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Chapter I Side Nell & Lucien Youth
Side Nell & Lucien Youth VII お前が一番やばい
しおりを挟む自室のドアを閉めた瞬間、何かが切れたように、ネルはその場にへたり込んだ。手のひらに微かに残る、ルシアンの髪の感触。吐瀉物のぬめり。あの空気。あの目。あの声。
――どうかしてる……僕も、あいつも。
震える膝を抱えて、そのまましばらく動けなかった。けれど、じっとしているほど、ルシアンのことが頭を埋め尽くす。
『ネルって、吐いてても綺麗だね』
その囁きが、耳の奥で繰り返される。気持ち悪い。なのに。なのに。
ネルは立ち上がってベッドに潜り込んだ。シーツの中、指先がシャツの裾に触れる。
――ルシアン……。
瞼の裏に浮かぶのは、笑っていた顔。自分の胃の中身を飲みながら、嬉しそうに笑っていた、あの目。
『俺のこと、好きなんでしょ?』
たしかに、ルシアンはそう言った。
――違う。好きとか、そういうのじゃない。違うのに。
自分の手が、下腹部に触れた。そこだけが熱く、脈打つように疼いていた。
「やめろ」
そう思う。けれど、止められない。
『ネル。俺と一緒に、壊れようよ』
ベッドの中で、ネルは目を閉じて、まるでルシアンに抱かれているように、
その名前を、喉の奥で飲み込んだ。そして――ひとり、震えながら達してしまう。
息を詰めるようにして迎えたそれは、甘くも気持ちよくもなくて、ただ、ひどく、ひどく、惨めだった。
――最低だ。
でも、指はまだ体を撫でていた。ルシアンの声が、ルシアンの体温が、脳内をかき乱して離れない。なぜ、あいつじゃなきゃ駄目なんだ、と。
苦しくて、吐き気がして、それでもまた手を伸ばしてしまう。
それはもう、恋とか性欲とか、そんなものじゃなかった。ネルはそのとき初めて気づく。自分はルシアンに「取り憑かれている」のだと。
校門を出たところで、不意に女の子に声をかけられた。
同じクラスの子――名前はたしか、サリー。
金色の髪を巻いてリップも薄く引いて、先生には内緒って感じでスカートを折っていた。
「ネルくんって、好きな人いる?」
問われて、ネルは一瞬、返事に詰まった。浮かんだのは、ガラスの器と胃液のにおい。そして、舌を出して笑ったルシアンの顔。
「……いないけど」
「じゃあ、私じゃダメ?」
冗談のように、でも確かに、彼女は言った。ネルは微笑みながら首を横に振った。
「僕なんかより、普通の男子の方がいいと思うけど」
サリーは眉をひそめた。
「男の子なんて嫌い。乱暴だし、不潔だし。…………でも
ネルは優しくて、綺麗だし。それに身体は女の子なんだから女の子の気持ちもわかるでしょ?」
悪意なんて、きっと欠片もない。でもその無邪気な言葉が、ネルには深く刺さった。彼女が見ている「ネル」は虚像なのだ、とネルは思った。
とっくに綺麗じゃない。こんなにも、穢れているのに。
ルシアンは、いつものようにソファに座っていた。まだ通学用の標準服姿のネルに、ちらりと視線を向けて笑う。
「来たね。王子様。昨日は気持ちよかった?」
ネルは黙っている。言葉を選ぶ余裕もなくて、ただ立ち尽くしていた。
「今日はさ、もうひとつやってみたいことがあるんだ」
そう言って、ルシアンはすっと立ち上がる。ネルの顎を指先で持ち上げ、じっと目を見つめる。
「俺、あんたに散々汚いとこ見せたじゃん。豚みたいに食べ物漁ってるところも吐いてるとこも、アザも、……なんで、あんたは見せないの?」
ネルは息を呑んだ。目の前の悪魔は自分に何を求めているのか。自分はもう全てルシアンに見せたはずだ。絶対他人に見られたくないと思ってた場所でさえも見せて触らせて舐めさせた。
「僕は……そんな」
「自分だけ綺麗でいようとするなよ」
ルシアンの声音が少しだけ低くなる。その黒い瞳が一瞬鋭く光ったような気がした。
「俺だけじゃない。あんたも汚れてよ…………俺の前でオナニーして。勿論全裸で」
ネルの瞳が揺れる。視線を逸らして、首を振る。
「やだ……そんなの、無理だよ」
「じゃあ、帰れば?」
ルシアンはあっさりと背を向けた。その横顔が、少しだけ拗ねた子供のようで、ネルは思わず足を止めた。
帰れるはずだった。でも、ドアノブに手をかけることができない。
ネルは立ったまま、唇を噛む。手が震える。胸が苦しい。ルシアンの背中が、遠くて、近い。
嫌われたくない。ただ、それだけだった。ルシアンに背を向けることは自分自身を置き去りにすることと同じに思えた。
ネルはおそるおそる、ブレザーのボタンに手をかけた。
ひとつ、またひとつ。やがて、シャツを脱ぎ、乳房の膨らみを抑えていたバインダーを外す。
ルシアンがこちらを振り返る。無言のまま、その黒い目を細めた。
