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綴じた本・1
8:思い込み
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椿はしばらく無言でカーベットを睨んでいたが、挑発的な目つきで私に質問した。
「私はあの家でお茶を出してもらった。茶柱が立っていたから良く覚えている。幻覚のはずの母娘が客人にお茶を出したとでもいいたいのか?」
その口調には嘲りの色がこもっていた。
「そのお茶を飲んだんですが?」
「いや……なんだか薄気味悪い家だったから、手を付けたくなかったんだ」
「だとしたら、そのお茶もあなたの幻覚だったのでしょう。どこでも客人が来ればお茶を出す、そういうものですから」
椿は納得いかない、という顔をしてさらに質問する。
「だったら、俺の見た母娘の顔が実在の人物とそっくりなのはどう結論づけるんだ。最初の事件、俺は和久田家の祖父母の顔も知らなかったし、ましてや依頼者・母娘の顔を事前に調べるすべもなかった。なのに俺はあの家で依頼者の顔を見たし、老婆の霊も見てるんだ。その顔は事件後、テレビで報道された被害者と瓜二つだった。間違いなく俺は霊を見ているんだ」
確かに会ったこともない相手の顔を幻覚として見たというのは不思議な現象だ。
椿の言う通り、霊的な何かと結びつけてもおかしくない事象だが……。
「それには合理的な説明がつきます。あなたは依頼者宅へ行く前に図書館で和久田家のことを調べましたよね。地元では有名な資産家一族ですから、記事もいろいろあったでしょう。あなたはそこで和久田家の当主やその妻の顔を目にしていたんです」
そう、ここは私自身が確認済みだ。
和久田家の当主をはじめ、その妻たちが映った写真が過去の新聞の中からいくつも発見できた。椿は間違いなくこの記事を見ているはずだ。
「よしんば、お前の言うことが正しいとして、依頼者の母娘の顔をなぜか俺が知っていたんだ。2人の顔は新聞には載っていなかったはずだ」
椿はなおも食い下がる。
私はその質問にもすらりと答えを出した。
「あなたは玄関口で2人の写真を見ているじゃないですか、本にその記述があります」
――玄関を入ってすぐ脇にある靴置き場に、家族写真が飾ってある。両親と娘だろうか、3人は幸せそうに笑っている。しかし、現在の家に写真のような生気は感じられない。
例え一瞬しか見ていなかったとしても、椿の脳裏に無意識にその顔がインプットされてしまったのだろう。
本人はそこまで意識していなかったけれど、一度目にしていた顔が何かの切っ掛けで幻覚として現れたということは十分考えられる。
もともとの依頼内容が家に老女と老男の霊がいる、ということだったから、椿は無意識に霊の顔に以前の住人の顔を当てはめたのだろう。
椿は困惑したような表情で話を続ける。
「か…顔はそれで解決したとして、俺がどうして依頼者の母娘が死んでいることを突き止められたと思うんだ。あんたの言葉を借りれば、紗里も存在していないことになる。だけど、俺は紗里に導かれてあの部屋を見つけ、事件を暴いた」
「それはもっと簡単です。外から見た時、1カ所の部屋が塞がっていたのを確認していますよね。死体を隠しているとは思わないにしても、誰だってそこに<何かある>と感じるはすです。だからあなたは、あの部屋を確かめたんでしょう」
自分が見た幻覚を本気で幽霊だと思っている椿にしてみれば、俺の話を受け入れることは難しいはずだ。
案の定、きつい口調で指摘をしてきた。
「いい加減にしてくれ。紗里は間違いなく俺の側にいたんだ。俺が隠されていた押入れを見つけられたのは、紗里がその場所を指差したからだ」
私は大きく首を振って否定した。
「いいえ、あの押入れを見つけたのは紗里さんじゃありません。塞がっていた押し入れの存在に気付いたのは、あそこへ行く前に部屋の間取りを目にしていたからです。どの部屋も同じ造りになっていましたから、他の部屋に押入れがあるのに、この部屋にはないのがおかしいと気づいたんでしょう」
そう、同じ間取りの部屋が続く中、最後の部屋だけ異様だった。
椿は直感で部屋の中の違和感を感じ取ったのだろう。
