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執着心 中編
9話
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―――調査2日目。
俺は早朝から安杜成寺を訪れていた。
2日間は満緒の悩みに付き合ってやると決めていたため、昨日は温泉宿に一泊して美味しい料理と温かい湯を楽しんだ後、リラックスした気分で眠りに就いた。
父親のことで眠れぬ日々を送る満緒には申し訳ないが、俺の朝の目覚めは最高だった。
不満があるとすれば紗里がいない点だけだった。寺の住所は事務所に残しているが、宿泊場所は知らせていないため当然といえば当然だ。しかも本来は日帰りだったのだから、紗里がここに来るはずもない。
せっかく気分よく目覚めたのだからと、俺は散歩がてら寺を目指してみることにした。
時刻は朝の6時前、早朝ということもあり人などいないだろうと思っていたのだが、何人かの観光客や地元住民とすれ違った。
こんな朝早くに元気だなと驚くも、よくよく考えれてみれば俺もそんな早朝に寺に来ているのだから同じことだ。
俺は手水舎で口と手を清めてから本堂に足を向け、賽銭箱に5円を入れてお参りをした後、ぶらぶらと寺の敷地を見て回った。
決して広い寺ではないが、紙垂(しで)と呼ばれる四角い半紙が連なった飾り巻きのある大木や、願いごとが書かれた絵馬など、厳かな雰囲気が漂う場所だった。
ふと奥の方に墓石らしき建造物があるのを見て、ふらふらと歩いていく。
実際にそこへ近づいていくと、それは墓石ではなく動物の形をかたどった像であることが分かった。神社などの入り口にあるような狛犬に似ており、ここではそれが狸だった。
土産物屋でよく見るような信楽焼の可愛い狸ではなく、どちらかというと獣のような鋭さがある。
俺はポン吉がこの寺に住み着いたのもなんとなく頷ける気がした。
「おはようございます」
ふと、背後から柔らかい声がかかる。
俺は振り返って、思わず息を呑む。
そこには昨日見かけた満緒の義母・京香が立っていた。昨日とは違った色合いの薄紅色の着物を着て、持ち手の長い手桶を持っている。
桶に雑巾が掛かっていることから、早朝の清掃を行っていたのだろうと想像する。
俺が驚いて言葉を継げずにいると、京香は涼し気な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「満緒さんのお友達でらっしゃいますね」
「ええ」
年は33歳だと聞いているが、実際にこの距離で見るとずいぶんと若く見え、そして色気があった。妖艶という単語がぴったりくるほどで、言い方は悪いが「未亡人」というどこか背徳的な色香を漂わせる女だった。
「どこからお越しになったのですか?」
「ああ、Tから」
「T……ずいぶん遠くですのね。満緒さんとはどこでお知り合いに?」
「昔こっちの方に住んでた時に仲良くなって。ちょうどあいつがヤンチャしてた時代に、俺も一緒になって遊び回ってたんです。兄貴分みたいな感じです」
「……そうですか」
京香が納得したのかは分からないが、俺の咄嗟の嘘はある程度整合性がついているため突っ込みようがないだろう。
京香は黙って俺の顔を見ていたが、幾分か表情を強張らせてこう言った。
「悪いことは言いません、早くここを出ていきなさい。あなたのような人間が来る場所ではありません」
「え?」
「満緒さんに何を頼まれたのか知りませんが、これ以上詮索するようなら天罰が下るでしょう」
おいおい、やばいぞこの女。
まるで呪術師のような物言いだな。この分じゃ夜中に丑の刻参りくらいしてそうだ。
俺は思わず身震いしてしまう。
その時、ふと京香の足元に狸がまとわりついていることに気が付いた。
本人はそれに気が付いていないのだろうか、特にリアクションもしない。
あれは生きた狸か、それとも死んだ狸か……。
俺は早朝から安杜成寺を訪れていた。
2日間は満緒の悩みに付き合ってやると決めていたため、昨日は温泉宿に一泊して美味しい料理と温かい湯を楽しんだ後、リラックスした気分で眠りに就いた。
父親のことで眠れぬ日々を送る満緒には申し訳ないが、俺の朝の目覚めは最高だった。
不満があるとすれば紗里がいない点だけだった。寺の住所は事務所に残しているが、宿泊場所は知らせていないため当然といえば当然だ。しかも本来は日帰りだったのだから、紗里がここに来るはずもない。
せっかく気分よく目覚めたのだからと、俺は散歩がてら寺を目指してみることにした。
時刻は朝の6時前、早朝ということもあり人などいないだろうと思っていたのだが、何人かの観光客や地元住民とすれ違った。
こんな朝早くに元気だなと驚くも、よくよく考えれてみれば俺もそんな早朝に寺に来ているのだから同じことだ。
俺は手水舎で口と手を清めてから本堂に足を向け、賽銭箱に5円を入れてお参りをした後、ぶらぶらと寺の敷地を見て回った。
決して広い寺ではないが、紙垂(しで)と呼ばれる四角い半紙が連なった飾り巻きのある大木や、願いごとが書かれた絵馬など、厳かな雰囲気が漂う場所だった。
ふと奥の方に墓石らしき建造物があるのを見て、ふらふらと歩いていく。
実際にそこへ近づいていくと、それは墓石ではなく動物の形をかたどった像であることが分かった。神社などの入り口にあるような狛犬に似ており、ここではそれが狸だった。
土産物屋でよく見るような信楽焼の可愛い狸ではなく、どちらかというと獣のような鋭さがある。
俺はポン吉がこの寺に住み着いたのもなんとなく頷ける気がした。
「おはようございます」
ふと、背後から柔らかい声がかかる。
俺は振り返って、思わず息を呑む。
そこには昨日見かけた満緒の義母・京香が立っていた。昨日とは違った色合いの薄紅色の着物を着て、持ち手の長い手桶を持っている。
桶に雑巾が掛かっていることから、早朝の清掃を行っていたのだろうと想像する。
俺が驚いて言葉を継げずにいると、京香は涼し気な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「満緒さんのお友達でらっしゃいますね」
「ええ」
年は33歳だと聞いているが、実際にこの距離で見るとずいぶんと若く見え、そして色気があった。妖艶という単語がぴったりくるほどで、言い方は悪いが「未亡人」というどこか背徳的な色香を漂わせる女だった。
「どこからお越しになったのですか?」
「ああ、Tから」
「T……ずいぶん遠くですのね。満緒さんとはどこでお知り合いに?」
「昔こっちの方に住んでた時に仲良くなって。ちょうどあいつがヤンチャしてた時代に、俺も一緒になって遊び回ってたんです。兄貴分みたいな感じです」
「……そうですか」
京香が納得したのかは分からないが、俺の咄嗟の嘘はある程度整合性がついているため突っ込みようがないだろう。
京香は黙って俺の顔を見ていたが、幾分か表情を強張らせてこう言った。
「悪いことは言いません、早くここを出ていきなさい。あなたのような人間が来る場所ではありません」
「え?」
「満緒さんに何を頼まれたのか知りませんが、これ以上詮索するようなら天罰が下るでしょう」
おいおい、やばいぞこの女。
まるで呪術師のような物言いだな。この分じゃ夜中に丑の刻参りくらいしてそうだ。
俺は思わず身震いしてしまう。
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