ネルの身体に宿る、決して男ではないそれ。肩の線、女らしいとは言えないまでも柔らかさが伝わる胸、くびれた腰。
どれもこれもが「他人の欲望に合わせて作られた『女の子』の部品」で、ネルにとっては呪いそのものだった。
ネルの頬に涙が伝う。だが、ルシアンは言う。
「見たかったんだよ。ネルの全部。ずっと」
それが慰めなのか、追い討ちなのか、もうわからなかった。ネルは、躊躇いながらズボンに、そして下着に手をかけた。
身体の奥で何かが軋む。やめたい、止まりたい。自分の体で最も嫌いな場所をルシアンに晒すなんて。
しかも昨夜、自分の指で、ルシアンのことを思いながら、ここに触れてしまった。そういうことをしてしまった「場所」を、今、彼本人に晒そうとしている。
「ほら、脚開いて。しっかり見せて」
見られたくない。知られたくない。けど、ルシアンの目は——既に何もかも見抜いているようだった。
細く長い睫毛の奥から覗く瞳。あの吸い込まれるような黒い瞳が、まるで全てを暴くような、鋭い光を放っている。
「……ネル、昨日、俺のこと考えてたでしょ?」
声が、低く、優しいのに鋭い。どうしてそんなふうに言えるんだ、と叫びたくなる。ネルは反射的に背を向けた。
「……見ないで」
震える声が、室内に落ちた。ルシアンは煙草を咥え、動きを止めた。でも、笑っていた。
煙草の先が赤く光る。ソファに深く腰かけたルシアンは、脚を組んでネルを見上げていた。
「昨日もやったんだろ。どうせ俺の名前呼びながらオナってんだろ? やってみろよ、今ここで」
ネルは息をのむ。否定の言葉は喉まで出かかったのに、声にはならなかった。足がすくんで、視線が床に落ちる。
「……できない」
「は? できるだろ。優等生の顔を剥いだら中身は淫乱なんだから」
ルシアンは笑いながら煙を吐き出した。その煙がネルの頬をかすめ、鼻腔に重くまとわりつく。
ネルの手が、ゆっくりと秘部に触れる。羞恥で耳まで赤くなりながらも、指先は震え、呼吸は浅くなる。ルシアンは黙って見ていた。にやにやと、まるで獲物の断末魔を待つように。
「ただオナニーするだけじゃ、つまんねえな」
火のついた煙草を灰皿に押しつけながら、ルシアンは言った。
「……お前が今までしたことで、一番最低なことを教えろよ」
ネルは固まった。指も、呼吸も止まる。
「……言えない」
「なに黙ってんだよ。いい子ぶんなって、淫乱」
ルシアンはぐっと身を乗り出し、ネルの頬に煙を吹きかけた。ネルが咳込んでもルシアンは容赦ない。
「言わねえと、この綺麗な肌に火を押しつけるぞ」
ネルの喉がひくりと動いた。そして、かすれた声で言った。
「まだ女として暮らしてた中学生のとき……兄嫁のクラリッサを……ネタにしたことがある」
ルシアンの笑みが止まる。
「クラリッサがくれた……真珠のネックレスを……膣に入れて……潮を吹いた」
部屋が、しんと静まり返った。ルシアンの手から煙草が落ち、灰皿に当たって音を立てた。
「……マジかよ」
低い笑いが漏れる。だがその目は、ほんの一瞬だけ、引きつっていた。
「俺、今まで自分が一番やべえと思ってた。けど……違ったな」
ルシアンは肩を震わせ、嗤う。ネルの回答はさすがのルシアンの予想も上回っていたらしい。ネルのような優等生ができる「悪いこと」などせいぜい隠れてポルノを見る程度だと思い込んでいたのだ。
「お前だよ。お前が一番やべえ」
ネルの指は、羞恥に震えながらも止められなかった。頭の中で「やめろ」「最低だ」と何度も叫んでいるのに、身体は逆らえない。ルシアンに見られている、その事実が火のように熱を帯びて、肌の奥から疼きを広げていく。
「見ないで……」
涙が滲む。屈辱で胸が潰れそうなのに、同時にどこか安堵している自分に気づいてしまう。暴かれることで、すべてを握られることで、自分が「ネル」という形を保てているような錯覚。
――僕は、こいつからもう逃げられない。
ネルはそう思った瞬間、ぞくりと背筋を震わせた。それは恐怖のはずだった。けれど同時に、どうしようもない救済にも似ていた。
ルシアンは立ち上がり、ネルの顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。
青ざめた頬に、煙草と汗の匂いが重なる距離で囁く。
「……でもさ。いいじゃん。俺には、お前くらい狂ってる奴がちょうどいい」
その声は、引きながらも、確実に燃え上がっていた。ネルの指先がまだ濡れたまま震えている。その惨めさを見透かすような言葉に、胸の奥で何かが崩れ落ちた。見つけられた。暴かれた。引きずり出された。なのに――。
終わりにしてほしいのに、ルシアンの世界に沈むことでしか息ができない。
惨めで、汚くて、狂っている。けれどそのすべてを「いい」と言ったのは、他ならぬルシアンだった。ネルは、その事実からもう逃れられないのだと悟った。
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