帰りたい場所

小貝川リン子

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第三章 夏祭りの思い出

第三章④ ♡

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「おらおら、いい加減観念して脱げ。ヤんぞ」
 
 風間は追い詰められていた。鶫がトイレに行きたいと言うので二人で探していたはずが、いつの間にか祭り会場から離れた藪の中へ誘い込まれていた。
 
「外でなんてやれるか!」
「別によくねぇ? どうせ誰も来ねぇよ」
「帰ったらしてやるから」
「今してぇの! ムラムラすんだもん。付き合えよ」
 
 言い方は可愛らしいが、やっていることは可愛くない。鶫は風間の足元に跪き、ベルトを外してスラックスを脱がす。汚れた服を誰が洗濯すると思ってるんだよ、と内心ぼやきながら、風間は大木の幹に背中を預けた。
 
「色情魔め」
「毎回付き合うあんたも大概だろ」
 
 鶫は、手を筒のようにして風間のペニスを優しく握る。はぁ、と熱っぽい吐息を漏らし、ついさっきべっ甲飴を舐めていたのと同じ真っ赤な舌で、ちろ、と先端を舐めた。
 
「うは、くっせぇ」
「悪かったな」
「んぅ……ふふ、くせぇなぁ」
 
 鶫はなぜか嬉しそうに笑い、チュッと先端に口づける。二、三回キスされれば、風間の雄はむくむくと膨れ上がる。男の悲しい性である。
 鶫は満足そうな顔をして、ぱか、と口を開いた。ついさっきまで宝石の欠片を仕舞っていた口の中に、躊躇なく風間を迎え入れた。
 
「っ……」
「ん、む……くせぇ」
「おい、あんまり」
「このにおい、すきだぜ」
「……」
 
 鶫は、恍惚とした表情を浮かべて呟いた。こういう時、風間はどんな顔をすればいいのか分からなくなる。何となく頭を撫でてみると、鶫は挑発的な眼差しで風間を見上げた。
 
「うっ……!? おい、こら」
 
 ねっとりと舌を絡ませて、じゅぽじゅぽとはしたない音を立てて吸う。鶫の舌技は大したものだ。元から上手かったのに、日に日に上達している。カリ首やら裏筋やら、風間の弱点を的確に突いてくる。堪らず雄が急成長する。
 夢中になってしゃぶりながら、鶫は自分の準備も怠らない。ズボンに手を突っ込んで、尻を撫で、穴に指を突っ込んで、くちゅくちゅと掻き回す。静まり返った藪の中で、水音ばかりがいやに生々しく響いた。
 ほんの少し前まで、飴や駄菓子やフランクフルトやチョコバナナや――諸々の旨いものを頬張っていた口で、今は男の肉棒を旨そうに舐る。たかが射的のゲームでガキみたいにムキになっていたくせに、今はセックスのために体を調えている。なんて健気だ。
 鶫のこの二律背反な要素が、風間を狂わせる。男か女か、大人か子供か、天使か悪魔か。もしくはその中間か、あるいはそのどちらでもないのか。
 風間にとって、鶫はどういう存在なのだろう。年の近い息子か、年の離れた弟か。相棒か、弟子か、友人か、恋人か、あるいはセフレか。もしくはただの同居人か、邪魔な居候か。どれにも当てはまるようで、どれもしっくりこない。
 定義も立場も曖昧で、明日にはふらっとどこかへ消えているかもしれない。そんな危うさゆえだろうか。風間が鶫を手放せずにいるのは。
 
「ちょっと変われ」
「んぅ……?」
 
 風間は、鶫の肩を押して自身を抜き去った。名残惜しそうに鶫の唇が吸い付いてきて、ちゅぽ、と音を立てて離れた。
 
「もー挿れんの?」
「ここ手ぇつけよ」
「へぇ? やる気じゃん、おっさん」
 
 鶫の黒い瞳が期待に濡れる。言われた通り大木の幹に手をついて、尻を突き出した。自ら下着を下ろし、双丘を露わにする。
 
「昨日したばっかだからな。遠慮しないでいいぜ」
 
 鶫は生意気な笑みを唇に湛えて、誘うように腰を揺らめかせた。
 暗がりでも分かるほどに白い、丸く小ぶりな尻だ。揉んでみると案外柔らかい。しかし女の尻とは違う。筋肉の付き始めた若い男の尻だ。
 
