トラワレビト ~お祓い屋・椿風雅の事件簿~

MARU助

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エピローグ

――――― ウサギの欠片<カケラ> ―――――

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 お祭りに行くため、私服から浴衣に着替えようとした少女は、ふと気掛かりなことがあって手を止めた。

 不安そうに室内を見渡し、隠しカメラがないことをチェックする。
 さらには、カーテンの陰に隠れるようにして、部屋の窓から外の様子を伺いようやく一息をついた。

 来年で中学3年生になる少女には、家にも外にも安心できる場所がない。

 少女の母が現在の父と再婚して10年になる。
 新しい父と、8つ年上の兄は少女のことを大変可愛がってくれた。毎日が満たされた日々だった。

 しかし、この頃、兄の執拗な視線が気になって落ち着かない。

 年頃になるにつれ、少女の容姿は美しく変化し始めていた。
 長く伸びた肢体、膨らみ始めた胸元、濡れたような瞳、赤い唇。
 少女の意志に反して、その姿は異性の興味を惹きつけた。

 それは兄とて同じ。
 ふと気づくと、兄が少女をじとりと見つめていることがあった。
 少女の体の線をなぞるように、艶めかしく執拗なそのな視線は、彼女の心を傷つけた。

 つい最近、部屋に隠しカメラがあることに気がついて以降、兄に対する信愛の情は消え失せた。
 着替えを覗かれていたかもしれないという羞恥心と、兄に対する恐怖心から親には相談できないでいる。

 少女は塞ぎこんできた気持ちを奮い立たせるように、鏡の前に立って髪を整え始めた。
 ヘアゴムを手に持って、最近お気に入りのツインテールに仕立てようとして、あるクラスメートの顔を思い浮かべる。

『その髪型、うさぎの耳みたいで可愛いね』

 そのクラスメートに言われたセリフを思い出し、厭な気分になった。
 
 いつも教室の隅で絵を描いている目立たない男の子。校舎裏で先輩に絡まれているのを助けて以降、少女につきまとうようになった。

 特に何かをしてくるわけでもないが、気付けば背後に立っている。まるで幽霊のような存在。

 少女と目が合うと、唇の端を吊り上げてにやりと笑う。
 それが彼女にとって虫唾が走るほど気味の悪いものだった。

 クラス委員の責任感から彼を助けたが、こんな目にあうなら無視をして通り過ぎれば良かったと後悔している。
 
 少女はTシャツとハーフパンツを脱ぎすて、クローゼットから白い浴衣を取り出し、素早く着替える。
 
 髪型はツインテールを諦めて、頭上でひとつのお団子に結い上げた。
 浴衣の胸元をしっかり閉じ、鏡の前でくるりと一回転してみせる。
 
 白地に赤い花がプリントされたその浴衣。
 真っ白な半紙の上にぽとりと墨を落としたようなじわりとした不安感が少女を襲う。

 この花の名前は確か……椿。
 あのクラスメートと同じ名だ。
 あいつがこれを見て、変な勘違いを起こさないだろうか。

 椿風雅という名のクラスメートは、背が高く細い目をした狐のような男子生徒だった。
 少女をウサギに例えるなら、狐との相性はめっぽう悪い。狐はうさぎを狩る生き物だ。あいつは少女のことを獲って喰うつもりなのだろうか。

 草原の中を必死に逃げ回る自身の姿を想像し、少女は軽く身震いをした。

 ちょうど半年前だろうか、些細なことで兄と言い争いになったことがあった。
 家を飛び出し公園に向かった少女を兄は必死に追いかけて来て、ごめんと言いながら彼女を抱きしめた。

 「紗里、お前がいないとだめなんだ」

 兄は少女の耳元でそう囁いた。
 まるで恋人同士の抱擁なのだが、少女は身の毛がよだつほどの嫌悪感と恐怖心に襲われていた。
 
 ふと公園の入り口を見ると、椿という名前の同級生が立っていた。
 彼はミミズが這うようなじとりとした瞳で、こちらを見ていた。

 彼は少女と兄の関係を勘違いしただろうか。

 その後、彼がそのことについて少女に質問をしてくることもなく、相変わらず陰湿な視線をこちらに向けてくるだけだった。

 ――汚らわしい女

 彼の執拗な目線が、少女を攻め立てているように感じる。

 少女はぶるんぶるんと大きく首を振り、昔の嫌な記憶を遠くへ追い払う。

 そして改めて鏡に映る自分を確認し、別の服に着替えるか思案した。
 しかし、せっかくの夏祭り、浴衣は着たい。
 来年は新しい浴衣を買ってもらおう、今年はこれで我慢だ。

 枕もとの時計を確認し、そろそろ出かける時間だと慌ててリップを塗る。
 少女の柔らかい唇に、華やかな色が咲いた。

 少女には夢があった。
 将来は客室乗務員になりたい。
 いろんな国を行き来して、異国文化を学びたい。
 そしていつか素敵な旦那様と結婚して、可愛い子供を産んでおばあちゃんになるまで幸せに暮らすのだ。

 そのためには、受験勉強に塾の夏期講習と、来年は遊んでいる時間はない。
 中学2年生の今年だけは、ほんのちょっと羽を伸ばして夏休みを楽しみたい。

 未来のことを想像すると、少女の胸は希望で満たされていく。
 高校を卒業したら、すぐにこの家を出よう。
 憂鬱な兄の存在も、不気味なクラスメートの存在も忘れ、誰にも手の届かない遠いところで自由に暮らそう。
 
 そう、少女は自由だ。
 それは誰にも奪えない、奪う権利などない。
 
 今年の夏は、きっと良いことがある。
 少女はそう願って、カランカランと下駄を鳴らしながら、友人との待ち合わせ場所へ向かった。


  ――BAD END――
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