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3巻
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私は持ってきたバッグから、ブランケットを取り出してかけてあげる。
わざわざ券を使ってもらってるんだから、これぐらいはしておかないとね~。
それからはミントくんのためになるべく動かないようにして、本を読んで時間を過ごした。魔獣さんは一人で草原を遊び回ってた。
お昼には私が作ってきたサンドイッチを二人と一匹で食べる。
たくさん作ってきたけど、さすがに魔獣の胃袋には物足りない量しかない。教えてくれたらもっと作ってきたのに。無口なミントくんはなかなかそういうことは話してくれないんだよねぇ。それでも、魔獣さんは美味しそうにサンドイッチを食べてくれた。
午後は魔獣さんの背中に乗っけてもらって、森のいろんな場所を回った。
「今日はありがとうね。楽しかったよ~」
「エトワにはレタラスのこと見せておきたかったから……」
魔獣さんはレタラスというらしい。
賢いし可愛いし、羨ましい。私もそっち系のスキル取っておけばよかったかもしれない。
* * *
クリュートは残った一枚を困った顔で見つめた。
需要はあるし持っておけばいずれお金になるのだろうけど、ソフィアたちも使える分のお金は使ってしまったので、売るには数ヶ月は待たなければならない。
その間は、クリュートのほうで保管しておくことになるのだが、それはなんか敗北した気がするのだ、あのマヌケ顔の主人に。かといって自分で使う予定などは、もちろん微塵もない。
さすがにもったいないかという気持ちとプライドの狭間で、ため息を吐きながら残った一枚をひらひらさせて屋敷を歩いていると、向こう側からスリゼルが歩いてきた。
ちょうどよかったのでクリュートは話しかける。
「よお、スリゼル。これさ、エトワさまがお願い事を聞いてくれるチケットらしいんだけど、よかったら買わないか? 別に値段はいくらでもいいぞ。余って困っちゃってさ」
それを聞いたスリゼルは答えた。
「はぁ? そんなものいるわけがないだろう」
何言ってるんだという表情だった。
「あ、や、やっぱり……やっぱりそうだよな。はは……」
それはクリュートの考えていた正常な反応だった。
でも同時になんだか意外で、引きつった顔で誤魔化し笑いをしてしまう。
「意味のわからない用件しかないならもう行くぞ」
「あ、ああ……引き止めて悪かったな……」
すたすたといつもの調子で去っていくスリゼルの背中をクリュートは呆然と見送った。
第二章 魔王降臨
ヴェムフラムの襲撃で大怪我をして以来、私は暇な夜に剣の素振りをしている。
さすがにいろんな人に心配かけちゃったし、少しは私も強くならないとと思ったのだ。
そんな夜の素振りの時間だけど、クリュートくんもよく同じ時間に魔法の練習をしてる。土の中の金属を集めて槍を作り出す魔法。もう一年生のころからだ。
クリュートくん、普段はそんなそぶりは見せないけど努力家だよね。
一セットを終えて、いい感じに汗をかいた私はクリュートくんのとこに移動して声をかけた。
「おーい、クリュートくん。休憩しようよ~」
クリュートくんはあからさまに嫌そうな顔をする。
「なんですか、エトワさま。邪魔しないでくださいよ」
「まあまあ、ちゃんと休憩しないと、効率も悪いよ~」
私はポットに入れてきた冷たいお茶をクリュートくんにずずいっと押しつける。
クリュートくんは迷惑そうな顔をしていたけど、なんだかんだ受け取って口をつけた。やっぱり喉は渇いていたらしい。二人でお茶を飲んで休憩する。
「クリュートくんは土魔法が好きなの? 前からずっと練習してるけど」
「別に、あのとき通じなかったのが気に入らないから練習してるだけですよ」
あのときというと子供のころ、鉄の巨人と戦ったときだろうか。クリュートくんの鉄の槍の魔法は、相手に通じず砕け散ってしまった。じっと見てると、クリュートくんは唇を尖らせた。
「気にしすぎだって言うんですか?」
「ううん、偉いと思うよ」
だめだったことと向き合ってずっと努力するなんてなかなかできないことだと思う。
「護衛役をサボらなければもっといいんだけどねぇ」
「あんなのやりたい奴にやらせておけばいいじゃないですか。エトワさまだってリンクスたちといたほうが楽しいでしょう」
「いやいや、それはリンクスくんたちに負担がかかるからだめだよ~。というわけで、明日の送り迎えはお願いね」
その言葉にクリュートくんは『げっ』て顔をした。
「代わりに練習してるときはお茶作ってきてあげるから」
「別にいらないんですけど」
「まあまあそう遠慮なさらずに」
「遠慮してません」
そんなこと言われてもお茶を持ってく気は満々だった。夜練仲間なのだから助け合わなければ。
この国の第三王子、アルセルさまはとても優しい方だ。
ちょっとぽっちゃり系の癒し系なお方で、失格者の私にも親切にしてくれる。クララクでのヴェムフラムの襲撃の際には、大怪我をした私に回復魔法をかけて助けてくれた。本当にお世話になった。
今日はそんなアルセルさまが私の部屋にいらっしゃってます。あれからいろいろと気にかけてくださってるのだ。今までも何度かお会いしてて、今日もそんな感じで来てくださった。
王子さまをおうちにご招待。ちょっとテンション上がるよね。
「お茶をお出ししますね!」
「ありがとう」
侍女さんが準備はしてくれてたので、あとはお湯を入れるだけ~。
アルセルさまがお茶菓子を持ってきてくれたので二人で分ける。
「体の調子は大丈夫かい?」
もうあれから何ヶ月も経つというのに、まだ心配してくれる。
「はい、元気ですよ!」
私はアルセルさまを安心させるために、右腕をぶんぶん振り回して力こぶを作った。
「はは、困ったことがあったら言ってね」
