ブラッドリング

サノサトマ

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未熟者

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 北部局通路。
 そこに一人の男が苛立ちながら携帯電話で何者かと通話していた。
「なぜ仕留められなかったんだ!? あれだけ武器を提供してやったのに!! 多くの同志が死んだ? 知るか!! お前達が弱かったからだろう!!」
 男はこの局の長、ライアンであった。
 通話相手は恐らく人狼側の人物であろうことが推測できる。
 そんな相手に対し、彼は自分はまったく悪くないと言わんばかりの態度で話していた。
「俺と繋がるような証拠や情報は持ってないだろうな? 俺は知らんからな、お前らの後始末なんぞお前達自身でやれ!! この役立たずが!!」
 他の誰かに聞かれれば明らかに立場が危うくなるような会話だったが、そこまで考えが及ばない未熟者である彼には分からない。
 何時ものように仕事を副局長に押し付け、八つ当たりをした彼は自身の局長室へ足早に向かっていく。
 その勢いのまま叩くように乱暴にドアを開けると、誰かが彼専用の椅子に座っているのが見えた。
「おい誰だ!! それに座って良いのは俺だけだぞ!!」
 玩具を自分の物だと主張する子供のように声を張り上げる。
 すると、その人物は椅子をゆっくりと回転させ、ライアンと目を合わせた。
「あ……と、父さん……」
 父親であるデュランと目が合い、血の気が引いていく。
 先程までその父親を殺害しようとした相手と通話していただけに、余計感情が揺さぶられる。
「ど、どうして、ここに?」
「お前に直接伝えたいことがあったからな、それにしてもこの部屋は豪勢だな」
「そ、そう、なんだ、局長らしく、しようと思って……」
 ライアンは背中が汗で湿っていくのを感じた。
 これから怒られる子供のように萎縮してしまっている。
 対する父は、落胆したような表情を見せた。
「お前には失望したよ、これだけ待ってもヴァンピールとしての特性が発現しないとは」
「ヴァン…ピール…?」
 聞き慣れない単語に困惑するライアンだが、デュランは構わず続ける。
「お前の母親は人間だった、それも吸血鬼ヴァンパイアに噛まれても人間のままでいられる者、つまり吸血鬼ヴァンパイアの恋人だった」
「え……?」
 突然の母親の事に困惑する。
 ライアンが聞いた話では、母親も吸血鬼であり、彼が物心つく前に無法者の吸血鬼に殺されたということだった。
「あの女も愚か者だったな、私が吸血鬼であると言うと自ら死におって」
「……え、自ら死んだって、ちょっと待って、何言ってるんだ?」
「伝承にあってな、人間と吸血鬼の間に生まれた子はヴァンピールとなり、対吸血鬼のための力を有すると……そうでなくとも、お前には太陽を克服する能力があるかもしれない、そう考え今まで甘やかしてきたが……」
 デュランは大きく、ゆっくりと深呼吸をした。
「何も能力を持たず、大した訓練もせず、ただ我儘を言ってばかり、仕舞いには私をも殺そうとするとは」
「!?」
 デュランの言葉に、ライアンの心拍数が急激に上昇した。
「な、何を言って、そ、そ、そんな、と、父さんを、こ、殺すなんて」
「もういい、ロンサン、やれ」
「え?」
 デュランの執事の名前が出たことに、ライアンはようやくその人物の姿が見えないことに気がつく。
 だが、次の瞬間。
 指名された執事は背後からライアンの喉をナイフで切った。
「ッ!?!?」
 突然の喉の激痛。
 気配を消していたロンサンの仕業だった。
 切られた場所から血が吹き出し、膝を付きながら切られた箇所を押さえた。
 気道に大量の血が入り込み、吐血しながら呼吸も儘ならない状態になる。
「ッ……ゥ……」
 息をすることも喋ることも出来ず、ただただ見下ろす父親の蔑むような目を見た。
 そんなライアンの横を、今しがた切った執事が通りすぎていく。
「デュラン様、この馬鹿は如何いたしますか?」
「そうだな、まあ、実験台位にはなるだろう」
 助ける気のない二人がライアンを見下す。
 そこへ、別の者が部屋に入ってくる。
 ライアンは一途の望みを掛けて助けを求めようとなんとか振り返った。
「おや、デュラン様、こちらへ来ていたのですか」
 副局長であるグリエルだった。
 目で助けを訴えるライアンとも目が合ったが、この状況でも顔色一つ変えない。
「もうこいつは用済みですか?」
「ああ、今までよくやってくれた、苦労を掛けさせてすまんな」
「いえ、デュラン様からのご命令なら十年でも二十年でも監視しますよ」
 父親と副局長の会話に、ライアンは絶望する。
 もう誰も助けてくれない。
 助けを呼ぶことも、逃げることも出来ない。
 今にも死にそうな状況だが、起死回生の考えも浮かばなかった。
「デュラン様、こいつはどう処理しますか?」
「アルドリックを呼んでこいつを解体させろ、どうせ破棄するんだ、最後まで役に立ってもらう」
「分かりました、ここの局長は私が?」
「いや、代わりをここへ寄越す、不満か?」
「いえ、ご命令通りに」
 首から血を流しているライアンを他所に会話する二人。
 こんな時にあの憎むべき女性、レイナの顔が浮かぶ。
 普段は命令を聞かない彼女のことを快く思わなかったが、今の藁をも掴むような状況では頭を下げてでも助けてもらいたかった。
 しかし、父親が無情にも命令を下す。
「ロンサン、いつまでももがいて目障りだからこいつの首を完全に斬れ、グリエルはここの処理が終わるまで他の者は入れるな」
「かしこまりました。」
「ッ…~~~!?!?」
 無慈悲な指示に、ライアンは必死に目で助けを乞う。
 だが、命令を受けた執事がナイフを逆手に持ち、ライアンの背後に立つとその髪を強引に掴む。
 調理師が包丁で魚を捌くかのように、ロンサンは一切躊躇することなくナイフを持つ手を振り下ろした。



