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第一章
4.誘惑のドラム
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波間に影が揺れる。
女のようであり、蛇のようであり、無数の手足をもつ蜘蛛のようでもあった。
はっきりしないその姿は、ただ甘やかに光る眼だけを浮かべ、ナリラを射抜いた。
「いずれわかる。純潔は守りではなく、扉なのだと」
その言葉が触れた瞬間、ナリラの胸がざわめいた。
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
熱く湿った疼き。
夢の中の自分の体が勝手に反応しているのを感じ、恐怖と恥ずかしさで涙が滲む。
「怖がらなくていい……あなたの道は、わたしが導いてあげる」
影がにじり寄り、冷たい波が足首を絡める。
悲鳴をあげようとした瞬間、視界が暗転し──
ナリラははっと目を覚ました。
頬に冷や汗が流れている。
まだ夜は深く、耳には波の音だけが残っていた。
やがて夜が明け──
その日、ナリラは中庭で舞いの稽古に集中した。
かつて、神官トルリルは言った。
「お前の踊りは、本当に女神様に愛されている」
その言葉に喜んだナリラは、指先、つま先に至るまで心底神への思いを込めて舞いの稽古に励んだ。
その努力が、彼女の特別な力を引き出し、大きくしていった。
ナリラは自分は大丈夫だと思っていた。
女神ムロシャラに仕える巫女として、身も心も清純を保ち、務めを果たしてゆく覚悟と誇り、そして自信があった。
あったのだが──
「恋や男のことで思い悩むことは慎むのだ。そんなもの思いから生まれる切り口こそ、最も魔女がつけ入りやすい隙なのだ」
神官の警告を思い出し、ナリラは必死に雑念を払いながら稽古と神事に没頭した。
そして、また夜が来た──
再びナリラは夢に沈んだ。
またしても、闇の海。
波間に揺れる影が、今度ははっきりと「女の輪郭」を帯びていた。
長い髪のように見えるものが潮に漂い、腰のあたりには蛇の影が巻きついている。
だが顔は見えず、ただ艶やかに光る眼だけが、夢の中心にあった。
「……優しい男に抱かれる夢など、子供の空想にすぎない。欲しいのはもっと深い、あなたを裂いてでも目覚めさせる熱……」
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
「お前の体は未熟なのではない。男の心の暗い闇に潜む欲望を、より一層燃え上がらせるように育ったのだ。愛するのではなく、傷つけたいと思わせる危険な鍵として……」
ナリラは耳を塞ごうとする。だが腕が動かない。
気づけば白い糸が絡みつき、蜘蛛の巣のように体を縛っていた。
波の冷たさと糸の湿り気が混じり合い、肌にまとわりつく。
「いや……やめて……!」
そう叫んでも声は波に飲まれるばかりだった。
そして、重い疲れを伴う目覚め。
また一日、雑念に抗いながらの勤めを終え、恐れを抱きながら褥に着いた巫女を──
三たび、夢が甘く包み込んだ。
夢の影は、もうはっきりと女の姿をしていた。
月も星もない暗黒の海辺で、裸身を半ば蛇に絡ませ、ゆったりと歩み寄ってくる。
「もう気づいているでしょう? あなたの体は、わたしを求めて震えている」
ナリラは後ずさるが、足は砂に沈み込み、逃げられない。
胸の奥に湧き上がる熱と湿り気は、夢であるはずなのに、あまりに生々しい。
それを望んでいるのは自分自身なのか、相手に操られているだけなのか、もう判然としなかった。
「こんな夢……もう見たくない……」
泣き声で訴えるナリラに、女は微笑んだ。
「いいえ。あなたはまた来る。夢が欲しいから」
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
そう囁いた瞬間、女の指がナリラの唇に触れた。
冷たいのに、背筋まで熱を走らせる指先。
どうしていいかわからなくなったナリラは呟いていた。
「女神ムロシャラよ……どうかお助けください……」
すると、女が狂気を孕んだ声で高らかに笑った。
ナリラははっと目を覚ました。
胸が大きく上下し、腰蓑の奥が汗と……それ以外のもので濡れているのに気づき、顔を赤らめた。
「……これは夢。夢なんだ……」