アルセルさまはちょっと苦笑いする。
それから黄色い軟膏みたいなのが入ったビンを取り出して私の前に置いた。
私は首をかしげる。
「なんですかこれ?」
「南の国から取り寄せた火傷に効く薬らしいんだ。良かったら試してほしいなって」
ヴェムフラム襲撃のときの怪我。体はもう治ったんだけど、私の頬にはまだ火傷のあとが残っていた。自分ではそんなに気にしてなかったんだけど、周りから見ると気になるのかもしれない。
「ありがとうございます。使わせていただきますね。塗り薬ですかね?」
「うん、説明書にも書いてあるよ」
ありがたく使わせてもらおうと思う。肌がきれいで悪いことはないしね。
アルセルさまとの会合は万事こんな感じだ。
私の力の正体なんかには極力触れないようにしてくれてるみたい。そしてお菓子をくれる。
「そういえばソフィアちゃんたちは今日はいないみたいだね」
「はい、魔法院でまた魔力の検査を受けてるらしいです」
ソフィアちゃんたちは今もなおぐんぐん成長中だ。
また魔力が大きくなったので、魔法院で測ってもらうらしい。どんどん強くなっていく。
私も普段はついていくんだけど、今日はアルセルさまが来ることになってたから、家にいることにした。
私と使用人の人たちしかいない屋敷でのアルセルさまとの会合は平穏だった。
護衛役の子たちは王子さまがいると、どうにもそわそわして覗き込んでくるのだ。特にリンクスくんとソフィアちゃん。ミントくんもいつの間にかいて、こっちを見てたりする。
王家の盾と呼ばれる風の一族の本能が騒ぐのかもしれない。なんか猫みたいだね。
見てるより一緒にお茶を飲もうよって誘うんだけど、そうすると逃げていくのだ。子供たちの心は複雑だ。
アルセルさまの穏やかな声は、不思議と心を癒してくれた。
今日はこのまま問題なく、この平穏に肩まで浸かって、ゆっくりと時間が流れていくに違いない。きっとそういう日なのだ。
そう思った私が間違いだった。
トラブルというのはいきなり降ってくる。
窓の向こうから誰かが降ってきて、誰かはそのままの勢いでバーンと窓を開けて、私の部屋に飛び込んできた。私もアルセルさまもびっくりした表情をする。
「おーい、エトワ。いきなりだけど遊びに来たぞ!」
うん、いきなりすぎない?
どうするのよ、これ。
ハナコはアホの子だ。本人が言うには、魔王の娘らしいけど、人間の町で恐喝事件を起こし、私とソフィアちゃんに捕まったアホの子。それからいろいろあって仲良くはなったけど、まさかのアルセルさまとのお茶会の中で、元気よく私の部屋に飛び込んできやがった。
ハナコはアルセルさまを見て目をぱちくりとさせた。
「誰だーお前?」
いや、アルセルさまにとってはお前こそ誰だって感じだよ!
どうする。どう説明しよう。
「ま、魔族⁉ なんでこんな場所に!」
その頭に生えた角を見て、アルセルさまが咄嗟に私を庇うように立つ。アルセルさまってば、戦闘系の魔法はまったく使えないのにいい人だ……
「なんだー! やるのかー!」
ハナコの周りにいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
「天輝く金烏の剣」
私は生まれたときに、神様から最強クラスの戦士の力をもらっている。その力は天輝さんという剣に封印されていて、その真の名を呟きながら、剣を抜くことで力が解放される。
私は早速力を解放して、ハナコの後ろに回り込むと、軽くげんこつで数発殴りつける。
「んぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ! ぎゃん‼」
ハナコは気絶こそしなかったものの、その場に立つ力を失い、ふらふらと倒れかけた。
私は一応襟首を掴んで、体を支えてやる。唱えていた魔法も霧散していった。
とりあえずもう、アルセルさまには正直に話すことにした。
「すみません、この子は魔族だけど私の友達なんです。すごくバカですけど、バカな行動を除けば人畜無害ですから、見逃してあげてくれませんか?」
「痛い。うぅぅぅ、頭が割れるように痛いぞぉ……」
アルセルさまは戸惑った表情をしながらも、私の話を聞いてくれる。
「ほ、本当なのかい……?」
「は、はい! ほら、ハナコ、悪いことはしないよね⁉」
私は開いた目に力を込めて、余計なことは言うなとプレッシャーを加えた。
「当たり前だろー! エトワのうちに遊びに来ただけだ!」
遊びに来ただけなら、先客にいきなり攻撃を仕掛けようとするなと言いたい。そもそもアポ取ってから来い――どんな風に取るかは不明だけど。
アルセルさまはまだちょっと混乱した様子だったけど、
「えっと……僕はアルセル、君と同じくエトワちゃんの友達だよ。よろしくね、ハナコちゃん」
ハナコの存在を受け入れて、自己紹介までしてくれた。その頭を人間の子供を相手にするみたいに撫でる。普通、魔族が友達なんて言ったら紹介した私のほうも、良くて頭がおかしな人で、普通なら危険人物と思われるはずなのに、なんて心が広い方なんだろう。
それに比べて、アルセルさまが相手でなければ大変なことになっていたであろう騒動を引き起こしてくれたハナコはといえば――
「ひゃあっ!」
アルセルさまに頭を撫でられた途端、急に高い声をあげて顔を真っ赤にすると、私の背中に回り込んでしがみついてきた。
「な、なんだよ、お前。急に角を触ってくるなんて! ナンパな奴だなぁー!」
「えっ、ご、ごめんね」
ハナコの意味不明な抗議を受けて、アルセルさまは慌てて謝る。
「エトワぁ、なんだこのナンパな男は~。いきなり角に触るなんて常識ってモノがないのかー? ま、まあ容姿は悪くないけどさ……お父さまほどではないけど……」
どうやら魔族の間では、角に触れるのはナンパな行為らしい。
けれど、ハナコは赤面しながらもじもじとアルセルさまのことを窺っている。
あれ、この反応……。まさか、まんざらでもない……?
