80 / 80
エピローグ
――――― ウサギの欠片<カケラ> ―――――
しおりを挟む
お祭りに行くため、私服から浴衣に着替えようとした少女は、ふと気掛かりなことがあって手を止めた。
不安そうに室内を見渡し、隠しカメラがないことをチェックする。
さらには、カーテンの陰に隠れるようにして、部屋の窓から外の様子を伺いようやく一息をついた。
来年で中学3年生になる少女には、家にも外にも安心できる場所がない。
少女の母が現在の父と再婚して10年になる。
新しい父と、8つ年上の兄は少女のことを大変可愛がってくれた。毎日が満たされた日々だった。
しかし、この頃、兄の執拗な視線が気になって落ち着かない。
年頃になるにつれ、少女の容姿は美しく変化し始めていた。
長く伸びた肢体、膨らみ始めた胸元、濡れたような瞳、赤い唇。
少女の意志に反して、その姿は異性の興味を惹きつけた。
それは兄とて同じ。
ふと気づくと、兄が少女をじとりと見つめていることがあった。
少女の体の線をなぞるように、艶めかしく執拗なそのな視線は、彼女の心を傷つけた。
つい最近、部屋に隠しカメラがあることに気がついて以降、兄に対する信愛の情は消え失せた。
着替えを覗かれていたかもしれないという羞恥心と、兄に対する恐怖心から親には相談できないでいる。
少女は塞ぎこんできた気持ちを奮い立たせるように、鏡の前に立って髪を整え始めた。
ヘアゴムを手に持って、最近お気に入りのツインテールに仕立てようとして、あるクラスメートの顔を思い浮かべる。
『その髪型、うさぎの耳みたいで可愛いね』
そのクラスメートに言われたセリフを思い出し、厭な気分になった。
いつも教室の隅で絵を描いている目立たない男の子。校舎裏で先輩に絡まれているのを助けて以降、少女につきまとうようになった。
特に何かをしてくるわけでもないが、気付けば背後に立っている。まるで幽霊のような存在。
少女と目が合うと、唇の端を吊り上げてにやりと笑う。
それが彼女にとって虫唾が走るほど気味の悪いものだった。
クラス委員の責任感から彼を助けたが、こんな目にあうなら無視をして通り過ぎれば良かったと後悔している。
少女はTシャツとハーフパンツを脱ぎすて、クローゼットから白い浴衣を取り出し、素早く着替える。
髪型はツインテールを諦めて、頭上でひとつのお団子に結い上げた。
浴衣の胸元をしっかり閉じ、鏡の前でくるりと一回転してみせる。
白地に赤い花がプリントされたその浴衣。
真っ白な半紙の上にぽとりと墨を落としたようなじわりとした不安感が少女を襲う。
この花の名前は確か……椿。
あのクラスメートと同じ名だ。
あいつがこれを見て、変な勘違いを起こさないだろうか。
椿風雅という名のクラスメートは、背が高く細い目をした狐のような男子生徒だった。
少女をウサギに例えるなら、狐との相性はめっぽう悪い。狐はうさぎを狩る生き物だ。あいつは少女のことを獲って喰うつもりなのだろうか。
草原の中を必死に逃げ回る自身の姿を想像し、少女は軽く身震いをした。
ちょうど半年前だろうか、些細なことで兄と言い争いになったことがあった。
家を飛び出し公園に向かった少女を兄は必死に追いかけて来て、ごめんと言いながら彼女を抱きしめた。
「紗里、お前がいないとだめなんだ」
兄は少女の耳元でそう囁いた。
まるで恋人同士の抱擁なのだが、少女は身の毛がよだつほどの嫌悪感と恐怖心に襲われていた。
ふと公園の入り口を見ると、椿という名前の同級生が立っていた。
彼はミミズが這うようなじとりとした瞳で、こちらを見ていた。
彼は少女と兄の関係を勘違いしただろうか。
その後、彼がそのことについて少女に質問をしてくることもなく、相変わらず陰湿な視線をこちらに向けてくるだけだった。
