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消えた妹 後編
11話
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早く家に帰りたいという一志の願いを聞き入れ、高速に乗ったのが失敗だったのだろうか。
都筑の家を出てから3時間、勢いを増して降り始めた雪のせいで道路は大渋滞、目の前にはずらりと車の列が並んでいた。
何かトラブルがあったのだろう、先頭の方ではひっきりなしにクラクションや警報音が鳴り響いている。
もうすぐ高速の出口付近なのだが、窓の外ではレインコートを身につけた道路作業員たちがひっきりなしに雪かきをしており、閉じ込められている車中の様子を気遣っていた。
俺たちのところにも50分ほど前に体調を伺う担当者が来て「あと20分ほどで動けるようになります」と言ったきり、100メートルも進めていない。
もうすぐ1時間は過ぎようとしており、さすがの俺も疲れがピークに達しはじめていた。
現在の時刻は深夜12時近くで、本来ならこのまま家に帰る予定だったが、急遽カプセルホテルを予約した方がいいかもしれないと考え直した。
一志は親指を噛みながら窓の外に目を向け、貧乏ゆすりをしている。
「落ち着きませんか?」
俺が声をかける。
「え? ああ、すいません。犬たちの事が心配で。部屋に閉じ込めたままですから」
「いつもは家の中で放し飼いにしてるんですよね」
「ええ。今日は椿さんがいたので部屋に閉じ込めたまま来てしまいました。数時間程度の外出のつもりだったので、あいつらが可哀そうで。いつもなら家の中を自由に走り回っているんですが、ストレスもたまるだろうしエサも心配です」
「ふむ。心配しなくても犬や人間は数日エサを与えなくても死にませんよ」
俺がそう言うと、ほんの一瞬一志がピクリと肩を震わせたが、何事もなかったかのように微笑む。
「そうですね。椿さんにはご迷惑をおかけしっぱなしで。わざわざここまでご足労願ったのに期待外れでした」
「ええ。まさか見つかった骨壺の中身が、飼っていた猫の骨だとは思いませんよね」
「最初はビックリしましたが、あの骨が里佳子じゃないと分かって安心しました。椿さんの言う通り都筑がやたらと庭を見ていたので、もしかしてとパニックになりました」
それは俺だって同じだ。
一志が小さな壺を掘り返した時は、心臓が止まりそうなほど驚いたが、結果的に中に入っていた骨はとても小さく、人間のものではなかった。
数年前に亡くなった猫です。
真っ青な顔で呟いた都筑以上に、俺たちの顔の方が青ざめてていただろう。
「私が余計な知識を入れたせいで嫌な思いをさせましたね。今日はあいにくの大雪、都筑さんでなくとも雪の具合が気になって何度も窓の外を見てしまうでしょうから」
「そうですね。でも、私一人だと家の中にまで上がらせてもらえなかったですから、椿さんがいてくれて心強かったですよ」
一志はそう言って、再びそわそわと前方の様子を伺う。
「もし、本当にご心配なら警察に連絡しますか?」
「……え?」
一志は俺の言葉に顔を強張らせる。
「犬の事です。警察は冗談ですが、友人か誰かに連絡をして様子を見てもらったらどうでしょう。会社の方とか、出入りする人もいるでしょう」
「ええ、まぁ。でも自分のいない時に他人を家に入れたくはないです」
「見られたくないものがありますか?」
「そうですね。……金庫とか会社の資料とかプライバシーが不安です」
俺は外に作業員がいるのを確認してから、話を続ける。
「それだけですか?」
「……というと?」
「……逃げ出すのを心配してるんじゃないんですか?」
「……そう…ですね……犬が逃げるかもしれません」
「逃げ出すのは犬だけですか?」
「…………え?」
俺の言葉に何かの含みを感じ取ったのだろう、一志の返事もだんだん途切れがちになっていく。
車中に重苦しい空気が流れ始めた。
一志は再び貧乏ゆすりをしながら、俺に尋ね返した。
「椿さんは私に何か言いたいことがあるんですか?」
「はい」
「…………」
俺がストレートに返事をしたため、一志の方が口を閉じてしまう。
「言いたいことがあります」
「……何でしょう」
「里佳子さんを解放してあげたらどうでしょう」
「……どういう意味ですか?」
俺は至近距離に作業員がいることをもう一度確認してから、万が一相手が逆上してもすぐに逃げ出せるように左手はハンドル、右手をドアの取っ手に添えて話し続けた。
「里佳子さんはあの家にいましたよね。おそらく一番突き当りの部屋、あなたが里佳子さんの部屋だと教えてくれたところに」
「いいえ、いないから探しているんです」
でも、あそこで彼女の霊を見ました。なんて馬鹿な返答ができるはずもなく、俺はため息をついた。
「人はやましいことがあると目線が泳ぐと言いましたが、それはあなたにも当てはまるんですよ」
「…………」
「あなたはやたらと里佳子さんの部屋の方を気にしていた。カタリと音がするたび、犬がいる方の部屋ではなく里佳子さんの部屋を気に掛けていた」
「…………」
「おかしいじゃないですか。誰もいないはずの部屋から音がするはずないんです。なのに、あなたは里佳子さんの部屋から音がしたと思っている。ということは、そこに誰かがいる。これは私の単純な推理です」