 射撃訓練を終えたレイナは、銃を管理しているサイラスの所に行くため廊下を歩いていた。
 途中、薬品の匂いを感じ取る。
 この施設内でそのような匂いがする人物は一人、ドクターと呼ばれているアルドリックである。
(ここを通ったの?)
 彼の姿を探しながら歩いていると、T字路の廊下で副局長のグリエルに出くわす。
 なぜかレイナを見て驚いた様子だ。
「副局長、どうかしましたか?」
「あ、ああ……その、局長が色々資料を寄越せと言ってきてね」
「アイツが? なぜ?」
「どうやらデュランさんにかなりキツく叱られたみたいでね、それで報告書やらなにやら色々と仕事をやりだしたんだよ」
「ようやく……というより、やっと自分の仕事をし始めたというわけですね……それよりも、デュランさんがここに?」
「ああ、すぐに帰ったがね」
「そう、ですか……」
 レイナはデュランに一言挨拶がしたかったらしい。
 自分が局長になるという話を蹴ったせいで、わざわざここまで来てライアンを叱責するという余計な手間を掛けさせてしまったという罪悪感。
 それらも含めて面と向かって話でもしたかったようだ。
「ああ、それから、しばらく局長室へは行かないように」
「え?」
「彼、忙しくてイライラしてるようでね、話しかけるなと怒鳴ってくるんだよ」
「なら、私達はいつもアイツに怒鳴らないといけませんね」
 仕事を周りに押し付けるライアンに対する皮肉に、二人は少し笑った。
 その後、レイナはとあることを疑問に思った。
「先程廊下で薬品の匂いがしたんですが、ドクターが通りましたか?」
「あ、ああ、それは……」
 グリエルは言葉に詰まる。
 そこへレイナはさらに質問を付け足す。
「ドクターは研究室から滅多に出ないのに、アイツにでも呼ばれました?」
「ああ、そう、そうなんだ、報告書に専門的なことを書く必要があるからとかなんとか、それで呼び出されたようだね」
「そう、ですか」
 いまいち歯切れの悪い返答に少し首を傾げるが、そもそも副局長はいつも仕事を押し付けられて忙しいため、一々局長のことまで見ていられないのだろうと考察する。
「では、なにか有りましたら副局長へ報告するという形で良いですか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「分かりました、私は銃をサイラスへ預けた後に自分の部屋で休んできますので、何かあったら連絡を」
「ああ、お休み」
 レイナは軽く会釈をすると、その場から去っていった。
 その後ろ姿が見えなくなるまで見守っていたグリエルは、ホッと胸を撫で下ろす。
「レイナ、出来ることなら君に局長になってもらいたかったのだが、まあいい、これで無能の子守りから解放される」
 先程までの慌てている少々頼りない上司のような雰囲気から一変。
 まるで部屋に溜まっていたゴミを片付けたような、もしくは家の中の害虫を始末したかのような。
 そんな冷たい表情に変わると、研究室へと歩き始める。
 内心ではとても胸を踊らせていた。
 あの甘ったれのお坊っちゃんと呼ばれていたライアンに、もう従わなくてもいいからだ。
 しかし、決して笑ったりはしない。
 なぜなら、その表情の理由は憎きライアンが苦しむ顔を見れたから。
 もし理由を聞かれると咄嗟に誤魔化せられない。
 なので、グリエルは心の中でほくそ笑みながら目的地へ一人嬉しそうに、足早に向かっていった。
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