必死に自分に言い聞かせるが、その言葉はあまりに心許なく、震えていた。
女のようであり、蛇のようであり、無数の手足をもつ蜘蛛のようでもあった。
はっきりしないその姿は、ただ甘やかに光る眼だけを浮かべ、ナリラを射抜いた。
「いずれわかる。純潔は守りではなく、扉なのだと」
その言葉が触れた瞬間、ナリラの胸がざわめいた。
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
熱く湿った疼き。
夢の中の自分の体が勝手に反応しているのを感じ、恐怖と恥ずかしさで涙が滲む。
「怖がらなくていい……あなたの道は、わたしが導いてあげる」
影がにじり寄り、冷たい波が足首を絡める。
悲鳴をあげようとした瞬間、視界が暗転し──
ナリラははっと目を覚ました。
頬に冷や汗が流れている。
まだ夜は深く、耳には波の音だけが残っていた。
やがて夜が明け──
その日、ナリラは中庭で舞いの稽古に集中した。
かつて、神官トルリルは言った。
「お前の踊りは、本当に女神様に愛されている」
その言葉に喜んだナリラは、指先、つま先に至るまで心底神への思いを込めて舞いの稽古に励んだ。
その努力が、彼女の特別な力を引き出し、大きくしていった。
ナリラは自分は大丈夫だと思っていた。
女神ムロシャラに仕える巫女として、身も心も清純を保ち、務めを果たしてゆく覚悟と誇り、そして自信があった。
あったのだが──
「恋や男のことで思い悩むことは慎むのだ。そんなもの思いから生まれる切り口こそ、最も魔女がつけ入りやすい隙なのだ」
神官の警告を思い出し、ナリラは必死に雑念を払いながら稽古と神事に没頭した。
そして、また夜が来た──
再びナリラは夢に沈んだ。
またしても、闇の海。
波間に揺れる影が、今度ははっきりと「女の輪郭」を帯びていた。
長い髪のように見えるものが潮に漂い、腰のあたりには蛇の影が巻きついている。
だが顔は見えず、ただ艶やかに光る眼だけが、夢の中心にあった。
「……優しい男に抱かれる夢など、子供の空想にすぎない。欲しいのはもっと深い、あなたを裂いてでも目覚めさせる熱……」
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
「お前の体は未熟なのではない。男の心の暗い闇に潜む欲望を、より一層燃え上がらせるように育ったのだ。愛するのではなく、傷つけたいと思わせる危険な鍵として……」
ナリラは耳を塞ごうとする。だが腕が動かない。
気づけば白い糸が絡みつき、蜘蛛の巣のように体を縛っていた。
波の冷たさと糸の湿り気が混じり合い、肌にまとわりつく。
「いや……やめて……!」
そう叫んでも声は波に飲まれるばかりだった。
そして、重い疲れを伴う目覚め。
また一日、雑念に抗いながらの勤めを終え、恐れを抱きながら褥に着いた巫女を──
三たび、夢が甘く包み込んだ。
夢の影は、もうはっきりと女の姿をしていた。
月も星もない暗黒の海辺で、裸身を半ば蛇に絡ませ、ゆったりと歩み寄ってくる。
「もう気づいているでしょう? あなたの体は、わたしを求めて震えている」
ナリラは後ずさるが、足は砂に沈み込み、逃げられない。
胸の奥に湧き上がる熱と湿り気は、夢であるはずなのに、あまりに生々しい。
それを望んでいるのは自分自身なのか、相手に操られているだけなのか、もう判然としなかった。
「こんな夢……もう見たくない……」
泣き声で訴えるナリラに、女は微笑んだ。
「いいえ。あなたはまた来る。夢が欲しいから」
ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……
そう囁いた瞬間、女の指がナリラの唇に触れた。
冷たいのに、背筋まで熱を走らせる指先。
どうしていいかわからなくなったナリラは呟いていた。
「女神ムロシャラよ……どうかお助けください……」
すると、女が狂気を孕んだ声で高らかに笑った。
ナリラははっと目を覚ました。
胸が大きく上下し、腰蓑の奥が汗と……それ以外のもので濡れているのに気づき、顔を赤らめた。
「……これは夢。夢なんだ……」
必死に自分に言い聞かせるが、その言葉はあまりに心許なく、震えていた。
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