上 下
26 / 97
二葉くんのお話

しおりを挟む
放課後。
部活を終えた私は帰宅するために、駅に向かって歩いていた。
ポツリと私の頬に水滴が落ちてきたのを感じて空を見上げると雨が降り始めそうだ。
(今のうちに帰れば本降りになる前に間に家に着くかなぁ。)
鞄から準備していた折りたたみ傘を取り出して広げ、再びゆっくりと歩き出した私の後ろから誰かが走ってくる足音がしたかと思うと、すぐ隣から声が聞こえてきた。

「斎藤。」
「二葉くん。部活終わったの?」
「ああ。今日は顧問の先生の都合で早く終わったんだ。」
「お疲れ様。雨降り出したね。」
「ああ。斎藤も傘準備していたんだな。」
「うん。二葉くんも傘持ってきてたんだね。」
「妹が騒いでたからな。朝、無理矢理持たされたんだ。結果助かったけどな。」

その時、賑やかな声が聞こえてきた。
「お疲れ様で~す!二葉先輩。あ、傘持ってきてたんすね。今日雨が降る予報になってましたっけ?」
今朝廊下で会った二葉くんの後輩の円堂くんだった。
傘を持っていないらしい彼は私を見るとにんまり笑った。
「斎藤先輩、傘に一緒に入れてください。あ、俺が傘持ちますね……のわっ。」
「俺のを使え。」
私に触れようとした円堂くんの手に二葉くんが乱暴に自分の傘を握らせた。
「あぶねっ。傘が目に入るかと思いましたよ~。」
「………。」
無言で歩き始めた二葉くんに、私はそっと傘を差し出した。
「ええと……二葉くん、一緒に入る?」
「……っ。いや、俺は……っ。」
何故か狼狽えている二葉くんに、円堂くんは呆れたような声をだした。
「だから、俺が斎藤先輩と一緒に傘に入りますって。」
「いや、これでいい。まだそんなに降ってないからな。」
二葉くんは空をちらりと見上げると前を向いて歩き出した。
まだ本格的に降り出してはいないものの、ポツポツと降る雨は確実に二葉くんを濡らしていく。

「じゃあ、俺と相合傘しましょう!仕方ないですね~。」
「その傘は俺のだが。」
「あははは。イイじゃないすか。帰りましょ~。」

円堂くんは誤魔化すように笑うと、今日の部活のこととか授業のこととかを面白おかしく話し始めた。
ニコニコした表情と途切れない話題。
そのコミュニケーション能力に私は自然と引き込まれていった。

「というわけで~。今度部活休みの日に遊びに行きましょうよ。」
「ごめんなさい。あまり知らない人とそういうのはちょっと……。」
「ええ~?俺、人畜無害っすよ。草食系ですから。」
「いや、そういう問題じゃなくてね?」
「円堂、斎藤が困ってる。いい加減にしろ。」
「ええ~?じゃあ、二葉先輩も一緒に行きましょうよ。笹原にも声かけますんで4人で!」
「いや、だからね……?」
「どこがいいっすかね~。」
「話聞こうよ……。」

あまりのマイペースぶりにその場に崩れ落ちそうになった私は背後に人の気配を感じてビクリと体をすくませた。
二葉くんの目が驚愕に見開かれているのが目の端に映る。

後ろから絡めとるように抱きつかれた私の耳元でその人は囁いた。
「なに?遊ぶ約束してんの?俺も参加していい~?」
「………っ。」
「ハハッ。妹ちゃん真っ赤。可愛い。キスしていい?」
「……ダメです!」

私を後ろから抱きしめていた手をはずすと、彼は私を抱き上げてギュッと抱きしめてきた。

「妹ちゃんだ~。久しぶりすぎてテンションあがるわ。」
「三田くん!わあっ。高いの怖いですよ!今日はモデルのお仕事ないんですか?」
「うん。今日はオフ。今から飲みにいくんだけど妹ちゃんも行く?」
「未成年ですから行きませんよ。そろそろ下ろしてください!」
「ええ~。もっと妹ちゃんを堪能したい!今日飲みに行くのやめよっかなあ。タマちゃんは?」
「今日はバイトだったと思いますよ?」
「そっかあ。会いたいなあ……うん。やっぱり飲み会キャンセルしてタマちゃん家に行こう。」

携帯電話を取り出して連絡しようとした三田くんに、円堂くんが興奮したようにつめよってきた。
「もしかして、昨年の卒業生の三田さんですか?スカウトされてモデルになったっていう……っ。うわあ。マジイケメンですね!でも斎藤先輩とどういう関係……もしかして彼氏っすか?」
「お。キミ話がわかるね~。そうそう。俺、妹ちゃんの彼氏だから。」
「違いますからね?三田くん!お友達と約束してるんでしょう?」
「ドタキャンしても大丈夫だって。お、後輩くんも元気してた?」
「はい。」
「え?二葉先輩、三田さんと知り合いなんすか?」
驚いた顔の円堂くんに答えずに、二葉くんは三田くんに話しかけた。
「とりあえず雨降ってるんで。行きましょう。斎藤が濡れて風邪ひいてもいけないんで。」
「じゃあ俺妹ちゃんと相合傘ね。傘とカバンもつよ。」
「カバンはいいですよ。」
「え~?じゃあ、濡れたらいけないからくっついていこ?」
「ちょっ!どこ触ってるんですか!顔くっつけないでください!」
「ん~。妹ちゃんの匂いだ。はあ……幸せ。」