――汚らわしい女
彼の執拗な目線が、少女を攻め立てているように感じる。
少女はぶるんぶるんと大きく首を振り、昔の嫌な記憶を遠くへ追い払う。
そして改めて鏡に映る自分を確認し、別の服に着替えるか思案した。
しかし、せっかくの夏祭り、浴衣は着たい。
来年は新しい浴衣を買ってもらおう、今年はこれで我慢だ。
枕もとの時計を確認し、そろそろ出かける時間だと慌ててリップを塗る。
少女の柔らかい唇に、華やかな色が咲いた。
少女には夢があった。
将来は客室乗務員になりたい。
いろんな国を行き来して、異国文化を学びたい。
そしていつか素敵な旦那様と結婚して、可愛い子供を産んでおばあちゃんになるまで幸せに暮らすのだ。
そのためには、受験勉強に塾の夏期講習と、来年は遊んでいる時間はない。
中学2年生の今年だけは、ほんのちょっと羽を伸ばして夏休みを楽しみたい。
未来のことを想像すると、少女の胸は希望で満たされていく。
高校を卒業したら、すぐにこの家を出よう。
憂鬱な兄の存在も、不気味なクラスメートの存在も忘れ、誰にも手の届かない遠いところで自由に暮らそう。
そう、少女は自由だ。
それは誰にも奪えない、奪う権利などない。
今年の夏は、きっと良いことがある。
少女はそう願って、カランカランと下駄を鳴らしながら、友人との待ち合わせ場所へ向かった。
――BAD END――
不安そうに室内を見渡し、隠しカメラがないことをチェックする。
さらには、カーテンの陰に隠れるようにして、部屋の窓から外の様子を伺いようやく一息をついた。
来年で中学3年生になる少女には、家にも外にも安心できる場所がない。
少女の母が現在の父と再婚して10年になる。
新しい父と、8つ年上の兄は少女のことを大変可愛がってくれた。毎日が満たされた日々だった。
しかし、この頃、兄の執拗な視線が気になって落ち着かない。
年頃になるにつれ、少女の容姿は美しく変化し始めていた。
長く伸びた肢体、膨らみ始めた胸元、濡れたような瞳、赤い唇。
少女の意志に反して、その姿は異性の興味を惹きつけた。
それは兄とて同じ。
ふと気づくと、兄が少女をじとりと見つめていることがあった。
少女の体の線をなぞるように、艶めかしく執拗なそのな視線は、彼女の心を傷つけた。
つい最近、部屋に隠しカメラがあることに気がついて以降、兄に対する信愛の情は消え失せた。
着替えを覗かれていたかもしれないという羞恥心と、兄に対する恐怖心から親には相談できないでいる。
少女は塞ぎこんできた気持ちを奮い立たせるように、鏡の前に立って髪を整え始めた。
ヘアゴムを手に持って、最近お気に入りのツインテールに仕立てようとして、あるクラスメートの顔を思い浮かべる。
『その髪型、うさぎの耳みたいで可愛いね』
そのクラスメートに言われたセリフを思い出し、厭な気分になった。
いつも教室の隅で絵を描いている目立たない男の子。校舎裏で先輩に絡まれているのを助けて以降、少女につきまとうようになった。
特に何かをしてくるわけでもないが、気付けば背後に立っている。まるで幽霊のような存在。
少女と目が合うと、唇の端を吊り上げてにやりと笑う。
それが彼女にとって虫唾が走るほど気味の悪いものだった。
クラス委員の責任感から彼を助けたが、こんな目にあうなら無視をして通り過ぎれば良かったと後悔している。
少女はTシャツとハーフパンツを脱ぎすて、クローゼットから白い浴衣を取り出し、素早く着替える。
髪型はツインテールを諦めて、頭上でひとつのお団子に結い上げた。
浴衣の胸元をしっかり閉じ、鏡の前でくるりと一回転してみせる。
白地に赤い花がプリントされたその浴衣。
真っ白な半紙の上にぽとりと墨を落としたようなじわりとした不安感が少女を襲う。
この花の名前は確か……椿。
あのクラスメートと同じ名だ。
あいつがこれを見て、変な勘違いを起こさないだろうか。
椿風雅という名のクラスメートは、背が高く細い目をした狐のような男子生徒だった。
少女をウサギに例えるなら、狐との相性はめっぽう悪い。狐はうさぎを狩る生き物だ。あいつは少女のことを獲って喰うつもりなのだろうか。
草原の中を必死に逃げ回る自身の姿を想像し、少女は軽く身震いをした。
ちょうど半年前だろうか、些細なことで兄と言い争いになったことがあった。
家を飛び出し公園に向かった少女を兄は必死に追いかけて来て、ごめんと言いながら彼女を抱きしめた。
「紗里、お前がいないとだめなんだ」
兄は少女の耳元でそう囁いた。
まるで恋人同士の抱擁なのだが、少女は身の毛がよだつほどの嫌悪感と恐怖心に襲われていた。
ふと公園の入り口を見ると、椿という名前の同級生が立っていた。
彼はミミズが這うようなじとりとした瞳で、こちらを見ていた。
彼は少女と兄の関係を勘違いしただろうか。
その後、彼がそのことについて少女に質問をしてくることもなく、相変わらず陰湿な視線をこちらに向けてくるだけだった。
――汚らわしい女
彼の執拗な目線が、少女を攻め立てているように感じる。
少女はぶるんぶるんと大きく首を振り、昔の嫌な記憶を遠くへ追い払う。
そして改めて鏡に映る自分を確認し、別の服に着替えるか思案した。
しかし、せっかくの夏祭り、浴衣は着たい。
来年は新しい浴衣を買ってもらおう、今年はこれで我慢だ。
枕もとの時計を確認し、そろそろ出かける時間だと慌ててリップを塗る。
少女の柔らかい唇に、華やかな色が咲いた。
少女には夢があった。
将来は客室乗務員になりたい。
いろんな国を行き来して、異国文化を学びたい。
そしていつか素敵な旦那様と結婚して、可愛い子供を産んでおばあちゃんになるまで幸せに暮らすのだ。
そのためには、受験勉強に塾の夏期講習と、来年は遊んでいる時間はない。
中学2年生の今年だけは、ほんのちょっと羽を伸ばして夏休みを楽しみたい。
未来のことを想像すると、少女の胸は希望で満たされていく。
高校を卒業したら、すぐにこの家を出よう。
憂鬱な兄の存在も、不気味なクラスメートの存在も忘れ、誰にも手の届かない遠いところで自由に暮らそう。
そう、少女は自由だ。
それは誰にも奪えない、奪う権利などない。
今年の夏は、きっと良いことがある。
少女はそう願って、カランカランと下駄を鳴らしながら、友人との待ち合わせ場所へ向かった。
――BAD END――
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
「お前のカメラ、ずっと映ってるよ」〜ホラースポット配信者が気づいた時には、もう遅かった〜
まさき
ホラー
ホラースポット専門のYouTuber・桐島悠は、霊も怪異も一切信じない合理主義者だ。
ある廃病院での配信中、今まで感じたことのない「違和感」を覚えた。しかし撮影は無事終了。その後も普通に配信を続け、あの夜のことなど忘れかけていた頃——深夜、金縛りにあう。
疲れてるだけだ。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
記憶の空白。知らない足跡。動画に毎回映り込む、同じ女の姿。そして——「やっと、見つけた」という声。
カメラが映し続けていたのは、心霊スポットではなかった。もっとずっと、近いところにいるものだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる