ブラッドリング

サノサトマ

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愛欲

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 南東部局局長室。
 広い個室の壁には様々な絵画や剣、盾が飾られている。
 この部屋の主、女性局長のグレースは執務机の前に立ちながら何かを待っていた。
 そこへ、何者かがドアのノックする。
「局長、カロスです」
「入って」
 ドアを開けたのは黒いロングコートを着た、金髪の端整な顔立ちの青年だった。
 しかし、吸血鬼はほとんど外見が変化しないため、この青年の正確な年齢は不明。
 その落ち着いた雰囲気から恐らく見た目よりも歳を取っていると推測できる。
「局長、先程確認が取れました、西部局の局長であるグレゴリーも襲撃を受けたのは確実です」
「そう、で、結果は?」
「はい、多少の犠牲が出たものの敵勢力を撃退、しかし、証拠をすべて回収するには至らず、偽装工作をしてから帰還したそうです」
「ふん、あの大男もそう簡単には死なないみたいね」
 グレースは溜め息混じりに悪態をつく。
 実はこちらもグレゴリー同様、帰路につく途中に人狼の集団に襲われていた。
 しかし、敵が小規模だったのとフェイズ1程度の人狼だったため、複数の部下にロッソとビアンカが瞬く間に返り討ちにした。
 グレースの無事の帰還に胸を撫で下ろすカロスだが、一つ疑問に思った。
「なぜ奴らは我々の移動ルートの情報を知っていたのでしょうか?」
「おおよそ検討がつくわ」
「と、言うと?」
「内部に敵と内通している馬鹿がいるってこと」
「……裏切り者が?」
「ええ、しかも分かりやすい奴が犯人ね」
「もう目星が付いていると?」
「簡単よ、私もあの大男も地味な車に乗っていたのに、なんで一番派手な車に乗った馬鹿が襲われていないのか」
 カロスはグレースが乗っていった車を思い出す。
 グレゴリー同様、黒のワゴン車に乗っていったはずである。
 それに対し、一番派手な車に乗っていたのは報告された情報から北部局長のライアンだった。
「あの、デュランの息子が? しかし、なぜ?」
「馬鹿のくせにプライドが高いからよ、大した実力もないのに周りの足を引っ張る小物だからね」
「なら、デュランに報告を」
「必要ないわ、あの男ならこの程度のこと気づいてるはずよ、実際彼も以前襲撃を受けたみたいだし」
「放置しておくと?」
「ええそうよ、ただ……なぜここまで放置しているか気になるけど……」
 グレースは途中まで言い掛けてながらハイヒールを脱ぎ、執務机に腰を掛けた。
「ほら、いつものようにして頂戴」
 素足をカロスに向けると、彼はグレースの前に跪いてその足の甲に口付けをした。
 その行為にグレースは頬を紅潮させ、口角を上げる。
 カロスは表向きは執事だが、実際には彼女の愛人だった。
 なので仕事の合間や時間があるときにはこうした行為に耽っている。
「あの馬鹿は直接手を出す勇気はないということね、まあ、来たら来たで返り討ちにするけど」
 途中、グレースはある女性の顔を思い浮かべる。
「レイナ、私の物にしたいわ」
 その言葉にカロスは動きを止めた。
「……グレース様、私だけでは駄目ですか」
「なんですって……?」
 高揚していたグレースはすぐに怒りの表情を浮かべる。
 口付けされていた足を引くと、力強く前に押し出すようにカロスの顔を蹴った。
 後頭部を床に強く打つ程派手に倒れた彼は、口の端から血を出しながらすぐに起きて跪いた。
「カロス……私が何人愛人を囲おうと私の勝手でしょう? 貴方は私に指図出来る立場なのかしら?」
「も、申し訳ありませんグレース様」
「貴方は賢いけど余計な事を考えすぎなのよ、ただ私の言う通りにしていればいいの、分かった?」
「はい、仰る通りです」
「まったく……」
 グレースは先程脱いだハイヒールを履いた。
「もういいわ、貴方は今回の襲撃に関しての情報収集と事後処理を続けて」
 興が冷めたグレースはカロスに背を向け、もうその顔も見たくないといった雰囲気を見せた。
 それに対し、カロスは申し訳ない気持ちで胸が一杯になるが、一度不機嫌になった彼女がそう簡単に機嫌を直すような人物ではないことが分かっていた。
 立ち上がると深々と頭を下げ、部屋を出ていく。
 今にも泣きそうになるが、必死に堪えゆっくりとドアを閉めた。
 すぐ様足早に指示通り動く。
 途中誰もいない廊下でレイナの事を思い浮かべる。
(あんな女なんて……グレース様は俺が、俺だけが満足させることが出来るのに、なんで)
 嫉妬心に駆られ、目に涙を滲ませながらも己の仕事を全うする。
 それが今の彼がグレースのために出来る唯一のことだった。



 北部局局長室。
 無傷のまま帰還したライアンは苛立っていた。
 実力もない彼には不釣り合いな程豪華な部屋で、まるで駄々をこねる子供のように机を何度も叩く。
「クソ! クソ!! クソ!!! なにをしてるんだ奴等は!!」
 部下からの報告内容。
 本来なら同族の無事を喜ぶべきなのだが、今の彼は真逆の反応をしていた。
 それもそのはず。
 グレースの見立て通り、今回の襲撃事件を企てたのは彼だったからだ。
 理由としては単純なもの。
 他の局長が死に、自分だけ生き残れば優秀であるという証明になるという浅はかな考えを持ったから。
 そこへ、彼の側近であるエミリアが恐る恐る部屋に入り、様子を伺いながら近づいていく。
「ライアン、どうしたの……?」
「ぐっ……!」
「え、キャッ!?」
 彼女の腕を乱暴に掴み、その身体を強引に机の上へ投げ出した。
 怒りで歯を喰い縛りながら、乱暴にエミリアの服を破っていく。
「ちょ、ちょっとライアン!?」
「黙ってろ!!」
 エミリアをほぼ一糸纏わぬ姿にすると、今度は自分の服を乱雑に脱ぎ捨てた。
 そして、彼女の両足を無理矢理開かせると、準備も儘ならないまま行為に及んだ。
 突然の情事に身体も心の準備も出来ていないエミリアからすれば、ほぼ暴力に等しいことだが、立場上逆らえない。
 怒りの感情を独りよがりな快楽で解消するような幼稚な行動だが、一応は付き合っている関係であるため、彼の我儘を耐えながら受け入れていた。
(なんでっ、なんで何もかもうまく行かないんだよ!! クソが! クソが!!)
 体当たりするように乱暴に何度も己の身体をエミリアにぶつける。
 いくら吸血鬼とはいえ、こんなことをされれば痛みを伴うが、ライアンはまったく気にも留めていない。
 そしてあっけなく終わると、エミリアを一切心配する様子も見せないまま服を着た。
「さっさと出ていけ、俺が呼ぶまで来るな」
「う、うぅ……」
「聞こえなかったのか!? 早く出ろ!!」
「っ……」
 涙を堪え、破り捨てられた服を拾い部屋を出ていくエミリア。
 ライアンはそんな彼女の後ろ姿を見ても、罪悪感など全く感じていなかった。
(大丈夫、大丈夫だ、俺に繋がる証拠はないはずだ、あいつらは死んだからもう何も聞き出せない、そうだ、聞かれてもとぼければ良いだけの話だ、そうさ、俺は何も知らないんだ)
 自分にすら嘘を付くような子供じみた考えで、なんとかなると信じていた。
 こんな幼稚な行動と考えに局長としての威厳がないことなど、当の本人は全く分かっていなかった。



 射撃訓練所。
 レイナはいつものように、空き時間を利用して銃を撃っていた。
 何百回も何千回も標的を撃つ動作に最早慣れ、別の事を考えながらでも行えた。
 発射された弾丸が標的に穴を開けていく中、過去の出来事を思い出していく。
 いつまでも幼稚な上司。
 本気かどうか分からないような態度で誘ってきた別の局の局長。
 他の局の称号持ちの吸血鬼達。
 毎日同じ仕事をこなす社会人のようにあっという間に時間が過ぎていく感覚に、レイナは自分の戦いがこのまま永遠に続くのかと考える。
 無意識のまま撃っていると、残弾のことを忘れたせいで銃が弾切れの状態になった。
(集中していなかったか……)
 もしこれが実戦で敵が目の前にいたら危機的状況に陥っていたが、慣れきった訓練では身が入らない。
 そこへ、開いた入り口のドアを何者かがノックする。
「私も一緒にいい?」
 入ってきたのはアイヴィーだった。
「ええ、いいけど、貴女は銃の訓練が必要なの?」
「いざというときに備えたくて」
「そう……」
 レイナは素っ気なく返事をすると、そのままアイヴィーと目を合わせることなく銃を撃っていく。
 アイヴィーはレイナの隣へ立つと、ハンドガンを手にして初弾が装填されているか確認する。
「ねえ、レイナ」
「なに?」
「昔のこととか、聞いていい?」
「……あまり面白い話とか出来事はない」
「私としては興味があるわ、まあ、戦いに関することより別のこと……例えば、いい相手がいたとか」
「……」
 アイヴィーからの言葉に、レイナは撃つのを止め手を下ろす。
 苛立たせてしまったのか、とアイヴィーは様子を伺う。
 対するレイナは視線を下に向け、無言のままだった。
「そんな余裕は、なかった」
 記憶を辿ると、そのほとんどは闘争に関することだった。
 いつ自分が殺されるか分からない世界大戦時。
 誰を信じ、誰が裏切るか分からない状況だった冷戦時。
 派手な爆発音に銃声が鳴り響く戦場、その後の毒薬の匂いや暗殺道具の駆動音に神経を尖らせる日々。
 常人の一生であれば体験しきれない過酷な経験の数々が、脳裏をよぎっていく。
 そんな中で良い相手に出会えたかと言えば、NOである。
 生き残るために見捨てられたり、情報のために近づいてきたり。
 そんな男ばかり。
 思い出すだけで溜め息が出た。
 レイナの憂鬱そうな表情から察したアイヴィーは自ら切り出す。
「そうだ、デュランさんは?」
「っ!? ぇ、あ……」
 明らかに動揺した。
 目を泳がせながら思考を巡らせる。
「あ、あの方は、その、そういうのじゃ……」
「というと?」
「デュランさんは、なんというか、恩人だから、好意を抱くとか、そういった感情では、ない……」
 歯切れの悪いレイナ。
 今までデュランに対して恋愛感情を抱いたり考えたりしたことはなかった。
 孤児が支援してくれた大人に対して感謝の念を抱くような感覚に近い。
 アイヴィーは悪戯する子供のような笑顔を見せた。
「まあ、あの人は素敵なおじ様って感じ?」
「……もういい」
 レイナは不貞腐れるように訓練を中止し、部屋を出ていく。
「あ、ちょっと、レイナ」
 すかさずアイヴィーは後を追いかける。
「ごめんごめん、からかうつもりじゃなかったの」
「分かったから、もうその話題は口にしないで」
「はいはい」
 顔を赤らめているレイナを見れたのが楽しかったアイヴィーは二つの意味で満足した。
 一つは、普段見れないレイナの表情を見れたこと。
 もう一つは、レイナに意中の相手が今までも含めていないということ。
 その情報だけでも、アイヴィーにとっては大収穫だった。
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