30 / 135
第三章
3-9 黒い魔力
しおりを挟む
先日訪れた時と違って、食堂は表の店舗だけでなく奥の部屋も真っ暗になっている。裏手に回り込んだセリオンさんは、構わず裏口の扉を叩いた。
少し待つと、あの時のようにそっと扉が開いて、わずかな隙間からおじさんがこちらを覗き見た。
「こんばんは。少し確認したいことがあるので、失礼いたします」
セリオンさんはそう言うと、その扉の隙間に手をかけて強引に開いた。
「えっ!?」
驚いている僕とおじさんを放って、セリオンさんは勝手に家の中に入って行く。それを見て、おじさんは慌ててセリオンさんの後を追った。
「な、何をするんだ!」
おじさんはセリオンさんの腕を掴んで引き止める。セリオンさんは振り返っておじさんの顔をじっと見た。
「息子さんはどちらですか?」
その問いに、一瞬おじさんは止まって、それから目を逸らせた。
「む、息子は……ここには居ない…… 冒険者になって町を出ていって……」
「帰ってきているのでしょう?」
「な…… なんでそれを!」
「先日お伺いした時に、息子さんとすれ違いました」
ボアの肉を持ってきた、あの時のことだ。
「でも、あの息子さんはもう、生きてはいない」
――その言葉に息を呑んだ。
「あの息子さんは、とっくに亡くなっています。あれは魂だけの怪物、レイスです。貴方は……それを知っていたんですよね」
「父さん――」
声がした方を見ると、あの時の青年が立っていた。
* * *
「いつからか、自分の中に他の者とは違う『黒い魔力』があることに気付いていました。なんとなくですが、これが他の人に知られてはいけないような、そんな風にも感じていました。でも幸いにもそれだけで、この『黒い魔力』が何か悪さをする訳ではなく、日々平穏に暮らせていました。生まれた子供にも、私ほどではありませんが、この『黒い魔力』がありました。だから私は、息子が冒険者になることに……この町を出ていくことに反対したんです」
この町で大人しくすごしているうちなら大丈夫だろう。でもこの町でないどこか他の町に、この『黒い魔力』のことを知っている者がいたら…… このことがバレてしまったら……
そんなおじさんの心配を余所に、息子さんは冒険者になって、町を出て行ってしまった。そして――
「私は毎日、息子が帰ってくることをずっと願っていました。そしてある晩、ようやく息子は帰ってきました……」
「でも、その息子さんはレイスだったんですね」
「はい……」
そう言って、おじさんは堪えるように顔を歪ませ、項垂れた。
「私にはすぐに、その息子が死人であることがわかりました。でも息子は死人であるにも関わらず、まるで生きている人間のようでした。せいぜい顔色が悪いように見えるくらいで…… 息子の帰宅を妻はとても喜んだ。だから私は、妻に真実を伝えることができなかったんです」
そうして夫婦は、毎晩レイスとなった息子をこっそりと迎え入れていた。でもおそらくおばさんも、何かがおかしいと思って黙っていたのだろう。だから息子さんの帰宅をずっと隠していたのだろう。
「でも満月の晩に、町に月牙狼が現れたんです。あの月牙狼はレイスとなった息子を追ってきたんじゃないかと、そう思いました。だから旅の冒険者が忘れていった魔獣除けの結界を部屋に張って、3人で隠れていたんです。でも――」
おじさんが息子さんの方を見ると、彼も黙って頷いた。
あの月牙狼の時と同じように、アリアちゃんがおじさんと息子さんに手をかざして『黒い魔力』を吸い取った。
おばさんもレイスとなった息子さん自身も、彼がすでに死んでいることをわかっていたのだそうだ。だから3人とも、黒い魔力を抜き取ることを反対もせずに受け入れた。
でも息子さんを見送る時、3人ともずっとずっと泣いていた。
* * *
公園に戻ると、ジャウマさんとヴィーさんが周囲の片付けを済ませて待っていた。
「終わったか」
「ああ」
それだけ、言葉を交わす。
「うん?」
ヴィーさんが変な顔をして、離れた茂みの方に視線を向けた。つられてそちらの方を見ると、確かに何かがいる気配がする。
と、ガサリと音を立てて、何かがそこから飛び出して来た。
茂みから現れたのは狼の子供のようだった。こちらを睨みつけながら牙を剥きだし、グルグルと唸り声を上げている。
「わんちゃん?」
「……さっきの月牙狼の子供……なのかな?」
その仔狼は幼いというほどではないが、でもまだ年若い。小さく見えるのはひどく痩せている所為もあるのかもしれない。
ぼくの言葉に、セリオンさんはふぅとため息を吐いた。
「きっと、私たちを親の敵だと思っているのでしょう。月牙狼は他の狼種に比べると成長が遅く、その分親は長く子供を手元で育てます。その所為か親子の絆がとても強いのです……」
「そっか……」
アリアちゃんにもわかったようだ。彼女は寂しそうに言うと、とことこと仔狼に向けて歩み寄った。でもその3歩前で立ち止まる。
「ごめんなさい」
まだ唸りながら牙を剥く狼にそう言って頭を下げた。
そのままでじっと動かないアリアちゃんに、仔狼の唸り声はだんだんと小さくなっていく。燻っていた焚火の火がだんだんと消えていくように、静かにその声が止むと、仔狼は振り返って走り去っていった。
でも彼女はまだ頭を下げたままで、上げようとしない。
「アリアちゃん……?」
アリアちゃんの肩にそっと手を当てると、俯いたままの彼女から、溢れた雫がポタポタと地面に落ちて染みた。
