かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第1章

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 放課後。真鈴と別れて、香葉来は学童クラブに通う女子2人と一緒に、教室を出た。

「サッカーいくぞー」

 一也は元気いっぱいはしゃぐ。うんとうなずき、大河は一也と、あと3人の同じクラスの男子と一緒にグラウンドへと走った。

 外は、ギラギラ照る太陽がまぶしい。焼けこげそうだけど、大河たちはおかまいなしにグラウンドに立つ。
 プレーヤーは、同じ3組の男子4人と、学童クラブが同じ1組の男子1人。
 大河も含めて、この7人がデフォルトだ。
 
 学童クラブの家屋はグラウンドにある。その周囲だったら、学童に通う児童と、そうじゃない児童が混ざって遊ぶことができる。
 都合のいいことに、学童クラブの家屋のとなりには、低学年用のミニサッカーゴールがある。もう遊びたい放題。
 
 さっそく、開始。ミニゴールは一つしかないから、攻撃側3人、防御側4人(キーパーを含め)で別れて、数プレーしたのち交代。という代わりばんこ方式。サッカーじゃなくて野球じゃないの? と大河は思ったけど、もう気になっていない。

 最初は大河、一也と、クラスメートの春彦《はるひこ》が攻撃側。
 小学1年生だ。戦略なんか存在しない。
 でもただ蹴るだけじゃ、幼稚園児や保育園児と変わらない。ちょっぴり大人ぶった心理が働いて、ちゃんと、パスやドリブルをしようって心がけていた。

 運動神経のいい一也がドリブルで一人の男子をかわし、春彦にパス。
 春彦は敵陣に詰められそうになって、あわてて大河にパス。
 え? 予想外のパス。急にきたボール。どうしよう。大河は焦ってしまう。

 えーい! トーキック! シュート!
 威力はそれなりにあったが正確性はまるでない。どーんと大きくそれた。
 ボールは木々に隠れたグラウンド端のフェンスへと飛んでいった。

「もぉ大河ぁー、ちゃんとやれよぉー。トーキック、つき指するんだぞー。ちゃんとインサイドキックしろよなぁー」
「あーごめん」

 一也は兄に教えてもらっているから、小学1年生にしてはとても技術がある。
 トーキック一択だった大河。一也に教わり蹴り方を変えてはみたものの、とっさにはどうしてもトーキックにしてしまう。
 一也が言うように足先が痛くなったことがあったから注意はしようとは思っているんだけど。ついつい。
 大河はボールを追っかけ、タッタッタと木の中へ駆けていった。
 ボールはフェンス前の木にぶつかったみたいで、根元で勢いを殺していた。
 大河はボールを足で操り、戻ろうとした。

 しかし。その瞬間、日常が乖離した。

(お前、「もうすこし」が二つもあるじゃん! はははっ、バッカー!)
(ほんとにバッカー! シロー、お前の名前は今日から「もうすこシロー」な! はははっ)
(返してよ!) 
(もうすこシロー、もうすこシロー、もうすこシロー! 返してほしかったら取ってみろー! あはははっ!)

 ゾッとした。

 無邪気な大河たちとは、笑い声も、まるでかたちが違う。
 大河は、それを見た恐怖心から、とっさに木に隠れた。
 視線はフェンス先。小川沿いの通学路で、ひとりの男子が、3人の男子にからかわれている。
 からかう側の男子は、ひとりがかなり長身。2年生……じゃない。あのでかいヤツは、1組の男子だ。目立つから別クラスでもよく知ってる。
 そいつは勝手に、人の通知表を取り宙に掲げてる。
 おもしろおかしく仲間と一緒に、きたない下品な顔で、きたない下品な声で、盛り上がってる。
 からかわれているあの子も、たしか1組の子……。
 大河は、すぐに特定できた。

 からかわれている男子は体がぽきっと折れてしまいそうなほどに細い体つき。
 体全体も小さい。香葉来よりも背が低い。
 でかいヤツと対照的でもよく目立つ。

 あの子は、小さいからって悪い子じゃない。
 しゃべったことも目を合わせたこともないけれど、遠くから見るあの子は、いつも笑ってる。たぶん、いい子だ。そんな子が……。

 大河は、見るものすべてが闇になり、くらくらとめまいがして倒れそうになった。吐き気を感じた。

 でもさ、本当に何やってるの? 
 ひどいよ! 返してあげなよ! 泣きそうじゃんか!
 
 彼らは、大河が見ていることには気づかなかった。
 気にしなかっただけかもしれないが……。

(おっ! もうすこし、もうすこしで届きそう! あーあ、ダメー。あはははっ!)

 でかいヤツの子分が、ケラケラと解説する。
 大河はぶわっと全身に鳥肌がたった。真夏の太陽にさらされているのに、ゾクゾク、真冬の寒さで凍りそうな気分。うっ……。

 からかいじゃない。いじめだ。完全ないじめだ!

「……おーい! 大河ぁー!」

 はっ!
 うしろから一也の声だ。一也は大河が帰ってこないことを心配したのだろうか。
 走ってどんどん距離を縮めてくる。

 その声で……気づかれた!
 いじめをしている男子たちは、ぎりぎりっと鋭い、鬼のような目で睨んできた!
 
 がつん!
 大河は頭がまっしろになった。そして。
 ドクドクドクドク! 恐怖の闇が体を蝕んでくる。
 大河はすぐさまボールを抱え、逃げるようにグラウンドに戻った。
 
 怖い。怖かった!
 あんなのに目をつけられて、けんかなんかしたら……絶対に負ける。関わりたくない。
 あれは見なかったことにしたかった。忘れたい。防衛本能だ。

 大河は。あれが、いじめで、いじめが進行していると、自覚しておきながら、巻き込まれたくない! 怖い! という一心で、その場から逃げだした。

「大河? 何やってたの?」
「……え? ううん。ちょっと転んじゃって」
「ダッセーなぁ」
「……あはは、ほんとに」

 はぁはぁっ……。一也が鈍感で助かった。
 大河は、いじめを見て見ぬ振りをした。心にヤニがこべりついた。それはすぐに悪心へと変化する。

「ちょっと暑い……。熱中症かも」

 大河は嘘をつき、サッカーを切り上げた。ひとり、学童の建物に入った。
 香葉来はむじゃきに女子とお絵描きをしていた。
 大河は日常に触れたい一心で、じっと香葉来を凝視した。

 香葉来は、楽しそうにしてる……。
 いいじゃん……香葉来が元気で、ぼくも元気で、真鈴だって元気だったら……。
 
「えっ? 大河くん?」

 香葉来は大河が入って来たこと、様子がおかしいことにすぐに気づいた。
 大河に駆け寄った。

「大河くん。サッカーは? どおしたの……?」
「え……別に。ちょっと頭がクラクラしただけだよ」

 大河はごまかした。
 でも。
 香葉来は、眉をハの字にして不安そうな目をしてた。
 
 そんな目で見ないでよ……。
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