「そ、そのごめんね。あまり君たちのこと知らなくて、失礼なことしちゃったみたいで……」
ハナコは私の背中からとことこ出てくると、アルセルさまに近づいていった。
「そうだぞー。レディの角に触るのは失礼なんだぞ。オレじゃなきゃ大変なことになってたぞー」
「そうなんだ。ごめんよ」
「特別に許してやるー。特別だからなー、えへへ」
「あ、ありがとう」
「お前もエトワと友達なんだってな。しょうがないから、特別にオレが話し相手になってやる。お茶とお菓子をくれてもいいぞ」
アルセルさまと会話するハナコの顔は普段通りアホっぽかったけど、しっかり女の子の顔をしていた。正直、めちゃくちゃ意外だ……
いや、アルセルさまはとても素敵な方だけどね。
たださすがにその態度はいただけない。私はハナコに軽く裏拳を喰らわせた。
「んぎゃっ、なにするんだよ! エトワ!」
「アルセルさまは私の国の王子さまなんだから、あまり失礼な態度はとらないでもらえるかな」
アホなところは百歩譲って愛嬌としても、アルセルさまには敬意をもって接してほしい。
「王子~?」
「いや、でも魔族の子にとっては、僕の身分もあんまり関係なかったりするんじゃないかな?」
「アルセルさまも甘いです! 郷に入っては郷に従えですよ‼」
「そ、そういうものなのかな……?」
「そうです!」
私はハナコにビシッと言った。
「ハナコ。アルセルさまにちゃんと敬意をもって接することができないなら、この部屋の敷居はまたがせないからね」
「わ、わかったよぉ……」
その日のハナコは、ハナコにしては大人しく私たちと一緒の席についてお茶を飲んだ。
そして積極的にアルセルさまに話しかけていた。アルセルさまもハナコが悪い魔族ではないと理解してくれたのか、私たちに接するのと同じように、ハナコにも優しく接してくれていた。
その日はそれで良かったんだけど、次の日からが大変だった。
「エトワー、遊びに来たぞー。あいつはいないのか?」
次の次の日も。
「アルセルはいないのか? 王子さまだから忙しい? いつ来るんだよー」
さらに次の次の次の日も。
「なーなーなー。アルセルはまだ来ないのかー。なー、エトワー」
次の次の次の次の日も。
「アルセルはー? 今日こそいないのかー⁉」
さすがに私もハナコの顔を片手で掴んで、一度相談することにした。
「ハナコさんや。友達として来てくれるのは嬉しいけど、さすがに毎日はやめてくれるかな。ソフィアちゃん以外にもうちには魔法使いの子がいるし、見つかったら大変だってわかるよね」
「隠蔽の魔法を使ってるから、そんな心配ほとんどないぞー! あと今のお前が半目で睨んでくると、すごく怖いぞー!」
普段は糸みたいに細い目の私だけど、力を解放してるときは目が開くようになってる。
「だめ、万一のことがあるでしょ。というか聞くの忘れてたけど、なんで私の住所知ってるのかな?」
「ハチが調べてくれた」
あの犬の名前魔族! 町の待ち合わせ場所に、新しい目印として吊るしてやろうか!
「とりあえず、私の家に来るときは、ちゃんとアポを取ること。そして月一ぐらいの頻度にすること。切手と便箋あげるから、どうにかしてポストに投函して。守ってくれたらアルセルさまと会う機会も作ってあげるから」
「わ、わかったぁ……」
どうやら相談はうまくいったようだ。アルセルさまとはなるべく、郊外で会おう……。ハナコと護衛役の子たちが衝突したらしゃれにならない。
それでようやくハナコの件が解決したと思ったら、夜に再び魔族の気配がした。
またハナコかと思って、天輝さんを解放しながら、窓を開けたら違った。
鳥の仮面をつけた魔族。ハナコとの会話にも出てきた『ハチ』という魔族だ。ハナコの護衛が仕事らしいけど、性格はなんというか……
「久しぶりだな、赤目の守護者よ。いつもハナコさまが世話になっている」
「いや、さすがにここまでお世話するつもりはなかったんですけど! というか、よくも私の住所を勝手に調べてハナコに教えてくれたね」
ここ数日、迷惑をかけられまくった私のキレ気味の言葉に、ハチはふっと笑って少し誇らしげに答える。
「それならば私の隠密力と索敵能力をもってすれば造作もないことだ」
いや褒めてねぇよ! 苦情だよ!