「ん……んンっ」
 
 鶫はビクビクと背筋を仰け反らせた。白い喉が期待に打ち震える。
 
「は、ぁあっ? なんでぇ……?」
「一回くらいやらせろよ」
「はっ? い、いいって、んなの……」
「してみたいんだよ」
「うぁ、な、くそ……指じゃなくてチンポいれろっての」
 
 鶫の後孔を貫いたのは――貫くほどの威力はないが――鶫の望んだものではなく、風間の二本の指だった。中指と人差し指がすっぽりと埋まっていた。
 昨晩したばかりなのに、中は随分狭かった。指をきゅうきゅう食い締めてくる。熱く濡れた襞がうねうねと絡み付く。初めて入るわけではないが、指で触るとより鮮明にその感触が伝わってきた。
 
「ぅ、んう……ゃ、っあ……」
 
 鶫はあえかな吐息を漏らす。さっきまでのデカい態度が嘘みたいにしおらしい。額を擦り付けるようにして縋り付き、もどかしそうにくいくいと腰を揺らす。
 
「ふ、んンぅ……あぁっ!」
 
 指をねじりながら肉壁を擦ると、鶫は大きく声を上げて腰を跳ねさせた。待ちきれないとばかりに、小さな前立腺がぷっくりと膨らんでいる。期待と焦れったさから小刻みに痙攣するそこをくりくりと撫でてやれば、鶫は声もなく膝をガクガク震わせる。
 
「ぃ、ひぅっ……ぅ、っ――くそっ!」
 
 びゅん、と鶫の踵が空を切った。一切の加減なく蹴りを入れてきたのだ。風間は間一髪で身をかわした。
 
「バッカお前、危ねぇ」
 
 鶫ははぁはぁと息を切らし、涙の張った目で風間を睨んだ。
 
「分かったよ。挿れるぞ」
「へ……最初っからそーしとけ」

 この状況でも、鶫は勝ち誇ったように笑った。 
 風間は鶫の尻を掴む。暗闇にぼうっと浮かび上がるほどに白い。白すぎて、触れてはいけない禁忌のように感じる。鶫は急かすように尻を揺すった。
 
「分かったから」
 
 まろやかな双丘を割り開いて、ぐっと自身を押し込んだ。
 
「ぁンっ」
 
 反動で逃げる腰を捕まえて、付け根まで埋め込んだ。
 
「あぁ、っあ、ふぁ、……っ」
 
 鶫の体から力が抜けた。尻だけ突き出し、震える脚で辛うじて立っている。
 
「あっ、んぁぁ……っ、いい、ン、きもち、きもちい、っあ」
 
 なるべく音を出したくなかった。風間はゆっくりと腰を前後する。藪の中とはいえ、ここも一応境内だ。遠くに太鼓と笛の音が聞こえる。微かに子供の笑い声も聞こえる。大の男二人がまぐわっているシーンなんかを子供に見せるわけにはいかなかった。
 
「は、ぁあっ、おっさん、おっさぁん、もっと突けよ、っ、奥くれよ」
「落ち着け。外だぞ」
「いいって、っ、だれもこねぇよっ」
「なんでそんなことが分かるんだよ」
 
 物足りなさそうに、鶫は自ら尻を打ち付ける。卑猥な水音とあられもない嬌声が暗闇に吸い込まれる。
 
「はぁ、あ、……あっ、あっ、ぁんっ、あっ」
「お前ちょっと」
「ふ、んン……っ」
 
 風間はぐいっと腰を密着させ、鶫の顎を掴んだ。察しのいい鶫は柔軟な体を器用にねじり、繋がったまま体の向きを変えた。
 
「だろ?」
 
 得意そうに笑うと、誘うように舌を覗かせる。妖しく艶めく唇に、風間はなりふり構わずしゃぶり付いた。
 うるさい口を塞いでやるだけのつもりだったのに。これでは、ただ風間がキスしたかっただけみたいだ。
 鶫の薄い唇が啄むように吸い付いてくる。女のようにケアなんてしていないくせに、若さゆえか艶とハリのある唇。風間はそれを丹念に舐め、たっぷり濡らしてふやかしてから、そっと舌を挿し入れる。
 途端、鶫の火照った舌が喜んで絡み付く。たっぷりの唾液を纏った、しなやかで滑らかな舌だ。ちゅうちゅう吸いながら、ぴちゃぴちゃと唾液を混ぜ合って、ぬるぬると舌を絡め合う。
 鶫は風間の首に手を回して抱きついて、もっともっとと体を密着させる。中がきゅんきゅん喜んで、痛いほど風間を締め付けてくる。
 
