かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第3章

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 そして。
 赤いスカーフを剥ぐ。
 以前から大河は、女として香葉来を欲し、体を見たい、触りたいというよこしまな感情はあった。
 しかし、お互い心を通わせ、気持ちが重なっていなければそれは背徳行為だ。
 けど今から、背徳行為以下のことをしなければいけない。

 はあはあっ!
 はあはあっ!

 大河は苦しさと緊張が重なり、息がひどくなっていた。
 香葉来のセーラー服の前開きになっているファスナーのスライダーを指でつまんだ。
 金属質はドライアイスのように冷たく痛く感じた。
 ごめん……ごめん! 

 大河はぎりりと奥歯を噛み締め、一気にスライダーをずらした。
 エレメントはみるみるうちに避けていき、白いタンクトップ越しになった大きな胸が露わになった。
 ブラジャーの形状もわかる。
 こんな状況なのに、オスの生理現象が現れる自分をぶん殴りたい。
 そして、力んだせいで、下までずらしたスライダーはファスナーからはずれた。潰してしまった。

 おれは何してるんだ!
 大河は心の中で自分を怒鳴りつけた。
 その乱暴な扱い方により、一瞬だけ我に戻った。

(……ぐすん……すん……)

 香葉来のすすり泣く声。傷ついてる。
 この瞬間、香葉来は心を痛めている。
 けれど……

(……ごめんね……)

 と、香葉来の口から、たしかに聞こえたのだ。大河は耳を疑った。

 なぜ、香葉来が謝るんだ。香葉来を傷つけているのはおれだ。おかしい。なぜ! 
 大河は香葉来の体から、赤くなった顔へと視線を移した。
 しくしくと泣いている。涙を流し続けている。
 目を閉じても、涙は止まっていない。

 そして、香葉来は。
 今度ははっきりと、言ったのだ。

「……うぅ……すん……ごめんね……ごめんね」

 ドオンドオンドオンドオンッ――!!

 響き渡る中でも、香葉来の声は消えない。黒目がゆらゆらしてる。
 もう泣かないでくれよ。おれにごめんなんて言うなよ。
 大河は熱を声に変えて叫ぶ。

「ごめんって言うなよ!! なんで……! なんで香葉来が謝るんだよッ!! おれが……〝ぼく〟が全部悪いのにッ!!」

 大河は視界がぼやける。それはきっと自分の涙のせいだ。

「……大河くんが悪い……んじゃない……。うぅ……真鈴ちゃんも悪くない……うっうぅ……うぇえっ、うぇ」 

 香葉来は泣きじゃくった。でも、なんで!

「真鈴もって……真鈴がお前にやってたこと、知ってるのかよッ!」
「うぅ……わかんない……あたしバカだから、わかんない……真鈴ちゃんやミアちゃんや、恭ちゃんも、うまくいかなくなったけど……う……うう……ぐ……でも、誰が悪いとか違うから……ぅえん……真鈴ちゃんはつらくって……だから、あたしが悪くって……」
「うう……違う! 香葉来ぁ……なんでだよ。おれが悪者だから。おれはお前を裸にして、写真を撮ろうとしているんだぞ……お前が一番嫌がることで、矢崎にやられそうになって怖い目にあって……トラウマになって……おれは平気で、お前にそんなひどいいじめをしようとしてるんだぞッ!! おれに謝るなよぉ……」
「違う! うぇ……ん……大河くん、しんどかった、苦しかったもん……あたしにそういうこと……本当はしたくないって……わかるよ? だって、泣いてるもん……うぅ……ぐすん……。すん……すん……だから、今、一番しんどそうだもん……しんどいんだったらやめて……でも……しなきゃもっとしんどかったら……ぐすんっ……して。大河くんだったら……いいよ……? がまんする……うぇっ……」

 大河も香葉来も、すべてが、支離滅裂だった。
 まともな会話が成り立つ状況じゃなかった。

 ただ、大河は、香葉来が自分を責め立てるようなことが、ふしぎだった。
 そして彼女は続けた。

「あたしは……昔から真鈴ちゃんに甘えっぱなしで……うぅ……大河くんにも……だからあたしは、ぜんぶ、いろんなことぉっ……ひっく……めんどう見てもらってた……だから、真鈴ちゃんはぁ……うっ、がまんしてたの……でも、あた……しは、自分のことでいっぱい、いっぱいで……ぅう……真鈴ちゃんのこと……悪いとは思わないで……うっうっえ」

 それから。香葉来は、嗚咽を上げ、大粒の涙を流し続けた。
 大河は胸が痛かった。
 香葉来にかけてやる言葉が見つからなかった。

 彼女は真鈴が「がまんしてた」と言った。
 大河も「真鈴が苦しいとき、守ってあげられなかった」と自分を責めていた。
 真鈴がいじめの首謀者だったとしても、自分が約束を守らなかったり、真鈴から避けていたからこうなったんだ、と自分のせいにさえしていた。それは香葉来も同じだった。

「あたしが甘えっぱなし、面倒見てもらったから」

 彼女はそれが原因だと言う。

 でも大河は、「がまんしてた」という言葉にはどこか、引っかかりを感じていた。
 香葉来。お前は、何か、おれの知らない真鈴を知っているのか? 見てきたのか? 
 ただ、答えは見つからなかった。
 
 ドオンドオンドオンドオンッ――!!

 その音は、何かに迫られているようで怖くさえ感じる。
 大河は手を止めていた。
 香葉来のタンクトップを脱がし、事に出なければいけないのに。

 ああ、時間だけが過ぎていく。
 でも。こんなことに意味はあるのだろうか。
 香葉来は今も泣き続けている。見てられない。

 もう香葉来は十分傷ついている。
 おれは、まだ続けるのか?
 おれも……心はボロボロだ……。
 大河は見えない悪魔に追い詰められていた。

 ファスナーが壊れたセーラー服は使い物にならない。
 そのセーラー服のように香葉来もボロボロだ。
 チカチカ、電気がうるさく空気を読まない明るい部屋の中にいるのに、大河は外の曇天と変わらない錯覚に陥っていた。心理というものは視覚さえ変えるのか。
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