モデルファミリー <完結済み>

MARU助

文字の大きさ
109 / 146
オヘラハウスへ

107話:対峙

しおりを挟む
 何が起こったのだろう。
 事態を把握する間もなく天井の照明が数カ所を残して割れ落ちた。

 ガシャガシャガシャ、鋭い音がホール中に木霊する。

 僅かな光源の中、ホールは妙な静寂感に包まれていた。
 やがて目の前の舞台がぼぉっと明るくなると、中心に人の形を帯びた黒いシルエットが浮かび上がる。

 徐々に目が慣れそのシルエットが輪郭を持ち始めると、ようやくそこにだけ強い照明が灯される。

 そこに居たのは顔の上半分を白い仮面で隠した黒服の男だった。
 その背後には素顔を晒し、マシンガンで武装した数人の男たち。

 仮面の男の前には、後ろ手に縛られ身動きができないでいる誠がいた。口は白い布で塞がれ声が出せないようになっている。

「誠ちゃん!」

 悲鳴をあげて飛び出そうとする栄子を、元樹が両手で押さえる。

 とっさに銃身をこちらに向けた男たちは、栄子が元樹の腕の中ですすり泣きをはじめると、銃身を納めた。
 仮面の男はそれを待っていたかのように、静寂の中に声を落とした。
 あまり口を開いてないようにも見えるのに、その声はしっかりと耳に届く。

「随分と厳重な警備をしてくれたようだな。私たちに対する素晴らしい出迎えに感謝する」

 美園たちの想像を裏切って、仮面の男はとても流暢な日本語を喋った。声も「男」と表現するには随分若い、若者のそれだった。
 マツムラも相手にあわせて、同じく日本語できりかえした。

「本来ならここへ侵入される前に逮捕できる手筈だったが、そう簡単にはいかなかったようだな」
「褒め言葉と受け取っておこう」

 仮面の男は冷ややかな笑みを口元に覗かせた。
 それを見たマツムラもなぜかニヤリと笑う。

「貴様、日本人か? それともユグドリア人か?」
「どちらもだ。私の祖国はユグドリアであり、日本でもある」
「ほぉ。ユグドリアを祖国と呼ぶなら、なぜこのようなテロ行為に走る。幼い王子が必死で国を守ろうとしている時に、貴様は国民を脅かし、王子の命を狙う。非国民もいいところだな」
「なに」

 仮面の男の体が強張るのが分かった。

 元樹はマツムラの腕をつついて「あまり相手を刺激させないで下さい」と小声で懇願したが、マツムラはちらと元樹を一瞥したのみで、すぐに男に向き合う。

「仮面をとったらどうだ」

 男は舞台上から無言でマツムラを見降ろす。

「どうした。何か素顔を晒せない訳でもあるのか」

 何か知っているのであろうか、妙にマツムラの口調は挑戦的であった。
 そこへトワが割って入る。

「そんな事はどうだっていい。とにかく誠くんを離してあげてください」

 仮面の男は大きく首を振る。

「ダメだ。君が先にこちらへ来るんだ」

 そう言われたトワは頷いて歩き出そうとするが、美園がその肩を掴んで、仮面の男を見上げる。

「トワくんをどうする気なの。怪我なんてさせないでしょうね」

 男はしばらく美園を見ていたが、先ほどよりも穏やかな声音を出す。

「心配するな。話がしたいだけだ」

 それを聞いて、マツムラはフンと小馬鹿にしたような息を吐く。

「国を捨てて悪魔に魂を売った人間が、王子とどんな話をするというんだ。無礼もいいところだ」
「なんだと」

 仮面の男が一歩前に進み出ると、誠は不安そうに彼を見上げた。

 なんだろう、美園は誠に対して違和感を覚えはじめていた。
 誠はさっきから怯えるどころか、真っ直ぐにこちらを見ている。
 まるでしっかりとした意思を持ってそこに立っているようにも思えるのだ。

 そして男を怖れていないどころか、先ほどの仕草からは一瞬相手を心配するものが混じっていたようにさえ感じた。
 しばらくの間共に行動したため、危険な共同思想でも芽生えてしまったのだろうか。

「国を捨てただなんて、よくもそんなことを……」

 仮面の男は脇に隠していた小型の拳銃をぐっと引き抜くと、銃身をマツムラに差し向けた。
 すると反射的にトワが前に立って両手を広げる。

「やめて! 撃たないで!」

 仮面の男が躊躇してほんの少し銃身を横にずらした瞬間、バァーン、という破裂音が響き、男の右手から銃が弾け飛んだ。

 と、同時に仮面の男を守ろうとマシンガンを構えた仲間らしき男たちも、次々にどこからともなく放たれた銃弾によってその場に倒れていく。

 つかさはすぐに美園を庇うように体を抱きしめる。元樹も栄子と勇治を伏せさせて、その上を自分の体で覆う。

 あたりは一瞬にして騒然とした場となった。

 そのなか、ずっと気配を消していた機動隊たちが2階客席や、天井からどんどん突入し、一気にテロリストたちを包囲してしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...