背徳の海に舞うナリラ

菜種K

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第一章

3.闇に滴る夢

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「ふ……」

 たちまち、妙な感覚が広がる。
 優しくなでられた時の安心感──
 だが、それとは違う不思議な感覚。

 男が女を抱く時、体の一部が繋がることは知っている。
 裸で働く男たちの下帯が、女にはない大きなものを包んでいるのも見ている。

 ──あんなものが入ってくるのだろうか?

 こんな小さなところに? 
 とても自分の体に受け入れられるとは思えない。
 けれど、もし優しい人なら。
 少しずつ、そっと開いて、ゆっくり入ってきてくれるなら……。

 指を曲げ、花弁をなぞる。

「──!」
 そこはもう濡れていた。
 朝、触れたノルシラのそれと同様に。
 何も出そうとしていないのに、勝手に滲み出す雫。

「どうして……」

 慌てて指を引っ込める。
 でも、すぐにまた触れたくなる。

 ──カルララは、そこを無理やりこじ開けられた。
 いや、引き裂かれた──
 かわいそう……なのに。

「……どんな感じがしたんだろう」

 胸が熱くなる。
 同情だけではない。
 むしろ、その荒々しい行為にひかれている自分がいる。

 迎え入れるなら優しい人がいい。
 けれど──強引に、逃げ場なく奪われる感覚。
 恐ろしいはずのそれに、なぜか惹かれてしまう。

「だめ……だめだめだめ」

 ナリラは巫女である自分を思い出し、固く目を閉じると両腕で体を抱きしめた。
 触れてはいけない場所に触れてしまった。
 禁じられた妄想に足を踏み入れてしまった。

 ナリラは起き上がると、神官を起こさないように気をつけながら外へ出た。
 社の裏の海岸へ続く坂道を下り、砂浜に膝をつくと香炉に火を入れ、祝詞を唱え始めた。

 月に向かって両手を広げ、清めの舞いを舞う。
 香炉の煙は細く立ちのぼり、夜の風に淡く散っていく。

 ナリラは胸に両手を重ね、静かに目を閉じた。
 ひと呼吸ののち、彼女の腕は天へと広がり、白鳥のように舞い上がる。
 足は水面を渡る風のように軽く、腰蓑は波のきらめきを思わせて揺れる。
 心の中で太鼓が柔らかく鳴り、笛が清らかな調べを添えるたび、白銀の光が彼女の周囲に淡く満ちてゆく。
 その舞は祈りであり、清めであり、見る者の胸を静けさで満たすものだった。
 夜の闇さえ、彼女の舞に押し返されて遠ざかるように思えた。

 女神ムロシャラよ……どうかお許しください……。
 愚かな私の体をお清めください……。
 
 心に生まれてしまった穢れを払い落とし、再び女神に仕える巫女としてふさわしい処女おとめに帰るのだ。

 舞いを終える寸前、ナリラはヤシの木の下で何かが動くのを見た。

「──!」

 赤く光る目が、こちらを見ている。
 ナリラは恐怖に身をすくませて後ずさった。
 やがて、その目の主がゆっくりと月明かりの下に姿を現した。

 大きな蛇だ!
 舌なめずりをしながら、大蛇がナリラの方を見つめている。

 ナリラは弾かれたように振り返ると、慌てて社への坂道を駆け上がっていった。
 寝所に潜り込み、わら布団の上で体を丸める。
 
 あれは本当に蛇だったのだろうか?
 もしや、自分のよからぬ思いが呼んだ幻影か魔物だったのでは……。
 まさかとは思うが、女神ムロシャラの遣い……?
 
 眠ろう。
 眠ってしまえば、この恐怖も消える。

 やがて、少女は深い眠りに落ちた。

 ──その時。

 はるか南の、呪いが一層濃く淀む海域。
 月明かりさえ届かぬその暗黒の底で、ぬるりと揺れるものがあった。

 それは人の夢を啜る影。
 未熟な欲望が芽生えたとき、その匂いを嗅ぎつけてやって来る。

 闇の海を漂うその気配は、まだ形を持たない。
 女とも獣ともつかぬ肉塊のようにうごめき、何度も姿を変えては消える。
 やがて、無数の眼のような光点が浮かび上がり、少女の眠りにじっと注がれた。

「……あれは、雛……」

 聞こえたのは、人の声ともうめきともつかぬ囁き。
 耳ではなく、心臓の奥に直接落ちてくるような音だった。

 どこかで太鼓が鳴っている。

 ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……

 影は嗤う。
 それは慈しみの笑みではなく、産卵を前にした母蜘蛛の蠢きに近い。
 餌を見つけた喜悦。
 まだ白い雛鳥を、闇の巣に落とし込む時を待つ捕食者の笑み。

 深い眠りの中で、ナリラは不思議な光景を見ていた。
 青白い波が足元をさらい、どこまでも続く夜の浜辺。
 空は星ひとつなく、ただ墨を流したように暗い。

 その闇の奥から、囁きが聞こえてきた。

「いけない子……」

 女の声だった。
 けれど同時に、潮騒にも、風にも、蛇の舌の湿った音にも聞こえる。

「無理やり奪われる痛みを……あなたはまだ知らない。でも、知りたいのでしょう……優しさより、荒ぶる熱を……」

 ナリラははっとした。
 心の奥に隠していた想いを、どうして見透かされるのか。

「ちがう……私は……!」
 声を張り上げようとしたが、喉は砂で詰まったように音を出せない。
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