「二葉先輩、あの二人って……。」
円堂くんの質問に答えることなく、二葉くんは無表情でボソリと呟いた。
「そろそろだな。」
「え………うわっ!」
円堂くんが思わずといったように仰け反って、そして落ちるのではないかってくらいに目を大きく見開いた。

私の体にまとわりつく三田くんがポイッと放り出されたかと思うと、私はあたたかい腕に抱き込まれていた。

「三田ぁ。てめえ花奈に何してやがる。」
「大丈夫か?花奈。」

「お兄ちゃん!蓮琉くん?」

そこには三田くんを放り投げて目をつりあげているお兄ちゃんと、相変わらずの爽やかな笑顔で私を見つめている蓮琉くんがいた。

「タマちゃん!」
放り投げられた三田くんは満面の笑みでお兄ちゃんに走りよるとガバッと抱きついた。
「うわあ。タマちゃんだ!久しぶり!」
「おう、久しぶり。今日はモデルの仕事ないのか?」
「うん!今日はオフだよ。タマちゃんは?」
「今日はバイトも早く終わったからな。雨も降ってるし花奈を迎えに行こうと思って蓮琉の車に乗せてもらって駅まで来てたんだ。侑心!お前も乗って帰るか?」
「はい。よろしければ、お願いします。」
「ええ?タマちゃん俺は?」
「お前はバイクがあるだろ。」
「ううっ。」

お兄ちゃんはふと呆然と立ち尽くしている円堂くんに視線を向けた。お兄ちゃんと目が合った円堂くんはみるみるうちに赤くなっていく。
二葉くんの眉がピクリと動いた。

「侑心、誰だコイツ。」
「今年の新入生で剣道部員の円堂です。」
「へえ……剣道部なのか。お前。」
「う……わっ……。」
お兄ちゃんにじいっと見つめられた円堂くんは一歩下がるとさらに赤くなった。

お兄ちゃんはBLゲームの主人公である。
子供の頃から天使のようだった容姿は今では大人の魅力を兼ね備えたまさに麗人となっているのだ。

「侑心、こいつモノになりそうか?」
「努力次第ですかね。」
「ふうん。まあ、頑張れよ。」
「は、は、はいいいっ!」
お兄ちゃんに至近距離で微笑まれた円堂くんは飛び上がるように返事をすると、勢いよく走り去っていった。
「なんだあいつ。」

お兄ちゃんは円堂くんの背中を訝しげに見送ると、二葉くんに笑いかけ、頭を乱暴になでた。

「侑心、また背がのびたか?蓮琉より背が高くなったんじゃないか?」
「はあ?まだ大丈夫……うわ。ホントだ。俺ぐらいあるんじゃないか?悔しいな。」
蓮琉くんが二葉くんの近くにくると、背を比べて憮然とした表情になった。

「俺はまだだね!」
余裕そうに笑う三田くんに悔しそうな目を向けた蓮琉くんは、そのまま二葉くんをキッと睨みつけた。
「二葉!お前三田より背が高くなれよ!」
「……努力します。」
「しますじゃなくてなるんだよ。」
「蓮琉くん……。」

蓮琉くんは三田くんがからむとまるで子供のような喧嘩をすることがあるのだ。まるで小学生のような会話に呆れたように蓮琉くんを見ると、二葉くんと目があった。

彼と初めて会った中学生の頃を思い出す。
二葉くんはお兄ちゃんを尊敬してて、環教信者とか言われてたんだよね。最初の頃は何話していいかわからなくて、困ったりしたけど。今では二人でいても普通に話せるようになったと思う。二葉くんには弟妹がいるからか、わりと面倒見が良いとこもあるんだよね。

二葉くんの手が、ゆっくりと私の髪の毛にふれてきた。
「濡れてるな。」
「二葉くんも濡れてるよ?」
「俺は頑丈だから。……円堂の奴、俺の傘持って帰ったな。」
私はそっと二葉くんに近寄って二葉くんに傘をさした。
「今さらかもしれないけど。」
「あんたが濡れるからいいよ。このくらいだったら大丈夫。」
「う~ん。私が落ち着かないから、傘を持ってくれたら助かるなあ。」
二葉くんは私と傘を見ると、フッと微笑んだ。
(わ……っ。)
いつも無表情がデフォルトの二葉くんの微笑みは、かなり破壊力がある。二葉くんは私から傘を受け取った。
「……肩濡れるから近寄るぞ。」
「あっ。うんっ。」

