106 / 146
オヘラハウスへ
104話:何も知らない王子
しおりを挟む
「うわぁ、すごい」
思わず美園の口をついて出た言葉がそれだった。
外のシンプルさとはうってかわり、建物内は色彩と華やかさが際立つヨーロッパ王朝のような内装であった。
贅の限りをつくした華美な空間を眺めていけば、床は大理石、複雑な彫刻が彫られた柱、中央の巨大噴水の龍からは常に透き通った水が流れ続けている。
天井は首を痛めてしまうほど高い位置にあり、協会によくあるような天使たちの絵が遠くの方まで延々と広がっていた。
一瞬、過去の時代に迷い込んでしまったのかと錯覚するほど現実離れした場所、それが世良田一家がオペラハウスに抱いた第一印象だった。
「本当にすごい」
トワもあんぐりと口を上げて周囲を見回している。
「ここに入るの初めてか?」
と勇治が聞けば、
「はい。外から見たことはありますが、まだ建設中ということで入るのは今日が初めてです」
「王子なのに中に入れないなんて」
と、栄子が困惑すると、マツムラがその理由を説明する。
「建設中ではどんな事故が起こるとも限りません。王子にもしも怪我があれば公務に影響が出ますゆえ」
確かに、と頷きあった一家はマツムラの後に続いて奥の方へと足を進めた。
「僕は子どもじゃない。王子だ」
ぼそりと呟いたトワの言葉を、一番後からついて来ていたつかさだけが耳にする。
「でも、お飾りの王子だろ?」
つかさの辛辣な言葉に眦をきゅっとあげたトワは「僕は将来国王になるんだ」と語気を強めて返す。
つかさはそんなトワを前にして、ため息をつく。
「じゃあ聞くけど、将来の国王様はこのオペラハウスの建設費用の概算を知ってるのか?」
「それは……」
「一説によるとユグドリアの国家予算の10年分って話が出てるけど、そもそもそのお金の財源ってどっから出てる? 裕福な国ってのは知ってるけど、ずいぶんと無駄遣いじゃねぇか?」
それを聞いて、トワは明らかに動揺しはじめた。
「それはちゃんとマツムラが予算管理をしてるから」
「お前はそういうの把握してないの? 将来の国王なのに」
「僕は年が若いし、まだいろいろと勉強中だから」
「都合の悪い時だけ子供の特権利用するんだな。アメリカやロシアがこのオペラハウスに注意を向けてるのは知ってるか? ただの観光施設に随分警戒してるらしいぜ。一体奴らは何がそんなに気になるんだろうな」
自分よりほんの数歳年上なだけのこの青年と比べて、自身の知識のこの浅さ。トワは次第に表情を曇らせていった。
つかさは急に頼りなくなってしまった少年王子を前に、言い聞かせるように語りかけた。
「いいか。いくら子供だからって、王子を名乗る以上、全て人任せ、マツムラ任せにしちゃいけない。疑問に思う事はきっちりと答えを求めろ。疑問を疑問のままで終わらせちゃいけない」
「でも僕は……」
「あのな、人を信頼することは大事だし、誰かに頼る事も悪い事じゃない。だけど、真実を見抜く力を身につけることも大事だ。誰が自分にとって本当に大事な人間なのか、自分自身で考えるんだ」
その言葉を聞いて、トワの瞳が揺らぐ。
「誠くんと同じこと言うんだね」
「え?」
「誠くん、帰るときに言ってたんだ。僕のことは信じなくていいから、マツムラとオペラハウスに気をつけろ、って」
そう言って、頭をおさえる。
「でも僕……どうしていいか分からないよ。どうしてみんなマツムラを疑うの。1日会っただけで彼を悪くいうなんて、どうかしてるよ」
「――そうだな、どうかしてる。でも誠はお前の<友達>だろ。そいつはお前を守るために大変な目にあってる。そこまでしてくれる奴の言葉を大事にしろ。これはお前のためだけに言ってるんじゃない。誠のため、国民のため、そしてお前の両親が愛したユグドリアのためだ」
「ユグドリアの…ため」
両親の面影が、兄の暖かい手が、トワの記憶に蘇る。
全てが満ち足りて幸せだったあの頃を懐古していたトワが、ふと視線を感じて顔を上げれば、そこには先に行ったはずのマツムラが立っていた。
マツムラは離れた場所から無表情でこちらを見ている。
なんだろう、あの顔つき。
まるで――を、―に突き落――時のように、ひどく冷――――。
「お2人とも、どうされましたかな」
マツムラの抑揚のない声が、さっきトワの中で浮かび上がりかけていたとてつもなく恐ろしい何かを、再び心の深いところへ沈めていった。
――なんだ、この記憶は。僕は今何を。
一瞬顔を歪め、何かに耐えるような表情を見せたトワは、青ざめた顔のまま歩きだす。
その後ろからつかさも考え深げについて行った。
マツムラはトワが側まで来ると、そっと小さな背中に手を置いて、優しく先へと歩かせる。まるで幼い子の手を引く父親のように。
けれど、そうしながらも背後のつかさに一瞬だけ見せた横顔には、ひどく不快な笑みが浮かんでいた。
『怪しいと思ったものにはとことん喰らいつけ』
仁の言葉を思い出し、つかさは確信に近い思いを抱きながら標的の後ろ姿を見据えた。
