ちゃん、バカでもダサいけどよく見ると顔はまあまあかわいいしねー! ……)
いったいどういうこと……。
巨乳とか、もむとか、ひどいこと言って……。
はっきりと「香葉来」の名前が出てきた。
大河の肺は、ガスバーナーでぼうぼう燃やされたくらいに。熱くて、苦しい。
はぅっ!
ダメだ。息を荒くしちゃ!
ガクガクブルブル。足は凍りつき止まらぬ。けいれん。
さらには。
じゅぼっと、底なし沼に足を食われてしまう。そんな気もした。
拒絶反応。
大河は具現化した悪魔と戦いながら、必死に気を保った。
けれど、悪魔は。矢崎たちは。
そんなことはおかまいなしに、笑う。ぎゃはははは!
(……でもさ、そんなんやっていじめにならない? ……)
(……なんねーよ。合意。てか、知ってるか? あいつの巨乳かーちゃんって、パパ活してんだぜ……)
え……なんで。なんで、そのことを知ってるの……?
意味がわからない。
もう大河は、パニック発作を起こしてしまう寸前だ。
耳栓したい。聴覚をなくしたい。
でも、聞かなきゃ。ぼくは、知らなきゃ。
いじめの実態を、掴まなきゃいけないんだ。
大河は血が出るほどにこぶしをにぎりしめ、ぐぐっと耐えた。
(……パパ活ってやばくね? 見たの? ……)
(……ああ。夏休みにモールでハゲデブおやじとデートしてた。あいつのウチとーちゃんいねぇーから。だからそういうヤツの子供なんだよ。エンコーって言ってもいいかも知んねえ……)
(……ええー。マジぃー? ……)
(……マジだって。体育係が同じだから前言ったんだよ。『お前のかーちゃん、ハゲデブとデートしてたって』。そう言ったら、急にあたふたして泣きそうになって。笑えたぜ……)
(……超ウケる! やっぱかーちゃんもバカだから仕事できないんだ。だからパパ活か……)
(……そんなもんだろ。だから別にちょっと巨乳見たり、もんだりくらいで文句言われねーよ。反抗してきたら脅してやりゃいい。『お前のかーちゃんパパ活してるって言いふらすぞって』……)
(……ははっ。十夢天才……)
(……当たり前だろ。よしっ、ギンタ、明日の体育の時間、片付けのときだ……)
(……ふふぅー。超楽しみ~……)
(……ええっと……十夢くん……ごめん。やっぱ俺も参加させてくれよ……)
(……は? ありえねーな。バカが感染るから嫌なんだろ……)
(……いや、ごめんって。撤回で。香葉来ちゃんすきすき。おっぱいすきすき……)
矢崎たちは下賎できたない会話をえんえんと続けた。
大河はついに耐えきれなくなった。
けいれんした足は、体を支えきれなくなった。
そして。
前かがみに、手すりにしがみつくようにしゃがんだとき、体勢を狂わせてしまった。
コンッ!
痛い!
大河は頭を手すりにぶつけてしまった。
そして。
「誰だっ!」
狼の咆哮のような矢崎の声が階段にこだまする!
はっ! 気づかれた!
大河はけいれんした足を無理やり起こした。
猛スピードだ。足はしびれて不安定なくせに、転ばなかったことが奇跡だった。
とっさに近くにあった男子トイレの個室に逃げこんだ。
トイレの外から……
「誰だ!」
大声が聞こえた。
大河は目をぎゅっとつぶった。
神様! お願いします! 神様!
指の間と指の間を合わせて、必死に祈った。
祈りが通じたのか。
その場は、しーんとなった。
次亜塩素酸消毒剤とおしっこがあわさった不快な匂い。
ここは、ただのトイレで。
ぼくは、ただのトイレにこもっているだけ。
安心していいんだ。
すぅーはぁー!
大河は大きく息を吸い、吐いた。
矢崎たちは行った。
大河は、閉めたトイレの扉をただただ見つめて。
自分を落ち着かせた。
春彦の噂は本当だったんだ。
それは、噂よりもずっとひどい。
脅しを含めた、陰湿な、いじめ。
香葉来の心と体。両方を大きな傷を与える。
悪意しかない最悪で最低ないじめ。
しかも、はっきりと計画がされていた。
どうしよう……。
このままだと、香葉来が……。
どうしよう……。
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