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15章 ドゥーレク

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15章 ドゥーレク



「ガハッ! ウググ!!」

 突然、黒いフードを被った男が胸を抑えてうずくまる。 
 そこは会議室のような場所で、大きな円卓の上座に黒髪の若い男が座り、隣にはフードの男と、周りに身なりのいい10人の男たちが座っていた。 

「どうされましたか?! ドゥーレク様!」

 周りにいた男達が心配そうに立ち上がって顔を覗き込む。 

「な···何でもありません。 今日はここまでにいたしましょう。 お先に失礼いたします。 参りましょう」

 ドゥーレクは心配する男たちを置いて、上座に座る黒髪の若い男と一緒に急いで部屋を出て行った。

 その黒髪の男性の肩には漆黒しっこくのドラゴンが止まっていた。



 ドゥーレクたちが部屋に入ると、黒髪の男はゆったりとした一人用のソファーに虚ろな目で座り、ドラゴンはドラゴン用の止まり木に移動した。


 まだ少し息が上がっているドゥーレクは地図を広げ、何かを思案している。


 そして闇に向かって「ギリム」と呼ぶと「ここに」と声がした。

「あいつはニバール国にいた。 私の魔法を解かれた。 いらないことを話される前に始末しろ」
「承知」

 ギリムは闇に消えていった。


「生かしておくべきではなかった。 すでに誰かに話をしていたらどうすべきか。 役に立つと思っていたのに誤算だった。 まさか逃げられるとは。 あの役立たず共を信じるべきではなかった」


 ドゥーレクは目の前に広げた地図をドン!と叩いた。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇



 俺が目を開けると、枕元にアゴを乗せて心配そうに見つめるフェンリルと目が合った。

 あわててフェンリルは起き上がる。

「フェンリル、そんなに俺を心配してくれていたのか? 好きなら好きと素直に言えよ」
「ば! ばか野郎! そんな訳ないだろう!」
「照れちゃって」

 俺がフェンリルの頭をなでようと手を伸ばしたらガブッ!と手を噛まれた。

「いってぇ~~~っ!! また噛んだな! この野郎!!」

 フェンリルの首をつかもうと体を乗りだそうとすると、キュゥと聞こえた。

「レイ!」

 俺の腹の辺りにレイが寝ていた。

「ごめん! 大丈夫か?!」
「マーは大丈夫?」
「うん。 もうなんともない」

「レイもお前と一緒に気を失っていたんだ」

 優しくもフェンリルが教えてくれた。

「えっ! 本当?」
「マーが起きたから、僕はもうなんともないよ」
「そうか。 俺とは一心同体だもんな。 これからは気をつけるよ」
「マーが元気なら、僕も嬉しい!」

 そういえば、話せるようになってからレイは俺の事をずっと「マー」と呼んでいる。

「マーじゃなくてママだろ」
「ううん、マーだよ。 マーが〈俺の名前はマー〉って言ったんだもん」

「俺が? もしかして、俺が頭を打つ前の記憶があるのか?」
「う~~~ん······よくわかんない。 でもマーだって言った事だけ覚えてる」

 俺の名前って、マー?······わからん······


 その時、ドアが開いてザラが入って来た。

「あっ! シーク、目覚めたんだね! よかった。 ガドル様とホグスを呼んでくるからちょっと待ってておくれ」

 バタバタと出て行って、すぐに二人を連れてきた。


「シーク殿、お加減はかがですかな?」
「もう大丈夫です」

 ガドルはゆっくりとベッドの横に置いてある椅子に腰掛ける。

「このような事はよくあるのですかの?」
「2度目です。 以前は意識がなくなりはしませんでしたが······」

「ふむ···もしかしたら体が記憶を取り戻そうとしているのかもしれませんな。 何か思い出されましたか?」
「特に···なにも」

 記憶を取り戻そうとしているのか。 その割には何も思い出せなかった。

 残念。

 ガドルも残念そうに首を振る。

「そうですか······ところでシーク殿は傭兵登録をしに来られたと聞きましたが」
「記憶がないので家も分からないし、こいつらが一緒にいれる仕事としては傭兵が一番いいと思って···それに俺はちょっと強いし」

 ガドルはうんうんと、うなずいてから、少し申し訳なさそうにしている。

「そうですな。 登録するには試験を受けていただかないといけないのですが、だいじょうぶですかな? 必要ないと、わしは言ったのじゃが······」

「規則だから一応受けてもらわんと、責任者としては特例を作るわけにはいかないからな」

 ホグスが憮然と言う。

「もちろんそのつもり出来ました。 今すぐでも大丈夫です」
「本当に大丈夫ですかの?」
「頭痛もひきましたし、もう大丈夫です」

「そうですか······わかりました。 では準備をいたしますので、しばらくお待ちください」

 ガドルが立ち上がり、出て行こうとすると、入れ替わりにホグスが枕元に寄ってきた。

「少し時間があるから、今のうちに待合室で心配して待っているマルケスたちの所に行ってやれ」

 ホグスがアゴで、外を指して教えてくれた。



 ガドルたちが出て行ってから、身支度を整えた。

「そうだレイ。 さっきのガドルさんの話を聞いただろ? この街の人達はドラゴンをほとんど知らないって。 だからレイが話せることを知ったら気味悪がられるかもしれない。
 外では心の中で話そう。 フェンリルもそうしていることだし。 わかったか?」

「うん! わかった!」『こうやって話せばいいんだね?』

 後半は心の中で話してきた。

「そうだ。 いい子だ。 じゃあ行こうか」

 キュイ!




 待合室に行くと俺を見て、マルケスたちが立ち上がった。

「「「シーク、大丈夫なのか?」」」
「はい、もう大丈夫です」

「わお! 本当に声が出ているぞ! よかったな!」
「なかなかいい声だな」

 マルケスは俺の頭をグチャグチャになで、フィンとスーガは良かったと肩をポンポンと叩いた。

「で···記憶がないっていうのは本当か?」
「はい」
「じゃあ、本当の名前も分からずじまいか」
「でも、フェンリルさんに付けてもらったシークという名前は気にいっていますから」

「そうか、それならいいが······そうだ、傭兵登録はどうするんだ?」
「今から試験を受けます」
「えっ?! 今から? お前、倒れたんだぞ? 今からで大丈夫なのか?」
「もうすっかり! それに先送りしたくないし」

 俺は肩をすぼめてみせた。

「そうか。 まあ、シークなら問題ないか」

 みんなでうなずき合う。


「そういえば、ガドル・ミルゴアってあのガドル・ミルゴア様だよな」

 思い出したようにマルケスが小声で話す。

「あの···って?」
 

 俺にはさっぱり分からない。 記憶がないから当たり前だけど。


「傭兵組合の創始者の名前だよ」

 フィンが答えてくれた。

「へぇ~~ そうなんだ」
「でも、傭兵組合って創設150年だぞ! ありえないだろ?」
「きっと、血縁者なんじゃないのか?」
「そうだよな。 そうとしか考えられないだろ?」


 俺は黙っていた。 きっと創始者本人だろうけど······


 3人はひとしきりその話題で盛り上がり、落ち着いたところでやっと俺の事を思い出したみたいだ。

「そういや呼びに来るのが遅いな······お前、準備運動でもしておかなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょう」

 俺はヘラヘラと笑う。

 その時、ノックがありソフィアが入って来た。


「準備が整いましたので、こちらへどうぞ」



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