思わず美園の口をついて出た言葉がそれだった。
外のシンプルさとはうってかわり、建物内は色彩と華やかさが際立つヨーロッパ王朝のような内装であった。
贅の限りをつくした華美な空間を眺めていけば、床は大理石、複雑な彫刻が彫られた柱、中央の巨大噴水の龍からは常に透き通った水が流れ続けている。
天井は首を痛めてしまうほど高い位置にあり、協会によくあるような天使たちの絵が遠くの方まで延々と広がっていた。
一瞬、過去の時代に迷い込んでしまったのかと錯覚するほど現実離れした場所、それが世良田一家がオペラハウスに抱いた第一印象だった。
「本当にすごい」
トワもあんぐりと口を上げて周囲を見回している。
「ここに入るの初めてか?」
と勇治が聞けば、
「はい。外から見たことはありますが、まだ建設中ということで入るのは今日が初めてです」
「王子なのに中に入れないなんて」
と、栄子が困惑すると、マツムラがその理由を説明する。
「建設中ではどんな事故が起こるとも限りません。王子にもしも怪我があれば公務に影響が出ますゆえ」
確かに、と頷きあった一家はマツムラの後に続いて奥の方へと足を進めた。
「僕は子どもじゃない。王子だ」
ぼそりと呟いたトワの言葉を、一番後からついて来ていたつかさだけが耳にする。
「でも、お飾りの王子だろ?」
つかさの辛辣な言葉に眦をきゅっとあげたトワは「僕は将来国王になるんだ」と語気を強めて返す。
つかさはそんなトワを前にして、ため息をつく。
「じゃあ聞くけど、将来の国王様はこのオペラハウスの建設費用の概算を知ってるのか?」
「それは……」
「一説によるとユグドリアの国家予算の10年分って話が出てるけど、そもそもそのお金の財源ってどっから出てる? 裕福な国ってのは知ってるけど、ずいぶんと無駄遣いじゃねぇか?」
それを聞いて、トワは明らかに動揺しはじめた。
「それはちゃんとマツムラが予算管理をしてるから」
「お前はそういうの把握してないの? 将来の国王なのに」
「僕は年が若いし、まだいろいろと勉強中だから」
「都合の悪い時だけ子供の特権利用するんだな。アメリカやロシアがこのオペラハウスに注意を向けてるのは知ってるか? ただの観光施設に随分警戒してるらしいぜ。一体奴らは何がそんなに気になるんだろうな」
自分よりほんの数歳年上なだけのこの青年と比べて、自身の知識のこの浅さ。トワは次第に表情を曇らせていった。
つかさは急に頼りなくなってしまった少年王子を前に、言い聞かせるように語りかけた。
「いいか。いくら子供だからって、王子を名乗る以上、全て人任せ、マツムラ任せにしちゃいけない。疑問に思う事はきっちりと答えを求めろ。疑問を疑問のままで終わらせちゃいけない」
「でも僕は……」
「あのな、人を信頼することは大事だし、誰かに頼る事も悪い事じゃない。だけど、真実を見抜く力を身につけることも大事だ。誰が自分にとって本当に大事な人間なのか、自分自身で考えるんだ」
その言葉を聞いて、トワの瞳が揺らぐ。
「誠くんと同じこと言うんだね」
「え?」
「誠くん、帰るときに言ってたんだ。僕のことは信じなくていいから、マツムラとオペラハウスに気をつけろ、って」
そう言って、頭をおさえる。
「でも僕……どうしていいか分からないよ。どうしてみんなマツムラを疑うの。1日会っただけで彼を悪くいうなんて、どうかしてるよ」
「――そうだな、どうかしてる。でも誠はお前の<友達>だろ。そいつはお前を守るために大変な目にあってる。そこまでしてくれる奴の言葉を大事にしろ。これはお前のためだけに言ってるんじゃない。誠のため、国民のため、そしてお前の両親が愛したユグドリアのためだ」
「ユグドリアの…ため」
両親の面影が、兄の暖かい手が、トワの記憶に蘇る。
全てが満ち足りて幸せだったあの頃を懐古していたトワが、ふと視線を感じて顔を上げれば、そこには先に行ったはずのマツムラが立っていた。
マツムラは離れた場所から無表情でこちらを見ている。
なんだろう、あの顔つき。
まるで――を、―に突き落――時のように、ひどく冷――――。
「お2人とも、どうされましたかな」
マツムラの抑揚のない声が、さっきトワの中で浮かび上がりかけていたとてつもなく恐ろしい何かを、再び心の深いところへ沈めていった。
――なんだ、この記憶は。僕は今何を。
一瞬顔を歪め、何かに耐えるような表情を見せたトワは、青ざめた顔のまま歩きだす。
その後ろからつかさも考え深げについて行った。
マツムラはトワが側まで来ると、そっと小さな背中に手を置いて、優しく先へと歩かせる。まるで幼い子の手を引く父親のように。
けれど、そうしながらも背後のつかさに一瞬だけ見せた横顔には、ひどく不快な笑みが浮かんでいた。
『怪しいと思ったものにはとことん喰らいつけ』
仁の言葉を思い出し、つかさは確信に近い思いを抱きながら標的の後ろ姿を見据えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる