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綴じた本・1
4:紗里
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椿風雅の小説によると、彼にこの本を書くように勧めたのは「紗里」という女性のようだ。彼女に勧められままに物語を紡ぎ、半年ほど前に自費出版として世に送り出した。
その内容は彼がお祓い屋として解決してきた3つの依頼を基にしたもので、実話風のホラー小説だった。
「私は最初、実話に見せかけたフィクション小説だと思っていたんです。あなたが本に書いているように、本物の霊に出会うなんてそうそうあるもんじゃないですから」
「…………」
「ただ、一通り読み通してみてどうしても気になる部分があったので、少し調べてみることにしたんです。その過程であなたがSクリニックに通っていることも突き止めました」
椿は黙って私の顔を見ている。
無表情だ。
怒ってもいず、嘲笑っていもいず、ただそこにあるものを見ている、そんな感じに見えた。
「その結果、実際にこの本に書かれている3つの依頼に似た事件は起こっていました。この本の名前や名称とは異なっていましたが、そこは相手のプライバシーに配慮して偽名などを使ったんでしょう」
「最初に書いてるだろ<自分の経験した魔訶不思議な体験を記録として残しておこう>と。文字通り、これは実際に起こった事件だ。多くの人間が霊の存在を信じないのは理解しているが、見える奴には見えるんだ」
「ええ、私は別に霊を否定しているわけではありません。もちろんあなたのようなお祓い屋という職業もね」
椿は鼻を鳴らし、前傾姿勢になった。
「だったらなんだ、何が言いたいんだ。告白本? 俺が書いたのはただのノンフィクション小説だ」
「ええ、8割がたは本当にあなたが経験したものです。でもそこに大きな嘘が紛れ込んでいる」
椿はピクリと肩を揺らした。
「分かっているとは思いますが<紗里>という女性についてです。彼女はあなたの側にいないですよね?」
「何を言うかと思ったらそんなこと。紗里はずっと事務所にいるわけじゃないさ。最近は家に閉じこもって会えていない。そんなことくらい俺を付け回してたあんたなら分かるだろ?」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
私はさっきから感じていた奇妙な違和感の正体を探るかのように、椿風雅という男を眺めまわした。
男が故意に嘘をついているようにも思えない。だとすると、彼は本当に紗里と会っていたというのだろうか。
私は困惑気味に、椿の横にある何もない空間に目を向けた。
しばらくそこを凝視した後、小さくため息を落とす。
「あんた名刺に探偵って書いてたな? 依頼人は紗里の兄なんだろ? もし本当に紗里が行方不明なら、俺の周りをうろついている気色の悪い男を探ってくれればいい。もしかしたらあいつが何かしでかしたのかもしれない」
「奇妙な男?」
「ああ、俺のストーカーだ。何かの恨みがあって俺のことを付け回してるんだ」
「…………」
椿は私の表情が微妙に変化したのに気づいたのだろう、むきになって発言する。
「おいおい、もしかしてその男が俺にしか見えてない幽霊だとでも言いたいのか? あいつは確かに存在するんだ」
「いえ、たぶんどなたのことを言っているのかは分かります。この本にも出ていましたが、背の高い小太りの方のことでしょう?」
「そうだ、そいつだ。なんだ、あんたも見てるんじゃないか。あいつが紗里に何かしたのかもしれない」
椿はそう言って立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「椿さん、どちらへ」
「外だ、今日もその辺に居るかも知れない。今まで害はないと放置していたが、とっ掴まえて紗里の居所を吐かせてやる」
「ちょっと待ってください、落ち着いて」
私は慌てて椿を呼び止め、彼をソファーへ誘導する。
「なんだ、なんのつもりだ。お前は紗里を探してるんだろ? 俺なんかに構ってないで、もっと怪しい奴を探れ。俺のストーカーだよ、紗里はあいつに連れ去られたんだ」
「…………」
「どうして何も言わない? お前たちはその男の存在を知っていて、なんで俺なんかを調べに来てるんだ。優先順位が違うだろ」
「いえ、その方は安全です」
「どうしてそう言い切れる」
椿は憮然とした表情で私を見た。
「その方が三宅義孝さん、今回の依頼人であり紗里さんのお兄さんですから」
「……何だって……?」
椿は息を詰まらせたかのように、喉から声を絞り出した。
「あれが紗里の兄……?」
「ええ、10年以上お会いしていないということですから、見た目も変わられたのでしょう。私は現在の三宅さんしか知りませんから何とも言えませんが」
椿は瞳をきょろきょろさせて何事が考えていたが、やがて納得がいったというように大きく頷く。
「……そう言われてみれば、確かに面影がある気がする。無駄に肥え太って豚みたいになって。そうか、あいつが紗里の……」
口元に薄ら笑いを浮かべ、椿はクックッと声を漏らした。
私はその様子を冷静に見守りながら質問する。