少し待つと、あの時のようにそっと扉が開いて、わずかな隙間からおじさんがこちらを覗き見た。
「こんばんは。少し確認したいことがあるので、失礼いたします」
セリオンさんはそう言うと、その扉の隙間に手をかけて強引に開いた。
「えっ!?」
驚いている僕とおじさんを放って、セリオンさんは勝手に家の中に入って行く。それを見て、おじさんは慌ててセリオンさんの後を追った。
「な、何をするんだ!」
おじさんはセリオンさんの腕を掴んで引き止める。セリオンさんは振り返っておじさんの顔をじっと見た。
「息子さんはどちらですか?」
その問いに、一瞬おじさんは止まって、それから目を逸らせた。
「む、息子は……ここには居ない…… 冒険者になって町を出ていって……」
「帰ってきているのでしょう?」
「な…… なんでそれを!」
「先日お伺いした時に、息子さんとすれ違いました」
ボアの肉を持ってきた、あの時のことだ。
「でも、あの息子さんはもう、生きてはいない」
――その言葉に息を呑んだ。
「あの息子さんは、とっくに亡くなっています。あれは魂だけの怪物、レイスです。貴方は……それを知っていたんですよね」
「父さん――」
声がした方を見ると、あの時の青年が立っていた。
* * *
「いつからか、自分の中に他の者とは違う『黒い魔力』があることに気付いていました。なんとなくですが、これが他の人に知られてはいけないような、そんな風にも感じていました。でも幸いにもそれだけで、この『黒い魔力』が何か悪さをする訳ではなく、日々平穏に暮らせていました。生まれた子供にも、私ほどではありませんが、この『黒い魔力』がありました。だから私は、息子が冒険者になることに……この町を出ていくことに反対したんです」
この町で大人しくすごしているうちなら大丈夫だろう。でもこの町でないどこか他の町に、この『黒い魔力』のことを知っている者がいたら…… このことがバレてしまったら……
そんなおじさんの心配を余所に、息子さんは冒険者になって、町を出て行ってしまった。そして――
「私は毎日、息子が帰ってくることをずっと願っていました。そしてある晩、ようやく息子は帰ってきました……」
「でも、その息子さんはレイスだったんですね」
「はい……」
そう言って、おじさんは堪えるように顔を歪ませ、項垂れた。
「私にはすぐに、その息子が死人であることがわかりました。でも息子は死人であるにも関わらず、まるで生きている人間のようでした。せいぜい顔色が悪いように見えるくらいで…… 息子の帰宅を妻はとても喜んだ。だから私は、妻に真実を伝えることができなかったんです」
そうして夫婦は、毎晩レイスとなった息子をこっそりと迎え入れていた。でもおそらくおばさんも、何かがおかしいと思って黙っていたのだろう。だから息子さんの帰宅をずっと隠していたのだろう。
「でも満月の晩に、町に月牙狼が現れたんです。あの月牙狼はレイスとなった息子を追ってきたんじゃないかと、そう思いました。だから旅の冒険者が忘れていった魔獣除けの結界を部屋に張って、3人で隠れていたんです。でも――」
おじさんが息子さんの方を見ると、彼も黙って頷いた。
あの月牙狼の時と同じように、アリアちゃんがおじさんと息子さんに手をかざして『黒い魔力』を吸い取った。
おばさんもレイスとなった息子さん自身も、彼がすでに死んでいることをわかっていたのだそうだ。だから3人とも、黒い魔力を抜き取ることを反対もせずに受け入れた。
でも息子さんを見送る時、3人ともずっとずっと泣いていた。
* * *
公園に戻ると、ジャウマさんとヴィーさんが周囲の片付けを済ませて待っていた。
「終わったか」
「ああ」
それだけ、言葉を交わす。
「うん?」
ヴィーさんが変な顔をして、離れた茂みの方に視線を向けた。つられてそちらの方を見ると、確かに何かがいる気配がする。
と、ガサリと音を立てて、何かがそこから飛び出して来た。
茂みから現れたのは狼の子供のようだった。こちらを睨みつけながら牙を剥きだし、グルグルと唸り声を上げている。
「わんちゃん?」
「……さっきの月牙狼の子供……なのかな?」
その仔狼は幼いというほどではないが、でもまだ年若い。小さく見えるのはひどく痩せている所為もあるのかもしれない。
ぼくの言葉に、セリオンさんはふぅとため息を吐いた。
「きっと、私たちを親の敵だと思っているのでしょう。月牙狼は他の狼種に比べると成長が遅く、その分親は長く子供を手元で育てます。その所為か親子の絆がとても強いのです……」
「そっか……」
アリアちゃんにもわかったようだ。彼女は寂しそうに言うと、とことこと仔狼に向けて歩み寄った。でもその3歩前で立ち止まる。
「ごめんなさい」
まだ唸りながら牙を剥く狼にそう言って頭を下げた。
そのままでじっと動かないアリアちゃんに、仔狼の唸り声はだんだんと小さくなっていく。燻っていた焚火の火がだんだんと消えていくように、静かにその声が止むと、仔狼は振り返って走り去っていった。
でも彼女はまだ頭を下げたままで、上げようとしない。
「アリアちゃん……?」
アリアちゃんの肩にそっと手を当てると、俯いたままの彼女から、溢れた雫がポタポタと地面に落ちて染みた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる