ブラッドリング

サノサトマ

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革命の火

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 深夜、森の中の一本道を黒い高級車が走っていた。
 運転しているのは執事のロンサン。
 後部座席にはデュランが残念そうな表情で外の景色を見つめている。
「レイナ……」
 局長への推薦を断った彼女のことで頭が一杯になっていた。
 そんな主人へ執事が口を開く。
「無理にでも局長にしてみては?」
「そんなことをすれば自ら局長の座を明け渡すだろう、そこへ息子がまた局長の椅子を奪うのが目に見える」
「彼をレイナの下につけては?」
「いまさらあんなのが現場に立ったところで一人でまともに戦えまいし従いもしないだろう、完全に甘やかしすぎた」
 デュランの一人息子であるライアンはお世辞にも戦闘力が高いとは言えない。
 センスもなければ訓練に耐える根性もない。
 あるのは高いプライドと父親譲りの回復力のみ。
 最早お荷物となった彼を他の支局にでも送ってやりたかったが、そうなれば今度はデュランの名声が落ちる。
 政府の人間の中には少なからず吸血鬼の仲間のことを快く思っていない者もいる。
 そんな連中を前に失敗等すれば、政府の中にいる吸血鬼を攻撃・非難する材料となる。
 不出来な息子が後継者となるかもしれない現状はデュランにとっては頭痛の種だった。
「せめてあのバカ息子もお前位の強さを持っていれば……なあ、ジャック」
「っ…!」
 ロンサンはハンドルを握る手に力が入り、額に血管が浮かび上がった。
「その名で呼ぶなっ…!」
 従順だった従者の態度が一変した。
 だが、主人はそんな怒りの態度など気にもしない。
「あの時そう呼ばれていただろう?」
「あれは本名じゃない…!」
「お前が本名を教えてくれないから仕方ないだろう」
「……チッ」
 後部座席に座っている主に対し、殺意をまったく隠そうともしない。
 常人であればその雰囲気だけで圧倒されそうな程だが、当の主人は涼しい表情のままだった。
 車を走らせたまま、今にもデュランに襲いかかりそうな程全身に力を入れていると、前方にライトで照らされた何かが道を塞いでいるのが見えた。
 よく見ると複数の車がわざと横向きに止められていた。
「……ッ」
 ロンサンはデュランに対する怒りに加え、道を遮っている者にも苛立ちながらブレーキを踏む。
 速度を落とし完全に停止すると、妨害したであろう者達が車の影や近くの木々から姿を見せ、缶状の何かを複数投げてきた。
 それらがデュランの乗る車の近くに落ちると、煙を吹き出し視界が遮られる。
 どうやら手榴弾のような爆発物ではなく、煙を出すスモークグレネードだったようだ。
「ロンサン、片付けろ」
「……はい」
 怒りの感情を抱えたままでも、執事は主人の指示に従い下車した。
 敵はどうやら若いギャング集団のようで、ガスマスクにハンドガンとお世辞にも充実している装備とは言い難い。
 スモークグレネードから出る煙は無害とは言えず、高濃度のそれを吸引することは吸血鬼であっても危険だった。
 それを知ってか、ロンサンは息を止め懐から二本のナイフを両手にそれぞれ持ち煙の中を移動する敵を捕捉する。
 対する武装ギャング達は執事一人相手に油断していた。
「標的は敵のお偉いさんだけだ、それ以外は殺せ!!」
「護衛は奴一人だけだ、さっさと終わらせるぞ」
 煙が立ち込める中、ガスマスクによって呼吸が確保され人数も揃っていることで彼らは立った一人を脅威と認識しなかった。
 精々一分か二分。
 その位で終わるだろうと考えていた内の一人の顔面目掛けてナイフが飛んでくる。
「!?」
 反応が遅れたことで、ナイフが額を貫通し即死した。
「な、なんだ!?」
 仲間の一人が倒れたことで、ギャング達は状況を確認しようとするが、煙のせいで周囲を把握しにくく互いの顔すら見るのに苦労してしまう。
 だが、それが命とりだった。
 苛ついた執事が放たれた矢のごとく、すれ違い様にナイフでギャングの首を斬っていく。
 一人ずつ、素早く正確に狩っていく様子は立場が逆であることを証明するには充分だった。
 しかし、愚かな若者達はまだ自分達が狩人であるという幻想を捨てきれていない。
「おい、もうあの老いぼれだけでもいい、始末しろ!!」
 その言葉にまだ生き残っているギャングが数名デュランの乗る車に近づいていった。
「出てこいこの野郎!!」
 車内が見えない中、後部座席に向かって銃を向ける。
 次の瞬間、その若者は後ろから後頭部を剣で貫かれ、口からその刃が飛び出した。
 その人物は先程まで車内にいたはずのデュランだった。
「私の車を傷付けるのはやめてもらおうか」
 持っていた杖は仕込み剣であり、このような状況で使うため持っていたのが今まさに役に立った。
 しかもその武器はプラチナ製であり、人狼に対する効果は言うまでもない。
 すぐに剣を引き抜くと、その勢いのままロンサン並みに素早く移動し、近くの敵の心臓部分を突き刺していく。
 敵を殺すというよりは、流れ作業のように淡々とこなしていく様は彼が歴戦の狩人であることを物語っていた。
 やがて敵の数も片手で数える程になり、煙も引いてきた頃にデュランは叫ぶ。
「ロンサン! 一人生かしておけ!」
「チッ」
 残り三人の敵を片付けようとした瞬間に来た指示に、一瞬だけ動きが止まる。
 ロンサンとしては既に頭の中で終わる過程を描いていた。
 二秒も掛からない内に、録に銃もうまく扱えない棒立ちの敵三人の首を斬るための動きと軌道。
 それを修正して二人を始末すると、残り一人の右太ももを斬る。
「ガッ!?」
 人間であれば太い動脈が切れれば数分と持たないが、人狼であればまだ死なない。
 それを分かった上で今度は二の腕を斬った。
 激痛から敵は呻き声を上げながらその場に倒れ、血溜まりを作る。
 死なずとも戦闘は出来ない状態にまで追いやったこと確認し、主人の方へ目を向けるとそちらは既に敵を殲滅していた。
「よくやった、どうやらこいつらは私がここを通ることを知っていたようだ、私を生け捕りにするような口ぶりからなにかあるだろう、こいつらの車内を見てこい」
「はい……」
 激しく動きまわったにも関わらず、呼吸を乱していないロンサンは指示通りにギャングの車へ向かう。
 デュランは剣を納めながら、太ももと二の腕を抑えるギャングの近くに立った。
「誰の差し金かな?」
「い……言えるかよ……」
「ふむ、大して変化も出来ない、フェイズ1の人狼か」
「お、俺たちを、数字で判断するんじゃねえ……」
 どうやら人狼側はフェイズごとに区切られるのを嫌っているようだ。
 だが、デュランは気にもしない。
「お前達のような弱者がどれ程強がったところで評価は変わらんよ、フェイズ1はフェイズ1だ、使えんプライド等クソの役にも立たん」
「ぐ…てめぇ…」
 大量に出血し、意識も朦朧としながらも敵意をむき出しにする若者。
 しかし、人間であれば死んでしまう量であり、人狼だからこそ生き長らえている状態では戦うどころか立ち上がることも出来ない。
 そこへロンサンが何かを見つけて戻ってくる。
「奴らの車の中からワイヤーと死体袋がありました」
「なるほど、それで私を縛るつもりだった、最悪殺した場合は私の身体を回収する考えか」
 デュランは敵に背を向け、自身の車へ向かっていく。
「ロンサン、そいつを縛って連絡しろ」
「ご子息がいる局にですか?」
「いや、私の施設にだ、そこでそいつを尋問する」
「分かりました」
 本来であれば倒した人狼の処理はその場所から近いブラッドリングの施設へ連絡して頼む手筈だが、なぜか違う場所へ連絡する。
「私だ、今この場所を逆探知して回収班を寄越してくれ……犬どもの死体多数、その内一匹は生かしている、あの方からの指示だ、尋問して情報を吐かせろ」
 携帯電話で一通りのやり取りを終えると、ロンサンは弱った敵の顔を思いっきり殴った。
 まるで八つ当たりでもするかのような一撃に、若者は血を吹きながら倒れて気絶した。
 そこへ、敵が持っていたワイヤーで縛り上げていく。
 ワイヤーが皮膚に食い込む程強く巻き、まるで紐で縛られた肉の塊のような惨めな姿にすると、その身体を蹴飛ばす。
「ゥゲッ!? ゲホッゲホッ」
 弱々しくも強制的に意識を戻された彼は、呼吸もまともに出来ない中でロンサンを睨む。
「お…覚えてろよ…てめぇ」
「まだ自分の状況が分からないのか、これからお前は拷問されるんだよ、生まれてきたことを後悔する程にな」
「生き残って…やる…そして…真っ先に…てめぇを…」
「どこまで強がっていられるか見物だな」
 そう吐き捨てたロンサンは、既に後部座席に座ってまっているデュランの車に向かっていく。
 運転席に座り、車の状態を確認。
 異常はなかったので、ゆっくりとアクセルを踏み車を走らせる。
 道路はギャング達の車で塞がれていたのでよけるため脇を通った。
「はぁ、奴らのせいで汚れてしまう」
 舗装された道路を通るのと違い、脇道は砂利や泥が跳ねて少しだけだが車が汚れてしまう。
 今しがた命のやり取りをしたとは思えない程冷静な表情で憂う様子は、人狼を完全にゴミ扱いしていた。



「畜生……」
 ワイヤーで縛られ、仲間の死体と車とともにその場に残された人狼の若者は涙を流していた。
 共に苦難を乗り越え、戦ってきたであろう彼らはもう何も言わない。
 なんとかワイヤーを引き千切ろうとするが、何重にも巻かれたそれは簡単には切れない。
 それもそのはず、元々は吸血鬼を捕縛するために用意したものだ。
 まさか自分に使われるとは夢にも思っていなかった。
 ましてたった二人の吸血鬼を相手にこちらが全滅する等予測すらしていない。
 さらに屈辱だったのは、吸血鬼からフェイズごとに分類されていたということ。
 人狼側からすれば、それはタブーに近い感覚だった。
 例え変化出来ても出来なくても同じ仲間。
 そういう認識を元に行動しているため、学校の順位付けのようなことはされたくなかった。
 最も、一部の人狼は変化できない仲間を見下すがそういった者は周囲から疎まれている。
 勿論そんな人狼に実際に会ったことがあり、見下されたが気の合う仲間同士で慰め合った。
 だが、その彼らはもう何も言わない。
 返り討ちに合い、物言わぬ死体となって道路に横たわる仲間を前に何も出来ないままでいた。
 そうして数分間動けないままでいると、遠くから車が近づいてくるのが見えた。
 彼はチャンスと考える。
 人間だったらなんとかワイヤーと切るかほどいてもらい、その後すぐにその人間を喰えば体力が回復する。
 そしてすぐにあの二人を追い、今度は気付かれることなく暗殺する。
 頭の中で逆転と復讐の算段を描く。
 しかし、近くで止まった車から降りてきたのは一般人ではなかった。
 全員黒い戦闘服を着た特殊部隊員だった。
「標的を確認、こいつか、生き残った一匹というのは」
「な、なんだてめえら!?」
 縛られたままでもなんとか気丈に振る舞うが、部隊員は構わず腹を蹴った。
 明らかに人間以上の力で蹴られたことで息をすべて吐き出してしまう。
 縛られながら虫の息となった彼に、部隊員はスタンロッドを取りだしスイッチを入れその先端を押し付けた。
 まるで陸に打ち上げられた魚のように痙攣し気絶させると、その身体を軽々持ち上げ、大型車の後部へ放り投げる。
 他の若者の死体も回収し、車も一人一台乗り込んでエンジンを掛けるとその場を後にする。
 先程まであった戦闘が嘘のように静寂と血痕だけが残った。
 その血痕も滅多に車や人が通らないこの場所では騒がれることもない。
 こうして、デュランの訪問とその戦闘は一般市民に知られることなく終わりを向かえた。
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