「ところで、その三宅さんともひと月ほど前から連絡がとれないのですが、何かご存じないですか?」
椿の動きがピタリと止まった。
その内容は彼がお祓い屋として解決してきた3つの依頼を基にしたもので、実話風のホラー小説だった。
「私は最初、実話に見せかけたフィクション小説だと思っていたんです。あなたが本に書いているように、本物の霊に出会うなんてそうそうあるもんじゃないですから」
「…………」
「ただ、一通り読み通してみてどうしても気になる部分があったので、少し調べてみることにしたんです。その過程であなたがSクリニックに通っていることも突き止めました」
椿は黙って私の顔を見ている。
無表情だ。
怒ってもいず、嘲笑っていもいず、ただそこにあるものを見ている、そんな感じに見えた。
「その結果、実際にこの本に書かれている3つの依頼に似た事件は起こっていました。この本の名前や名称とは異なっていましたが、そこは相手のプライバシーに配慮して偽名などを使ったんでしょう」
「最初に書いてるだろ<自分の経験した魔訶不思議な体験を記録として残しておこう>と。文字通り、これは実際に起こった事件だ。多くの人間が霊の存在を信じないのは理解しているが、見える奴には見えるんだ」
「ええ、私は別に霊を否定しているわけではありません。もちろんあなたのようなお祓い屋という職業もね」
椿は鼻を鳴らし、前傾姿勢になった。
「だったらなんだ、何が言いたいんだ。告白本? 俺が書いたのはただのノンフィクション小説だ」
「ええ、8割がたは本当にあなたが経験したものです。でもそこに大きな嘘が紛れ込んでいる」
椿はピクリと肩を揺らした。
「分かっているとは思いますが<紗里>という女性についてです。彼女はあなたの側にいないですよね?」
「何を言うかと思ったらそんなこと。紗里はずっと事務所にいるわけじゃないさ。最近は家に閉じこもって会えていない。そんなことくらい俺を付け回してたあんたなら分かるだろ?」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
私はさっきから感じていた奇妙な違和感の正体を探るかのように、椿風雅という男を眺めまわした。
男が故意に嘘をついているようにも思えない。だとすると、彼は本当に紗里と会っていたというのだろうか。
私は困惑気味に、椿の横にある何もない空間に目を向けた。
しばらくそこを凝視した後、小さくため息を落とす。
「あんた名刺に探偵って書いてたな? 依頼人は紗里の兄なんだろ? もし本当に紗里が行方不明なら、俺の周りをうろついている気色の悪い男を探ってくれればいい。もしかしたらあいつが何かしでかしたのかもしれない」
「奇妙な男?」
「ああ、俺のストーカーだ。何かの恨みがあって俺のことを付け回してるんだ」
「…………」
椿は私の表情が微妙に変化したのに気づいたのだろう、むきになって発言する。
「おいおい、もしかしてその男が俺にしか見えてない幽霊だとでも言いたいのか? あいつは確かに存在するんだ」
「いえ、たぶんどなたのことを言っているのかは分かります。この本にも出ていましたが、背の高い小太りの方のことでしょう?」
「そうだ、そいつだ。なんだ、あんたも見てるんじゃないか。あいつが紗里に何かしたのかもしれない」
椿はそう言って立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「椿さん、どちらへ」
「外だ、今日もその辺に居るかも知れない。今まで害はないと放置していたが、とっ掴まえて紗里の居所を吐かせてやる」
「ちょっと待ってください、落ち着いて」
私は慌てて椿を呼び止め、彼をソファーへ誘導する。
「なんだ、なんのつもりだ。お前は紗里を探してるんだろ? 俺なんかに構ってないで、もっと怪しい奴を探れ。俺のストーカーだよ、紗里はあいつに連れ去られたんだ」
「…………」
「どうして何も言わない? お前たちはその男の存在を知っていて、なんで俺なんかを調べに来てるんだ。優先順位が違うだろ」
「いえ、その方は安全です」
「どうしてそう言い切れる」
椿は憮然とした表情で私を見た。
「その方が三宅義孝さん、今回の依頼人であり紗里さんのお兄さんですから」
「……何だって……?」
椿は息を詰まらせたかのように、喉から声を絞り出した。
「あれが紗里の兄……?」
「ええ、10年以上お会いしていないということですから、見た目も変わられたのでしょう。私は現在の三宅さんしか知りませんから何とも言えませんが」
椿は瞳をきょろきょろさせて何事が考えていたが、やがて納得がいったというように大きく頷く。
「……そう言われてみれば、確かに面影がある気がする。無駄に肥え太って豚みたいになって。そうか、あいつが紗里の……」
口元に薄ら笑いを浮かべ、椿はクックッと声を漏らした。
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「ところで、その三宅さんともひと月ほど前から連絡がとれないのですが、何かご存じないですか?」
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