ただもう何を言っても無駄な気がして、私は早めに追い返したくて用件を尋ねる。
「それで、何の用なの?」
「ああ、今日は残念ながら、ハナコさまについての用件ではない」
残念でもなんでもないことを私に言ったハチは、少し間を置いて真剣な声で告げた。
「魔王さまが貴殿に話があるそうだ」
ハチが黒いクリスタルを掲げる。クリスタルからは黒い霧が溢れ出し、何かの姿をかたどっていく。現れたのは、見たことのない巨体の魔族だった。
縦にも横にも大きくて、椅子に座っている姿勢なのに、頭が部屋の天井に届きそうだ。
その頭には犬の頭骨のようなものを被っていて顔が見えない。巨大な全身を、見たこともない素材の防具と、マントが覆っていた。まさに魔王って感じの迫力がある。
『エトワ、戦闘は避けろ。今の我らでは勝てない』
私の心の中から、男性の声が警告する。私の力を封印した剣に宿る人格、私の半身ともいえる天輝さんの声だ。いろんなことができて、いつも私のことをいろいろ助けてくれる。
そんな天輝さんが勝てないと断言するのは初めてのことだった。実際、その身からは凄まじいプレッシャーが漏れ出ている。ヴェムフラムとは比較にならない、正真正銘の魔王がいた。
魔王は犬の頭骨に空いた眼窩のその奥に光る金色の瞳で私を見つめる。
そして口を開き言った。
「FF外から失礼します」
なるほど~そうくるのか~。
その言葉に私が硬直していると、魔王さまはちょっと照れくさそうな仕草で頭を掻き、その姿に似合わない、もったいぶるような癖のある口調で私に話しかけてきた。
「ふふふ、斬新な挨拶に呆気にとられてしまいましたかな。これは失礼」
呆気にとられたというか、うん……魔王の口から聞くとは思ってなかった言葉に唖然とした。
「この挨拶は異界で行われていたものでしてな。今まで繋がりのなかった他者に話しかけるとき、礼儀を欠かないように事前に謝罪しておくという、とても高度に文化的な風習として行われてきたものらしいのですよ」
魔王さまは○イッター地方で行われてきたその風習を、丁寧に私に解説してくれる。最初は魔王さまも私と同じ転生者なのかと思ったけど、どうやら違うっぽい。
「そうなんですか」
それしか言いようがない。私の反応に魔王さまは嬉しそうにうんうんと頷く。
「ええ、そうなんです」
どうにも話すことだけで満足している気配がある。犬の頭骨の眼窩から覗く金色の瞳も心なしかにっこりしてる気がする。その行動パターンはちょっとオタクっぽい。
「でも、どうしてそんな異世界のことを知ってるんですか?」
私は気になることを尋ねてみた。自分が元はその世界の住人だったことは話さずに。
「さすがは赤目殿。良い質問です。ハチが世界有数の強者と見込むだけはあります」
魔王さまはうんうんと頷きながら、あっさりと魔族たちの事情を説明してくれる。
「そもそも我らが北の城にいるのは、その地下にこの世界で最大の遺跡が存在するからなのです。そこには古代の文明の遺産、異界からの遺物などが何万年も前から眠っています。世に出れば世界に混乱を招く危険な情報、目覚めれば世界をそのまま破滅に導くような遺物まであります。これらを世に出さないように管理し、研究してきたのが我ら北の城に住む魔族の一族なのです」
私の世界の創作物だと魔王といえば世界を滅ぼしたりする側なんだけど、どうやらこの世界ではむしろ守る側だったみたいだ。人間側からはその辺きっちり誤解されているけど。
真剣な口調で事情を語った魔王さまは、急にテンションを上げて懐から何かを取り出す。
「そしてその遺物のうちの一つがこれ! 神の石版と呼ばれるものです!」
それは美しいゴールド塗装のボディに、美しい高解像度のディスプレイ、シンプルながら機能美を備えたデザイン、間違いなく○○パッドだった。りんごのマークのアレ! しかもPR○!
魔王さまはそのボディを愛おしげに撫でる。
「ふっふっふ、すごいでしょう。この形、この手触り、すべてが完璧で神が創ったとしか思えない造形物です。しかし、この石版は美しいだけではありません。数万年前の遺跡から発見されたこの石版の内部には異界のあらゆる情報が記録されているのです。さきほどの挨拶もここから学んだものです。我々は時間をかけて、この中にある情報を解読しています」
魔王が嬉しそうにホームボタンを押すと、画面が光り輝き、お馴染みのUIが現れる。
なるほど、と私は納得した。それなら魔王さまが○イッターの一部でしかやってない挨拶をしてきたのも納得がいく。神さまの世界にも○○パッドが導入されてたくらいだ。この世界に流れ着いてきていてもおかしくない。
人によっては何万年も経ったタブレットが動くのかと疑問に思うこともあるかもしれない。確かに普通のタブレットなら、こんなに年数が経てば動かなくなってしまうだろう。
しかし、○○パッドPR○はあの○ッ○ル社が提供するタブレットの最高級機種。
数万年の時を経て稼動していても何の不思議もないのだ。
「実を言うと我々の名前も、この神の石版に由来しているのですよ」
そう言うと魔王はぽちぽちと楽しげに○○パッドの画面をいじる。
そしてある画面を私に見せてきた。そこには大きくこう書かれていた。
犬の名前・pdf
そのファイルのタイトルと思しき題字の下には、延々と単語が羅列されている。
ポチ、コロ、クロ、シロ、ハチ、ハナコ、さくら、ラッキー、ラブ……
「これは異界の言葉で『大の名前』。つまり大いなる存在の名前を記した物だと解析されてます」
いえ、犬の名前なんですけど。
確かにちょっと惜しいけど、大じゃなくてそれ犬……。いぬ……
「我々北の城に住まう魔族は、ここから名前を拝借するようにしたのですよ。我が娘もここから借りてハナコとつけさせてもらいました。いい名前でしょう」
