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「神託の機能が確認できなかったため、本審問は以降、証言制へと移行します」
審問長の神官がそう宣言した瞬間、王立神殿の大講堂には新たな緊張が走った。
白銀の装飾が煌めく講堂。その中心に立つセレナ=シュヴァルツは、ゆっくりと証人席を見上げる。
神の涙も、加護の声も、この場にはもうない。
あるのは、ただ人々の記憶と、心に残る“味”だけ。
セレナは静かに一礼し、壇上へと一歩進んだ。
「では――わたくしの味を覚えてくださった方々を、お呼びいたします」
その言葉に、誰もが一瞬、耳を疑った。
味? 菓子の記憶で、審問を行うというのか?
しかし次の瞬間、大講堂の扉が音を立てて開かれた。
最初に入ってきたのは、小柄な少女だった。かつて図書館前で泣いていた下級生。
彼女はおずおずと壇上に近づき、震える声で語り始めた。
「……あのとき、マドレーヌをもらって……泣くのが止まりました。甘くて、あたたかくて……心が楽になったんです」
次に現れたのは、学園内でセレナに疑念を抱いていた青年。毒の噂に惑わされながらも、セレナの“焼き直し”に真実を見出した人物だ。
「試食の菓子を口に入れたとき……何かが違うって、直感した。
あれは嘘をついてる味じゃなかった。……あれが“本当の味”なんだと、そう思った」
そして最後に、一人の老紳士がゆっくりと壇上に歩み出る。
王都の商会会頭であり、長年宮廷と神殿に仕えてきた人物だ。
「私は、この菓子に“昔の妻の味”を思い出しました。
あれはただの菓子ではない。“記憶”そのものです。
甘さとは、時間を超えて届く言葉だ。……それをこの娘は知っている」
証言は続き、次第に会場の空気が変わっていく。
それは裁判の重圧ではなく、人の記憶と感情がもたらす“共鳴”だった。
「偽れない甘さだった」
「香りで心がほどけた」
「自分のことを、初めて“肯定された”と感じた」
――ひとつ、またひとつと証言が積み重なっていく。
セレナは静かに目を伏せ、胸に手を当てる。
「わたくしは、言葉ではなく甘さでここまで参りました。
どうか、この記憶のひとつひとつが、届きますように」
堂内には、もはや断罪の重々しさではなく、
甘さと共に紡がれた真実が満ちていた。
それは神託よりも、はるかに繊細で、確かな“声”だった。
審問長の神官がそう宣言した瞬間、王立神殿の大講堂には新たな緊張が走った。
白銀の装飾が煌めく講堂。その中心に立つセレナ=シュヴァルツは、ゆっくりと証人席を見上げる。
神の涙も、加護の声も、この場にはもうない。
あるのは、ただ人々の記憶と、心に残る“味”だけ。
セレナは静かに一礼し、壇上へと一歩進んだ。
「では――わたくしの味を覚えてくださった方々を、お呼びいたします」
その言葉に、誰もが一瞬、耳を疑った。
味? 菓子の記憶で、審問を行うというのか?
しかし次の瞬間、大講堂の扉が音を立てて開かれた。
最初に入ってきたのは、小柄な少女だった。かつて図書館前で泣いていた下級生。
彼女はおずおずと壇上に近づき、震える声で語り始めた。
「……あのとき、マドレーヌをもらって……泣くのが止まりました。甘くて、あたたかくて……心が楽になったんです」
次に現れたのは、学園内でセレナに疑念を抱いていた青年。毒の噂に惑わされながらも、セレナの“焼き直し”に真実を見出した人物だ。
「試食の菓子を口に入れたとき……何かが違うって、直感した。
あれは嘘をついてる味じゃなかった。……あれが“本当の味”なんだと、そう思った」
そして最後に、一人の老紳士がゆっくりと壇上に歩み出る。
王都の商会会頭であり、長年宮廷と神殿に仕えてきた人物だ。
「私は、この菓子に“昔の妻の味”を思い出しました。
あれはただの菓子ではない。“記憶”そのものです。
甘さとは、時間を超えて届く言葉だ。……それをこの娘は知っている」
証言は続き、次第に会場の空気が変わっていく。
それは裁判の重圧ではなく、人の記憶と感情がもたらす“共鳴”だった。
「偽れない甘さだった」
「香りで心がほどけた」
「自分のことを、初めて“肯定された”と感じた」
――ひとつ、またひとつと証言が積み重なっていく。
セレナは静かに目を伏せ、胸に手を当てる。
「わたくしは、言葉ではなく甘さでここまで参りました。
どうか、この記憶のひとつひとつが、届きますように」
堂内には、もはや断罪の重々しさではなく、
甘さと共に紡がれた真実が満ちていた。
それは神託よりも、はるかに繊細で、確かな“声”だった。
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