背徳の海に舞うナリラ

菜種K

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第一章

6.魔女イシュタ=ラ

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 その夜──

 ついに、ナリラは夢に捕えられ、遥か南の果て。
 呪いの最も濃い海に沈んだ。

 神官の懸念通り、色恋と肉欲の幻に囚われた少女は、魔女の手に落ちたのだ。
 
 濃い香の立ちこめる暗い魔窟で、ナリラは背筋を強ばらせた。
 夢ではない。
 心も肉体も、遠い時空を飛んでそこに辿り着いていた。
 
 そして闇の中、あちこちに燃えるかがり火に照らされ、その女は現れた。
 名乗られもしていないのに、ナリラには何者かがはっきりわかった。

 南海の魔女、イシュタ=ラ・ヴェラは、血のように紅い唇で微笑んでいる。

 足元まで伸びた長い銀髪。
 ルビーのように紅い切れ長の瞳。
 闇のように暗い褐色の肌。
 全身を覆う、呪文を刻んだ白い刺青。

 その肉体は豊満そのもので、乳房は硬く上を向いていた。
 身につけているものは、秘所と腰回りを覆った飾り紐だけ。
 あとは、首輪、耳輪、ネックレス、腕輪、足輪といったたくさんの装飾品。

 血の色の薄物を羽織っているが、その上からのぞかれるだけでも肉体から目が離せなくなる。
 それは島の娘たちより、はるかに豊満で美しく──
 ──はるかに、扇情的な姿だった。

 イシュタ=ラが一歩ナリラに近づいた。
 それだけで、濃密な妖しい「気」が巫女の体を包み込もうとする。
 全身の毛穴を無理矢理こじ開け、内なる欲望をほじくり出そうとするような邪気。
 それはむしろ、淫気としか呼びようのないものだった。
 
 ふと、ナリラは足元に、ぴちゃんという滴が落ちる音を聞いた。
「やだ……!」
 それが自分の中から滴ったものだと気づき、ナリラは抑えるように自分の身体を抱いた。

 イシュタ=ラ・ヴェラは、聖母のような慈しみにあふれる笑みを浮かべた。

「恥じることはないわ。私の姿を一目見たものは皆そうなる。劣情を煽られ、男は弾けそうなほどいきり立ち、女はあふれるような蜜を滴らせる。どんなに禁欲を戒めた者でも当たり前にそうなるのよ。あなたの敬愛する神官様も例外ではない……」

 なんという恐ろしいことを言うのだろう!
 トルリルを徹底的に侮辱するその言葉に、ナリラの全身は熱くなった。
 その感情を煽るように、太鼓の音が強く鳴り響く。
 
 ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……

 魔女は舞い始めた。

 目を離せず、それを見つめていたナリラは気づいた。
 これは……私の踊りだ……!
 
 イシュタ=ラは、ナリラと同じ所作で腕を掲げた。
 最初は優雅に、なぞるように──だがすぐに、その動きは大きく歪んでいく。
 背をしならせ、腰を艶やかに揺らし、吐息を観る者に浴びせるように。
 太鼓は低く重く、獣の鼓動のように鳴り響いた。

 ドッドッドッドッ……ドッドッドッドッ……

 彼女の足取りに合わせて、黒い蔦の幻影が石床から伸び出し、ナリラの足首に絡んでゆく。
 赤い光が吐息とともに漂い、胸の奥を灼くような熱が走る。
 ナリラが舞えば闇を退けるはずのその型が、イシュタ=ラの手にかかれば欲望を呼び起こし、恐怖を植え付け、心臓を呪縛する。

 白百合の花びらを表す指使いが幻のごとく舞い散ると、それは闇の中で血に濡れた黒薔薇へと変じ、蛇の舌のようにひらめきながら燃え落ちた。

 ナリラは息を呑んだ。
 自らが捧げるはずの神聖な舞いが、いま目の前で、正反対の呪いの舞いとして顕れている。
 まるで、自分の祈りがそのまま背徳に裏返されたかのように。
 
 気づけばナリラの指が、その動きをなぞっていた。
 最初はほんの少し──自分の舞いの目的を確かめるつもりで。
 だが、その手が描いた弧はイシュタ=ラの腕の動きと重なり、流れに引き込まれるように身体全体が動き出してしまう。

 巫女の腰蓑がいつもと同じに、しかし全く違う意図をはらんで揺れる。
 その裾からこぼれる影は、まるで黒い蔦の芽のように見え、揺れるたびに欲望を呼び覚ます幻を撒き散らす。

 ──私にも舞える?
 もしも自分が、これを完全に踊れたなら……人々の心を震わせ、清めるのではなく、燃え上がらせることができるのではないか。
 その甘美な想像が、ナリラの胸をじわじわと支配していった。

 動きはますます深く絡み合い、清らかな舞と呪いの舞は、二つの流れを持つ一つの川のように混じり合う。
 観る者がいれば、それは光と闇の花が同じ茎から同時に咲いているように見えたことだろう。

 イシュタ=ラは微笑んでいた。
 望み通りに自らの動きをなぞり始めたナリラに。

 だがナリラ自身も、心のどこかでそれを望んでいた。
 清めるだけの舞ではなく、揺さぶり、惑わせ、燃やし尽くす舞──
 その甘美さに、彼女は逆らえなかった。
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