魔王さま――確か名前をポチさんという彼は、照れながらも誇らしげに自分たちの名前について語る。
私は世界平和のために、それ全部ペットの名前ってことは、墓場までもっていくことに決めた。
わざわざ券を使ってもらってるんだから、これぐらいはしておかないとね~。
それからはミントくんのためになるべく動かないようにして、本を読んで時間を過ごした。魔獣さんは一人で草原を遊び回ってた。
お昼には私が作ってきたサンドイッチを二人と一匹で食べる。
たくさん作ってきたけど、さすがに魔獣の胃袋には物足りない量しかない。教えてくれたらもっと作ってきたのに。無口なミントくんはなかなかそういうことは話してくれないんだよねぇ。それでも、魔獣さんは美味しそうにサンドイッチを食べてくれた。
午後は魔獣さんの背中に乗っけてもらって、森のいろんな場所を回った。
「今日はありがとうね。楽しかったよ~」
「エトワにはレタラスのこと見せておきたかったから……」
魔獣さんはレタラスというらしい。
賢いし可愛いし、羨ましい。私もそっち系のスキル取っておけばよかったかもしれない。
* * *
クリュートは残った一枚を困った顔で見つめた。
需要はあるし持っておけばいずれお金になるのだろうけど、ソフィアたちも使える分のお金は使ってしまったので、売るには数ヶ月は待たなければならない。
その間は、クリュートのほうで保管しておくことになるのだが、それはなんか敗北した気がするのだ、あのマヌケ顔の主人に。かといって自分で使う予定などは、もちろん微塵もない。
さすがにもったいないかという気持ちとプライドの狭間で、ため息を吐きながら残った一枚をひらひらさせて屋敷を歩いていると、向こう側からスリゼルが歩いてきた。
ちょうどよかったのでクリュートは話しかける。
「よお、スリゼル。これさ、エトワさまがお願い事を聞いてくれるチケットらしいんだけど、よかったら買わないか? 別に値段はいくらでもいいぞ。余って困っちゃってさ」
それを聞いたスリゼルは答えた。
「はぁ? そんなものいるわけがないだろう」
何言ってるんだという表情だった。
「あ、や、やっぱり……やっぱりそうだよな。はは……」
それはクリュートの考えていた正常な反応だった。
でも同時になんだか意外で、引きつった顔で誤魔化し笑いをしてしまう。
「意味のわからない用件しかないならもう行くぞ」
「あ、ああ……引き止めて悪かったな……」
すたすたといつもの調子で去っていくスリゼルの背中をクリュートは呆然と見送った。
第二章 魔王降臨
ヴェムフラムの襲撃で大怪我をして以来、私は暇な夜に剣の素振りをしている。
さすがにいろんな人に心配かけちゃったし、少しは私も強くならないとと思ったのだ。
そんな夜の素振りの時間だけど、クリュートくんもよく同じ時間に魔法の練習をしてる。土の中の金属を集めて槍を作り出す魔法。もう一年生のころからだ。
クリュートくん、普段はそんなそぶりは見せないけど努力家だよね。
一セットを終えて、いい感じに汗をかいた私はクリュートくんのとこに移動して声をかけた。
「おーい、クリュートくん。休憩しようよ~」
クリュートくんはあからさまに嫌そうな顔をする。
「なんですか、エトワさま。邪魔しないでくださいよ」
「まあまあ、ちゃんと休憩しないと、効率も悪いよ~」
私はポットに入れてきた冷たいお茶をクリュートくんにずずいっと押しつける。
クリュートくんは迷惑そうな顔をしていたけど、なんだかんだ受け取って口をつけた。やっぱり喉は渇いていたらしい。二人でお茶を飲んで休憩する。
「クリュートくんは土魔法が好きなの? 前からずっと練習してるけど」
「別に、あのとき通じなかったのが気に入らないから練習してるだけですよ」
あのときというと子供のころ、鉄の巨人と戦ったときだろうか。クリュートくんの鉄の槍の魔法は、相手に通じず砕け散ってしまった。じっと見てると、クリュートくんは唇を尖らせた。
「気にしすぎだって言うんですか?」
「ううん、偉いと思うよ」
だめだったことと向き合ってずっと努力するなんてなかなかできないことだと思う。
「護衛役をサボらなければもっといいんだけどねぇ」
「あんなのやりたい奴にやらせておけばいいじゃないですか。エトワさまだってリンクスたちといたほうが楽しいでしょう」
「いやいや、それはリンクスくんたちに負担がかかるからだめだよ~。というわけで、明日の送り迎えはお願いね」
その言葉にクリュートくんは『げっ』て顔をした。
「代わりに練習してるときはお茶作ってきてあげるから」
「別にいらないんですけど」
「まあまあそう遠慮なさらずに」
「遠慮してません」
そんなこと言われてもお茶を持ってく気は満々だった。夜練仲間なのだから助け合わなければ。
この国の第三王子、アルセルさまはとても優しい方だ。
ちょっとぽっちゃり系の癒し系なお方で、失格者の私にも親切にしてくれる。クララクでのヴェムフラムの襲撃の際には、大怪我をした私に回復魔法をかけて助けてくれた。本当にお世話になった。
今日はそんなアルセルさまが私の部屋にいらっしゃってます。あれからいろいろと気にかけてくださってるのだ。今までも何度かお会いしてて、今日もそんな感じで来てくださった。
王子さまをおうちにご招待。ちょっとテンション上がるよね。
「お茶をお出ししますね!」
「ありがとう」
侍女さんが準備はしてくれてたので、あとはお湯を入れるだけ~。
アルセルさまがお茶菓子を持ってきてくれたので二人で分ける。
「体の調子は大丈夫かい?」
もうあれから何ヶ月も経つというのに、まだ心配してくれる。
「はい、元気ですよ!」
私はアルセルさまを安心させるために、右腕をぶんぶん振り回して力こぶを作った。
「はは、困ったことがあったら言ってね」
アルセルさまはちょっと苦笑いする。
それから黄色い軟膏みたいなのが入ったビンを取り出して私の前に置いた。
私は首をかしげる。
「なんですかこれ?」
「南の国から取り寄せた火傷に効く薬らしいんだ。良かったら試してほしいなって」
ヴェムフラム襲撃のときの怪我。体はもう治ったんだけど、私の頬にはまだ火傷のあとが残っていた。自分ではそんなに気にしてなかったんだけど、周りから見ると気になるのかもしれない。
「ありがとうございます。使わせていただきますね。塗り薬ですかね?」
「うん、説明書にも書いてあるよ」
ありがたく使わせてもらおうと思う。肌がきれいで悪いことはないしね。
アルセルさまとの会合は万事こんな感じだ。
私の力の正体なんかには極力触れないようにしてくれてるみたい。そしてお菓子をくれる。
「そういえばソフィアちゃんたちは今日はいないみたいだね」
「はい、魔法院でまた魔力の検査を受けてるらしいです」
ソフィアちゃんたちは今もなおぐんぐん成長中だ。
また魔力が大きくなったので、魔法院で測ってもらうらしい。どんどん強くなっていく。
私も普段はついていくんだけど、今日はアルセルさまが来ることになってたから、家にいることにした。
私と使用人の人たちしかいない屋敷でのアルセルさまとの会合は平穏だった。
護衛役の子たちは王子さまがいると、どうにもそわそわして覗き込んでくるのだ。特にリンクスくんとソフィアちゃん。ミントくんもいつの間にかいて、こっちを見てたりする。
王家の盾と呼ばれる風の一族の本能が騒ぐのかもしれない。なんか猫みたいだね。
見てるより一緒にお茶を飲もうよって誘うんだけど、そうすると逃げていくのだ。子供たちの心は複雑だ。
アルセルさまの穏やかな声は、不思議と心を癒してくれた。
今日はこのまま問題なく、この平穏に肩まで浸かって、ゆっくりと時間が流れていくに違いない。きっとそういう日なのだ。
そう思った私が間違いだった。
トラブルというのはいきなり降ってくる。
窓の向こうから誰かが降ってきて、誰かはそのままの勢いでバーンと窓を開けて、私の部屋に飛び込んできた。私もアルセルさまもびっくりした表情をする。
「おーい、エトワ。いきなりだけど遊びに来たぞ!」
うん、いきなりすぎない?
どうするのよ、これ。
ハナコはアホの子だ。本人が言うには、魔王の娘らしいけど、人間の町で恐喝事件を起こし、私とソフィアちゃんに捕まったアホの子。それからいろいろあって仲良くはなったけど、まさかのアルセルさまとのお茶会の中で、元気よく私の部屋に飛び込んできやがった。
ハナコはアルセルさまを見て目をぱちくりとさせた。
「誰だーお前?」
いや、アルセルさまにとってはお前こそ誰だって感じだよ!
どうする。どう説明しよう。
「ま、魔族⁉ なんでこんな場所に!」
その頭に生えた角を見て、アルセルさまが咄嗟に私を庇うように立つ。アルセルさまってば、戦闘系の魔法はまったく使えないのにいい人だ……
「なんだー! やるのかー!」
ハナコの周りにいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
「天輝く金烏の剣」
私は生まれたときに、神様から最強クラスの戦士の力をもらっている。その力は天輝さんという剣に封印されていて、その真の名を呟きながら、剣を抜くことで力が解放される。
私は早速力を解放して、ハナコの後ろに回り込むと、軽くげんこつで数発殴りつける。
「んぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ! ぎゃん‼」
ハナコは気絶こそしなかったものの、その場に立つ力を失い、ふらふらと倒れかけた。
私は一応襟首を掴んで、体を支えてやる。唱えていた魔法も霧散していった。
とりあえずもう、アルセルさまには正直に話すことにした。
「すみません、この子は魔族だけど私の友達なんです。すごくバカですけど、バカな行動を除けば人畜無害ですから、見逃してあげてくれませんか?」
「痛い。うぅぅぅ、頭が割れるように痛いぞぉ……」
アルセルさまは戸惑った表情をしながらも、私の話を聞いてくれる。
「ほ、本当なのかい……?」
「は、はい! ほら、ハナコ、悪いことはしないよね⁉」
私は開いた目に力を込めて、余計なことは言うなとプレッシャーを加えた。
「当たり前だろー! エトワのうちに遊びに来ただけだ!」
遊びに来ただけなら、先客にいきなり攻撃を仕掛けようとするなと言いたい。そもそもアポ取ってから来い――どんな風に取るかは不明だけど。
アルセルさまはまだちょっと混乱した様子だったけど、
「えっと……僕はアルセル、君と同じくエトワちゃんの友達だよ。よろしくね、ハナコちゃん」
ハナコの存在を受け入れて、自己紹介までしてくれた。その頭を人間の子供を相手にするみたいに撫でる。普通、魔族が友達なんて言ったら紹介した私のほうも、良くて頭がおかしな人で、普通なら危険人物と思われるはずなのに、なんて心が広い方なんだろう。
それに比べて、アルセルさまが相手でなければ大変なことになっていたであろう騒動を引き起こしてくれたハナコはといえば――
「ひゃあっ!」
アルセルさまに頭を撫でられた途端、急に高い声をあげて顔を真っ赤にすると、私の背中に回り込んでしがみついてきた。
「な、なんだよ、お前。急に角を触ってくるなんて! ナンパな奴だなぁー!」
「えっ、ご、ごめんね」
ハナコの意味不明な抗議を受けて、アルセルさまは慌てて謝る。
「エトワぁ、なんだこのナンパな男は~。いきなり角に触るなんて常識ってモノがないのかー? ま、まあ容姿は悪くないけどさ……お父さまほどではないけど……」
どうやら魔族の間では、角に触れるのはナンパな行為らしい。
けれど、ハナコは赤面しながらもじもじとアルセルさまのことを窺っている。
あれ、この反応……。まさか、まんざらでもない……?
