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誠はどこ?
60話:誠の友達
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不安げな様子の家族を前に、元樹はなんとか家長の役目を果たそうと栄子に言った。
「とりあえず、友達のところに電話して早く帰ってくるようにいいなさい」
「そうね、相手のご家族にお礼を言わないと。あそこの家は子供が泊まりにくるっていうのに、お世話になりますの一言もない常識ハズレだと思われてるかもしれないわ」
栄子はそう言ってリビングの電話を持ち上げるが、ダイヤルを押すでもなく、そのまましばらく無言で立ちつくす。そして数十秒後、静かに受話器を置いてこちらを振り向く。
「誰のお宅に泊まりに行ったのかしら?」
申し訳なさそうに尋ねた。
「誰って、誠と一番仲いいやつんとこだろ」
「だから、それって誰かしら?」
――――――。
家族全員無言になる。
誰一人、栄子の問いに答えを用意できなかった。
誠が普段誰と遊んでいるのか全く把握していない。
そんな世良田一家の様子を、つかさは冷め切った目で見続けた。
30秒は経っただろうか、意外にもこの沈黙を破ってくれたのは、過去の記憶が湯水の如く消え去っていくと豪語しているケンジだった。
「―――さとる君」
その名前を聞いて、美園も栄子も手を叩いた。
さとる君。
そうだ、そうだ、確かそんな名前だ。最近はあんまり耳にしないが、ちょっと前まで誠からその子の名前をよく聞いていた。
「神崎さとる君。そうだわ。思い出したわ、その子よ、誠の大親友は」
栄子は安堵の表情を見せて棚から電話帳を引っ張り出し、目的の番号を探し当てた。今度は受話器をとって、すぐにボタンを押し始める。
けれど、相手が出ないらしい。何度掛けなおしても結果は同じようだ。
「ダメ、繋がらないわ」
「家に行ってみる? たぶんその子の家にいると思うよ。どの辺だっけ?」
美園が残った紅茶を飲み干して立ち上がる。
さすがに傍観者ではいられないと気づいた勇治が、胸ポケットからスマホを取り出し、どこかにかけはじめた。
相手と繋がった途端、渋い顔をしていた勇治の顔がぐにゃりと歪む。
「あ? ち~たん? 俺、俺、勇治。おはよう。朝からごめんねぇ」
全員が勇治と千秋の会話に耳をすませた。
「あのね、ちょっとち~たんに聞きたいことあるんだ。 え? 違う違うそのことじゃないよ。バカだな、ち~たんは。でも聞いちゃおうかな、俺のこと好き?」
ただでさえ冷め切っていた部屋の空気が一瞬で凍りついた。
バカはお前だ。頼むから死んでくれ。
美園はちらりとつかさの反応を盗み見る。つかさは、一切表情を変えずに座っていた。この無言のプレッシャーが怖い。
「あのね、誠のことなんだけど、ち~たんあいつと学年違うから知らないかもしれないけど、神崎さとる君って子の家がどこか分かる?」
しばらくうんうん、と相槌を打っていたが、途中から声のトーンがダウンした。
「うんうん、そっかそうなんだ。いろいろありがとう。ううん、何でもないんだ。別に問題ないよ。うん。誠にちょっと用事があってね。だけど朝から出かけちゃってるから、連絡つかないんだ。もし、ち~たんのとこに電話あったら、こっちにかけるようにゆってね」
最後に「だぁい好きだよ」と間延びした声で電話を切った勇治は、瞬時に現実にたちかえり、真顔に戻る。
「ち~たんに聞いたら、さとるって名前の子、去年引っ越したってさ」
いろんな意味で部屋が静まり返る。
誰も何も答えない。
「聞こえてる? 半年前に引っ越したんだって」
それを受けて「知らなかったわ」と栄子は疲れたように髪をかきあげた。
ここにきて改めて家族同士の繋がりの薄さを思い知らされた気分だった。
高校生にもなればプライベートな事は話さないかもしれないが、小学生の子供の友人関係を把握できていないというのは、親として致命的ではないだろうか。
それどころか、そんな年の子が数日家にいないことに今の今まで気づかなかったことの方が重要視すべき問題だろう。
「どこに行ったんだ。誠のやつは」
元樹は立ち上がり、階段を2段飛ばしで駆けあがり、誠の部屋に向かう。
何か行き先の目星になるものがないかと思ったが、愛用のノートパソコンを持ち出しているということが分かっただけだった。
つかさ曰く、リュックにたくさん荷物を入れていたから、恐らくパソコン以外にも着替えなどを詰め込んでいたのだろうということだ。
「よくよく考えればガキの一泊旅行にゃあちょっと多い荷物だったよな」
気づいてやれなくて悪い、つかさは素直にそう謝ったが、彼以上に気まずく反省すべきなのは世良田一家なのだから、誰も何も言えなかった。