「環先輩、雨が強くなってきたのでそろそろ行きませんか?」
二葉くんがお兄ちゃんに声をかけると、お兄ちゃんははっとしたように空を見あげた。そして、まだ言い争っている蓮琉くんと三田くんに声をかけた。
「ほんとだ。雨強くなってきたな……三田!行くぞ。雨がひどくなる前に行こうぜ。」
「あ~っ!いつの間にか妹ちゃんと後輩くんが一緒に傘に入ってる!」
「傘が足りないんだからしょうがないだろ。ほら、三田は俺が入れてやるから。バイクどこ止めてるんだ?」
「ん~とね。駅の駐輪場。」
「同じところだな。ほら行くぞ。」
「うん。タマちゃん、あのね?」
久しぶりに会えたからか、三田くんのテンションがかなり高い。大学生になってそれぞれの進路に別れたからか、蓮琉くんとお兄ちゃんですら以前のように一緒にいる時間が減っているのだ。
前を歩くお兄ちゃんと三田くんの楽しそうな声が聞こえてくる。笑い会っている二人の姿はまるで一枚のスチルのようで。
主人公のお兄ちゃんを中心にキラキラと輝いて見える。
私はその眩しさに思わず目を細めた。

そして、私はふと蓮琉くんの姿が見えないことに気がついて周りを見回した。
「あれ?蓮琉くんは?」
「蓮琉なら先に車とりに行ったぞ。駅のロータリーで待ちあわせだ。」
「あ、そうだったんだね。」


そういえば先程から二葉くんから声が聞こえないなあ、と思って隣をちらりと見ると、丁度二葉くんも私を見たところだった。思い切り目が合ってしまい、なんだか恥ずかしくなった私はすぐにうつむいた。
すると目の前に傘をもつ二葉くんの手が目に入る。
骨太のしっかりした男の人の手だ。

「……先輩方もあんたも変わらないな。」
「え?」
二葉くんの言葉に私はうつむいていた顔をあげた。

「あたたかくて、全力で守りたくなる。俺の思いも中学生のあの頃と変わらない。……あんたを守りたい。だから、そばにいたい。」
「………っ。」
「最近、煩い輩がいるみたいだけど。誰がどんな想いを俺に向けてきても俺が守りたいのはあんただから。」

二葉くんの目があんまりにも優しくて……真剣で。
私は返事をすることも出来ずに、二葉くんの横顔を見上げていた……んだけど。
「はいはいはいはい~。なに雰囲気だしてんの後輩くん。妹ちゃん守るのは俺だからねっ!同じクラスになったからって調子にのるなっての……痛てっ。」
「三田!二葉に威嚇すんな。」
「タマちゃん!だってさあ。」
大きな体で拗ねる三田くんはなんだか小さな子供みたいだ。
お兄ちゃんはため息をついた。
「お前ら花奈に会えないからって面倒くさいんだよ。蓮琉も花奈に会えないとイライラしてくるし。普通に会いに来ればいい話だろうに。年上の余裕とか言って、カッコつけるからそうなるんだよ。」
「え。……会いに行ってもいいの?」
「迷惑にならない範囲でだぞ。」
「やった!……妹ちゃん、修学旅行どこ行くの?」
「……待て。それを聞いてどうするつもりだ?三田!」
「んん?いや、その日はモデルの仕事入れないようにしようと思って。」
「だから何でだ。」
三田くんはそっぽを向いて口笛を吹きはじめた。

(これは絶対ついてくるつもりですね?)

隣の二葉くんをちらりと見上げると三田くんに対する視線が絶対零度になっている。
私はお兄ちゃんに助けを求めるように視線を送ったけど、お兄ちゃんは宥めるように私を見ると、蓮琉くんから連絡が来たらしく、携帯電話をポケットから取り出した。

すると、三田くんがお兄ちゃんの傘から出てきて、するりと二葉くんの横に来たかと思うと、にっこり笑って私と場所を交代した。
お兄ちゃんの傘に入る形になり、なんだかホッとしてしまう。お兄ちゃんはふんわりと笑うと私の頭を撫でてくれた。


「ていうか、あの後輩くんナニ。妹ちゃん誘ってたよねえ。」
三田くんがゲス三田になりかけみたいな顔をしてるのが見える。
二葉くんは動揺の欠片も見せずにそんな三田くんを見返した。
「……今様子を見てます。状況はだいたい把握してますので。」
「ふうん。ならいいけど。」
「あの程度の男に出し抜かせるつもりはありませんから。」
「へえ。言うね。」
「……守ると決めてますので。」
「あっそお。まあ何かあったら言いなよ。」
「ありがとうございます。」



















しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢の恋愛事情

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:1,681

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:18,605pt お気に入り:266

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:681pt お気に入り:7,651

《全年齢》皇帝陛下は白銀髪の妃を寵愛する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:21

【R18】素直になれない白雪姫には、特別甘い毒りんごを。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:482pt お気に入り:63

生まれ変わったら知ってるモブだった

BL / 完結 24h.ポイント:12,760pt お気に入り:1,173

処理中です...