「そ、そのごめんね。あまり君たちのこと知らなくて、失礼なことしちゃったみたいで……」
ハナコは私の背中からとことこ出てくると、アルセルさまに近づいていった。
「そうだぞー。レディの角に触るのは失礼なんだぞ。オレじゃなきゃ大変なことになってたぞー」
「そうなんだ。ごめんよ」
「特別に許してやるー。特別だからなー、えへへ」
「あ、ありがとう」
「お前もエトワと友達なんだってな。しょうがないから、特別にオレが話し相手になってやる。お茶とお菓子をくれてもいいぞ」
アルセルさまと会話するハナコの顔は普段通りアホっぽかったけど、しっかり女の子の顔をしていた。正直、めちゃくちゃ意外だ……
いや、アルセルさまはとても素敵な方だけどね。
たださすがにその態度はいただけない。私はハナコに軽く裏拳を喰らわせた。
「んぎゃっ、なにするんだよ! エトワ!」
「アルセルさまは私の国の王子さまなんだから、あまり失礼な態度はとらないでもらえるかな」
アホなところは百歩譲って愛嬌としても、アルセルさまには敬意をもって接してほしい。
「王子~?」
「いや、でも魔族の子にとっては、僕の身分もあんまり関係なかったりするんじゃないかな?」
「アルセルさまも甘いです! 郷に入っては郷に従えですよ‼」
「そ、そういうものなのかな……?」
「そうです!」
私はハナコにビシッと言った。
「ハナコ。アルセルさまにちゃんと敬意をもって接することができないなら、この部屋の敷居はまたがせないからね」
「わ、わかったよぉ……」
その日のハナコは、ハナコにしては大人しく私たちと一緒の席についてお茶を飲んだ。
そして積極的にアルセルさまに話しかけていた。アルセルさまもハナコが悪い魔族ではないと理解してくれたのか、私たちに接するのと同じように、ハナコにも優しく接してくれていた。
その日はそれで良かったんだけど、次の日からが大変だった。
「エトワー、遊びに来たぞー。あいつはいないのか?」
次の次の日も。
「アルセルはいないのか? 王子さまだから忙しい? いつ来るんだよー」
さらに次の次の次の日も。
「なーなーなー。アルセルはまだ来ないのかー。なー、エトワー」
次の次の次の次の日も。
「アルセルはー? 今日こそいないのかー⁉」
さすがに私もハナコの顔を片手で掴んで、一度相談することにした。
「ハナコさんや。友達として来てくれるのは嬉しいけど、さすがに毎日はやめてくれるかな。ソフィアちゃん以外にもうちには魔法使いの子がいるし、見つかったら大変だってわかるよね」
「隠蔽の魔法を使ってるから、そんな心配ほとんどないぞー! あと今のお前が半目で睨んでくると、すごく怖いぞー!」
普段は糸みたいに細い目の私だけど、力を解放してるときは目が開くようになってる。
「だめ、万一のことがあるでしょ。というか聞くの忘れてたけど、なんで私の住所知ってるのかな?」
「ハチが調べてくれた」
あの犬の名前魔族! 町の待ち合わせ場所に、新しい目印として吊るしてやろうか!
「とりあえず、私の家に来るときは、ちゃんとアポを取ること。そして月一ぐらいの頻度にすること。切手と便箋あげるから、どうにかしてポストに投函して。守ってくれたらアルセルさまと会う機会も作ってあげるから」
「わ、わかったぁ……」
どうやら相談はうまくいったようだ。アルセルさまとはなるべく、郊外で会おう……。ハナコと護衛役の子たちが衝突したらしゃれにならない。
それでようやくハナコの件が解決したと思ったら、夜に再び魔族の気配がした。
またハナコかと思って、天輝さんを解放しながら、窓を開けたら違った。
鳥の仮面をつけた魔族。ハナコとの会話にも出てきた『ハチ』という魔族だ。ハナコの護衛が仕事らしいけど、性格はなんというか……
「久しぶりだな、赤目の守護者よ。いつもハナコさまが世話になっている」
「いや、さすがにここまでお世話するつもりはなかったんですけど! というか、よくも私の住所を勝手に調べてハナコに教えてくれたね」
ここ数日、迷惑をかけられまくった私のキレ気味の言葉に、ハチはふっと笑って少し誇らしげに答える。
「それならば私の隠密力と索敵能力をもってすれば造作もないことだ」
いや褒めてねぇよ! 苦情だよ!
