母の全てを送るまで

くろすけ

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私はババっ子でした

昔は王様、今は奴隷

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母が父に話を通したようで、なんと、この土地では叶わないと思っていた祖父母との3世代同居が始まった。

だが表ヅラはいいが、裏は凄くドロドロしており、此処で何を書いたらいいのかもわからない。

母は父と祖父母の中立の立場だったはずが、父と揉めると祖母に相談し、祖父母と揉めると父に相談した。
そもそも最初からまぁ当時色々な事があったとおもうが、折り合いの悪い祖母と父の見えない冷戦や言い合いを見て、孫ながらにどうにかしないとなぁ…と思った。

弟は発達障害で、幼稚園でこともあろうか、医師のお子さんの同級生のハンカチを目の前ではさみでザクザクして、騒ぎを起こして謝罪を行っている母の姿を見て、これは私がもっとしっかりしないといけないなと幼心に思った。

なので学校での学級委員だったり、色々な事にチャレンジをした。
かつ、家でも学校でも常に笑っていないとな!と思い、作り笑いが上手になったのはこの頃だと思う。

あ、でも私、もうこの頃は全然全く可愛くないんですよ。
父方の祖母がすんごい天然パーマで私もそれを受け継ぎ、もうスキマスイッチさんの頭の大きな方ぐらいの髪の毛暴れん坊で、同級生からは「奈良の大仏」なり「くるくるパーマ」なり散々色々言われていました。

が、弟とは6歳離れているので私と小学校で被る事はない…だったら先生に少しでも良いイメージを!!と思い奮起した小学校時代。

どうにも解消出来ない気持ちを、昔は奴隷のように扱ってしまっていたけど、今は私も同じ立場ね。と球の転がし合いやサッカーで紛らわせてくれたのは、昔家来だと思っていた腰が悪い祖父でした。
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