「んっ」
 
 鶫が何かに気付いて視線を上げた。風間の背後で眩い光が爆発した。砲弾が炸裂したような地響きが轟いた。
 風間はぱっと振り向いた。木立の隙間、ぽっかりと空いた夜空に、光の華が咲き乱れた。続けて、ドンドンパラパラと銃声にも似た音が木霊した。
 二人はしばし光の乱舞に見惚れた。赤や黄、青や緑、橙、桃、紫、白。色とりどりに煌めく、無数の眩い光の粒が、黒い夜空を覆い尽くす。鮮やかな火花が夜空に散らばって、夜の闇に溶けていく。
 
「……あれが花火か」
 
 耳元で鶫が囁いた。甘えるように風間の耳たぶを齧る。
 
「初めてか」
「近くで見んのはな」
 
 鶫は片脚を上げて風間の腰に絡めた。
 
「すげぇ。でかくてきれいだ」
「……」
 
 鶫の黒い瞳が見開かれる。こちらの夜空にも大輪の華が咲いていた。目に、頬に、口の中にも。無邪気な笑顔で明るい夜空を見上げる鶫は、まるで幼い子供のようだった。
 風間は罪悪感に駆られた。藪の中の暗闇で、子供に手を出しているなんて。しかも、どす黒い血に染まった手で。こんな悪行を誰が許してくれるだろう。
 
「おいおっさん、早く動けよ」
 
 鶫が踵で風間を蹴った。
 
「花火見ながらヤるとか贅沢じゃね?」
「……ああ」
「今なら邪魔も入らねぇだろ」
 
 そうだった。こいつはそういうやつだった。それに、こいつの手もとっくに血で汚れている。死後は二人仲良く地獄行だ。風間は、鶫の腰と太腿に手を添えて抱き寄せた。
 
「あっ、奥……」
「ちゃんと掴まってろよ」
「ぁ、やっ、んン……っ」
 
 汗に火照った肌を重ね、敏感に濡れた性器を擦った。花火の終わるまで、貪るように互いの熱を求め合った。
 
 *
 
 気付けば闇が満ちていた。夜風を浴びて帰路を歩いた。
 
「おい、大丈夫か」
 
 時折、鶫は尻を気にして立ち止まる。風間にはバレたくないと思っているようだが、バレバレである。おおかた、中に出したものが垂れてきそうで気持ち悪いのだろう。中に出せと言ったのは鶫だし、第一あの場で外に出すという選択肢もなかった。
 
「疲れたなら負ぶってやろうか」
「あぁ? おっさん腰いわすぞ」
「そこまで老いぼれてねぇよ」
「俺だってそこまでガキじゃねぇよ」
 
 鶫は尻を押さえてのろのろ歩く。平気な顔をしてはいるが、抗えない不快感に密かに眉を顰める。
 
「おんぶが嫌なら抱っこにするか?」
「はぁ? それこそガキじゃねぇか」
「ガキだろ」
 
 風間は鶫を横向きに抱え上げた。背中と膝裏をそれぞれ両腕で持ち上げて支える、所謂お姫様抱っこである。不安定な体勢に驚いて、鶫は風間の首を絞める勢いでしがみついた。
 
「ちょ、苦し」
「ばっ、ふざけんな! 下ろせよっ」
「いいだろ、別に。どうせ誰もいないんだから」
「そういう問題じゃねぇし!」
「お前、青姦はいいのに抱っこは嫌なのかよ」
「セックスとこれは全然ちげぇだろが」
「そりゃそうだけどよ」
 
 またも精液が漏れ出てきたのか、鶫は顔を顰めて風間にしがみついた。ぎゅっと尻の筋肉に力を入れ、もじもじと膝を擦り合わせる。密着している方が抱きやすいので、風間にとっては好都合だ。鶫は諦めたように風間に身を委ねた。
 
「別に、俺のことなんかその辺に置いてってくれていいんだぜ。あとで勝手に帰るからよ」
「置いてかねぇよ」
「ぎっくり腰になっても知んねぇからな」
「ならねぇから安心しろ」
 
 鶫は風間の肩に頬をのせた。むにゅ、と案外柔らかい感触が伝わる。
 
「……変なおっさん」
「お前には負けるよ」
「行くなら早く行け。おっさんタクシー」
「人をタクシー扱いすんな」
「今は俺専用タクシーだろ」
「はいはい。どちらまでですか、お客さん?」
「うちまでな。安全運転で頼むぜ」
「了解」
 
 一つに溶けた二つの影が、夜の帳に消えていく。
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