背徳の海に舞うナリラ

菜種K

文字の大きさ
4 / 16
第一章

4.誘惑のドラム

しおりを挟む
 波間に影が揺れる。
 女のようであり、蛇のようであり、無数の手足をもつ蜘蛛のようでもあった。
 はっきりしないその姿は、ただ甘やかに光る眼だけを浮かべ、ナリラを射抜いた。

「いずれわかる。純潔は守りではなく、扉なのだと」

 その言葉が触れた瞬間、ナリラの胸がざわめいた。

 ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……

 熱く湿った疼き。
 夢の中の自分の体が勝手に反応しているのを感じ、恐怖と恥ずかしさで涙が滲む。

「怖がらなくていい……あなたの道は、わたしが導いてあげる」

 影がにじり寄り、冷たい波が足首を絡める。
 悲鳴をあげようとした瞬間、視界が暗転し──

 ナリラははっと目を覚ました。
 頬に冷や汗が流れている。
 まだ夜は深く、耳には波の音だけが残っていた。

 やがて夜が明け──
 
 その日、ナリラは中庭で舞いの稽古に集中した。

 かつて、神官トルリルは言った。
「お前の踊りは、本当に女神様に愛されている」

 その言葉に喜んだナリラは、指先、つま先に至るまで心底神への思いを込めて舞いの稽古に励んだ。
 その努力が、彼女の特別な力を引き出し、大きくしていった。

 ナリラは自分は大丈夫だと思っていた。
 女神ムロシャラに仕える巫女として、身も心も清純を保ち、務めを果たしてゆく覚悟と誇り、そして自信があった。

 あったのだが──

「恋や男のことで思い悩むことは慎むのだ。そんなもの思いから生まれる切り口こそ、最も魔女がつけ入りやすい隙なのだ」
 
 神官の警告を思い出し、ナリラは必死に雑念を払いながら稽古と神事に没頭した。

 そして、また夜が来た──

 再びナリラは夢に沈んだ。

 またしても、闇の海。
 波間に揺れる影が、今度ははっきりと「女の輪郭」を帯びていた。
 長い髪のように見えるものが潮に漂い、腰のあたりには蛇の影が巻きついている。
 だが顔は見えず、ただ艶やかに光る眼だけが、夢の中心にあった。

「……優しい男に抱かれる夢など、子供の空想にすぎない。欲しいのはもっと深い、あなたを裂いてでも目覚めさせる熱……」

 ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……

「お前の体は未熟なのではない。男の心の暗い闇に潜む欲望を、より一層燃え上がらせるように育ったのだ。愛するのではなく、傷つけたいと思わせる危険な鍵として……」
 
 ナリラは耳を塞ごうとする。だが腕が動かない。
 気づけば白い糸が絡みつき、蜘蛛の巣のように体を縛っていた。
 波の冷たさと糸の湿り気が混じり合い、肌にまとわりつく。

「いや……やめて……!」
 そう叫んでも声は波に飲まれるばかりだった。

 そして、重い疲れを伴う目覚め。

 また一日、雑念に抗いながらの勤めを終え、恐れを抱きながらしとねに着いた巫女を──

 三たび、夢が甘く包み込んだ。

 夢の影は、もうはっきりと女の姿をしていた。
 月も星もない暗黒の海辺で、裸身を半ば蛇に絡ませ、ゆったりと歩み寄ってくる。

「もう気づいているでしょう? あなたの体は、わたしを求めて震えている」

 ナリラは後ずさるが、足は砂に沈み込み、逃げられない。
 胸の奥に湧き上がる熱と湿り気は、夢であるはずなのに、あまりに生々しい。
 それを望んでいるのは自分自身なのか、相手に操られているだけなのか、もう判然としなかった。

「こんな夢……もう見たくない……」
 泣き声で訴えるナリラに、女は微笑んだ。

「いいえ。あなたはまた来る。夢が欲しいから」

 ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……

 そう囁いた瞬間、女の指がナリラの唇に触れた。
 冷たいのに、背筋まで熱を走らせる指先。

 どうしていいかわからなくなったナリラは呟いていた。

「女神ムロシャラよ……どうかお助けください……」

 すると、女が狂気を孕んだ声で高らかに笑った。

 ナリラははっと目を覚ました。
 胸が大きく上下し、腰蓑の奥が汗と……それ以外のもので濡れているのに気づき、顔を赤らめた。

「……これは夢。夢なんだ……」
 必死に自分に言い聞かせるが、その言葉はあまりに心許なく、震えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...