ただもう何を言っても無駄な気がして、私は早めに追い返したくて用件を尋ねる。
「それで、何の用なの?」
「ああ、今日は残念ながら、ハナコさまについての用件ではない」
残念でもなんでもないことを私に言ったハチは、少し間を置いて真剣な声で告げた。
「魔王さまが貴殿に話があるそうだ」
ハチが黒いクリスタルを掲げる。クリスタルからは黒い霧が溢れ出し、何かの姿をかたどっていく。現れたのは、見たことのない巨体の魔族だった。
縦にも横にも大きくて、椅子に座っている姿勢なのに、頭が部屋の天井に届きそうだ。
その頭には犬の頭骨のようなものを被っていて顔が見えない。巨大な全身を、見たこともない素材の防具と、マントが覆っていた。まさに魔王って感じの迫力がある。
『エトワ、戦闘は避けろ。今の我らでは勝てない』
私の心の中から、男性の声が警告する。私の力を封印した剣に宿る人格、私の半身ともいえる天輝さんの声だ。いろんなことができて、いつも私のことをいろいろ助けてくれる。
そんな天輝さんが勝てないと断言するのは初めてのことだった。実際、その身からは凄まじいプレッシャーが漏れ出ている。ヴェムフラムとは比較にならない、正真正銘の魔王がいた。
魔王は犬の頭骨に空いた眼窩のその奥に光る金色の瞳で私を見つめる。
そして口を開き言った。
「FF外から失礼します」
なるほど~そうくるのか~。
その言葉に私が硬直していると、魔王さまはちょっと照れくさそうな仕草で頭を掻き、その姿に似合わない、もったいぶるような癖のある口調で私に話しかけてきた。
「ふふふ、斬新な挨拶に呆気にとられてしまいましたかな。これは失礼」
呆気にとられたというか、うん……魔王の口から聞くとは思ってなかった言葉に唖然とした。
「この挨拶は異界で行われていたものでしてな。今まで繋がりのなかった他者に話しかけるとき、礼儀を欠かないように事前に謝罪しておくという、とても高度に文化的な風習として行われてきたものらしいのですよ」
魔王さまは○イッター地方で行われてきたその風習を、丁寧に私に解説してくれる。最初は魔王さまも私と同じ転生者なのかと思ったけど、どうやら違うっぽい。
「そうなんですか」
それしか言いようがない。私の反応に魔王さまは嬉しそうにうんうんと頷く。
「ええ、そうなんです」
どうにも話すことだけで満足している気配がある。犬の頭骨の眼窩から覗く金色の瞳も心なしかにっこりしてる気がする。その行動パターンはちょっとオタクっぽい。
「でも、どうしてそんな異世界のことを知ってるんですか?」
私は気になることを尋ねてみた。自分が元はその世界の住人だったことは話さずに。
「さすがは赤目殿。良い質問です。ハチが世界有数の強者と見込むだけはあります」
魔王さまはうんうんと頷きながら、あっさりと魔族たちの事情を説明してくれる。
「そもそも我らが北の城にいるのは、その地下にこの世界で最大の遺跡が存在するからなのです。そこには古代の文明の遺産、異界からの遺物などが何万年も前から眠っています。世に出れば世界に混乱を招く危険な情報、目覚めれば世界をそのまま破滅に導くような遺物まであります。これらを世に出さないように管理し、研究してきたのが我ら北の城に住む魔族の一族なのです」
私の世界の創作物だと魔王といえば世界を滅ぼしたりする側なんだけど、どうやらこの世界ではむしろ守る側だったみたいだ。人間側からはその辺きっちり誤解されているけど。
真剣な口調で事情を語った魔王さまは、急にテンションを上げて懐から何かを取り出す。
「そしてその遺物のうちの一つがこれ! 神の石版と呼ばれるものです!」
それは美しいゴールド塗装のボディに、美しい高解像度のディスプレイ、シンプルながら機能美を備えたデザイン、間違いなく○○パッドだった。りんごのマークのアレ! しかもPR○!
魔王さまはそのボディを愛おしげに撫でる。
「ふっふっふ、すごいでしょう。この形、この手触り、すべてが完璧で神が創ったとしか思えない造形物です。しかし、この石版は美しいだけではありません。数万年前の遺跡から発見されたこの石版の内部には異界のあらゆる情報が記録されているのです。さきほどの挨拶もここから学んだものです。我々は時間をかけて、この中にある情報を解読しています」
魔王が嬉しそうにホームボタンを押すと、画面が光り輝き、お馴染みのUIが現れる。
なるほど、と私は納得した。それなら魔王さまが○イッターの一部でしかやってない挨拶をしてきたのも納得がいく。神さまの世界にも○○パッドが導入されてたくらいだ。この世界に流れ着いてきていてもおかしくない。
人によっては何万年も経ったタブレットが動くのかと疑問に思うこともあるかもしれない。確かに普通のタブレットなら、こんなに年数が経てば動かなくなってしまうだろう。
しかし、○○パッドPR○はあの○ッ○ル社が提供するタブレットの最高級機種。
数万年の時を経て稼動していても何の不思議もないのだ。
「実を言うと我々の名前も、この神の石版に由来しているのですよ」
そう言うと魔王はぽちぽちと楽しげに○○パッドの画面をいじる。
そしてある画面を私に見せてきた。そこには大きくこう書かれていた。
犬の名前・pdf
そのファイルのタイトルと思しき題字の下には、延々と単語が羅列されている。
ポチ、コロ、クロ、シロ、ハチ、ハナコ、さくら、ラッキー、ラブ……
「これは異界の言葉で『大の名前』。つまり大いなる存在の名前を記した物だと解析されてます」
いえ、犬の名前なんですけど。
確かにちょっと惜しいけど、大じゃなくてそれ犬……。いぬ……
「我々北の城に住まう魔族は、ここから名前を拝借するようにしたのですよ。我が娘もここから借りてハナコとつけさせてもらいました。いい名前でしょう」
魔王さま――確か名前をポチさんという彼は、照れながらも誇らしげに自分たちの名前について語る。
私は世界平和のために、それ全部ペットの名前ってことは、墓場までもっていくことに決めた。
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