私は素直に椿に賞賛の言葉を送った。
「霊が導いてくれていたと思った出来事は、全てあなたの推理力のなせる業ですよ。素晴らしい観察眼です」
まさしく探偵も顔負けだ。
私はひとつづつ椿の挑発を潰していくことにした。
そうして残されたものの中に真実がある。
時間はもうないかもしれない、急ぐ必要があるだろう。
「私はあの家でお茶を出してもらった。茶柱が立っていたから良く覚えている。幻覚のはずの母娘が客人にお茶を出したとでもいいたいのか?」
その口調には嘲りの色がこもっていた。
「そのお茶を飲んだんですが?」
「いや……なんだか薄気味悪い家だったから、手を付けたくなかったんだ」
「だとしたら、そのお茶もあなたの幻覚だったのでしょう。どこでも客人が来ればお茶を出す、そういうものですから」
椿は納得いかない、という顔をしてさらに質問する。
「だったら、俺の見た母娘の顔が実在の人物とそっくりなのはどう結論づけるんだ。最初の事件、俺は和久田家の祖父母の顔も知らなかったし、ましてや依頼者・母娘の顔を事前に調べるすべもなかった。なのに俺はあの家で依頼者の顔を見たし、老婆の霊も見てるんだ。その顔は事件後、テレビで報道された被害者と瓜二つだった。間違いなく俺は霊を見ているんだ」
確かに会ったこともない相手の顔を幻覚として見たというのは不思議な現象だ。
椿の言う通り、霊的な何かと結びつけてもおかしくない事象だが……。
「それには合理的な説明がつきます。あなたは依頼者宅へ行く前に図書館で和久田家のことを調べましたよね。地元では有名な資産家一族ですから、記事もいろいろあったでしょう。あなたはそこで和久田家の当主やその妻の顔を目にしていたんです」
そう、ここは私自身が確認済みだ。
和久田家の当主をはじめ、その妻たちが映った写真が過去の新聞の中からいくつも発見できた。椿は間違いなくこの記事を見ているはずだ。
「よしんば、お前の言うことが正しいとして、依頼者の母娘の顔をなぜか俺が知っていたんだ。2人の顔は新聞には載っていなかったはずだ」
椿はなおも食い下がる。
私はその質問にもすらりと答えを出した。
「あなたは玄関口で2人の写真を見ているじゃないですか、本にその記述があります」
――玄関を入ってすぐ脇にある靴置き場に、家族写真が飾ってある。両親と娘だろうか、3人は幸せそうに笑っている。しかし、現在の家に写真のような生気は感じられない。
例え一瞬しか見ていなかったとしても、椿の脳裏に無意識にその顔がインプットされてしまったのだろう。
本人はそこまで意識していなかったけれど、一度目にしていた顔が何かの切っ掛けで幻覚として現れたということは十分考えられる。
もともとの依頼内容が家に老女と老男の霊がいる、ということだったから、椿は無意識に霊の顔に以前の住人の顔を当てはめたのだろう。
椿は困惑したような表情で話を続ける。
「か…顔はそれで解決したとして、俺がどうして依頼者の母娘が死んでいることを突き止められたと思うんだ。あんたの言葉を借りれば、紗里も存在していないことになる。だけど、俺は紗里に導かれてあの部屋を見つけ、事件を暴いた」
「それはもっと簡単です。外から見た時、1カ所の部屋が塞がっていたのを確認していますよね。死体を隠しているとは思わないにしても、誰だってそこに<何かある>と感じるはすです。だからあなたは、あの部屋を確かめたんでしょう」
自分が見た幻覚を本気で幽霊だと思っている椿にしてみれば、俺の話を受け入れることは難しいはずだ。
案の定、きつい口調で指摘をしてきた。
「いい加減にしてくれ。紗里は間違いなく俺の側にいたんだ。俺が隠されていた押入れを見つけられたのは、紗里がその場所を指差したからだ」
私は大きく首を振って否定した。
「いいえ、あの押入れを見つけたのは紗里さんじゃありません。塞がっていた押し入れの存在に気付いたのは、あそこへ行く前に部屋の間取りを目にしていたからです。どの部屋も同じ造りになっていましたから、他の部屋に押入れがあるのに、この部屋にはないのがおかしいと気づいたんでしょう」
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