ただ一人、いや一匹、犬のあんこだけは事態を全く把握しておらず、その呑気な「かぁ~」というあくびだけが、静まり返った部屋によく響いた。
「とりあえず、友達のところに電話して早く帰ってくるようにいいなさい」
「そうね、相手のご家族にお礼を言わないと。あそこの家は子供が泊まりにくるっていうのに、お世話になりますの一言もない常識ハズレだと思われてるかもしれないわ」
栄子はそう言ってリビングの電話を持ち上げるが、ダイヤルを押すでもなく、そのまましばらく無言で立ちつくす。そして数十秒後、静かに受話器を置いてこちらを振り向く。
「誰のお宅に泊まりに行ったのかしら?」
申し訳なさそうに尋ねた。
「誰って、誠と一番仲いいやつんとこだろ」
「だから、それって誰かしら?」
――――――。
家族全員無言になる。
誰一人、栄子の問いに答えを用意できなかった。
誠が普段誰と遊んでいるのか全く把握していない。
そんな世良田一家の様子を、つかさは冷め切った目で見続けた。
30秒は経っただろうか、意外にもこの沈黙を破ってくれたのは、過去の記憶が湯水の如く消え去っていくと豪語しているケンジだった。
「―――さとる君」
その名前を聞いて、美園も栄子も手を叩いた。
さとる君。
そうだ、そうだ、確かそんな名前だ。最近はあんまり耳にしないが、ちょっと前まで誠からその子の名前をよく聞いていた。
「神崎さとる君。そうだわ。思い出したわ、その子よ、誠の大親友は」
栄子は安堵の表情を見せて棚から電話帳を引っ張り出し、目的の番号を探し当てた。今度は受話器をとって、すぐにボタンを押し始める。
けれど、相手が出ないらしい。何度掛けなおしても結果は同じようだ。
「ダメ、繋がらないわ」
「家に行ってみる? たぶんその子の家にいると思うよ。どの辺だっけ?」
美園が残った紅茶を飲み干して立ち上がる。
さすがに傍観者ではいられないと気づいた勇治が、胸ポケットからスマホを取り出し、どこかにかけはじめた。
相手と繋がった途端、渋い顔をしていた勇治の顔がぐにゃりと歪む。
「あ? ち~たん? 俺、俺、勇治。おはよう。朝からごめんねぇ」
全員が勇治と千秋の会話に耳をすませた。
「あのね、ちょっとち~たんに聞きたいことあるんだ。 え? 違う違うそのことじゃないよ。バカだな、ち~たんは。でも聞いちゃおうかな、俺のこと好き?」
ただでさえ冷め切っていた部屋の空気が一瞬で凍りついた。
バカはお前だ。頼むから死んでくれ。
美園はちらりとつかさの反応を盗み見る。つかさは、一切表情を変えずに座っていた。この無言のプレッシャーが怖い。
「あのね、誠のことなんだけど、ち~たんあいつと学年違うから知らないかもしれないけど、神崎さとる君って子の家がどこか分かる?」
しばらくうんうん、と相槌を打っていたが、途中から声のトーンがダウンした。
「うんうん、そっかそうなんだ。いろいろありがとう。ううん、何でもないんだ。別に問題ないよ。うん。誠にちょっと用事があってね。だけど朝から出かけちゃってるから、連絡つかないんだ。もし、ち~たんのとこに電話あったら、こっちにかけるようにゆってね」
最後に「だぁい好きだよ」と間延びした声で電話を切った勇治は、瞬時に現実にたちかえり、真顔に戻る。
「ち~たんに聞いたら、さとるって名前の子、去年引っ越したってさ」
いろんな意味で部屋が静まり返る。
誰も何も答えない。
「聞こえてる? 半年前に引っ越したんだって」
それを受けて「知らなかったわ」と栄子は疲れたように髪をかきあげた。
ここにきて改めて家族同士の繋がりの薄さを思い知らされた気分だった。
高校生にもなればプライベートな事は話さないかもしれないが、小学生の子供の友人関係を把握できていないというのは、親として致命的ではないだろうか。
それどころか、そんな年の子が数日家にいないことに今の今まで気づかなかったことの方が重要視すべき問題だろう。
「どこに行ったんだ。誠のやつは」
元樹は立ち上がり、階段を2段飛ばしで駆けあがり、誠の部屋に向かう。
何か行き先の目星になるものがないかと思ったが、愛用のノートパソコンを持ち出しているということが分かっただけだった。
つかさ曰く、リュックにたくさん荷物を入れていたから、恐らくパソコン以外にも着替えなどを詰め込んでいたのだろうということだ。
「よくよく考えればガキの一泊旅行にゃあちょっと多い荷物だったよな」
気づいてやれなくて悪い、つかさは素直にそう謝ったが、彼以上に気まずく反省すべきなのは世良田一家なのだから、誰も何も言えなかった。
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