山の子ども

小貝川リン子

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2 高校編

6 初春‐① 告白をした

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 俺が瑞季に告白したのは、志望校の合格発表の当日だった。同じ大学を受けると聞いた時から決めていたことだ。二人とも無事に合格できたら告白しようと決めていた。
 
 だから、おれの番号もあったぞ、と瑞季が白い息を吐いて俺の元へ駆け寄ってきた時、あんまり嬉しくて涙が出そうになって、思わずその場で抱きついてしまった。俺の勢いに押され、瑞季は背中を少し仰け反らせる。
 
「な、どうしたんだよ。そんなに嬉しい?」
「嬉しいに決まってるだろ。がんばってきてほんとによかった」
「泣くほど?」
「別に泣いてねぇし」
 
 正面からじっと見ると、瑞季は恥ずかしそうに目を逸らす。その仕草にぐっとくる。
 
「俺さ、お前にずっと言いたいことがあったんだ。受験が終わってからって思ってて、今日一応一区切りついたから、ようやく言えるよ」
 
 好きだ。と、思いのほかはっきりと声に出すことができた。多くの受験生が掲示板を見に来ていたから、その場はざわざわと騒々しかった。しかしそのざわめきをかいくぐり、俺の告白は確かに瑞季の元へ届いた。
 
「好きなんだ、その……恋愛的な意味で。お前といると胸がどきどきして苦しくて、でもお前といると楽しくって、これからももっとずっと一緒にいたいから――――って、どうした急に! 大丈夫か?」
 
 瑞季は、信じられないって感じで目を大きく見開いたまましばらく微動だにしなかった。が、沸騰したやかんのようにいきなり真っ赤になったかと思うと、俺の胸に寄りかかってくる。
 
「だ、大丈夫か? 具合悪い?」
「ばか、ちがう……」
 
 呟くように言い、俺の胸にぎゅっとしがみつく。さらさらの髪の隙間から見える耳たぶまでが真っ赤に染まっており、俺は全てを察した。感極まってまた涙が出そうになった。今度は本当にちょっと泣いた。
 
 
 帰りの電車は、行きとはまるで違うむず痒い空気に包まれていた。車内は空いていたので隣同士で座れたが、この至近距離がめちゃくちゃ照れくさい。今までは全く気にしていなかったのに、手が触れそうで触れないのがもどかしいような、逆にほっとするような妙な気持ちになった。
 
「なぁ、俺達ってほんとに……?」
「そうだ」
「ってことは、いいんだよな……?」
「……何が?」
「……何がだろう」
 
 何が言いたかったのか、自分でもよくわからない。大学進学とかわいい恋人を同時に両方ゲットできた喜びで、頭がどうにかなっているのかもしれない。
 
「帰り、どうせだからどっか寄ってく?」
「どっかって?」
「ごはん。ちょうどお昼だし、合格祝いにさ。寿司とか肉とか……お年玉もらったからリッチなんだ。お前の好きなところでいいよ」
 
 瑞季は少し考えてから、前に行ったあの店がいいと言った。
 
「あの、駅の近くにある……」
「ガスト? いつでも行けるのにいいの?」
「うん。お前と初めて行った店だから」
 
 その一言に体温が上がる。お前と初めて行った店だからまた行きたいだなんて、とてもいじらしく思えた。
 
 せっかく都心まで出たけど、寄り道もせず地元へ戻ってきた。駅からすぐのショッピングモールの地下一階。瑞季はもうエスカレーターを怖がらず、俺のリュックを掴みもしない。少し寂しいけど、それでいいのかもしれない。あんまりくっつかれたら、緊張で爆発してしまいそうだった。
 
 ファミレスでポテトを頼んだけど、手がぶつからないように気を遣った。別に手が触れ合ったっていいんだけど、変に意識してしまってどうも自然体でいられない。ましてやジュースの回し飲みなんてできるわけがない。俺のやつ飲んでみる? も言えなかったし、お前のやつ一口ちょうだい、も言えなかった。瑞季も言わなかった。
 
 これまでは全然平気だったし、好きだと自覚してからもさほど意識したことはなかったのに、告白の力は実に大きい。だけどこのもどかしさ、むず痒さ、照れくささがたまらない。今まさに恋をしている。甘美な胸の高鳴りを抑えられない。
 
 今日この日のために俺の半生はあったのだ。今日はきっと人生で最高の日だ。この世界は俺達のためにあり、ここが世界の真ん中なのだと思った。
 
 
 家に帰って真っ先に、瑞季と付き合うことになったと犬に報告した。両親は仕事でいないが、今晩は合格祝いに焼肉食べ放題に連れていってくれると連絡が来た。それまでは家に一人、いや一人と一匹。勉強だってしなくていいのだから気楽なものだ。
 
「なぁポチぃ、聞いてくれよぉ。俺人生で初めて彼女できたんだぜ。あ、彼女じゃなくて彼氏かな。もうとにかくサイコーって気分。好きな人と付き合えるなんて奇跡かよって感じだし、まるで夢みたいだけど、ちゃんと現実なんだよなぁ……」
 
 犬を膝に抱っこして一方的に喋りかける。
 
「瑞季のことはお前も知ってるよな。っていうかお前しか知らないか。父さんも母さんもいつも出払ってたしな。今度また連れてくるから、その時はよろしくな」
 
 俺の言うことをわかったような顔をしていたが、まぁたぶんわかっていないだろう。顎を撫でると目を細めて鼻を鳴らす。ふわふわの冬毛が気持ちいい。
 
「こんなこと、口の堅いお前にしか相談できないんだぜ。母さん達に言うのは勇気のいることだからな。今までも悩みごととかいっぱい聞いてくれたもんな、お前は」
 
 元気に尻尾を振ったり、俺の手を舐めたりして今日はずいぶん機嫌がいい。俺ももちろん機嫌がいいから、ちょっと早いけど散歩に出かけた。いつもより遠回りのコースで、河川敷でボール投げや引っ張りっこをして遊んだ。
 
 帰ったら父さんも母さんも帰宅していて、約束通り焼肉食べ放題に行った。お腹もいっぱいで、寝る時は珍しく犬が添い寝してくれて(普段は自らケージに入る)、最高の一日を締めるにふさわしい最高の夜になった。
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