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つかさとの攻防
48話:偽物の家族
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「偽物」という言葉に反応し、一家の雰囲気がさらに悪くなる。
どんよりとした、なんとも形容しがたい嫌な空気が部屋を侵食しはじめた。
「偽物ってのは、どいういう意味なんだ?」
元樹が問う。
「自分の知ってる世良田一家じゃない。あの家には帰れない。そう言ってます」
――また、帰ってきます。
そう言って家を出て行ったあさことの思い出が、ボロボロと崩れかけてしまいそうになり、美園は黙って目頭を押さえた。
美園にとって初めてできた友達だった。
毎日一緒に寝て、テレビを見て、お菓子を食べて、遊びに出かけて。
最初こそ表情の硬かったあさこも、日を追うごとに変化が見えてはじめてきた。家族が話しかけると時々にっこり笑うようになり、それを見ると美園の気持ちも明るくなった。
「あたしはあさこちゃんとの思い出が大切なものだったんだけど、向こうにとってはそうじゃなかったのかも」
ポツリと呟く美園に、つかさは気の毒そうな視線を向けた。
「いや、しかし薄情な奴だな。俺たちに情が湧かなかったのか? 1ヶ月半だぞ、1カ月半も一緒に過ごしたのに」
勇治の抗議に対し、元樹が口を開く。
「だからだよ、1カ月半も一緒に生活したんだ。俺たちのことはちゃんと覚えてるさ。だから連絡をよこしたんだろ。そのうえで、自分の知ってる世良田一家じゃない。そう結論を出したんだ。それってあさこちゃんが悪いのか?」
えらくまともなことを言い始める元樹を前に、勇治は顔を顰める。
「親父、一体どうしたんだよ、最近おかしいぞ。さっきだって俺の悪だくみにのってこずに、進藤を守る側に立つし」
「つかさ君を守ったんじゃない。お前を守ったんだ」
「俺を?」
「子どもが道を踏み外しそうになったら、親は全力で守る。当たり前だろ」
「なんだよ急に」
突然元樹が強い口調で言い放ったため、勇治は動揺してみそ汁をこぼしてしまう。
つかさは元樹の様子を探るように見ていたが、やがて静かにナイフをおく。
「ひとつ、世良田一家に聞いてほしいことがあるって言われたんです」
「なんだ?」
元樹が聞く。
「最後に自分に言ってくれた言葉覚えてますか、って。その答えが合ってれば、皆さんに会ってみたいって」
「最後に言った言葉って……向こうがまた来ますって言ったのは覚えてるわ。初めてあたしたちの前で喋った言葉だから印象に残ってるのよ。でもあたしたちがあさこちゃんに言った言葉までは覚えてないわ」
栄子が困惑気味に言う。
「また来ますって、言葉から推察するに、いつでも遊びに来いよ、とか、待ってるよ、って感じじゃないのか?」
面倒くさそうに勇治が答える。
つかさは黙って首を振る。
「残念ですけど、俺が相手から聞いている答えと違います」
「知ってるなら教えてよ」
美園が頬をふくらませる。
つかさは真面目な顔をして世良田一家を見る。
「答えを教えるのは簡単です。でも、たぶんそれは相手が望んでいることじゃないはずです。あの子がここに戻ってくるためには、皆さん一人ひとりが思い出すことに意味があるんですよ」
諭すように言った後、考え込むように表情を暗くした一家に向かって、つかさは明るい話題を振る。
「偉そうに言っちゃってますけど、俺、直接あさこって子に会ったわけじゃないんです。あくまでメールのやりとりだけ。でも、感触からじゃ向こうも全く世良田一家に会いたくない訳じゃなさそうです」
「本当?」
期待を込めて美園が聞き返す。
「たぶん。あくまで今の世良田一家には会いたくない。そんな感触でした」
「今のあたしたちじゃ、だめってことね」
美園はそう言って頬杖をついた。
黙って事の成り行きを見守っていたケンジが、ズズズと最後の味噌汁をすすり終えて口を開く。
「戻ればええ。あの頃のわしらに、戻ればええんじゃ」
「戻ればって、今更若返るなんて無理よ」
栄子の言葉に、ケンジは黙って首を振る。
「そんなことは言っとらん。そうではないことはみんな分かっとるじゃろ。あさこが何を言いたいのか。あの頃のわしらと何が変わってしまったのか、皆分かっとるじゃろ」
ケンジの言葉に一家は黙り込む。
あの頃と何が違うのか。
順調に年を取り、モデルファミリーに選ばれて世間の羨望を浴び、着々と未来に向けて歩み始めている一家。
外から見れば絵にかいたような幸せ家族だ。けれど、その中身は全く違っている。
あの頃のように純粋な家族の絆など、今の世良田一家にはこれっぽっちも備わっていない。
「あの頃とは何もかも変わっちゃってるよ」
美園の冷めたような呟きに、言葉を返せるものはいなかった。
誠はそんな家族の様子を黙って見つめ、寂しそうに窓の外に目を向けた―――。
どんよりとした、なんとも形容しがたい嫌な空気が部屋を侵食しはじめた。
「偽物ってのは、どいういう意味なんだ?」
元樹が問う。
「自分の知ってる世良田一家じゃない。あの家には帰れない。そう言ってます」
――また、帰ってきます。
そう言って家を出て行ったあさことの思い出が、ボロボロと崩れかけてしまいそうになり、美園は黙って目頭を押さえた。
美園にとって初めてできた友達だった。
毎日一緒に寝て、テレビを見て、お菓子を食べて、遊びに出かけて。
最初こそ表情の硬かったあさこも、日を追うごとに変化が見えてはじめてきた。家族が話しかけると時々にっこり笑うようになり、それを見ると美園の気持ちも明るくなった。
「あたしはあさこちゃんとの思い出が大切なものだったんだけど、向こうにとってはそうじゃなかったのかも」
ポツリと呟く美園に、つかさは気の毒そうな視線を向けた。
「いや、しかし薄情な奴だな。俺たちに情が湧かなかったのか? 1ヶ月半だぞ、1カ月半も一緒に過ごしたのに」
勇治の抗議に対し、元樹が口を開く。
「だからだよ、1カ月半も一緒に生活したんだ。俺たちのことはちゃんと覚えてるさ。だから連絡をよこしたんだろ。そのうえで、自分の知ってる世良田一家じゃない。そう結論を出したんだ。それってあさこちゃんが悪いのか?」
えらくまともなことを言い始める元樹を前に、勇治は顔を顰める。
「親父、一体どうしたんだよ、最近おかしいぞ。さっきだって俺の悪だくみにのってこずに、進藤を守る側に立つし」
「つかさ君を守ったんじゃない。お前を守ったんだ」
「俺を?」
「子どもが道を踏み外しそうになったら、親は全力で守る。当たり前だろ」
「なんだよ急に」
突然元樹が強い口調で言い放ったため、勇治は動揺してみそ汁をこぼしてしまう。
つかさは元樹の様子を探るように見ていたが、やがて静かにナイフをおく。
「ひとつ、世良田一家に聞いてほしいことがあるって言われたんです」
「なんだ?」
元樹が聞く。
「最後に自分に言ってくれた言葉覚えてますか、って。その答えが合ってれば、皆さんに会ってみたいって」
「最後に言った言葉って……向こうがまた来ますって言ったのは覚えてるわ。初めてあたしたちの前で喋った言葉だから印象に残ってるのよ。でもあたしたちがあさこちゃんに言った言葉までは覚えてないわ」
栄子が困惑気味に言う。
「また来ますって、言葉から推察するに、いつでも遊びに来いよ、とか、待ってるよ、って感じじゃないのか?」
面倒くさそうに勇治が答える。
つかさは黙って首を振る。
「残念ですけど、俺が相手から聞いている答えと違います」
「知ってるなら教えてよ」
美園が頬をふくらませる。
つかさは真面目な顔をして世良田一家を見る。
「答えを教えるのは簡単です。でも、たぶんそれは相手が望んでいることじゃないはずです。あの子がここに戻ってくるためには、皆さん一人ひとりが思い出すことに意味があるんですよ」
諭すように言った後、考え込むように表情を暗くした一家に向かって、つかさは明るい話題を振る。
「偉そうに言っちゃってますけど、俺、直接あさこって子に会ったわけじゃないんです。あくまでメールのやりとりだけ。でも、感触からじゃ向こうも全く世良田一家に会いたくない訳じゃなさそうです」
「本当?」
期待を込めて美園が聞き返す。
「たぶん。あくまで今の世良田一家には会いたくない。そんな感触でした」
「今のあたしたちじゃ、だめってことね」
美園はそう言って頬杖をついた。
黙って事の成り行きを見守っていたケンジが、ズズズと最後の味噌汁をすすり終えて口を開く。
「戻ればええ。あの頃のわしらに、戻ればええんじゃ」
「戻ればって、今更若返るなんて無理よ」
栄子の言葉に、ケンジは黙って首を振る。
「そんなことは言っとらん。そうではないことはみんな分かっとるじゃろ。あさこが何を言いたいのか。あの頃のわしらと何が変わってしまったのか、皆分かっとるじゃろ」
ケンジの言葉に一家は黙り込む。
あの頃と何が違うのか。
順調に年を取り、モデルファミリーに選ばれて世間の羨望を浴び、着々と未来に向けて歩み始めている一家。
外から見れば絵にかいたような幸せ家族だ。けれど、その中身は全く違っている。
あの頃のように純粋な家族の絆など、今の世良田一家にはこれっぽっちも備わっていない。
「あの頃とは何もかも変わっちゃってるよ」
美園の冷めたような呟きに、言葉を返せるものはいなかった。
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