「……それは間違っています。里佳子は都筑が誘拐したんです」
一志は無表情で前方を見つめたまま静かに答えた。
都筑の家を出てから3時間、勢いを増して降り始めた雪のせいで道路は大渋滞、目の前にはずらりと車の列が並んでいた。
何かトラブルがあったのだろう、先頭の方ではひっきりなしにクラクションや警報音が鳴り響いている。
もうすぐ高速の出口付近なのだが、窓の外ではレインコートを身につけた道路作業員たちがひっきりなしに雪かきをしており、閉じ込められている車中の様子を気遣っていた。
俺たちのところにも50分ほど前に体調を伺う担当者が来て「あと20分ほどで動けるようになります」と言ったきり、100メートルも進めていない。
もうすぐ1時間は過ぎようとしており、さすがの俺も疲れがピークに達しはじめていた。
現在の時刻は深夜12時近くで、本来ならこのまま家に帰る予定だったが、急遽カプセルホテルを予約した方がいいかもしれないと考え直した。
一志は親指を噛みながら窓の外に目を向け、貧乏ゆすりをしている。
「落ち着きませんか?」
俺が声をかける。
「え? ああ、すいません。犬たちの事が心配で。部屋に閉じ込めたままですから」
「いつもは家の中で放し飼いにしてるんですよね」
「ええ。今日は椿さんがいたので部屋に閉じ込めたまま来てしまいました。数時間程度の外出のつもりだったので、あいつらが可哀そうで。いつもなら家の中を自由に走り回っているんですが、ストレスもたまるだろうしエサも心配です」
「ふむ。心配しなくても犬や人間は数日エサを与えなくても死にませんよ」
俺がそう言うと、ほんの一瞬一志がピクリと肩を震わせたが、何事もなかったかのように微笑む。
「そうですね。椿さんにはご迷惑をおかけしっぱなしで。わざわざここまでご足労願ったのに期待外れでした」
「ええ。まさか見つかった骨壺の中身が、飼っていた猫の骨だとは思いませんよね」
「最初はビックリしましたが、あの骨が里佳子じゃないと分かって安心しました。椿さんの言う通り都筑がやたらと庭を見ていたので、もしかしてとパニックになりました」
それは俺だって同じだ。
一志が小さな壺を掘り返した時は、心臓が止まりそうなほど驚いたが、結果的に中に入っていた骨はとても小さく、人間のものではなかった。
数年前に亡くなった猫です。
真っ青な顔で呟いた都筑以上に、俺たちの顔の方が青ざめてていただろう。
「私が余計な知識を入れたせいで嫌な思いをさせましたね。今日はあいにくの大雪、都筑さんでなくとも雪の具合が気になって何度も窓の外を見てしまうでしょうから」
「そうですね。でも、私一人だと家の中にまで上がらせてもらえなかったですから、椿さんがいてくれて心強かったですよ」
一志はそう言って、再びそわそわと前方の様子を伺う。
「もし、本当にご心配なら警察に連絡しますか?」
「……え?」
一志は俺の言葉に顔を強張らせる。
「犬の事です。警察は冗談ですが、友人か誰かに連絡をして様子を見てもらったらどうでしょう。会社の方とか、出入りする人もいるでしょう」
「ええ、まぁ。でも自分のいない時に他人を家に入れたくはないです」
「見られたくないものがありますか?」
「そうですね。……金庫とか会社の資料とかプライバシーが不安です」
俺は外に作業員がいるのを確認してから、話を続ける。
「それだけですか?」
「……というと?」
「……逃げ出すのを心配してるんじゃないんですか?」
「……そう…ですね……犬が逃げるかもしれません」
「逃げ出すのは犬だけですか?」
「…………え?」
俺の言葉に何かの含みを感じ取ったのだろう、一志の返事もだんだん途切れがちになっていく。
車中に重苦しい空気が流れ始めた。
一志は再び貧乏ゆすりをしながら、俺に尋ね返した。
「椿さんは私に何か言いたいことがあるんですか?」
「はい」
「…………」
俺がストレートに返事をしたため、一志の方が口を閉じてしまう。
「言いたいことがあります」
「……何でしょう」
「里佳子さんを解放してあげたらどうでしょう」
「……どういう意味ですか?」
俺は至近距離に作業員がいることをもう一度確認してから、万が一相手が逆上してもすぐに逃げ出せるように左手はハンドル、右手をドアの取っ手に添えて話し続けた。
「里佳子さんはあの家にいましたよね。おそらく一番突き当りの部屋、あなたが里佳子さんの部屋だと教えてくれたところに」
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「…………」
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「…………」
「おかしいじゃないですか。誰もいないはずの部屋から音がするはずないんです。なのに、あなたは里佳子さんの部屋から音がしたと思っている。ということは、そこに誰かがいる。これは私の単純な推理です」
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一志は無表情で前方を見つめたまま静かに答えた。
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